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第4章 救いきれない者


「おはよう、シグルド。」

 ブリギッドが、食堂に入って来て、木製の椅子に座っているシグルドに挨拶する。

 食堂には、朝食のためにメンバーが集まっていた。その中には左手をケガしたジャムカの姿もある。

 ジャムカの左腕は骨折した時のようにキッチリと包帯で巻かれている。

 もちろん、手当てしたのはエーディンだ。

 その姿を見つけたブリギッドが心配そうに、

「大丈夫なのか?ジャムカ。」

と、尋ねると、ジャムカは相変わらずの笑顔を浮かべた。

「ん、痛みはだいぶ引いたよ。キズもそんなに大きくないし、ケガした手も利き腕じゃないから、食事を取るくらいたいしたことないよ。

 ・・・まあ、今度の大会は無理だろうけど。」

 それを聞いたエーディンが悲しげな顔を見せた。

「私が言うのもなんだが、キズを治すことだけを考えた方がいいぞ。」

 いらぬ心配をさせないようにシグルドが配慮した言葉を投げかけた。

 外では音を立てて雨が降り注いでいる。いつの間にか雨は豪雨に変わっていた。

「あれ、アンドレイはまだなのか?」

 ブリギッドが来た時点で、そこにいたのはブリギッド自身も含めて八人。

 アンドレイだけが来ていなかった。

「そうなの。朝食は出来あがっているのに・・・」

 エーディンがテーブルに並べられている白身魚のフライの乗った皿を見ながら言った。

 どの皿もまだ手を付けられていない。

「もう、仕方ないわね。私が呼んでくるわ。みんな、先に食べてていいわよ。」

 痺れを切らしたエーディンが席を立った。


 エーディンの気配りとは裏腹に一同はどの皿にも手をつけず、アンドレイの到着を待った。

 しかし、彼らのもとに飛んで来たのは、彼ではなく甲高い悲鳴だった。

「−−−!! エーディンだ!!」

 その悲鳴の主をいち早く判断したシグルドは、急いで食堂を飛び出した。

 部員も後輩もシグルドに続く。

 声のした二階に昇ると、アンドレイの部屋の前で扉を開けたまま、エーディンが腰を抜かしていた。

 一番に駆けつけたシグルドが扉の中を除く、そして、叫んだ。

「みんな、中を見るな!!」

 部員たちの足が止まる。

 シグルドは少し青ざめた表情をして部屋の戸を閉めた。そして、廊下に座り込んだエーディンを抱え、部屋から遠ざける。

「ど、どういうことだシグルド。」

 ジャムカが、シグルドのエーディンの様子とシグルドの表情を交互に見ながら問う。

 シグルドは、少しためらいを感じながらも、単刀直入に説明した。

「−−−アンドレイは、死んでいる。・・・いや、殺された。」

「!!」

 それを聞くと、ブリギッドはシグルドの制止を振り切って部屋の扉を開いた。

「−−−!!」

 無造作に倒れた机、床に落ちて割れた電気スタンド、ズタズタに切り裂かれた床のカーペット・・・。

 その部屋の中央で、アンドレイは仰向けになって倒れていた。

 伸びきった手足には何の生気も感じられない。

 普段から青白かった顔はその度を増し、口から垂れる赤い筋が滑稽に浮き上がる。

 そして、真っ赤に染まった胸のシャツ。

 バラバラに切り刻まれたベッドシーツが、雪のように身体の上に降り掛けられたていたが、それすら真っ赤に染められていた。

 床にはおびただしい量の血が流れていた。

 その床に見覚えのあるもの・・・、イチイバルと共に盗まれていた一本の矢が刺さっているのが目に飛び込んでくる。

 矢には同じように紙が結び付けられており、昨夜のジャムカの襲撃を彷彿とさせた。

 だが、アンドレイとその部屋の様子はそれとうって異なる異常さだった。

 見たもの全てが彼の死を断定できるほどの残酷な光景−−−。

 ブリギッドは生命のかけらも残っていない自らの弟を見て、完全に身体をすくませる。

 その後ろから深呼吸して落ち着いたジャムカがゆっくりと部屋に立ち入り、中を見回した。

「一体誰が・・・ こんな酷いことを・・・」

 と吐いた。

 それに続いてアレク、ノイッシュ、ミデェールと中に入っていった。

 「なんてこった。ジャムカに続いて、アンドレイまでも・・・。しかも、今度は殺人とは。」

 アレクが頭に手を立てて顔をしかめる。

「警察に連絡も出来ないのか・・・」

 悔しそうな顔をしているのはノイッシュだ。

 部屋の外ではアーダンがおろおろと辺りを見回している。

「警察がいつ来れるか分からないのなら仕方ない。アンドレイをこのままにしておくのも酷だ。

 せめて、まだシーツをかぶせておこう・・・」

 シグルドの提案でアンドレイの遺体にシーツをかけることにする。

 クローゼットの中から、まだ切られていないシーツを取りだし、アンドレイの遺体をすっぽり覆う。その前に、シグルドは、遺体を観察する。

 よほど短い距離で射たのだろう、見ただけで胸に開いた穴を確認できた。

 胸の穴の位置から見て、心臓を貫通していることは間違いなかった。

 「矢は抜かないのか?」

 ブリギッドが、床に突き立てられた矢を見ながら言った。

 気付いたシグルドが矢に付けられた手紙に目を通す。

 

  −−− 復讐の矢はここに

  十番目の来訪者 −−−


「また、『十番目の来訪者』か!!」

 怒りをあらわにするアレク。

「私の考えが甘かった!! もっと厳重にしていれば・・・」

「シグルドさん、悲観的になること無いですよ。

 別にシグルドさんの所為(せい)じゃない!!」

 ノイッシュが責任を感じているシグルドを慰める。

 全員に不安感が漂い、しばらくすると、一人、また一人とその場を去っていく。

 残っているのはシグルドとアレク、ノイッシュ、そして、未だに部屋の外にいるアーダンの四人になった。

 周りがよく知っているメンバーになるとシグルドはアンドレイの部屋を調べまわす。

 −−−何かヒントはないか?


アンドレイの死体があった場所、部屋割りを調べていく。

「誰も気付いてなかったから、犯行は深夜、メンバーが眠りについた頃に行われたハズだ。

 つまり、全員に犯行が可能ということになる・・・」

「そうですね。」

 ノイッシュが相づちを打つ。

「シグルドさん、朝食を摂ってからにしませんか?」

 アーダンの提案。だが、シグルドは首を横に振った。

「いや、私は一段落してからにするよ。先に食べててくれ。」

「そんな、俺だけ食べることなんて出来ませんよ。」

 いくら食べることが好きなアーダンも、仲間を差し置いて一人で食べることには賛成出来ないようだ。

 そこが、ただの食い意地が張った者とは違う彼なりの優しさであろう。

「やっぱり、−−−変だな。」

 シグルドは荒らされた部屋を見て結論を出した。

「え、何か分かりましたか?」

「これだけ荒らされているのに、誰も気付かないなんて・・・」

「それは、みんな熟睡してたからじゃないですか?」

「じゃあ、ノイッシュ、聞くけど、昨日はよく寝れたか?」

「−−−そう言われると、確かに、あんなことがあった夜でしたからなかなか寝付けませんでした。」

「そうだろう。

 だったら、やっぱり、これだけ荒らしてあるんだから一人や二人、物音を聞いてもおかしくない。」

「聞こえないように部屋を荒らしたとしか考えられないですよ。」

 シグルドとノイッシュの問答にアレクが口を挟んだ。

「でも、それなら何のために?」

 シグルドの頭からは疑問が残ったまま消えなかった。

 しかし、結局何も分からず、アンドレイの部屋を後にして再び食堂に向かった。



 一階に降りると、険しい表情のブリギッドが、食堂の入り口に立っていた。

「どうしたんだブリギッド、その顔は?」

「どうしたも、こうしたも・・・」

「やあ、シグルドさん。中に入ったらどうですか?」

ブリギッドの解答を遮る形で、開かれたままのドアの向こうからやけににこやかな顔のミデェールが顔を出した。

「どうですか、シグルドさん。捜査の方は? 順調ですか?」

 珍しくミデェールが乗り気で発言をする。

 シグルドはすぐには黙って首を横に振り、無言の否定をした。

「そうですか。いやあ、僕にはもう『十番目の来訪者』が誰か分かってますよ。

 あなたが何もしなくても、きっともうすぐ事件は解決します。ねえ、ブリギッドさん。」

 最後のブリギッドの名前のところだけ妙に低いトーンの発音だった。

 ブリギッドはミデェールの話の中、誰にも目を合わそうとしなかった。

 言いたいことだけ言うとミデェールは自分の部屋へと戻っていった。

 その後で、シグルドはブリギッドに理由を尋ねたが、彼女は何も語らず床に目をやるだけだった。

 やがて、駆け足で自分の部屋へと戻っていった。

「二人の間に何かあったんでしょうか?」

 アレクがいつになく真剣な顔をして、ブリギッドが見えなくなってしまうまで眺めていた。


 食堂の中ではエーディンとジャムカが隣同士に座って食事をしていた。

 食事といっても、あの風景を見た後だけあって、どの皿にも手はつけられておらず、ただ飲み物を口にするだけだった。

 「もう、どうしてこんなことになったのよ!」

 エーディンの言葉は、怒りとも、悲しみとも、悔やみともとれた。

 ジャムカは何も言わず、その肩にそっと手を乗せ、自分の方に彼女の身体を引き寄せた。

「うっぅっ、ジャムカァ・・・」

 エーディンはただ涙をこぼすだけだった。

 そのうち、ジャムカはシグルドたちに気付き、その手を解(ほど)いた。

「なんだか、お取り込み中でしたね。」

「おい、アレク、変な言い方するなって。」

 アレクとノイッシュがいつもの言葉のやり取りを繰り出す。

 シグルドはそのことに触れずに、騒ぎの前に座っていた席に着いた。ジャムカとエーディンの視線が自然と彼に向けられる。

 冷え切ってしまったスープに一口つけたシグルドが話を切り出した。

「すまない。昨日、あれだけ大きな口を叩いていたのに・・・」

「もう、すんだことよ。今更そんなこと言ったって、−−−どうしようもない。」

 エーディンが吐き捨てるように言った。

「そうだ、シグルド。お前は最善を尽くした。

 お前が何もしなくてもアンドレイは助からなかっただろうし・・・」

 ジャムカはエーディンと違って落ちついた調子で語り掛けた。

 だが、シグルドの顔は優(すぐ)れなかった。やはり、責任を感じていることは否めない。

 何も言わずにもう一口、スープを口にする。他の者と同じように食べる気力は無かった。

 アーダンでさえも、いつものような豪快な食べ方をせず、細々と、出されたメニューを食べている。

「でも、変な言い方だけど、これでもう何も起こることはないな。」

「アレク、そんな言い方無いだろ。」

「でも、ノイッシュ、矢は全部無くなったんだから、これ以上犠牲者は出ないとも考えられるだろ。」

「それは、そうだけど・・・。」

 ノイッシュは何か言い返そうとしたが、アレクにいいように言いくるめられてしまった。

 その様子を見ながらパンを口に入れたアーダンがテーブルの上に乗った手付かずの食事を見ながら、思いついた疑問を口にする。

「ブリギッドさんとミデェールさんも何も食べてないみたいですけど。どうしたんでしょうねえ。

 なんか、二人とも様子が変だったし。」

「そういえば、ミデェールがブリギッドに何か耳打ちしてたけど、それが何か関係あるのかな?」

 ジャムカが答えたその時だった。喧騒な声が二階から聞こえて来た。怒鳴り散らすような声。

 だが、その声は聞いたことも無い声だった。

「今の声は!?」

全員が一斉にその声のもとへ向かった。その中で、シグルドだけがその声の主を知っていた。

 


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