終章 愛にすべてを
1
シグルドたちが別荘から外へ出ることが出来たのは事件解決の、その日だった。
デューが仲間と逸(はぐ)れてしまったのはどうやら本当で、彼の捜索が行われたためらしい。そのうち近くにあるこの別荘に捜索の情報を得ようと、電話をかけたが繋がらないため、不安に思った捜索隊がこの別荘を訪れ、彼らを発見したのである。
捜索隊も、死者二名、負傷者一名が出ているこの殺人劇にはかなり驚いたようだった。
ジャムカはケガをしていることもあって、近くに来ていた捜索隊の車で他のメンバーよりも先に帰ることになった。その帰り際、ジャムカは一言、
「俺、やっぱり自首するよ。」
とだけ、言い残していった。
あの真実を紐解(ほど)いたシグルドの推理とジャムカの告発の後、シグルドは全員の前でジャムカに言った。
「私はジャムカの計画を打ち砕いた。
もしかしたら、私を憎むことになったかもしれない。でも、私は正しいと思って言った。
私がしたことはここまでだ。もし、このまま、真実を伏せて生きていっても、そこは私の口出しする領域じゃない。
自首するかどうかは自分で決めてほしい。」
ジャムカは即答を避けたが、結局、自首という道を選んだ。生きて罪を償う道を。
2
−−−あの事件から二週間が立った。
「えっ!? 嘘だった?」
喫茶店の中でシグルドの声が木霊した。
慌てて周囲の目を気にしたシグルドだったが、幸運にも自分たちの他におらず、従業員が少し迷惑そうな顔を見せただけだった。その従業員も然程(さほど)気に留めることなく、自分の仕事に戻った。
この日、シグルドは想いも寄らない人物から電話を受けて呼び出された。
「ま、嘘も方便ってヤツだよ。」
その電話をかけて来た人物であるデューがニタニタと笑いを浮かべた。
彼の横には白いワンピースにヘアバンドという他所行きの格好をした一人の女性が座って話に耳を傾けている。
ブリギッドである。
アーチェリーをしていた時の彼女と対照的に、女らしさを感じさせる衣装である。
シグルドも顔を合わせたのは二週間ぶりだった。
テーブルにいるのは三人だけだ。
「すごかった? オイラの演技。」
「演技っていうよりも詐欺じゃないのか?」
わずかにブリギッドが突っ込む。
「ひどいなあ。ブリギッドさん。」
「それにしても、信じられないな。あのジャムカを必死に説得してた話の内容がほとんど作り話だったなんて・・・」
シグルドは思いっきり呆れ返った。
この喫茶店に呼び出していきなり話した内容がこの通りだ。
デューがジャムカにした告発−−−それがとっさの作り話だったという話だった。
「へへっ。あれだけすごい推理してたシグルドさんもオイラの嘘は見抜けなかったんだね。ま、母さんが再婚してたとか、死んじゃったっていうのは同じだけど。」
「いや、本当にすごいな、デュー。
でも、そのおかげでジャムカを説得できたんだから良かったじゃないか。」
「ありがと。シグルドさん。誉め言葉としてもらっとくよ。」
シグルドはレモンティーを少し飲んで間を空けると、あの事件の後、一つ残っていた疑問を投げかけた。
「なあ、ブリギッド、あの事件の中で、どうしても分からなかったことがあるんだけど、答えてもらえないか?」
「ん? いいよ。」
「前にも聞いたけど、どうして、デューを隠していたんだ?」
「それは、その・・・」
軽く答えたブリギッドだったが、その質問を聞くと、はにかんだ笑顔を浮かべ、解答につまずいた。
「あ、オイラが答えるよ。」
ブリギッドに代わってデューが答える。
「あの事件の後、帰りがけにエーディンさんがこそっとオイラに教えてくれたんだ。
『オイラが高校の時に付き合っていた彼氏に似てる』って。
エーディンさんとその彼氏は別々の大学に行くことになって、それまでになったみたいだけど。
それに、大学に入ったら入ったでジャムカさんみたいなもっと素敵な人が見つかったんだから仕方ないよ。
それで、ブリギッドさんは・・・」
「う・・・、ちょっと待ってくれよ。デュー、言わないって約束だったじゃないか。」
慌ててブリギッドが止めようとする。
「あ、そう。ならブリギッドさん、続きをどうぞ。」
「そういう返し方をするのか?
お前にだってあんまり伝えたくなかったんだぞ。」
顔を赤く染めたブリギッドは迷っている様子だったが、手元にあるアイスコーヒーをストローで飲み干すと覚悟を決めて話を続けた。
「−−−そのエーディンの昔の恋人っていうのが、私の初恋の人でもあるんだ。」
「えっ?」
ティーカップを持つシグルドの手にも思わずが入った。その拍子にレモンティーの滴(しずく)がカップの外へ飛び出す。
「そ、そういうことなのか。ハハハ・・・。」
「シグルドさん。笑いが乾いてるよ。」
デューの鋭い指摘。
「そうか、じゃあ、ブリギッドの考えは・・・」
デューの対応からすれば、デューは既にこの話を知っている。
割と厳格な性格のブリギッドが「初恋」のような話をするということや、話の流れからして、この二人がそれ相当に親密な関係であることはシグルドでもなく、容易(たやす)く汲み取ることが出来たであろう。
「多分、シグルドさんが言おうとしてることは当たりだよ。ね、ブリギッドさん。」
ブリギッドの顔がまた赤くなる。だが、ブリギッドはパッと表情を変えると堂々と言った。
「ああ、私はデューに惚れたんだよ。容姿が初恋の人に似てるだけじゃなくて、・・・その、何だ。ジャムカを口説いた時も、ミデェールに抗議した時もカッコ良かったし、話をしてても面白いし。
だから、この前帰る時に連絡先を教えてもらって。」
「分かったよ。もう疑問は解けたよ。エーディンがデューを見て、昔の恋人に対する恋慕が蘇るかもしれないって心配したからだろ。
それじゃあ私は先に帰るよ。邪魔したな。」
話が長くなりそうだと判断したシグルドは伝票を持って早々に席を立った。
「おごってくれるの?」
「自分の分だけだよ。」
「ケチだなあ。」
「シグルドの言う通りだ。自分の分くらい自分で払え。」
「あ、ブリギッドさんまで・・・」
言い合う二人を残して、シグルドは会計をする。
その時、ふと、二人の声が耳に入って来た。
「ま、ジャムカさんには悪いことをしたって気もするよ。」
「えっ? 弟だって嘘をついたこと?」
「うん。でも、ジャムカさんも単純だよ。全然証拠もないのに信じちゃってさ。」
「そう言えばそうだな。良く考えれば、肝心の母親の名前も言わなかったし。」
「そうだよ。でも、結果オーライだよ。
もし、あの時そのことを指摘されて嘘だってバレたら、多分、逆上しちゃってアウトだったかもね。」
「そうよね。
あ、そうそう、デューの母さんってどんな人だったんだ?」
「えっ? 言うの?」
「いいだろ、別に。私だって、思いきって白状したんだ。
そうだな。まずは名前だな。」
「変なところに興味持つなあ・・・。」
「ちょっと気になって。」
デューは嫌々そうながらその名前を言った。
「えっ?」
ブリギッドの顔が変わる。シグルドもブリギッドの奇妙な声を聞いて二人の方に目をやる。
「ジャムカの母さんと同じ名前だ。」
終章 終わり