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レティクルのお話(2)
業務用双眼鏡の隠れ技

 特殊な用途の双眼鏡で「視野の中にメモリが内蔵されている機種がある」という話を以前に紹介しました。
 軍用や海事用の双眼鏡では時々見られるものなのですが、一般の双眼鏡では殆どお目にかかる機会がないのは双眼鏡のカタログを見ていただけると一目瞭然です。

 あまり熱心に取り上げてもしようがないという諦めもあるのですが、一度慣れてしまうと便利な物ですからレティクル内蔵の双眼鏡をもう一台入手した機会に、もう一度取り上げてみましょう。
 前回紹介した鎌倉光機ブランドの7X50や、同型のレティクルとコンパスを内蔵するフジノンやタスコが海事用を主眼にするのに対して、今回取り上げるDOCTER Opt製の7X40は生粋の軍用双眼鏡で東ドイツ陸軍などで使用されていたものです。

 どのような違いがあるのか見てみましょう。

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     MILという単位

 これは以前にも紹介した、鎌倉光機 7X50 双眼鏡の視野の写真です。
 矢印をつけてあるように、視野の中に目盛りがつけられています。
 目盛りには「MIL(ミル)」という単位が使われています。

 前回は、「1MILとは、1kmはなれた1mの対象が見える大きさで、約0.057度にあたる」と記述したのですが、HN「落下傘」様より、正確でないとのお手紙をいただきました。
 ここではメールの一部を引用させていただきます。

 MILは円周(360°)を6400に分割した角度単位で主に軍用に使われます。
 おっしゃるとおり1000mで「約」1mを挟む角度で(厳密には98.2cmを挟む角度)、距離を測定するのに便利です。」
  円周は2πradですから、その1000倍は6283.18・・・、それに近くて4分割できる(円周は4直角の為))数字ということで6400と決められたようです。

 私は全くこのことを知らずに、1000Mで1mを挟む角が1MILだとばかり思っていました。
 正しい定義で計算すると、1MILは約0.058度になるようです。

 で、こんな単位が重要かというと、対象までの距離がわかれば対象の大きさを求めることが出来ますし、対象の大きさがわかっていれば距離を求めることが出来ます。

 次のコーナーで、実践例を挙げてみましょう。


     対象までの距離を測る

 これは別な双眼鏡で撮影した写真です。
 中央部の縦の目盛りに注目してみてください。

 横断歩道の標識が見えていますね。
 標識のポールの高さが ちょうど20MILになっています。

 この部分は 私が手を伸ばせば届く高さですから、約2.2mくらいの高さでしょう。
 それが20MILの大きさに見えているわけですから、距離は約110mくらいと概算できます。(誤差が大きいのは御勘弁)

 対象までの距離がわかれば、今度は対象の大きさを求めることが出来ます。
 一番上の写真で、横の目盛りを注目してみてください。

 横断歩道のところで、道幅がちょうど30MILになっています。
 標識までの距離が およそ110mと分かっていますから、この場所の道幅を計算することが出来ます。
 ここでの道幅は、約3.3mくらいということになりそうです。(もちろん誤差は大きいですよ。)

 私たちの暮らしの中で、対象までの距離がわかっていることは殆どありません(レンジファインダーを持っている方を除く)が、大きさの分かる対象は少なくありません。
 家の1階の高さは2.5m程度ですし、普通の道路の道幅は3m程度、自動車は車幅が1.7m前後です。

 掛け算・割り算なので ちょっと頭を使いますが、双眼鏡遊びに幅が出ることと思います。
 まあ、レティクル入りの双眼鏡を持っているような人はごく少数でしょうが、機会があれば試してみてください。
 カメラブランドの双眼鏡でレティクルが入る品は特殊な商品に限られていますが、我が家で使っている鎌倉光機7X50は15000円で売られている品なので、あまり負担にはならないでしょう。


     レティクルを観察する −鎌倉光機 7X50の場合−

 

 これの2枚の写真は、以前から我が家にある「鎌倉光機7X50 WC−302」のレティクルパターンです。
 このパターンは、フジノンFMTRC−SX、タスコ・オフショア、ニコン・マリーン(海外専用)などと共通のパターンとなっています。
 これらの商品は、ヨットや船舶など海上での使用を考えられているようで、機能もそちらに振られた内容です。

 特徴は視野の下1/3に方位磁針が埋め込まれ、正確な方位を知ることができるようになっています。
 一般用の方位磁針で何度の単位まで正確に求めるのは意外と難しいものですが、このような双眼鏡を使えば対象までの角度や、進行方向とのずれを求めることが可能です。 
 陸上では角度だけを頼りにナビゲーションする機会は多くありませんが、海上では重宝される指針になるでしょう。

 レティクルのほうは縦目盛りがはっきりとして使いやすい反面、横方向の目盛りは下部がブラックアウトされているため使いにくい印象です。 海上で大きさや距離がわかるものといえば、灯台の高さとかマストの高さでしょうから割り切られてしまったのでしょうか。
 コンパスが入った上に、中央に横の目盛りを振られたらゴチャゴチャして見難くなってしまうでしょうから、こういう選択で良いのでしょう。

 陸上ではコンパスが少し邪魔になりますが、目的に特化した道具として面白い双眼鏡です。
 横のレティクルも、動かない目標相手なら、十分に実用的ですし、何より値段が安いのが嬉しいところでしょうか。
 重さと、IF方式には目をつむるしかありませんが・・・


     レティクルを観察する −DOCTER Optic 7X40の場合−

 この双眼鏡は、東ドイツ・ツァイスイエナの時代から軍用に製造されていた物です。
 旧東ドイツの陸軍・国境警備隊のほか、スイス陸軍でも採用されていたようです。

 レティクルは上半分に縦の目盛りが振られ、横の目盛りは視野の中央、一番目立つ位置を横切り全視野に渡っています。
 好みの違いがありそうですが、横の目盛りは圧倒的に使いやすい印象です。
 鎌倉光機の目盛りより太い影響もあるのでしょうが、気にしていなくても目の前を目盛りがチラチラしています。
 視野の一等地に目立つ目盛りを配置するなんて、距離や大きさの測定が何よりも重視されたのでしょう。
 キャンプや旅行のオマケとしては楽しい機能です。

 この双眼鏡で変わっているのは、視野の下1/3に付けられた2.5mゲージでしょうか。

 高さが2.5mの対象の大きさから 距離を概算する目盛りで、200mから3Kmまで目盛りが振られています。
 「高さが2.5mの物」ってなんだろうと思っていたら、HN「けろよん」様より 「建物の1階分の高さ」とか「戦車の全高」ではないかとのメールをいただきました。
 戦車の高さは分からないのですが、「建物の1階分の高さ」は大体そのくらいでしょうし、あと身近なところではトラックの運転席なんかが2.5mの物体かなあ、と考えています。

 誤差は普通のレティクルよりも大きいでしょうが、慌てていても距離を判読できる工夫としては秀逸です。
 民生用で考えると、1.5m(自家用車の全高・小柄な人の身長)でも面白そうです。欧州だと人も大柄でしょうから2mの目盛りでも良さそうです。

 特殊なコーティングのせいで出番は少ないのですが、この他にも様々な工夫がなされていて見ていて飽きない双眼鏡です。


     まとめに代えて

 2回にわたって「レティクル」という特殊な題材を取り上げてきました。
 業務用の特殊な双眼鏡にしか使われないシステムなのですが、一度慣れてしまえば癖になってしまいます。

 細かい目盛りだけならさほど視野を妨げませんから 一度体験してみる価値はあると思うのですが、国内でレティクルを装備した双眼鏡はごく僅かしかありません。
 ちょっと体験してみたいという方には 上で述べた鎌倉光機7X50で十分だと思いますし、もうちょっと本格的な用途ならニコン・トロピカルになるでしょうか。
 ツァイスも特注でレティクル入りをオーダーできるようですが、ちょっと現実的な金額ではありません。

 そして何よりの問題は、ここに上げたレティクル入りの双眼鏡の全てが大口径・完全防水の重量級で、ほとんどがIF方式を採用しています。
 個人的にはIF方式をあまり苦にしないのですが、誰にでも薦められる訳ではありません。

 設計者の考えが露骨に出ている道具ですから、欠点を気にしないなら一度手にされてみるのも面白いと思いますよ。
 どうせ、双眼鏡を複数持つなら、そのうちの一台くらい癖の強い物でもいいのではないですか。

 


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