ホームページやカタログで各社の双眼鏡を見ていくと、設計者がどのような用途を中心に考えたのかが見えてくるような双眼鏡が見つかります。
天文用や観劇用など特定の分野に特化した双眼鏡はその形を見ただけで興味が引かれるものです。
中でも私が最も興味を覚えるのは、航海用や業務用に設計されている双眼鏡です。
このような双眼鏡は比較的大口径に作られており、手持ちでは7X50が一般的です。
高度な防水性と耐久性を備えていて、私のような日曜アウトドアマンにはオーバークオリティーな製品ばかりです。
もちろん性能と引き換えにIF方式のピント合わせや普通の同口径双眼鏡の倍近い重さに耐えなければならないのですが、使っていての安心感や機能感には独特のものがあります。
実際、私が今の愛機としているのは某社の海事用双眼鏡(7X50)で、これにはいくつかの工夫がなされています。
下の写真は、左側の鏡筒の写真です。
通常の双眼鏡と異なり、視野の約1/4が区切られ方位磁針の目盛が浮き上がるようになっています。
さらに中央部には細い目盛が刻まれているのが分かるでしょうか(矢印部分に注目)。
この目盛はレティクルと呼ばれるもので、目標までの距離や対象物の大きさを知るために使われるものです。
天体観察やバードウォッチングでは不要の装備ですが、キャンプや旅先ではこれだけでいろいろ楽しむことが出来ます。
レティクル
レティクルは視野の中に入れられた目盛のことで、「MIL(ミル)」という単位で刻まれています。
上の双眼鏡の視野では大きな目盛(←)と小さな目盛(→)があるのが分かるでしょうか。
大きな目盛の間隔が10MIL、その半分にある小さな目盛の間隔が5MILがにあたります。
「MIL(ミル)」なんてはじめて聞く単位かもしれませんね。
1MILというのは「1kmはなれた1mの対象が見える大きさ」で、約0.057度にあたります。
1kmはなれたところから対象が10MIL(上の写真では大きな目盛の間隔)に見えたとすれば、対象の大きさは10mと分かります。
逆に、10mの大きさの対象が5MILに見えたとすれば、対象までの距離が20kmと求められます。
距離がわかっていれば大きさが、大きさが分かっていれば距離が求められる仕組みです。
えっ、実生活では本当に役に立つのかって?
航海中の使用を考えると灯台の高さは海図に記載されていますし、海図とGPSを装備していれば沿岸までの距離を求めることも可能です。
確かに普通の私たちの生活の中では目標までの距離がわかっていることはほとんどありませんし、大きさが正確に分かる対象物も多くはありません。
それでも、よく見回してみるとおおよその大きさが分かる物って いろいろありませんか。
たとえば、車。
普通自動車の車幅は約1.7Mで、車長も小型車の4m弱から大型車では5m前後とおおよそ決まっています。
そういう目で見てみると、店の看板・家の窓・テントの大きさ・人間の身長なんかはおおよその大きさが分かってくるでしょう。
上の写真で見ると、壁の換気窓がほぼ5MILの大きさになっています。
トイレなんかの換気窓は大体50cmくらいと見れば、大雑把に約100mの距離かなと思ってしまうのです。(本当に大雑把ですが)
まあ、そんな調子で自動車が一目盛(5MIL)くらいだったら距離は1km程度とか、いろいろでたらめな想像をしてしまうんです。
レティクルだけならほとんど視野の邪魔になりませんし、このような手にする機会があれば一度試してみてください。
双眼鏡の別な楽しみ方が見つかるかもしれませんよ。
国内で入手できるレティクル入りの双眼鏡は多くはありませんが、双眼鏡の別な楽しみ方が見つかるかもしれませんよ。
余談ですが、このようなレティクルは軍用の双眼鏡でも数多く見かけられます。
かつての東ドイツ国境警備隊に採用されていたというツァイスイエナの双眼鏡にはL字型のレティクルが入れられていましたし、航空自A隊の物というF社双眼鏡にはT字のレティクルが入っていました。
コンパス
上の写真で見ると、視野の下側に3桁の数字で方位が表されています。
写真では「127度」をさしていますから、ほぼ東南東の方角を向いていることになります。
このように双眼鏡に内蔵されたコンパスは細かい角度まで読み取ることが出来るので、海上では船の進行方向を求めるのに使われたりします。
旅行でいつも持ち歩く道具の中にコンパスが入っているのは確かにいろいろ面白いんですし、新鮮な発見が出来ることも少なくありません。
しかし、双眼鏡内のコンパスはレティクルと異なり 無視できない欠点がいくつかあるのも事実です。
まず、私が最も気になるのは視野の問題です。
もう片方の視野にはコンパスが入っていないので一応は全視野が見えますし、方位磁針自体が視野の隅にあるので、上の写真で見るほどは気にならないんですが。
方位磁針がちらちらして気になることがないわけではありません。
また、双眼鏡上部に突出したコンパス部分が持ち運びの邪魔に感じられることもあります。
この手の双眼鏡内蔵コンパスの最大の強みは細かい方位が正確に読み取れる点だと思うのですが、安物の方位磁石では無理でも登山用の高級品では双眼鏡の目盛と同等の精度で読み取れる製品があります。
登山用のミラーコンパス
慣れれば目標の正確な方位がすばやく求められる
確かに面白い道具で機械好きの心をくすぐるんですけど、視野のデメリットをどう考えるかで評価も分かれるんでしょう。
筆者のお勧め
個人的には「レティクルつき・方位磁針なし」の双眼鏡が理想です。
となると、日本の正規ルートで入手できる新品ではニコン「トロピカル」かツァイスの別注品しかなくなってしまいます。
通常のニコン「トロピカル」がレティクル入りでは7000円高になってしまうのは仕方がないとしても、ツァイスの別注は桁が違うので筆者には間違っても手が出ません。
本来であれば小型の双眼鏡でもレティクル入りの製品があっても良いと思うのです。
たとえば30mmクラスの双眼鏡でレティクルが入っていればキャンプやアウトドアに最適でしょう。
小型の単眼鏡はゴルファー向けに目盛つきの商品が多いだけに残念です。
逆に、コンパス内蔵でも妥協するのであればいくつも選択肢があります。
国内大手ではフジノンが7X50で「コンパス・レティクル入り」の商品をラインナップしています。
こちらは通常の製品に比べて価格差が7000円ですから、ニコンよりも方位磁石分がお得になっています。
また、外国ブランドではタスコ・ボシュロム・シュタイナーと同様の商品を発売しています。
レティクルやコンパスが夜間でも見えるようなイルミネーションをつけたり、コンパスがデジタル化されたりと高額商品ほど色々と差別化が計られています。
いずれにしても、双眼鏡の性能自身はいろいろな付帯機能で決まるのではなく、純粋な光学系の機能が重要です。
いかに凝ったイルミネーション機能で付加価値をつけていても、コーティングや素材の材質が劣っていては双眼鏡として十分な性能を持たないのは言うまでもないでしょう。
私が本当に欲しいのはニコン7X50SPにレティクルだけが入ったような双眼鏡ですが、コンパスで妥協できればフジノン「7X50FMTRC−SX」が性能的にも価格的にも最高の一品でしょう。
最後に重大な注意点
ここまで色々書いてきましたが、メガネを使っている方はちょっと注意が必要です。
ハイアイの双眼鏡でメガネを使ったまま覗く場合は問題なくても、めがねを取って覗くと風景にはピントが合うのにコンパスやレティクルが読めないことがあります。
逆にアイ・レリーフが短い双眼鏡ではメガネをしたままではコンパス部分がケラれてしまうことがあります。
どんな双眼鏡でも本当はそうなのですが、出来れば購入前に試してみるほうがベターです。
でも、この手の双眼鏡は確実に取り寄せになってしまうんで、本当は限りなく難しいんですけど。
私の場合、JTBショウの即売会で入手した双眼鏡なのでチェックしようと思えば出来たのですが、当時はそこまで思いが至りませんでした。
買ってきてみたら、アイレリーフの長い双眼鏡なので問題ないんですが、裸眼では遠方の景色にすらピントが合いません。 勿論、コンパスは裸眼では読めないんです。
まあ、レティクルやコンパスがつくような双眼鏡は 前にも述べたように業務用の高級機がほとんどですから、アイ・ポイントが極端に短いことは無いと思いますが。