高倍率双眼鏡を考える
あるメーカーの矛盾に満ちた両面戦略を斬る
このホームページを作り始めて、最初に執筆をはじめたのが「双眼鏡研究室」の「メーカー別カタログ比較」でした。
ニコンなど一流メーカーが手堅い商品構成をとる中、ケンコーの特異な商品構成は印象に残りました。
一般的な倍率の双眼鏡はごく僅かで、ほとんどが異常なまでの高倍率機で占められていたのは以前述べたとおりです。
ところがあちこちで双眼鏡の資料を集めるうちに、ケンコーのカタログでもまともな(スペックの)双眼鏡を多く掲載したカタログを手に入れました。
どちらも2000年版のカタログで、異なる商品を集めた資料の2本立てになっていたのです。
2冊のカタログがどのような思惑で構成され、そこにはどんな矛盾が潜んでいるのでしょうか、詳しく見てゆきましょう。
2冊目のカタログ
下の写真は両方ともケンコーの双眼鏡・望遠鏡カタログです。
青いほうは関東のカメラ用品店にて、白いほうは東北の写真店に入手したものです。
青は平成12年4月発行、白は平成12年6月発行ですから、両方とも最新のカタログです。
同じ時期の同じ社のカタログでありながら、両者は表紙の色だけでなく載っている双眼鏡も全く異なります。
2冊のカタログの内容
青カタログ | 白カタログ | 参考:ニコンカタログ | |
掲載プリズム双眼鏡数 | 54 | 38 | 47 |
コンパクト・ポロ双眼鏡 | 41(75.9%) | 17(44.7%) | 13(27.7%) |
コンパクト・ダハ双眼鏡 | 6(11.1%) | 5(13.2%) | 5(10.6%) |
中〜大型・ポロ双眼鏡 | 6(11.1%) | 15(39.5%) | 23(48.9%) |
中型・ダハ双眼鏡 | 1(1.9%) | 1(26.3%) | 6(12.8%) |
ズーム双眼鏡数 | 22(40.7%) | 11(28.9%) | 5(10.6%) |
瞳径が1未満の双眼鏡 (対ズーム双眼鏡比) |
21(95.5%) | 6(54.5%) | 0(0.0%) |
瞳径が0.5未満の双眼鏡 (対ズーム双眼鏡比) |
16(72.7%) | 3(27.3%) | 0(0.0%) |
凶悪双眼鏡例 | 20〜120X50 20〜100X28 他多数 |
13〜50X27 |
両カタログ共通の双眼鏡:1台
どちらもニコンと比べると異質なカタログなのですが、青カタログの高倍率志向は際立っています。
80倍を超える双眼鏡が8機種、100倍を超える双眼鏡も5機種が掲載されていて、個人的に使っても良いかなと思える倍率・口径の中型機は2機種のみです。
白カタログのほうは確かに小型機種中心ですが、中型から大型の双眼鏡も充実しており 試してみたい機種も有ります。
なかでも7X50が3種類掲載されており、マルチコート機や防水双眼鏡には興味を覚えます。
青カタログから1台目の双眼鏡を選べと言われてもほとんど選択肢はありませんが、白カタログからは入門用双眼鏡にふさわしい商品がありそうです。
趣味人が追求する光学的特性は置いておくにしても、初めて双眼鏡を手にする人が気軽に購入できて 双眼鏡の楽しさを実感できる製品が選べることは望ましい限りです。
ケンコーといえば写真用フィルターでは定評のあるブランドですし、かつては双眼鏡でも「アドラブリック」の競合製品を作っていたこともあります。
白カタログには、青カタログから窺い知ることの出来ない硬派な一面を垣間見た気がします。
2冊のカタログには何が書かれているのか
商品構成から全く異なる青カタログと白カタログ。
掲載商品の違いだけなら、家電製品などでも良く見られることです。
しかし、両者の違いは単純に商品の違いではありません。
両者に記載されている双眼鏡の解説は全く異なり、一部では相反する内容が記載されています。
双方の思想の違いが最も良く出ている部分を見てみましょう
青カタログに示された推奨双眼鏡
これは青カタログより引用した双眼鏡選びの指針です。
カタログに掲載された商品にあわせるように、異常なほどの高倍率双眼鏡を推奨しています。
次に、白カタログの表を見てみましょう。
白カタログに示された推奨双眼鏡表
こちらは一転して、全ての用途で7〜8倍の双眼鏡を推奨しています。
一般的な双眼鏡の選び方ともいえる、極めて正当なものです。
私はどのような用途でも6倍から10倍の双眼鏡が最適だと考えておりますし、オリンパスの同様の表でも7倍から12倍の双眼鏡を推奨しています。
青カタログと白カタログ、どちらの双眼鏡選びが正しいかは一度でも双眼鏡に親しんだ人なら明らかでしょう。
百歩譲って、「各種レジャー(キャンプや旅行のことでしょうか?)」では高倍率双眼鏡の楽しみ方があるかもしれません。
それでも、バードウォッチングに高倍率の双眼鏡は不適切です。
そのような役割は大型のフィールドスコープの出番ですし、高倍率の双眼鏡を使うにしてもそれは上級者がデメリットを知った上で使用しているものです。
双眼鏡選びの表を参考にする層(大方初めての双眼鏡でしょう)であれば、8倍程度の双眼鏡を勧めるのが良心でしょう。
初心者が小型高倍率のズーム機で鳥を視野に入れるのはかなり困難を伴うはずなのですから。
また、スポーツ観戦も高倍率より広視界が優先される分野です。
一度でも球技を双眼鏡で見たことがあれば軽量な低倍率機をチョイスするはずです。
競馬・陸上トラック競技などでは高倍率が生きるかもしれませんが。
青カタログが確信犯的に煽動を行っている一方、白カタログにはこのような記載があります。
「倍率にこだわらず」
この言葉が必要なのは同じ会社が出しているカタログなんですけど。
カタログは何処で配られているか
ここまで両方のカタログを見てくると、青カタログがホームセンターやディスカウントストアで多く扱われる種の双眼鏡を記載しており、白カタログは本格派風の商品を記載していることが分かったと思います。
では、実際に2種類のカタログが何処に置かれているのか調べてみました。
ケンコー双眼鏡取扱店 | 青カタログ | 白カタログ |
カメラ店 9店 | 5店 | 2店 |
ホームセンター 5店 | 1店 | 0店 |
電気店 3店 | 0店 | 0店 |
ケンコー社の双眼鏡を扱っている店自体は多いのですが、カタログまで置いている所は意外と少数派です。
カメラ店では多くの店でカタログを置いているのですが、ホームセンターで見つけることはほとんどありませんでした。
カメラ店で白カタログ、ホームセンターで青カタログという分布を期待していたのですが、ほとんどの場所で青カタログが優勢になっています。
やはり、倍率が高い双眼鏡ほど良く売れると言う現実はここまで浸透しているんですね。
考察−高倍率双眼鏡を考える−
高倍率のズーム双眼鏡が巷ではむしろ主流になっていることは改めていう必要は無いでしょう。
双眼鏡の新規購入者の大多数が(双眼鏡マニアではない)一般人です。
普通は双眼鏡の初歩的な知識が無く、安売りコンパクトカメラを買うような感覚で双眼鏡を手にするのでしょう。
たぶん、何に使おうかという漠然とした目的意識(星を見たい・旅行で風景を楽しみたい等)はあっても、個々の双眼鏡の違いが分からない以上、一番分かりやすい「倍率」と言う数字でモノを判断するのは当然の成り行きです。
一方、売れる商品を用意するのは営利企業として当然のことでしょう。
双眼鏡という商品は、量販できる物ではなく 一人でそう何台も買うわけではないという性質を持っています。
その中で一定の利益をあげようとすると、簡単に製造できて高性能と錯誤させやすい商品を扱うのが手取り早いのでしょう。
特に、ブランドネームを持たない企業ではそれしか道がないのかもしれません。
しかし、顧客に対して誤解を招く指針を示す行為は許されるのでしょうか。
倍率の高い双眼鏡(=高額の双眼鏡)へ客を誘導することで利益率を上げたいという、近視眼的な発想だけでよいのでしょうか。
最も心配なのは、初めての双眼鏡として小型高倍率ズーム機を手にしたユーザーが、次の双眼鏡を欲しいと思えるかという点なのです。
仮にその双眼鏡に不満を持ったとして、次に高性能の双眼鏡に買い換えようとするでしょうか。
逆にそのような双眼鏡に満足してしまったら、双眼鏡の持つ本当の楽しさに触れられるのでしょうか。
どちらにしても、双眼鏡を購入しようと思うような「有望な顧客予備軍」を食いつぶしてしまう結果になってはいないのでしょうか。
うまく育てていけば、高価な双眼鏡を買っていく本格派ユーザーになっていくかもしれないのに。
メーカーが高倍率信仰を煽りつづける限り、日本で欧米並みの台数の双眼鏡が流通することは無いように思えるのです。