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十月二日 木曜日 晴れ

どうもマウンテンバイクに慣れてきたら、 今度は二年間乗り続けているシティサイクルのほうに違和感を感じるようになりました。
多分、シティサイクルのサドルが低いからでしょう。
マウンテンバイクと比べると乗り心地の差は顕著です。
サドルを上げようとする欲求と現在戦っています。
上げたほうがおそらく走りやすくなります。
それでも上げないのは、地面に足をつけにくくなるからです。
これまでの乗り心地も壊れますし。
正直、どっちの乗り心地も捨てがたい。

実際どちらに慣れるべきなんだか。



十月三日 金曜日 晴れ

ちょっくらTSUTAYAに足を運んでみた。
TSUTAYAから会員証の期限がもう少しで切れるという知らせの手紙が来たため、 更新ついでに久しぶりにCDをレンタルしに行きました。

借りようとしたら店員の方が、
「土曜日に更新すると更新料が無料になります」
みたいな素敵な事を言ってくれました。
ほんと気付きませんでした。
手紙のほうには書いてませんでしたし、 店内のほうにも分かりにくくちょこっと書いてある程度でしたし。
借りる寸前に、借りるの止めません?なんて事を言われても。
カウンターに行くまでに気付いていたら出直していたのですが、 ここまで来たら借りなきゃ失礼。
ということで更新料200円を払うとともに、 洋楽CDを三枚借りていきました。
というのが今週の月曜日の出来事です。

一週間借りれるというのはゆったり聴けていい。
これまでは一日一枚のペースでしたけど、 今日は聴き比べてみようと三枚のCDを聴き込むことに。
・SCORPIONS「BEST OF ROCKERS'N'BALLADS」
・MINISTRY「PSALM 69」
・BLIND GUARDIAN「IMAGINATIONS FROM THE OTHER SIDE」
以上を借りました。
MINISTRYのCDは題名がちょっと長いので省略。
邦題も読み難いものがあり謎な雰囲気をかもしています。

この中ではSCORPIONSが一番いいと思っています。
ベストアルバムなので当然といえば当然なのかもしれません。
強烈にぐっと来るものはありませんけど、 粒ぞろいで僕は安心して聴けました。
MINISTRYは荒野でかけたいCDです。
始めの勢いであとの曲のほうの印象が薄いですけども。
無機質で攻撃的なのが僕の荒野像にぴったり。
こんな音楽もあるんだなあと、勉強勉強。
BLIND GUARDIANは予想に反してヘヴィでした。
ヘヴィメタルに属するグループなのに甘く見てました。
激しい音楽にありがちな、ワンパターンさはなく、 音楽に幅があってよいです。



十月四日 土曜日 晴れ

阪神が優勝してからというもの、めっきり野球中継を見なくなってしまった。
最近ではまったく試合を見ていない。
というのもテレビで中継をやっていないからです。
ラジオでもやっていないようで、なんともつまらない。
朝、新聞のスポーツ欄を見てこのごろの中日の活躍を喜ぶのが習慣みたいになっています。
それも何日かおきなため、勝ってもそれほど嬉しくないというか。

テレビで野球を放送してほしい。
視聴率が取れないからという報道者の主張も分かります。
優勝が決まってしまったからペナントレースが面白くないという野球ファンの意見も納得はいきます。
でも優勝が決まったからといってつまらなくなるわけではないはず。
消化試合になると、二軍にいる若手やら期待の選手やらがよく起用されます。
そういった選手のプレイを見るのも面白いものです。
こんな選手がいたのかという新たな発見や、活躍を見て来年への飛躍を期待したり。
テレビでやっていないと、それができない。
どうせならまったく野球中継をしないか、 大半の試合を野球中継するかどちらかにしてほしいと僕は思います。
中途半端はいかんです、と思うのは僕だけか。

僕の好きな中日の選手に森野選手がいます。
打撃のセンスがいいと言われ、攻撃面で期待されています。
その彼が近頃活躍しています。
得点に絡む働きをしており、なんとかテレビで活躍を見たいのですけど、それもかないません。
何かやってくれそうな雰囲気を感じさせるしっかりしたスイングに惹かれています。

今年の試合がまだ全部終わっていないのに来年のことを考えるのは不毛ですね。
考えている自分が薄情だと思う。



十月十三日 月曜日 雨のち曇り

昨日は近くの公園で地区の運動会が催されたらしい。
今日開催じゃなくてよかったです、延期にならなかったから。

住んでいるところが公園から近いので、 ピストルの音やら雰囲気を盛り上げる曲やらが聴こえてきます。
それがまた絶妙な調子で耳に入ってきます。
気が散ったり、うるさいと思ったりもしませんし。
活動をするにはちょうど良いバックミュージックといったところです。
また、昔も自分はあの公園で動き回ってたなあ、 なんてしみじみと思い出されます。

学校の運動会と違って、その運動会は自由です。
家に帰ったりする事もできるし、競技に出ない事もできます。
お店も出ていて、ブーメランなどの遊び道具から水飴などの食べ物まであります。
みたらし団子が好きで毎年買って食べたものでした。

今となっては見にも行かず全く参加していない状況ですが、 まだ地区の運動会が好きだったりします。

雨が降らなくて本当によかった。



十月十四日 火曜日 雨

肉が憎い、と言い切れるようになりたい。
冗談じゃなくて本当に。
それを言えるくらいの量の肉を食べてみたいものです。

肉への衝動を断てないでいます。
肉が食べたくて食べたくてしょうがない。
近頃無性に食べたくなってしまいました。
だからといって肉ばかり食べるわけにもいかないわけで。

僕は肉も好きだし魚も好きです。
どちらが好きかというのは比べる事ができません。
ある時は肉のほうが好きで、またある時は魚のほうが好きです。
この好きというのは、食べたいという言葉に置き換えてもいいです。
肉ばかり食べていると魚が食べたくなり、 魚ばかり食べていると肉が食べたくなります。
ということは、秋刀魚をよく食べているのが原因か。

よく考えると菜食主義者ってすごいと思います。
肉を食べたいという欲求を断っているのですから。
生まれてこのかた、肉を口にした事が無いというなら話は別ですけど、 ある日から菜食主義者になったという人もいるはずです。
そういう人は肉のおいしさを知っているわけで、 うまい具合に肉への思いを断っているはずです。
もちろん、肉が嫌いで菜食主義者になったという理由も否定はできません。

肉を食べるのと食べないのでは、食べないほうが望ましいのだと思います。
結構飼育が大変だったり、栄養が偏りがちになったりするからです。
でも、実際は食べたいのですから、ちょっとした理屈で衝動を断つのも不毛な気がします。
僕が菜食主義者になるのは難しいでしょう。



十月十七日 金曜日 晴れ

朝起きたら、携帯電話にこのようなメールが来てました。


From:mika_21@ezweb.ne.jp
Sub:こんにちはー(着信時間06:58)

あすかです。友達のなお達といっしょに紹介サイト作っちゃいました。
http://picyon.com/angel/
仲間を増やしたいので、ぜひ参加をお願いしま〜す☆


突っ込みどころがありすぎて悲しくなってきます。
・仲間ってなに?
・なぜ紹介サイトごときで.com?など。
僕にはもう意味がわかりません。
上のURLを入力する素敵な方はいらっしゃらないとは思いますが。

友達おらんのかな?



十月二十一日 火曜日 曇りのち雨

午後九時頃、謎の停電に襲われました。
ブレーカーを見ても上がったままだし、 雷とか地震があったわけでもないし。
結局数分すれば元のように室内に明るさが戻ったのですけど。

当然ながら急に停電になると困るものですね。
はっきり言って生活ができなくなる。
僕はパソコンでサイトが閲覧できなくなりました。
何をしていても活動は中断されたでしょう。
いかに電気に頼っているのかというのを短い時間で実感できました。

電気がないと人は多分寝ちゃうから、 昔の人は早寝早起きだったんだろうなあと推測。



十月二十四日 金曜日 晴れ

少しずつ気温が下がってきました。
このぐらいの気温でかく汗は、さっぱりしていてなかなかいいものです。
夏の汗がいかにいやなものかというのが分かるというもの。


今日は人生というものについて考えてみました。

人生ってマラソンじゃないかと。
終わるまで走り続ける、それはそれは孤独なレース。

結局は、自分の力で頑張らなきゃいけない。
たまに人が助けてくれたりするけども、 それで辛さが根本から克服されるわけでもないし、走るのを代わってもらえるわけでもない。
脇腹が痛くなったりで苦しい事もあるだろうし、 ランナーズハイみたいに楽しい事もあるだろう。
予期せぬ事態だって起こったりもする。

山あり谷あり。
色んな道がありいろんな場面に出くわす。
上り調子の時もあるし、下り調子の時もある。
雨の日だって風の日だって雪の日だって。
無理をすれば走れなくなってしまう。
かといって楽をしていれば、ライバルに抜かれてしまうだろう。
しかし優劣にこだわる必要もない。
そのマラソンはたったの一度きり。
自分のやりたいように走るのがいい。
でも一度きりなのだから後悔のないようにやらないといけない。

終わりやゴールなどは存在しない。
道は走り続ける限りどこまでも続く。
先のことなど分からない。
だから先のことが知りたければ、走ってこの目で確かめなければならない。

走るのを止めるという事は、人生を終える事を意味する。
マラソンができるのは一度きりだから。
もしかしたら走り終えたその場所が人生のゴールなのかもしれない。

自分のゴールはどこだ。


そんな事を考えてました。
自分に走る力がなくなってきたらどうするのか。
ゆっくり長く走るようにすることもできるし、 全力で走るという選択肢もある。
僕は多分これまでと変わらず自分のペースで走ります。
自分のペースと言っても全力です。
今も全力で走っていると自分では思っています。

走る力を失ってきた人がいます。
僕はその人への対応を考えあぐねています。
やはりその人が走りたいようにさせるのが一番だと思うのです。
けれども、僕はこれまでと同じように走ってほしいと願っています。
おそらくその人はゆっくり走るようにするでしょう。
周りへの配慮がかなり含まれていると思います。
勝手な話、周りよりも自分を取ってほしい。
僕はこれまでの走り方が好きだったからです。
恐れ多くてこれまでと同じように走るようにとは言えません。

走るってのは簡単な事じゃない。
走り続けるならなおさら。



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