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貴方の隣のブラックホール
デリバティブ入門編

懲りない会社の甘い罠

 前回は 極悪マンション投資をまな板に載せましたが、非道な商売を繰り広げているのは無名の不動産会社だけではありません。
 よくよく辺りを見回すと 大手銀行にだって、有名証券会社にだって、上場不動産会社にだって ブラックホールは口を開けています。

 その破壊力や悪徳度は様々ですし、手口も古典的なモノから 志向を凝らした手法まで。
 最近は金融工学が生み出す派生商品までもが 鴨の撒き餌に使われるようになりました。

 通常の不動産投機や古典的投資商品は 冷静に考えると初心者でも損得条件が見えるのですが、デリバティブが使われると もうお手上げ。
 ちょっとやそっとじゃ 有利不利すら判りはしないでしょう。

 今回から 2回に分けて そんな個人向けのデリバティブ商品の暴利度を探ってみることにしましょう。
 カラクリが分からないのをいいことに、裏では何が行われているのでしょうか。

この文章はあなたの隣のブラックホールマンション投機編の続編です。
そちらも同時にお読みいただけると より楽しめるかと思います。

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    デリバティブ商品 国内大手証券会社編

 まず 一回目は難易度の低い商品から。


里予木寸言登券HPより引用

 コレは 国内最大手ノルマ証券が募集している「債券」の広告でございます。

 3ヵ月満期の債券で、利率は なんと「8.3%」という超高利回りが提示されています。
 下の方には 色々と難しそうなことが書いてあるんですが、この超低金利のご時世に豪勢なお話ではありませんか?

 「債券」って言うと 何処となく安全なイメージがあるでしょう。(もちろん債券は安全な商品ではありませんが)
 政府が人気女優を使って国債のCMを打つ国のお話です。

 この「債券もどき」だって 安全なイメージを逆手にとって売るつもりなんでしょう。
 あのノルマ言正券のことだから、誰彼 構わず電話を掛けては「高利回りの債券が発売されますよ」なんて売り込むんでしょうね。
 買う顧客は その商品が「債券の皮を被った超ハイリスク商品」だなんて気が付きもしないんでしょう。
 売り込む側も そんな事情を説明したりはしないでしょうし。

 そう、この商品。
 甘い言葉で飾られてますが、その実 普通株よりリスクの高いコテコテのデリバティブなんですよ。

 この商品のミソは・・・

 そう。
 日経平均株価が満期時に設定価格を下回っていると、現金ではなく日経平均連動型の株式投資信託で償還されてしまうんです。

 この商品で「8.3%」の高金利が完全に受け取れるのは、株が下がらなかった場合だけ。

 株価が下がると現金ではなく、日経平均連動型ETFを押し付けられてしまいます。
 しかも 設定価格から値下がりしている分は 丸々 投資家が被らなくてはなりません。


 分かりやすく、グラフに書いてみましょう。

 この債券は「年利8.3%の3ヶ月債」ですから、現金で償還された場合の収益は元本の2.075%に当たります。

 基礎価格の上では「元本+2.075%の現金」で、基準価格の下では基準価格分の日経平均型ETF」で償還されますから・・・


「債権もどき」を購入した投資家の損益

 こんな形になるんです。

 債券のはずなのに 株式の値下がりリスクを完全に負ってしまうんです。


 じゃあ、株価が下がらなければ良いかというと、そんなに甘くはありません。

 この「債券もどき」ではなく 始めから日経平均ETFを買ったとすれば どうでしょう?

 値下がりリスクは同じように取らなければいけませんが、株価の上昇に一致した値上がり益も期待できるはずなんです。

 先ほどの損益グラフに 日経平均ETFを直接購入した場合の線を加えてみましょう。

 上場投資信託を購入するには証券会社の手数料が必要ですので、コレを0.5%と仮定すると・・・


基準価格を8500円で試算
ETFの譲渡益課税や債券利息に対する所得税は考慮しない。

 はい、このとおり。
 日経平均株価が8750円を超えるようだと、最初から 直接ETFを買ったほうが儲かるんですよ。

 収益の期待できる価格幅は 3%にも満たないのです。

 でも、こんな商品でも 結構売れたりするんだろうなあ。
 里予木寸言登券のことだからなあ。


    オプションの基礎知識

 この「債券もどき」
 「リンク債」とか「EB債」とか「ノックイン債」なんて呼ばれることもあるんですが、中身は 似たり寄ったりの派生商品。
 間違っても 債券代わりに投資するような代物ではありません。

 では、「債券もどき」は どのように作られているのでしょう。

 この商品 手数料なして売られていますが、証券会社には どれだけ利益をもたらすのでしょうか?
 そして、この債券の利率「8.3%」は 真に妥当な数字といえるのでしょうか?
 この債券を個人で買ってよいケースなんて あるのでしょうか?


 証券会社のヤリ口を知るには どうしても「オプション」について書かなければなりません。

 「オプション」って馴染みのない言葉でしょうが・・・

「ある商品を ある価格で ある期日に 売り買いする権利」

 と モノの本では説明されているようです。

 対象商品は TOPIXや日経平均のような株価指数、ソニー・トヨタなどの個別企業の株券、国債に代表される債券など。
 幾つかの商品は証券取引所に上場され、広く取引が行われています。

 ちょっと、具体的な資料を見てみましょう。

 これは東京証券取引所に上場されたUFJホールディングスの個別株オプションの価格表です。

 表は 「プットオプション」と「コールオプション」に大きく分けられているのが分かるでしょうか。

プットオプションとは 対象商品を売る権利
コールオプションとは 対象商品を買う権利

 オプションは この二つに大きく分けられます。


 上の表から一例を取り上げて見ましょう。

 コレはコールオプションですから 「UFJホールディングスの株券を、H13年12月に、700千円で買う権利」となるわけです。

 表に 赤い下線を引いてあるのが このオプションの取引価格。
 この世界では 格好をつけて「オプションプレミアム」なんて呼ばれています。
 このオプションの取引価格(プレミアム)は一株当たり500円になっています。

 投資家が このコールオプションを500円出して買うと どうなるのでしょう。

 平成13年2月第2週金曜日にUFJホールディングス株が700千円を超えていた場合、オプションの買い手は どんなに株価が上昇していても 権利行使価格の700千円で対象株券を売ってもらうことが出来るのです。

 一方 対象株価が権利行使価格を超えなければ、オプションの権利を放棄すれば良いのです。
 オプションは文字通り無価値になってしまいますが、市場で650千円で売られている商品を 700千円で買う義務はありません。
 つまり株価がどれだけ下落しても オプションを買うのに支払った500円が戻ってこないだけで済むんです。

 模式図を書いてみると・・・


コールオプション買い手の損益グラフ

 株価上昇に対する利益は無限大なんですが、価格下落に対する損失はオプション購入価格に限定されるのが オプション買いの特徴です。
 先物取引のように株価下落に伴って 損失が拡大していくことはありません。


 じゃ、プットオプションはというと・・・ 別な会社で見てみましょう。

 これは王子製紙のプットオプション。
 先ほど書いたように プットオプションは対象商品を売る権利ですから、意訳すると「王子製紙の株券を 平成14年2月に 450円で売る権利」となるわけです。

 このオプションのプレミアムは 一株当たり7円で取引されていたわけです。

 このプットオプションを買った投資家は、平成14年2月第二金曜日に王子製紙の株を オプションの売り手に対して 450円で売りつけることが出来ます。

 一方、株価が権利行使価格より上昇していれば オプションの権利を放棄するだけです。
 オプションは文字通り紙屑になってしまいますが、一株当たり7円を失うだけで済むのです。

 模式図にすると・・・


プットオプション買い手の損益グラフ

 こんな感じになるでしょう。
 株価の下落に比例して収益が上がるものの、株価上昇の責任はオプションプレミアムに限定されているのです。


 え?
 随分美味しい話じゃないか って?

 確かにね。
 字面だけ読んでいると、「オプション買い」って悪くないように聞こえるんですよ。
 「収益は無限大」なのに、「損失は購入価格に限定」されるんですからね。

 でも、貴方が買ったオプションは 誰かが売ったものなんです。

 そう。
 オプションは ただの[権利−義務]の契約に過ぎず、現金や債券のように実体を持ちません。
 つまり、オプションプレミアムが妥当と思えば 誰でもオプションを売ることが出来るのです。

 貴方が コールオプションを売るとどうなるのでしょう。
 貴方はオプションプレミアムを受け取るかわり、どんなに株価が上昇しても 権利行使価格で対象商品をオプションの買い方に引き渡す義務が生じます。

 損益グラフを書いてみると・・・


コールオプション売り手の損益グラフ

 限られたプレミアムで、株価上昇のリスクを背負うことになります。


 一方、貴方がプットオプションを売った場合は その反対。
 プレミアムの支払いを受けるかわりに、株価下落を保証する義務が生じます。


プットオプション売り手の損益グラフ

 どちらのオプションを売るにしても 「損失リスクは無限大・収益は限定的」って聞くだけで怖くなってしまうでしょう。
 グラフだって 気持ちのいい形はしていませんね。

 それでも オプションの世界では売り手の方が圧倒的に有利といわれています。

 株価の変動リスクが高いと思えば、売り手は見合ったプレミアムを決めることが出来るでしょう。
 無限責任のリスクを背負っても なお収益の可能性が見込めると思われる価格でのみオプションを売ればいいのです。
 危ないと思うなら オプションなんて売る必要はないのですから。

 オプションの売り手は オプションを売らないことで損失をこうむることはありません。
 勝てる勝負だけを選択できる点だけでも オプションの売り方は 圧倒的に有利な立場に立っています。

 加えて、オプションの価格には「時間的価値」が反映されており、時とともにオプション価格は下落していく宿命を負っています。
 このことが 売り方の優位を一層確かなものにしているのです。


 しかし、コレだけデリバティブ商品の門戸が広がっている中にあっても、「オプション売り」の投機を行う個人は限定的です。

 理論上は圧倒的に有利な立場にあっても、現物価格が大きく変動すると オプションの売り手の損失は急激に拡大していきます。
 オプションの買い方は権利を買うのに対して 売り方は義務を売っていますから、どんな価格になろうとも オプションの義務を全うしなければなりません。

 これは H14年1限月の日経225オプションのプレミアムです。

(平成13年11月13日 大証終値)

権利行使価格

コールオプション
プレミアム

8500円 340円
9000円 150円
9500円 50円
10000円 15円

 日経平均9500円のコールオプションは50円近辺で取引されています。

 このオプションを一枚売った投機家は 日経平均が9500円を超えなければ5万円の利益が出るのですが、日経平均が上昇すると 等比的に損失が拡大します。

 もし、この後日経平均が10000円まで上昇すれば 売り手の損失は45万円
 日経平均が12000円になった日には、その損失は245万円(!)に膨らみます

 オプションを扱う証券会社のほとんどは、決済不履行を恐れてか、個人投資家のオプション売りを認めてはいないのです。

 オプションの売り建てが可能な会社でも、大手証券会社では最低2000万円の預かり資産を要求されますし、先物系のネット証券でも数百万の証拠金が必要です。

 そのリスクと要求スキルの高さから、様々な投機に個人が進出し続ける中にあっても 高いハードルが用意されているのです。


 え、なんで「債券もどき」の話なのに、「オプション売り」に紙幅を割くのかって?

 ちょっと、先ほどの「債券もどき」の損益グラフを再び見てみることにしましょうか。

 何かに似ていませんか。


プットオプション売り手の損益グラフ

 そう、さきほどの「債券もどき」
 実は日経平均のプットオプションを売るのと同じ効果があるのです。

 繰り返し書きますが、オプションの売りは プットにせよ コールにせよ 収益が限定される一方で、損失に歯止めがありませんから 極めてリスクが高いポジションです。

 普通は個人に売り建てさせない商品を 債券の形で押し付けるのは なんだかなあ。


    この債券 適正利率は何%?

 ま、ともあれ この「債券もどき」
 プットオプション売りのポジションですから、収益は「オプションプレミアム」に掛かっています。
 保険会社の料率設定と同じで、オプションの売り手は ここを間違えると致命傷を負うのです。

 本当は 「ブラック=ショールズ式」って奴で理論値を求めることが出来るのですが ここでは 簡単な方法で この「債券もどき」の適正価格を求めて見ましょう。

 この「債券もどき」の基礎価格は8540円。
 この基礎価格が オプションで言うところの権利行使価格に当たります。

 権利行使価格発表日11月12日の日経平均株価の終値は8465円。

 このまま、国内の株式市場が冷え込んでいると この特約で 受渡日の終値が権利行使価格になってしまいます。
 専門用語で言うところの「アット・ザ・マネー」のプットオプションを売ってしまう計算です。
 ま、「インザマネー」のオプションを売らされるよりはマシですけど・・・

 「債券もどき」の基準価格が発表された11月12日のプットオプションの価格はというと・・・

権利行使価格

プットオプション
プレミアム

7000円 85円
7500円 170円
8000円 300円
8500円 455円

11月12日 日経平均終値 8465.77円

 平成14年2限月の権利行使価格8500円の日経平均プットオプションのプレミアムは約450円
 つまり、市場はアットマネーのプットオプションに対して3ヶ月間に5%ものプレミアムを要求しているのです。

 「債券もどき」は年利9.6%が上限ですから、3ヶ月あたりでは2.4%
 日経平均が8500円近辺であれば、リスクプレミアムは204円に過ぎません。

 つまり、コレを売っている証券会社は、一般投資家から・・・

「市場価格の半額以下で プットオプションを買おうとしている」

 のと同じことなんですねえ。


    じゃ 証券会社はどれだけ儲かるの?

 証券会社は この証券を一般向けに広く売り出した後 どういう動きをするのでしょう。

 この程 お得なプレミアムなら プットオプションの買い手のままでも良いのですが、早く収益を確定したいのであれば 買い立てたポジションを市場で解消するのが一番です。

 「債券もどき」の申込単位は100万円ですから 日経平均8500円ではETF117口に相当します。
 売れた債券1口につき 証券会社は 117口分の日経平均プットオプションを市場で売れば全てのリスクから自由になる算段です。

 この場合の 証券会社の損益グラフは・・・


「債権もどき」を売り出した業者の損益

 証券会社は 個人投資家から安く買ったオプションを、適正価格で市場に放出すれば手堅い利益が約束されます。

 「債券もどき」を買った投資家と比べてみると その利益は際立って見えるでしょう。


「債権もどき」購入者と起債業者の損益比較
基準価格を8500円で試算

 貴方なら コレを知っても この商品を買おうと思います?

筆者注釈

この手の商品の問題は 表面的な設計のみに留まらず かなり根深いものがあります。

対象証券に、TOPIXではなく、日経平均株価が使われている点。
清算価格が 先物決済に用いられるSQ値ではなく 終値が使われる点。
決済日が 第2週金曜日ではなく 普通の取引日になっている点

購入する投資家は気にしないんでしょうが、絶対に見過ごすことはできない固有リスクです。
私は これらの懸念が振り払われない限り こうした仕組み債に手を出すことはないでしょう。
たとえ、プレミアムが 市場水準と同等であったとしてもです。

 ITバブルが華やかなりし頃、この手の商品が大量に売られ 当然のように個人投資家が大火傷を負いました。
 当時、新聞なんかが この手の商品を随分糾弾していたものです。

 ところが 時間が過ぎると この有様。
 証券会社は全然 懲りていないんですね。
 個人投資家も「学習していない」ということの裏返しでもあるんですが。

 ま、私も 何もえらそうなことを 言える立場にはありません。
 オプション投機に手を染めている者としては、市場に流入する資金が増えるのは大歓迎。

 オプション取引で最大の恐怖は 価格変動でも 証拠金の不足でも 入力ミスでもありません。
 売りたいオプションであっても買い手がつかなかったり、反対売買が思うようにできなかったり。
 日常的に悩ませられるのは 十分な流動性がないことです。(特に ITMしてしまうと・・・)

 とにかく どんな資金でも オプション市場の流動性が上がれば、随分 投機がやりやすくなるんですよ。
 それが 個人投資家の生き血を啜った残り滓でもね。

 ついでに これを契機に 直接オプションをやる鴨が増えてくれるとうれしいなあ。


今回は 国内証券会社の露骨な手口を見てきました。
しかし、貴方の隣のデリバティブは これほど分かりやすいものだけではありません。

次回は もっと巧妙な手口を誇る 外資系の会社を覗いてみましょう。

 さすが外資系、やることが えげつないでっせー

続編はこちら

 貴方の隣のブラックホール 
デリバティブ賭博開帳編


注意

投資・投機・賭博は大人のための娯楽です。
全て自己責任で楽しみましょう。

特に オプション取引は極めて危険な投機ですので 取り扱いは慎重に。


第1話「貴方の隣のブラックホール・マンション投資編」

第3話「貴方の隣のブラックホール・デリバティブ賭博開帳編」

 

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