remove
powerd by nog twitter


 

第3章 失われた聖弓


 全員への質問を終えたシグルドは、ジャムカの部屋へと向かった。

 シグルドが部屋に入ると、いつもと同じ笑顔でジャムカが迎えてくれた。部屋の中には看病の続きをしているエーディンもいる。

「よお、シグルド。」

「どうだ? ジャムカ・・・キズの具合は?」

「ん? まあまあってとこだな。

 −−ま、次の大会への出場は無理っぽいけどな。」

 ジャムカは少し苦い顔をした。

「えっと、ところで何の用だ? シグルド。」

「事件当時の詳しい状況を聞きたい。」

「事件の状況か。こっちが聞きたいくらいだけどな。まあ、それは後でエーディンに聞くとするよ。」

 そう言って、エーディンの顔色をうかがう。エーディンはコクリとうなずいて見せた。

「フフッ、たいした力にはならないと思うぞ。」

 さすがに大きな声で笑うとキズにさわるのか、ジャムカの笑い声は小さく静かだった。

「どんな小さなことでもいいんだ。何とかして、この事件の真相を知りたいんだ。

 他のメンバーを守るために・・・」

「今時珍しい奴だな。人のために動こうなんてする奴は・・・。

 あの"優しい"エーディンが、"優しい"って言うのも当然だな。」

 それを聞いて、椅子に腰掛けているエーディンが照れくさそうにシグルドを見た。

「どうだ、ジャムカ、話してくれないか?」

 そう言って、シグルドはじっとジャムカの瞳を見つめる。

 そのまっすぐな視線に耐え切れなくなったのか、その視線を外し、嫌そうな顔をしながら、

「−−−ほとんど協力できなくて残念なんだけど、それでもいいのか?」

 と、呟く。

 シグルドは何も言わずうなずいた。

「実は、何も分からないんだ。何しろ、俺は後ろから射られて、そのまま気絶してしまった。犯人の顔すら見ていない。」

 ジャムカの顔は、どことなく恥ずかしそうだった。エーディンに見られているせいなのかもしれない。

「そうか。じゃあ、別の質問をするよ。いつ頃から忘れ物を取りに行ってたんだ?」

「食事が終わった後、10分ほどしてかな。

 でも、いくら探しても矢が見つからなかったから、そのまま帰っていったんだ。」

「矢は見つからなかったのか?」

「そうなんだ。」

「ありがとう、ジャムカ。」

「もういいのか? すまないな。何の役にも立たなくて。

 −−−やっぱり、昨日の夜、エーディンが片づけの時に見た奴が犯人なのか?」

 ジャムカの問いに、シグルドはわずかにエーディンの方を見た後、

「断言は出来ない。」

 と答えた。その二人の会話を耳にして、エーディンが立て続けに尋ねた。

「やっぱりって、ジャムカは私が見た物が人だって分かってたの? いつから? それにシグルドも知ってたの?」

「ん、まあな、心配させないように他の人に言ってなかったけどな。

 ま、気付いたのは最初に草むらを探していた時さ。

 シグルドに教えたのは、すぐその後、エーディンたちが別荘の中に入って、シグルドがブリギッドの落とした皿を拾っていた時かな?」

 ジャムカも立て続けに答えを返した。

 二人の会話がはずみ始めたのを見計らってシグルドが、

「ありがとう。ゆっくり休んでいてくれ。

 ジャムカはキズを治すことだけに力を入れていればいい。後は私が何とかする。」

 と言って、部屋を出ようとドアのノブに手をかけると、最後に後ろからジャムカが一言付け加えた。

「・・・まるで探偵だな。」

 シグルドはジャムカの言葉に対して「そうかもしれないな」とだけ、言い返した。

 

 一通りの事情聴取が終わると、シグルドは自分の部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。

 時計は1時を回っていた。耳に入ってくるのは雨の音だけだった。

 目を閉じると、さっきジャムカが言った言葉が脳裏をよぎった。

 −−−『まるで探偵』・・・か。

 その言葉を思い出した時、シグルドは一つのことを悟っていた。


 −−−今、自分に出来ることは、推理小説の探偵のように起こっている事件を解決することだ。


 そんな責任感が自分の心に宿っていることを・・・。
 


 コンコン・・・。

 アンドレイは、自分の部屋がノックされたことに気付いて目が覚めた。

 チラッと蛍光ランプで照らされた時計の時刻を見る。

「・・・まだ3時だ。誰だ、こんな時間に?」

 いささか不安はあったが、このままでは安眠を保つことは出来ないだろうと判断し、ベッドから身を降ろした。

 ドアを閉めたまま用件を聞く。

 その話を聞いているうちに、みるみると顔色が変わっていった。

 自然と脂汗が首筋を流る。

「どうして、お前がそのことを知っているんだ!?

 ・・・そのことで、取り引きをするというのか?」

 ドアの向こうから、「その通りだ」という返事が返って来た。

 アンドレイはしばらく考えたが、ある考えの元、思い切ってドアを開けた。

 それと同時に、口元を何かを染み込ませたハンカチで覆われた。

 そして、たった一回した呼吸と共に強烈な眠気が襲って来た。

「ケホッ、ケホッ・・・。これは、何だ!?」

 アンドレイが声にならないかすれた悲鳴をあげる。

 だが、薬品による人工的な眠気は助けを呼ぶことさえ許さなかった。

 そのうちに、相手の人物がドアの向こうから入ってくる。

  −−−しまった。・・・お前が『十番目の来訪者』だったのか。
  『イチイバル』もお前が!!

 アンドレイの言葉はもはや聞き取れなかった。

 アンドレイが朦朧とした意識の中、その相手は息を止め、使ったハンカチを足元に落とし、ゆっくりと構えた。

  −−−やめろ。あの事件は確かにオレが悪かった。許してくれ!!

 顔の表情だけで、必死に許しを請うアンドレイ。

 だが、『十番目の来訪者』は構えを解く素振りすら見せない。

 それどころか、ゆっくりと狙いを定め始めた。

 そして・・・。

  −−−うぐぅ!!

 その時は一瞬だった。

 アンドレイは痛みを感じることさえなかった。

 一瞬で無防備の心臓を貫通されたのだから無理も無かった。

  『十番目の来訪者』は何も言わず、窓を開け、すでに魂の抜け殻となったアンドレ
イを部屋の中央に運び、仕上げに取り掛かった。

第3章 終わり

 


次の章へ    前へ    小説のページへ戻る

TOPメニューへ