第4章 誰がために
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ジャムカの顔が驚愕を示した。
「な・・・。何だと?」
「私がさっき言ったジャムカの行動の中に一つ言わなかったことがある。それは、『十番目の来訪者』をアピールするために初日にエーディンの前に現れたことだ。
最初、私はその正体をデューだと思った。」
「だから、それはオイラじゃなかったんだってば!!」
デューが相変わらずのふてくさった顔をして言い返す。
「私はその正体がデューでないと分かった時、『十番目の来訪者』がジャムカと確信できた。
その時、ジャムカは草むらからエーディンに姿を見せた後、キッチンの窓から別荘内に入って、ミデェールたちの出ていった後に紛れるように一緒に外に出てきたんだ。
その時にかかった時間は30秒もあれば充分だ。それは私が試したから間違い無い。
覚えているか?
一番最初にジャムカ、君に事情徴収をした時のことを。
お前はエーディンにいつから人影に気付いていたのかを聞かれた時、こう言ったろ。『シグルドに言ったのはブリギッドが落とした皿を拾っていた時だ』と。
あの場所は別荘の構造上、中から見ることは出来なかった。それなのに何で皿を落としたのが『ブリギッド』だと分かったんだ?
あの時悲鳴をあげたのはエーディンだった。
しかも、悲鳴と同時に皿の落とした音が響いたんだ。
どう考えても、それを聞いただけなら、エーディンが落としたと思うのが当然なのに・・・。
それが『ブリギッド』だと分かったのはその状況を見ていたからだよ。草むらの影から。
エーディンも聞いていただろ・・・」
「−−−」
ジャムカはついに口を閉ざした。
代わりに口を開いたのはエーディンだった。
「そんなこと言ってなかったわよ!!」
だが、その顔はためらいを見せている。
「エーディン!?」
「言ってなかったわよ・・・ねえ、ジャムカ!!」
エーディンが覗き込むようにしてうつむいているジャムカの目を見る。
「−−−」
エーディンの加護を受けてもジャムカは言葉を発しなかった。
「違うよね。ジャムカ・・・」
エーディンの目からはいつの間にか涙でいっぱいになっていた。
その涙が頬を伝った時、ジャムカの重い口が開かれた。
「エーディン・・・。もういいんだ。」
そう言うと、ジャムカは急に落ち着きを取り戻し、椅子に座り断言した。
「どうして? 何でそんなこと言うの?」
エーディンがジャムカのケガをしていない方の腕をつかみ、揺さぶった。
「これ以上、俺を庇わないでくれ。君まで罪を犯すことになる。」
「で、でも!!」
「−−−シグルドの推理通りだ。俺が二人を殺したんだ。」
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「どうして・・・、お前がそんなことをしたんだ?」
ブリギッドがジャムカに困惑の目を向ける。
誰もが信じられないといった表情でジャムカを見ていた。
「エーディン、ブリギッド・・・。君たちには辛い話になるかもしれない。」
ジャムカは前置きにその一言を述べると、目をつむり、ボツリと吐き捨てた。
「君たちの父親、リングさんは自殺なんかしていない。
−−−あの二人に殺されたんだ。」
憎しみと哀しみが強く込められた言い方だった。
「俺のお袋は体が弱く、俺が産まれてすぐに死んでしまい、俺は親父の手一つで育て
られた。
俺の家には他に俺の兄貴が2人いたが、どっちも最低のヤツで、学校にも行かず、就職もせず、親父に人一倍苦労をかけさせた。
親父は子供三人を食わすために働いてばかりだった。
俺は幼い時から、ほとんど構ってもらえないで、思い出もあまり残らなかった。
結局、親父は俺が中学の時、過労がもとで死んでしまった。
それにも関わらず、兄貴たちはいい年して職も持たず、ただブラブラするだけ。
俺は、そんな兄貴たちに嫌気がさして中学を卒業して家を出た。
小さくてオンボロのアパートに下宿して、自分の貯金とアルバイトで何とか高校生活を続けたものの、次第にその生活に行き詰まって来た。
−−−そんな時、俺に救いの手を差し伸べてくれたのが、エーディンたちの父親、リングさんだった。
リングさんはアーチェリー会ではかなり有名な人で、加えて、その当時、若い人材を捜し求めていた。
俺は、たまたま、中学校の頃からアーチェリーをやってて、幾つかの大会でそこそこの成績を残していた。
そのおかげで、彼の目に留まることが出来たんだ。
リングさんの援助で、金や下宿する場所まで手を回してもらった。大学に入れたのも、リングさんのバックアップのおかげだった。
何しろ、大学入学のために、大学の四年分の授業料を払ってもらう約束までしてもらっていたからね。
俺は、大学に入る頃にはリングさんを実の父親以上に慕っていた。そう、たった一人の俺の家族として・・・。
そして、俺は、アーチェリーにも力を入れているこのヴェルダン大学に推薦で合格した。」
「そんなことを、父さんはしていたのか?」
ブリギッドはそのことを初めて聞いたようだった。それはエーディンも同じだった。
「ブリギッドがその事を知らないのと同じように、俺もリングさんの娘である君たちのことを知らなかった。
それに、俺は大学とは別のリングさんの経営するアーチェリージムに通っていたから、このアーチェリー部に入部もしてなかった。
でも、俺はあるきっかけでこのアーチェリー部に入部を決めた。
−−−リングさんが自殺したって話を聞いて・・・。
俺が大学の二年の夏だった。
自分の経営するジムで首吊りしたという話だった。
でも、その話を聞いた時、俺は他殺だとすぐさま見破ったよ。
その自殺したっていう日は、俺とリングさんが面会する前日だった。しかも、その日、俺は電話で確認までしたんだ。それなのに、自殺なんて・・・。
俺は、色々とリングさんについて調べた挙げ句、自分のいる大学のアーチェリー部にリングさんの娘がいると知って、この部に入部した。
何の手がかりもつかめなかったが、おれはそこでブリギッドやミデェール、エーディンと出会え、自分の今までやって来たアーチェリーを続けることができ、それはそれで楽しかった。
俺は復讐を忘れ、大学生活を送っていたよ。
−−−けど、それも去年までだった。あのアンドレイという男が入部するまでだった。
あのアンドレイ入部し、事実を知った時、俺は復讐を心に決めたんだ。
今年の四月・・・。アンドレイが入部してすぐ、俺はミデェールがアンドレイを呼び出したのを見て後を追った。
入部した時から今のような態度をするアンドレイに、少し嫌悪していたから、ちょっと気になっていたんだ。
そこで、二人のとんでもない話を聞いてしまった。
−−−ミデェールが金と、ブリギッドを紹介してもらう約束でアンドレイから頼まれたリングの殺害をやっていたって話を・・・」
「ミデェールが!?」
ブリギッドが思わず声を上げる。
「そうだ。あの二人の計画でリングさんは殺された。
聞くところによると、今から2年前、アンドレイが高校生の時、無免許で盗難車を乗り回し、過って人を轢いてしまったらしい。
そのままアンドレイは逃走したが、警察の目を逃れるためにリングさんに相談して、何とかその時のアリバイ証言をしてもらったんだ。
けど、罪の意識が重くなったリングさんは、警察に自首することにした。
このことを告げられたアンドレイは、自分の身を守るためにリングさんを殺すことを決めた。
そして、ばれないように、自分で手を下さず、ミデェールを利用してリングさんを殺した。」
「でも、何で殺す必要があったんだ!! 」
ブリギッドが大声で問い詰める。
彼の良心を揺さぶるような声だった。
「時間が無かったんだよ。時間が・・・。」
「時間!?」
「そうさ、俺はそのことを聞いた後、執拗にアンドレイとミデェールの二人をマークした・・・」
その言葉を聞いて、シグルドは、初日に、アンドレイとミデェールが密会を見かけた時、ジャムカに鉢合わせたことを思い起こした。
今考えると、これは偶然ではなく、必然だったのだ。
「そのうちに俺は、ヤツらのまた新たな計画を知った。
ブリギッドを脅迫するための材料を見つけ出すという計画さ。
−−−アンドレイにとっては邪魔な姉を口出し出来なくする方法。
−−−ミデェールにとってはブリギッドを自分ものに出来る方法。
もし、見つからなければ無理矢理にでも作り出すとも言ってたよ。しかも、実行に移すのはこの合宿が終わってから・・・。
その前に何とかしようと思ったんだ。でも、警察に突き出すにしても証拠が無い。
だから・・・、俺は蘇った復讐心と共に、二人を−−−殺した。
・・・どっちも救いきれない者さ。自分の敵を何としてでも抹殺しようと計画する
ヤツ。金と女のために人を殺すヤツ・・・。」
それだけ言うと、ジャムカは静かに立ちあがった。
「・・・けど、俺も救いきれない者なんだ。
相手が、どんなに救いきれない最低のヤツであっても、人を殺してしまったんだから。」
と、ジャムカが突然机の上を越えてシグルドの前に走り寄った。シグルドの脳裏に悪
い予感が走る。
「まさか!?」
そして、ジャムカは机の上にあった鉄串を手に取った。
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「近寄るな!!」
鉄串を構えながらジャムカが叫ぶ。
「救いきれない人間には、それ相応の死に方があるんだ。」
「やめろ!! 死ぬ気か?」
シグルドが必死で説得しようとする。
「父さんがそんなことをして喜ぶと思っているのか!?」
ブリギッドもそれに加わる。
「お前の苦しみは私にも痛いほど良く分かる。
でも、お前は救いきれない人間なんかじゃない!!」
あのブリギッドの目にもうっすらと涙が浮かんでいる。
「最低にまで落ちてしまった人間は、死しか残っていない。・・・分かるだろ。」
「分かるものか!!」
「シグルド!! もっと早く、お前みたいな奴と会っていれば、俺はこうならなかったかもしれない。
・・・でも、もう遅い。」
そう言って、鉄串の先を自分の喉へと向ける。
「お願い!!もうやめて、ジャムカ!!」
エーディンが泣き叫ぶ。
「エーディン。ごめん。・・・俺は君の気持ちにこたえられない。・・・俺に残されたものはこの汚れきった命だけなんだ。」
ジャムカが静かに目を閉じる。
と、その時、ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れた。そして、一人の人物が立ち上がる。
デューだった。
「もう、やめにしようよ。・・・残されたものはここにもあるんだよ。」
「どういうことだ? 何が言いたいんだ?」
ジャムカが閉じていた目を開き、デューに視線を注いだ。
「ジャムカの母さんは、オイラの母さんなんだよ。
−−−そうだよ、ジャムカさんはオイラの兄さんなのさ。」
ジャムカだけと言わず、誰もが動きを止めてデューの次の言葉を待った。
「ジャムカさん、父さんに母さんは死んだって言われてたみたいだけど、本当は離婚していたんだ。
それで、その母さんが再婚してオイラが生まれた・・・」
「とっさのでたらめを言うな!!」
「うそじゃない!!」
ミデェールと言い争っていた時と同じ位の大声だった。
「うそ・・・、だろ・・・」
ジャムカが大きく動揺する。
鉄串の先が僅かに喉元から外れる。
シグルドはそれを見逃さなかった。
素早くジャムカの鉄串に飛びつき、手からもぎ取る。
不思議にジャムカからは何の抵抗も感じられなかった。
「嘘じゃないよ。母さん、ジャムカさんのこと忘れてなかったよ。アーチェリー大会があった時、いつも、ジャムカさんの応援に行ってたよ。
オイラも何度か連れてってもらって、そこで、ジャムカさんを知ったんだよ。
母さん、本当はジャムカさんに会って話がしたかったって言ってた。
でも、離婚の時の調停で、母さんは子供の面倒を観なくていい替わりに子供の前に姿を見せないことが決まっていたんだって。
だから、一度も顔を合わせることは出来なかった。」
「本当なのか?」
「母さん、去年死んじゃったんだけど、オイラにジャムカさんの住所や学校のことが書いてあるメモを残してくれてたんだ。
それを元にオイラ、ジャムカさんのことをあれこれ調べたよ。
オイラがここに来たのも実は分からないようにジャムカさんに会うためだったんだ。
・・・隠れてたのも、ジャムカの父さんがオイラのことを教えていて、顔が知られてるかもしれなかったからだよ。」
「オトウト・・・。弟・・・」
ジャムカが何かにとり憑かれたようにその言葉を繰り返した。今までで一度も使う必要の無かったその言葉・・・。
「それに、−−−分かってるハズだよ。血の繋がった人間より、ずっと大事な人もいるってこと!!」
名前こそ挙げなかったものの、誰のことを言っているのかは明白だった。
「・・・。
−−−そうだったな。
・・・俺はまだ命の他にも持ってるものがあったんだ。」
そう言ってエーディンに目を向ける。同時にエーディンがジャムカに飛びついた。
「うぐっ! 痛ぁ!!」
ケガした左腕からの痛みに思わず声を上げるジャムカ。声は小さかったが、デューが思わず吹き出した。
「あ・・・、デュー!! てめえ、俺はまだ弟と認めてないからな。」
「いいよ。オイラも・・・、兄さんなんてこれっぽちも思ってないから。」
そう言って、デューが親指と人差し指で1センチほどのスペースを作る。一方のジャムカも言葉は荒っぽかったが、失われていた笑顔が戻っていた。
「−−−ま、何とかなったかな。」
シグルドはため息を一つ吐いて肩の力を抜いた。
「ったく、シグルドさん・・・、説得する力が全然無いんだなぁ・・・」
「うるさい、アレク。お前、口も出さなかっただろう。」
「いや、あれは、タイミングが悪くってさ。」
「アレクは口ばっかりなんだよ。」
「えっ、ノイッシュ、それは無いだろ。お前も同罪だよ。」
「そういうことにもなるか・・・。」
静かにノイッシュとアレクも笑い合った。
シグルドはそれを見ながら、一つの事件が完全に幕を下ろしたことを感じていた。
血みどろの事件の後とは思えない安心感が自然と湧きあがってきた。
第5章 終わり