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第4章 救いきれない者


「お疲れ様です。はい、これを。」

 別荘に戻ったシグルドにタオルと温かいコーヒーが差し出された。アレクが気を利かせて用意したものである。

「何か分かったんですか?」

 と、ノイッシュ。

 シグルドは小さく首を横に振ると、コーヒーをすすった。

「そうですか。・・・見つかるといいですね。」


 部屋に戻ったシグルドはびしょびしょの服を着替え、ベッドに横になった。

 他の者もどうやら自分の部屋に戻ったようだ。

「漠然と考えれば、犯人はあの人物ってことに・・・。

 でも、そうだとしても、ジャムカの射られた時のアリバイは完璧だ。」

 目をつむって考え込む。

 しかし、いくら考えても埒が明かなかった。まるで、底無し沼に沈んでいくようだった。闇が全てを包み込む。

 シグルドは舌打ちを一つすると、目を開いた。首を振って脳を覆った闇を払いのける。

 気分転換に食堂で何か軽い食事をしようと部屋を出た。

 すると、部屋の前でジャムカとエーディンに鉢合わせる。

「あ、シグルド。」

「どうしたんだ? 二人ともこんなところで・・・」

「重要な話があるんだ。オレが射られた時の状況についてだ。」

 ジャムカがいつに無い見幕で語りかけて来た。

「重要な話って?」

 シグルドの問いに間髪入れず、ジャムカが答えた。

「さっき、俺の部屋に腕の包帯を取り替えるために入って来たエーディンと少し事件について話をしたんだ。そうしたら、思わぬことが分かった。」

 ジャムカは事件の内容を色々とエーディンから聞いていたようだ。

 ジャムカの話の続きをエーディンが言う。

「あのね、ジャムカが射られた時のことを思い出して。

 あの時、確かに悲鳴があがったでしょ。そのことをジャムカに話したの。そうしたら・・・、ジャムカは悲鳴をあげた記憶が無いって言うの。」

「えっ、それは本当なのか?」

「ああ、確かに事件当時の記憶はあんまり鮮明じゃないんだけど、悲鳴をあげた覚えはないんだ。」

「じゃあ、あの時の悲鳴は・・・」

 そこまで言って、シグルドは食堂へ足を向けた。食堂ではシグルドの後輩三人が、遅い朝食を取っていた。

 食堂に入ったシグルドが、いきなりある物を手にする。

 後ろを追いかけたエーディンとジャムカがそれを見て納得する。

「それか・・・」

「ああ。多分、これを使って・・・」

「シグルドさん、そんなもの持ってどうかしたんですか?」

 アレクたちは状況がつかめず、シグルドとジャムカたちを交互に見るだけだった。

 シグルドの手にあるもの−−−それはラジカセだった。二日目の朝、エーディンが引っ張り出して来たそれだった。

「これを使えば、ジャムカをいた時のアリバイを作れる。」

「どうしたんですか? 僕らには何がなんだかさっぱり分からないですよ。」

 唐突の展開にノイッシュは着いていけてないようだ。

 そこでシグルドがジャムカが悲鳴をあげなかったという新事実を述べた後に説明を開始した。

「まず、カセットテープに少しの無声録音をし、その後にジャムカの悲鳴を録音しておくんだ。

 そして、ジャムカを射てケガさせた後、テープをセットしておいて、部屋に戻る。

 しばらくするとテープから悲鳴が流れる。これでアリバイが出来る。」

「なるほど。」

ノイッシュが納得する。

「でも、それだけで犯人が分かるのか?」

「確かに。これで全員に犯行が可能になっただけだ。まだ奇妙なことは山ほどある。

 アンドレイの部屋の荒らされた理由も分からないし。それに、イチイバルもまだ見つかってない。」

 そういって、シグルドが最後の調査に乗り切ろうとした時、ブリギッドが食堂に入って来た。

「ミデェールの様子が変なんだ。あれっきり姿を見せないんだ。」

「え!?」

「部屋をノックしても一向に出てくる気配はないし・・・」



 ミデェールの部屋の前に、当人を除く全員が集まった。代表してシグルドがノックするが反応が無い。ノブを回すと何の苦労も無く扉が開いた。

「−−−!!」

 扉が半分ほど開き中の状況が把握出来た時、シグルドの手が止まった。

 真っ先に飛び込んで来たものはミデェールの姿。

「・・・ミデェール!!」

 ブリギッドが思い切り叫ぶ。だが、返事は無かった。

 −−−天井からぶらりと下がった一本のロープ。

 そして、そのロープに首を吊った一人の人間。

 目は完全に光を失い、口元からは泡。苦悶に満ちた表情。

 そして、力をすっかり失い、ぶらりと下がった手、足、身体。足元に倒れた椅子−−−。

「ミデェール・・・」

 エーディンもその名を呼び上げる。そして、へたりと座り込んだ。

 ミデェールの部屋で彼らを待っていた物は紛れも無く、ミデェールの首吊り死体に他ならなかった。

「どうして? もう、終わったはずでしょう・・・」

 思わずエーディンが顔を両手で覆った。シグルドが部屋に立ち入る。すぐに目に飛び
込んで来たのはあの失われたイチイバルだった。

「ということは・・・『十番目の来訪者』はミデェールさんだったの?」

 デューが何度も瞬きをする。その横でアレクが、ミデェールの持って来た鞄を引っ張り出してきて、中身を覗く。

「これ見て下さい!!」

 鞄の中には、衣類や本と一緒にカセットテープや麻酔薬。そして、返り血を浴びたTシャツが入っていた。

「カセットテープ・・・。シグルドの言った通りだな。」

 ジャムカがシグルドの推理に改めて感心した。

 アーダンも胸をなで下ろし、この殺人劇が幕を下ろしたことにホッとする。

「あ!! これは!!」

 アレクがさらに鞄を調べていると、奥の方から一冊の手帳が出て来た。それに目を通した後、あるページを開き、シグルドに見せた。

 それは予定表のカレンダーだった。そこには一週間に二、三回のペースで数字が記入されていた。

「1万5千、3万、2万5千−−−。これって何かの金額じゃないですか?」

 シグルドの頭にいつかの、アンドレイがミデェールにお金を渡すシーンが蘇って来た。

「もしかして、この金額はミデェールがアンドレイに借りていた金のことか?

 ということはアンドレイを殺した動機は、金が返せなくなったから・・・」

 ジャムカが難しい顔をして手帳に目をやる。

「でも、俺の腕を射たのは何故だ?」

「それは、きっと嫉妬だよ。」

 ブリギッドが小さく答えた。

「ジャムカがこの部に入って来たばかりの時は、私やミデェールの方が腕が上だった。

 でも、いまじゃ、すっかり逆転してしまった。去年の大会で私を破ったのもその現れだった。

 こういった時に言うのも難なんだが・・・。私でも時に、ジャムカに嫉妬したことがあったくらいだよ。

 きっと、アンドレイを殺すついでにジャムカの次の大会への出場を阻止しようとしたんだ。」

「じゃあ、動機はそれなのか・・・」

「何で? だからって死ぬことはないじゃない!!」

 エーディンはただ泣き崩れるばかりだ。ブリギッドがそれを慰めてやるが、部員五人のうち、三人の死傷者が出てしまったことにはやるせなさが残った。

「これで、すべて終わりましたね。シグルドさん・・・」

 ノイッシュがシグルドの顔を見る。

 だが、シグルドはそれに少しも気付かなかった。自分の考えにふけっている。

「−−−何か、引っかかるな。」

「シグルドさん!!」

 やっとのことでノイッシュの声に気付くシグルド。

「ど、どうした?」

「おかしいって・・・、何がですか? 自分の推理でしょう?」

 ノイッシュは散々無視されたことに少々腹がたったのか、ふてたような態度を示す。

 仕方なく、シグルドは自分の考えを述べた。

「変だと思わないか? 自殺の動機が思いつくか?」

「えっ? それは、自分の隠された面がばれて面目が立たなくなったから、思い切って、罪を償おうとして・・・」

「そうだとしたら、一応はミデェールは今朝までアンドレイを殺害した時には、まだ自殺する気はなかったことになる。

 でも、それなら何でイチイバルを持ったままだったんだ?

 イチイバルを持ったままでいたら否が応でも犯人になってしまう。

 普通なら、用が済んだら出来るだけ早いうちに証拠品を手元から放しておきたいっていうのが人間の心理だろ。

 アンドレイの部屋にでも置いておけば処理できたのに。

 あんなトリックを思いついて、こんな単純なミスを犯すとは考えられない。」

「なら、最初から死ぬ気で?」

「それも変だ。それなら、何でブリギッドに交際を迫ったりしたんだ? もうすぐ、自殺する気なのに。

 考えられるとすれば、自分の違う側面を死ぬ前に見せ付けたかったからなのか。

 それとも・・・」

「それとも?」

ノイッシュがシグルドの言葉を繰り返した。

「本当の『十番目の来訪者』が他にいるのか。」

ノイッシュが黙り込む。彼にとって望ましくない言葉であった。

「もう一度だけ調べ直そうか・・・」



 アンドレイの部屋に再び訪れたシグルド。

 ベッドの上にはシーツがかかったアンドレイの死体が安置されたままになっている。

 辺りに飛び散った血の跡を見て、ミデェールの鞄にあった血まみれのシャツを思い出した。

「矢を一度抜いたんだから、返り血を浴びるのは当然だけど。

 でも、何故いったん矢を抜く必要があったんだ?

 最初から手紙を矢につけて射ていれば、その必要は無い。

 エーディンの部屋に出した最初の手紙は矢につけた物じゃなかったから、そんな事にこだわる必要はなかったはずだ。」


 次に、シグルドが外へ出ようと玄関に向かうと、デューとジャムカが何かを討論していているのが耳に入って来た。

「何だって? 話が食い違ってるぞ!」

「そんな事言ったって、ホントのことなんだから他に言いようが無いでしょ!!」

「おいおい、どうしたんだ?」

 シグルドは、内容が気になって、二人の間に入り説明を求めた。

「いや、こいつが変なことを言うからさ・・・」

「変なこと?」

「ああ、覚えてるだろ、二日前の夜、エーディンが見た人影のこと。

 俺は今になって、てっきりその正体がデューだと思ったんだけど、違うって言うんだ。」

「あれ? デュー、確かエーディンを驚かせたって言ってなかったっけ?」

 デューは大きくうなずいた。

「そうだよ。でも、草むらから顔を覗かしたりなんかしてないよ。オイラが玄関で扉を叩いただけだよ!!」

「えっ!?」

「どうして驚くの? この扉を叩いてたら悲鳴が聞こえて来たから、驚かせたと思って・・・」

「じゃあ、もしかして、別の奴が?」

「でも、そうとしても、一番可能性が高いのはミデェールじゃないのか?

  あいつが『十番目の来訪者』を名乗っていたぐらいだからな。きっと、合宿のメンバー以外でない犯人の存在をアピールしようとしたんだよ。きっと。」

 と、シグルドの疑問にジャムカが自分なりの意見を見せる。

「ということは・・・?」

 −−−その時だった。

 煮詰まったシグルドの頭に一筋の光が降り立った。

「まさか!?」

 シグルドは突拍子もない言葉をあげると、急いでまた自分の部屋に戻る。

 残されたジャムカとデューは、ただ、ポカンとシグルドの昇っていった階段を見ていた。

 だが、すぐに、二人は今まで言い争っていたことにバカバカしくなって笑いあった。


 部屋に戻ったシグルドは考えをまとめていく。

 −−−ジャムカが射られた時のアリバイ。

 −−−事件発見時に、矢が身体に刺さっていなかった理由。

 −−−アンドレイの部屋が荒らされていた理由。

 −−−ミデェールの死が他殺だと判断できる根拠。

 −−−そして、真の『十番目の来訪者』の正体。


 考えをまとめた後、シグルドは静かに一階へと向かい、ある物を手にした。

「これだ。・・・見えたぞ。『十番目の来訪者』の正体とトリックが!!」

 

  −−−これで全てが終わった。

『十番目の来訪者』は自分の部屋で計画の成功を喜んでいた。ジャムカの負傷。 アンドレイの殺害。そして、ミデェールの偽装殺人。全てが自分の思うように事が進んだ。

  −−−後は、天気が良くなって帰るのを待つだけだ・・・。

 と、そこへドアがノックされる。

「シグルドさんが呼んでます。食堂に集まるようにって・・・」

 声からすると、ドアの向こうにいたのはシグルドの連れて来た三人のうちの誰かのようだ。

  −−−こんな時に、何をする気だ? シグルド。

 『十番目の来訪者』はドアの向こうの人物に軽く返事をすると、言われるまま食堂へ向かう。

 『十番目の来訪者』はまだ分かっていなかった。

 シグルドが呼んだ理由を−−−。

 そして、そこで行われるシグルドの推理劇を−−−。

第4章 終わり

 


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