双眼鏡の性能比較(5)
ポケット双眼鏡を比較する
双眼鏡は、その正立プリズムの違いからダハプリズム双眼鏡とポロプリズム双眼鏡に分けられることは以前述べました。
ダハプリズム方式は視野の左右を入れ替える屋根型のプリズムを使用します。
鏡筒を直線状に設計でき2軸の折りたたみも可能で、小型化やデザイン面で有利です。
その代わり、屋根型プリズムの製造は技術と手間を要し、割高になります。
一方、ポロプリズム方式は左右にそれぞれ1対の直交プリズムを用います。
小型化では不利ですが、性能は出しやすく より安価に製造が可能です。
大型双眼鏡はポロプリズムの独壇場ですが、最近ではポケットサイズの機種も多く出回っています。
市場で最も見かける口径20mmクラスの双眼鏡では、両方の方式が出回り店頭に並べられています。
どちらの方式も一長一短ありますが、同メーカーで比べるとポロ双眼鏡のほうが安価なのは定説のとおりです。
ところが、性能の優劣はどうなのでしょう。
カタログ数値上はほとんど同じで差がなく思えます。
使い勝手は、見え味は、実際に使ってみて両者の違いを確かめてみましょう。
選手紹介
比較する双眼鏡は、ともに10倍・口径約20mmの製品です。
どちらも小型で携帯性を重視した商品で、このサイズでは「定番」の製品です。
ポロ型の代表はペンタックス「タンクローM」10X22UCF。
小型ポロ双眼鏡の定番中の定番、「タンクロー」シリーズの小型機。
カメラ店のみならずホームセンターなどでも見かける製品です。
下手なノンブランド双眼鏡より安く売られていますから、間違いなくお勧めの一台です。
日本唯一の双眼鏡ガイド「双眼鏡クラブ」(誠文堂新光社)でも、シリーズの8倍機がコンパクト双眼鏡でお勧め双眼鏡の筆頭に選ばれているほか、いくつかのサイトでも評価の高い双眼鏡です。
対して、ダハ式双眼鏡の代表はニコン「スポーツスターU」10X25D
CF。
ここでも何回か取り上げてきた私の愛用機です。
小型のダハ双眼鏡としてはキャノン・オリンパスなどとともによく見かける製品のひとつです。
海外のサイトを探してみると日本より安価に売られているようですが、国内ではタンクローより割高です。
小型ダハ双眼鏡の基準機といえば、ツァイス社製品なのですが一般的な価格ではありません。
このニコンも国内同等機の中では私好みの解像度を持っています。
周辺視野の悪化や強いゴーストなど欠点もありますが、普段は気にならない範囲でしょう。
大きさと値段を考えれば完璧は望みがたいでしょうから。
まずは両者の外観から見ていきましょう。
両方の双眼鏡ともラバーコートされていますが、どちらも防水ではありません。
ラバーも薄く、耐衝撃性の役には立っていなさそうです。
手から滑りにくくする目的がメインでしょうか。
「タンクロー」はポロ方双眼鏡の宿命で折りたたみができませんが、それでも十分にコンパクト。
大げさではなく、手のひらに隠れるサイズです。
ポケットに入れて歩くのは無理でしょうが、日常的に持ち歩いても負担にはならないでしょう。
最新のAPSカメラには負けますが、平均的な35mmコンパクトカメラよりは小型です。
続いて、「スポーツスターU」。
このサイズのダハ双眼鏡ではみんな共通の、2軸折畳式を取っています。
折りたたんでも、鏡筒の長さは変化しませんから、いつも持ち運ぶには少し大きいかもしれません。
が、旅行や観劇にバッグに入れて持ち運ぶには十分な大きさでしょう。
数字上では、「タンクローM」のほうが有利ですが、実生活では一長一短ありそうです。
首に下げて持ち歩くのであれば、長さが短い「タンクローM」が便利ですが、ポケットに入れるときは「スポーツスターU」が便利です。
手で持つことを考えてもダハ式のほうが持ちやすいと思うんですけど、この辺は好き嫌いが大きく出るでしょう。
いずれにしても使い勝手は実物を手にして比べてみるのがよさそうです。
個人的にはバックの隅に入れられればいいほうなので、どちらでもOKです。
双眼鏡の命、肝心のレンズはというと両者ともマルチコートレンズを使っています(少なくとも目に付くところは)。
これは両者の対物レンズですが、一般的なマルチコートで緑色に見えています。
どちらもよく反射が抑えられていて、流行のオチャラケ色付けコートとは一線を隔しています。
接眼レンズの外面もこれと同じマルチコーティングがしてあります。
どちらもまじめな設計で好感が持てます。
余談ですが、ある有名メーカーのコンパクトポロ型双眼鏡で目に付きやすい対物レンズだけマルチコートで、接眼レンズの最外面はシングルコートという製品がありました。
以前はマルチコートの耐久性が悪かったため汚れやすい接眼レンズ外面をわざとシングルコートにすることがあったようですが、いまどき何でこんなことをするのでしょう。
対物レンズは目立つので派手に色をつけて、接眼レンズは手を抜いたのでしょうか(安物双眼鏡の常套手段)。
それにしても、見てわかるレンズ面でもコストダウンされているようでは、内部のレンズ・プリズム面が心配になります。
一面でもマルチコーティングされていれば、「高級感あふれるマルチコーティングの双眼鏡」と宣伝してしまう業者にも問題がありそうです。
カタログでもこのあたりをしっかり区別してほしいものです。
付属品拝見
以前紹介したケンコーの安物双眼鏡はコストダウンのためかレンズキャップがついてきませんでしたが、今回の2機種は接眼レンズキャップのみ付属しています。
[タンクローM」のほうでは写っていませんけど、キャップはついてきています。
説明書はニコンのほうが立派でペンタックスはシンプルですが、まったく問題ありません。
初心者へはニコンのほうが親切でしょうが、この手の冊子がどれだけ読まれているかは疑問ですから。
ニコンのストラップが交換困難な細紐なのに対して、ペンタックスは取り外しが容易な編紐を使っています。
重さを考えれば細紐でもいいのかもしれませんが、交換できるほうがベターです。
小型双眼鏡ではあまり気にならないのですが、大型双眼鏡でストラップが貧弱だと疲れが倍増します。
私は気に入らないストラップはすぐカメラ用の製品に交換しています。
ケースは逆にニコンのほうが優れています。
ニコンはクッションの入ったケースなのに対して、ペンタックスでは裏地のついたビニール布でクッションはなし。
この手の双眼鏡は旅行かばんやザックに詰め込まれることが多いので、ニコンのほうが親切です。
縫製の質はともかく、「タンクローM」のケースよりケンコーのほうが機能的には優れていそうです。。
ソフトケースのスポンジくらいでどれだけ役に立つのかはわかりませんが、ちょっとしたことでは違いが出そうです。
まあ、細かい差はあっても付属品は平均的な範囲でしょうか。
使ってみると
両方の双眼鏡を持ってお散歩してみました。
近くの景色を見回すにも、セキレイやムクドリを追いかけるにも、どちらも十分に使いやすい双眼鏡です。
小型の「タンクローM」のほうが少し持ち運びしやすいようですが、長さがないため使用時の安定性は「スポーツスターU」が若干良いようです。
鳥を追いかけながら視野を比べてみると、全体としてはニコン「スポーツスターU」のほうが確実にくっきりと明るく見えます。
遠くの風景では両者の差は大きくなります。
ニコン「スポーツスターU」のほうが、「タンクロー」より一回り明るく解像度が高いように見えます。
遠くのビルのアンテナや森の木々の分解能では、確実にニコンのほうが上でした。
言葉だけでは違いが伝わらないでしょうから、いつものように写真をとってみました。
まず、「タンクローM」で撮影。
次に、「スポーツスターU」で撮影。
何か違いに気が付きませんか。
そう、色合いがまったく違うんです。
念のため、両者で交互に撮影してみました。
ペンタックス・ニコン・ペンタックス・ニコンと撮影しました。
ニコンのほうが青みがかった色で写り、ペンタックスは黄色みがかっています。
もちろん、どちらもホワイトバランスは変更していません。
写真だけでみると、実際の色はペンタックスのほうが近くニコンの色は不自然なのですが、双眼鏡を見ているときは頭の中で色補正されるのか(少なくとも私は)気になりません。
どちらが明るく見えるかというと、大差でニコン「スポーツスターU」のほうが明るくくっきりと見えます。
対象が遠くになればなるほど、暗くなればなるほど、両者の差は大きくなるように思います。
以前JTBショーで感じたのですがメーカーそれぞれで味付けの違いがあり、某社の説明員は「双眼鏡をのぞいただけでメーカーが当てられる」といっていたのが思い出されます。
ペンタックスも狙ってこのような視野の味付けになっているのでしょうし、ニコンも別なねらいから異なる味付けになっていると考えられます。
どちらも、以前比較した安物双眼鏡のような使いにくさや視野の悪さとは無縁の品ですから、どちらの双眼鏡の味付けを好むかは個人の好みとなるのでしょう。
私の好みはくっきり見える双眼鏡ですから、迷わずニコンが良いと思うのです。
友人や家族5人にも両者を比べてもらったところ、全員ニコンを選んでいます。
が、ニコン「スポーツスターU」より「タンクロー」の味を好む人もいるかもしれません。
正しいかどうかわかりませんが、チラッと見た印象ではライカとツァイスの両ドイツメーカーでも同じような違いがあるように思います。
ライカのほうがここでいう「ペンタックス的な味付け」で、ツァイスのほうがここでいう「ニコン的な味付け」のように思うのですが。
実際にこのクラスの双眼鏡の購入を考えるなら、実際に手にとって見てから自分の好みに合う1台を選んだほうがよさそうです。
詳細にテスト
参考のために両者の収差性能を確かめてみましょう。
近くのマンションの黄色いレンガの外壁を撮影してみました。
ペンタックス「タンクローM」 ニコン「スポーツスターU」
上で見たとおり、「タンクローM」のほうが正しい色を再現できています。
ニコンは青みがかって写っているのも同じです。
「タンクロー」のほうが糸巻き状の収差が少なく 周辺まできちんと正方形に写るのに対して、ニコンでは変形が大きく周辺では視野が悪化しています。
実用上は、比べればニコンのほうが周辺視野が悪いといえますが、使用に差し支えがあるものではありません。
ペンタックス「タンクローM」は非球面レンズを使用しているそうなので、その威力なのでしょうか。
夜間テスト
両者とも小口径の双眼鏡なので天体観測の主力双眼鏡になることはないでしょうが、星空が綺麗だとのぞいてみたくなる機会があるでしょう。
このクラスの双眼鏡でも肉眼より多くの星が見ることができます。
家の庭から夜空を見上げてみました。
普段は7X50を使っているので、視野の狭さと見える星の暗さが気になります。
その中で両者を比べると、やはりニコンのほうが明るく見えるのですが、星のゴーストがちらちらして魅力半減。
ペンタックスは鮮明度では劣りますが、ゴーストやフレアが少なく快適です。
月面の観察でも、ニコンは明るいゴーストが邪魔で仕方がないのに対して、ペンタックスは陰影の解像度は負けるものの十分に観察可能です。
夜間の使用を重視するなら、「タンクロー」のほうがお勧めです。
というか、ニコン「スポーツスターU」は夜景や星空の使用にはまったく向いていないといえそうです。
ニコンの看板を背負った双眼鏡にしてはなんとも不甲斐ないことです。
昼間は抜群の解像力と明るさを誇っているだけに残念です。
他社の小型ダハプリズム双眼鏡はどうなっているのでしょうか。
まとめ
どちらも安い値段にかかわらずよく考えられて双眼鏡といえそうです。
性能の違いは、ポロプリズムとダハプリズムの違いというよりはメーカーの思想の違いからきているように思います。
どのような視野を好むかはユーザー自身が選ぶべきなのでしょう。
筆者はくっきりとした解像力の高さを優先しますので、色再現性で劣るとしてもニコン「スポーツスターU」を選びます。
逆に、色の正確さや視野のやわらかさを好むのであれば、ペンタックス「タンクローM」のほうが「良い双眼鏡」となるかもしれません。
ポロ式双眼鏡とダハ式双眼鏡の形状の違いも、使い方・持ち運び方・ユーザーの好みによって選択されるべきでしょう。
私は折りたたむと単純な形状になるダハプリズム双眼鏡の形が好きですが、首から下げている時間が長ければポロ式の形のほうが安定します。
いずれにしても、どちらの双眼鏡も安心してお勧めできる性能がありそうですし、両者とも10000円以下で入手可能です。
「タンクロー」は安い店を探せば7000円以下で売られています。
変な安物双眼鏡を手にするより、こちらを選ぶべきでしょう。
双眼鏡はすばらしい道具であることを実感できるはずです。
それにしても、この比較をはじめる前はプリズム形式による違いが何か出るだろうと思っていたのですが、メーカーによる味付けの違いがここまで大きいとは驚きました。
本当にここまで違うんですね。
本当は大きな双眼鏡でも試してみたいのですが、個人の趣味のお小遣いでは実現不可能なのが悲しいです。
もし、この記事を読んだ皆さんがお手持ちの双眼鏡で気が付いたことがあれば教えてください。
これから双眼鏡を選ぶ人の参考になると思うのですが。