第5章 誰がために
1
シグルドは食堂に全員が集まり、席に着いたのを確認すると自分も椅子に腰を掛けた。
そして、重々しく語り出す。
「ここに集まってもらった理由は・・・」
そう言って、全員の顔を見回す。全員がシグルドに視線を向けていた。
「−−−この一連の事件を起こした真犯人。『十番目の来訪者』がこの中にいるからだ。」
声を張り上げてはっきりと言い切る。
すると、すぐにジャムカが反論する。
「えっ!?待ってくれ、『十番目の来訪者』の正体はミデェールだったんじゃないか?
何で、今更、真犯人なんて言い出すんだ。」
「私も、まんまと騙されたよ。でも、よく考えてみればラジカセのトリックはミデェールに罪をなすぐりつけるためのフェイクだったんだ。
今思えば、『十番目の来訪者』という名を語って手紙を残したのも、犯人がこのメンバーの中にいることを予想させておいて、ミデェール犯人説をすんなり通すためだったんじゃないかな。」
「と、言うと?」
アレクが合いの手を入れ、シグルドの推理に頭を突っ込む。
「ジャムカが射られた後、一番最初に駆けつけたのはミデェールだったろ。
このラジカセのトリックはアリバイを作り出すための物だから、自分の行動を証言できる人が必要となる。
にもかかわらず、事件時に誰かと一緒にいたわけでもなく、誰かと一緒に駆けつけたわけでもない。
別荘内で姿を見られなければ、真っ先に疑われる第一発見者になっている・・・」
全員がシグルドの新たな指摘に納得する。
だが、その中で一人「信じられない」といった表情をしている人物がいた。
シグルドは、それに気付かないようにして、話を進める。
「そして、ミデェールではアンドレイは殺せない。」
「どういうことですか?」
と、アーダンが聞き返す。
「ジャムカが襲われた後、私は犯人がこのメンバー内にいるとも、十二分に警戒するようにとも言った。アンドレイもそれを聞いていた。
それにもかかわらず、アンドレイは夜にやって来た客に扉を開けた。
何故だと思う? アレク。」
「えっ?」
突然名指しで呼ばれたアレクは驚いた形相をする。
慌てて考えを巡らせたが、思い当たる節は無かった。仕方なく、分かる範囲で答えを出す。
「分からないんですけど。アンドレイがトイレかなんかで出てくるのを待ち伏せしてたんじゃないですか?」
「それは、多分ありえない。部屋の前で待っている姿を他の人に見られたらすぐに犯行がばれてしまう。
答えは簡単だ。アンドレイがその人物を犯人じゃないと確信していたからだ。
だから、始めは少しは疑っていたのかもしれないけれど、最終的に扉を開けたんだ。
そう考えると、やっぱり犯人はミデェールじゃない。
何しろ、ミデェールには、『アンドレイから金を借りたままで返せない。』という殺害の動機があるんだから。」
そこまで聞いたブリギッドが顔をしかめながら尋ねた。
「でも、何を根拠にアンドレイはその人物を犯人じゃないと誤認したんだ?」
「弓を射ることの出来ない人物だったからだよ。」
「? 何を言い出すんだシグルド。」
ブリギッドは更に顔をしかめる。
「今回の事件の始まりはイチイバルが盗まれたことから始まった。
私は、犯人がイチイバルをが盗んだ理由は、武器として利用するためだと思った。
ここにいる誰もがそう思ったと思う。
−−−だが、イチイバルが盗まれた本当の理由は別にある!!
それは、被害者に刺し傷を、そして現場に刺さった矢を残し、犯行に"弓"が使われたと思い込ませるためだったんだ!!
加えて言えば、犯人の狙いはその思い込みを作り、弓の使えない自分から容疑の疑
いを外すことにあった・・・。
アンドレイもそれに見事に引っかかったんだ。」
「何を言ってるんだシグルド。 弓が犯行に使われたと思わせるって言うけど、じゃあ、俺やアンドレイの傷痕は何だと言うんだ!?」
ジャムカが反論を見せる。それに対してシグルドは少しも動じなかった。
「犯行に使われたのはこれだよ。」
そう言って、机の下に置いてあったものを取り出す。
「これは、バーベキューの時に使った鉄串!?」
意外なものの登場に目を丸くしながら確認するブリギッド。
「その通り。これをフェンシングをするように突き刺して、ジャムカのキズを作り出したり、アンドレイを殺したりしたんだ。
見た目は矢とは全く違う物だけど、身体に突き刺して引っこ抜けば、大きさに多少の差が出たとしても、見た目は矢が刺さった痕(あと)によく似た傷穴が出来る。
これを見せて矢が刺さったように見せかけたんだ。
このトリックを使えば誰にでも犯行が可能になる。力が弱くても、重い弓を持てなくても、片手しか使えなくても・・・」
「えっ? じゃあ!?」
「『十番目の来訪者』の正体は−−−、アンドレイがイチイバルを絶対に使えないと判断した唯一の人物。
−−−そう、片手が使えなかった、ジャムカ、お前だけだよ。」
2
全員が蒼然となってジャムカとシグルドを交互に見る。
ジャムカはじっとシグルドの目を見たまま目を逸らさない。シグルドも同じく目を見る。二人はじっと睨み合い、どちらも口を閉じていた。
と、そこへ、別の場所から物言いが入った。エーディンである。
「ちょっと、どうしてジャムカなの!? ジャムカは被害者なのよ!!
腕のキズを見れば分かるじゃ・・・」
「その腕のキズ・・・。それも自分でやったんだ。容疑者から外れるために。
そして、犯人と思われず、アンドレイに扉を開けてもらうために。」
「待ってよシグルド!! 矢は地面や床に刺さってたじゃないの。
片手だけで鉄串を使って床に穴を開けられるって言うの?」
エーディンが今まで出したことの無いようなキンキンとした張りのある声を響かせた。
彼女の変わりように圧倒されながらも、ジャムカが続けて反論した。
「そうだ。それに、俺の記憶では床の穴の大きさは矢の太さとぴったり一緒だったと思うぞ。太さの違う鉄串を使ったら穴の大きさに差が出るんじゃないか?
作っておいた穴が大きすぎてぶかぶかだったら不自然だし、小さすぎると矢を刺しにくいだろ。
でも、見た限りでは突き刺さった矢に不自然なところは無かった。
それこそ事件にイチイバルが使われた何よりの証拠じゃないのか!?」
ジャムカが興奮のあまり、立ち上がった。彼の反論は筋が通っていた。
だが、シグルドはゆっくりと反論の矛を180度回転させた。
「地面にしても、床にしても、最終的に矢が刺さっていた穴は、おそらくイチイバルを使って開けられたんだよ。」
「えっ!? 何言ってるのよ。さっきはイチイバルが使われなかったって言って、今度は使われたですって? 支離滅裂なことを言わないでよ!!」
未だにジャムカを犯人と認めていないエーディンが、矛盾した発言にいつにない興奮を見せた。
シグルドはその反論も予想通りと言わんばかりに推理を展開した。
「アンドレイの部屋の床の穴は、ジャムカは犯行に移る前。まだ、片手をケガしてなくて、弓を射ることが出来る時に開けられたんだ。
盗み出したイチイバルと、その矢を使って・・・。
そして、アンドレイ殺害後に予(あらかじ)め作っておいた穴に、流れた血を塗った矢を埋め込んだ。」
「でも、床にそんな穴が開いてたらアンドレイさんでも不審に思うんじゃないの?」
事件現場をまだ見ていないデューが質問をする。
「そこにアンドレイの部屋が荒らされた理由があったんだ。」
「あ、そうか!!」
シグルドの言葉を遮るようにアレクが口を出した。
「床の穴はカーペットで隠されていたんだ!!
もし、アンドレイの殺害後に、矢が刺さっている場所のカーペットがめくれていたり、無くなっていたら変に思われる。
だから、部屋全体を目茶苦茶にしておくことで、カーペットが床から離れていることをカムフラージュしたんだ。
そうなんでしょ、シグルドさん!!」
アレクの解答に、シグルドは小さな笑みを浮かべることで正解ということを示した。
「順を追って行動を追っていけば、まず、初日のうちにジャムカはイチイバルとその矢を盗んでおいた。
そして、アンドレイが部屋にいない時に忍び込んで矢で穴を開けておく。
そして、二日目。練習の後、矢を一本隠して持って返る。
そして、『十番目の来訪者』を語って手紙を出してイチイバルが盗まれたことをアピールしておいた後、忘れた矢を取りに行ったと見せかけて、持っていた鉄串で自分の腕を傷つける。
鉄串を隠し、セットしておいたラジカセの悲鳴が流れるのを待った。
もちろん地面にはもともとイチイバルと隠し持っていた矢で穴を開けておき、その穴に矢を刺し込んでおく。
後は私たちが駆けつけるのを待つだけさ。
その後はエーディンが寝静まるのを待って・・・。
いや、もしかしたら、その時エーディンが飲んでいた飲み物に睡眠薬を入れて眠らせたのかもしれない。
とりあえず、何とか時間を作ってアンドレイの部屋に行く。
ミデェールの鞄の中に麻酔薬が入っていたことを考えれば、部屋の扉を開けたアンドレイを眠らせたと考えた方が妥当だな。
アンドレイの心臓を鉄串で一突きした後、誰も起こさないように静かに荒らした後、アンドレイの血を塗った矢を、床の穴にはめる。
鉄串は使う度に洗って元に戻しておいたんだろう。
数が減ってたり、血がついていたら怪しまれるからな。もっとも、血と言っても、バーベキューをした鉄串だから、洗い残しと思われれば大丈夫だったかな。
そして、今日、ミデェールを首吊りに見せかけて殺害した。
アンドレイと同じく、彼も油断したんだろう。
同じように麻酔薬を使って眠らせれば、片手でもロープを使って絞殺出来る・・・。
後は、罪をミデェールになすぐりつけるため、部屋に彼を犯人と思わせるような証拠を残して立ち去るだけだ。
何か間違いが有るか? ジャムカ・・・」
ジャムカの顔色はすっかり変わってしまっている。その表情はシグルドの推理が適中していることを物語っていた。握られた拳(こぶし)がわなわなと震える。
ジャムカを庇っていたエーディンも反論の力を失っていた。
「・・・だが、それは推測だろ。それに前に言ったと思うが、俺はケガした時の記憶があんまりないんだ。
しかも、後ろから攻撃されたから・・・、状況が良くわからなかったんだ。
もしかしたら俺の勘違いで刺さったのは矢じゃなくて鉄串だったのかもしれない。」
やっとのことで反論するジャムカ。
「確かに。私に情報をあまり与えなかったのはこのような言い訳をするためだったのかもしれないな・・・」
シグルドが冷酷に言った。この冷たい言い方もシグルドの作戦のうちだった。
温情をあえて出さないことで、自白を躊躇(ためら)わせないための・・・。
だが、ジャムカに自白の様子はなかった。
「何か、推測では無くて、完全な証拠はあるのか?」
その言葉にシグルドは少しも(ひる)怯まず、
「ある。」
と一言述べた。