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五月五日 月曜日 晴れ

昨日、今日と福井に行っておりました。
福井っていうのはすごいところで、時間がゆっくり動いているように見えます。
それはひとえに人間が急いでいないからでしょう、僕はそう判断します。
何かに追われていないんでしょうね。
一種の余裕すら感じられて、怖さを覚えたりも。
自分に無いものを持っている人には少なからず恐怖を覚えるものさ、 と偉そうにまとめておきます。

露骨に自然が美しいのが福井です。
てらいのない山の様子などは感嘆に値するとともに、畏敬の念すら出てきます。
深みのある緑の色は本当に美しいです。
見ていると吸い込まれそうになります。
見た目がいいだけでなく、目の保養になるため得した気分になります。
人間って小さいよなーと強く思いました。
山とか森に比べたらちっぽけなもんです。

一度はこういうところに住んでみたいです。
現地の人に言わせれば、何もなくて退屈だ、というところなのかもしれませんけど。
でも、山奥に住む人が都会にあこがれる事がしばしばあるように、 町に住む人が山奥にあこがれても不思議ではないと思います。
いつか住む機会が来るかもね。



五月十日 土曜日 晴れ

床屋で頭をさっぱりしてもらいました。
いっそのこと髪の毛なんて伸びなきゃいいのになと、 髪を切ってもらう最中に思います。
切り終わった時の気分っていうのは不思議なもので、 自分が何かを達成したように気分になってしまいます。
失敗されないようにじっとしてるくらいしかやる事はないんですけども。

髪を切ってもらってさっぱりするのは、 見た目だけじゃなくて自分の気持ちなんかも入っていると思います。
雑念とか余計な考えとかも切り捨ててくれるような気がします。
今週は自分の駄目さ加減に意気消沈していたので、 吹っ切れたような気になっています。
重い気分が飛んでいって心なしか身も軽くなりました。

僕はその吹っ切れる原因を、 髪の毛から思いが逃げるということで自分を納得させています。
髪には思いが宿るものだと信じています。
それで、髪を切った時に自分の思いの一部が逃げるのです。
切られた髪のほうにいらない気持ちが移ってしまって、 さっぱりするんじゃないかなあと。
大事な思いが飛んでいったとしても、 必要なんだったらまた生まれてくるでしょうし。

でも、その理屈でいくと、かつらって色んな気持ちがこもってることになりますね。
かぶると本来の宿主の思いが頭の中に入ってきたりして。
急にかつらが怖くなってきた。



五月十四日 水曜日 雨

傘を持っていかずに家を出たら、帰りにずぶ濡れになりました。
雨が降ってくるであろう事を知らずに家を飛び出した自分が悪いのです。
ずぶ濡れになって初めて、周りのみんながみんな傘を持っている理由が分かりました。
家を出るときは、空模様を見て、今日は絶対雨は降らないだろうとか思ってましたから。
そうか。こういうおちか。

傘を忘れたからこそ見えてくるというのもあるはずなんですよ。
十中八九負け惜しみです。
自転車に乗りつつ傘を差す、これは危ないですね。
前が見えない、といいますかむしろ、全体的に不注意になります。
ちょっとは僕を見習ったらどうだ、と言わんばかりの危険さです。
今日はひかれかけました。
僕も傘を差しながら自転車に乗ることはよくします。
止めようと思ってついやってしまいます。
やるのなら本当に注意深くならないと。



五月十五日 木曜日 曇りのち雨

家を出るときは雨は降らなさそうだったのですけど、 昨日と同じ鉄を踏むのも嫌なので傘を持っていきました。
案の定、雨は降ってきました。
おかしいなあ、いつもなら降りそうな空模様じゃないのに。
去年の自分なら間違いなく今日も濡れているはず。
天気が不安定なようで、うかうかしてられないです。

のんびり寝転びながら、中日対ヤクルト戦を見ておりました。
ダブルプレーにできるところをエラーが。
エラーって結構味方の戦況にひびくよなあと思わされました。
エラーしたあとには結構点が入るんだよなあ、 とか考えていたら案の定点が入ってしまいました。
ヒットとエラー、同じく塁に出るにしても、両者では重さが違うよなあと。
エラーのほうが重いです。
これは別の物事にも通ずると僕は信じております。



五月十八日 日曜日 晴れ

失策をやってしまった。
そんなつもりはまったくなくて、言わば自分の不注意みたいなものです。
送球をそらした野手が打撃で取り戻そうとする気持ちが分かるような気もします。
そうでもしないと自分の心の釣り合いが取れなくなるんでしょうね。
ふがいなさとか愚かさとか苦悩が頭の中で渦巻いてます。
そして、なんかこう、じっとしているのに耐えられない自分がいます。

僕がとった行動はとりあえず、やけ食い。
気持ちは少し落ち着きました。



五月二十三日 金曜日 晴れ

近日の不安定な天気から解放されて、天気が晴天に安定してきました。
いよいよ気温も上がってきて本格的に夏に向かいそうです。
日差しも強くなってきています。
その影響で電車の乗客も日に焼けて、健康的な肌色をしていました。

木々も茂ってきています。
僕は春の草木の色が好みなので、色がちょっと変わってしまうのは残念です。
鳥なんかも元気そうに飛び回っています。
いつの間にか、小さな生き物達も活気付いてるなあと思わされます。
ぼーっとしてると、自分だけが取り残されそうです。
そろそろ春服をしまってもいいか。

蚊が血を吸うのは勘弁。



五月二十四日 土曜日 晴れ

ヤマダ電機で新しいマウスを買いました。
4980円でした。
なのにどうしたことかレジで、
「4179円になります」
と、はっきり言われました。
マジで?ラッキー。
って、よく考えると値段の表示が間違っていたということになるのでしょうか。
ちょっと複雑な気分になります。
あれこれどれにしようか悩んで、 性能の良さそうな値段の高めのマウスを買ったのに値段が違ったのでは。
僕の悩んだ時間は一体。

マウスのメーカーはLogicool。型番はMX-300です。
買った一番の理由はアプリケーションボタンという、 起動アプリケーションの切り替えができる機能があったからです。
前使っていたマウスが使いにくかったというのもあります。
中央のやつがホイールになっているものがどうしても欲しかったんで。
ただ光学式という一点のみに不安を覚えました。
操作性が悪いという噂を耳にしましたので。

帰宅してから使ってみると前のマウスよりも断然使いやすい。
軽いし、手に馴染むし、追従性も高い。
マウスに慣れている最中に問題が1つ。
左クリックをするだけで左クリックと右クリックを同時に行うという味な真似を。
これはマウスのソフトが悪いのか?ということで最新のバージョンをダウンロードしました。
6MB……ダイヤルアップ環境には辛すぎる。
結局治りましたけど、ホイールの性能が良くないという情報を入手してしまいました。
ただ、僕はあまり気にならないので大丈夫そうです。
全体的に性能は高そうですし、長く使っていけそうです。

一つ疑問に思うことがあります。
どうしてマウス用のケースって無いのだろうと。
前のマウスはお払い箱になるわけですけど、入れておくものがありません。
ほっておくにしても、どこかに保管しておくにしても、 ほこりをかぶってしまって再び使ったときに使いづらくなってしまいます。
僕がさらにマウスを買った場合も、今日のマウスはどっかにしまわれます。
今日のはケースがあるのでそこにしまえば一件落着になります。
ただ、現実は捨ててしまったりどこかにいってしまったりして、 そうもうまくはいきません。
今回の箱は中途半端に大きいですし、出し入れが面倒な構造になっているので、 マウスケースがあったら便利だなあと。
そうすれば持ち運びもしやすいし、出し入れも楽。
箱も遠慮なく捨てられる。
あったらいいなあ。



五月三十一日 土曜日 晴れ

人は一生のうちに何にどれだけのお金を使うのだろうか、と急に思いました。
やはり人によって違うのだろうなあと。
一見みんな同じようで、実は差があると思っています。
養育費にやたら使う人や食費に重きを置く人、 趣味につぎ込む人もいれば、自分は使わず後世のためにとっておく人。
いろいろな人がいてもおかしくない。

聞くところによると、一般のサラリーマンが一生で働いて得るお金は二、三億らしい。
もっとも、この額は定かではないので自分も本気にしないでおこう。
これが少ないか多いかというと僕は少ないように感じてしまいます。
これといった根拠はありませんけど、少なくとも多いとは思いません。
多けりゃいいってもんじゃないですけどね。
比例して物の値段も上がるでしょうから。

となると、このお金を何に使っていくかということになるのですが、 あまり考えたいとは思いませんし、そういう考え方はどうなのかと思います。
自縄自縛に陥ってしまいがちですから。
人生設計の上では大事なのかもしれませんけど、 あまりがっかりしたり諦めを作ったりしたくはない。

本に大金を割けるようになれたら、と思う次第です。
そのためには頑張るしか。



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