第3章 失われた聖弓
5
全員への質問を終えたシグルドは、ジャムカの部屋へと向かった。
シグルドが部屋に入ると、いつもと同じ笑顔でジャムカが迎えてくれた。部屋の中には看病の続きをしているエーディンもいる。
「よお、シグルド。」
「どうだ? ジャムカ・・・キズの具合は?」
「ん? まあまあってとこだな。
−−ま、次の大会への出場は無理っぽいけどな。」
ジャムカは少し苦い顔をした。
「えっと、ところで何の用だ? シグルド。」
「事件当時の詳しい状況を聞きたい。」
「事件の状況か。こっちが聞きたいくらいだけどな。まあ、それは後でエーディンに聞くとするよ。」
そう言って、エーディンの顔色をうかがう。エーディンはコクリとうなずいて見せた。
「フフッ、たいした力にはならないと思うぞ。」
さすがに大きな声で笑うとキズにさわるのか、ジャムカの笑い声は小さく静かだった。
「どんな小さなことでもいいんだ。何とかして、この事件の真相を知りたいんだ。
他のメンバーを守るために・・・」
「今時珍しい奴だな。人のために動こうなんてする奴は・・・。
あの"優しい"エーディンが、"優しい"って言うのも当然だな。」
それを聞いて、椅子に腰掛けているエーディンが照れくさそうにシグルドを見た。
「どうだ、ジャムカ、話してくれないか?」
そう言って、シグルドはじっとジャムカの瞳を見つめる。
そのまっすぐな視線に耐え切れなくなったのか、その視線を外し、嫌そうな顔をしながら、
「−−−ほとんど協力できなくて残念なんだけど、それでもいいのか?」
と、呟く。
シグルドは何も言わずうなずいた。
「実は、何も分からないんだ。何しろ、俺は後ろから射られて、そのまま気絶してしまった。犯人の顔すら見ていない。」
ジャムカの顔は、どことなく恥ずかしそうだった。エーディンに見られているせいなのかもしれない。
「そうか。じゃあ、別の質問をするよ。いつ頃から忘れ物を取りに行ってたんだ?」
「食事が終わった後、10分ほどしてかな。
でも、いくら探しても矢が見つからなかったから、そのまま帰っていったんだ。」
「矢は見つからなかったのか?」
「そうなんだ。」
「ありがとう、ジャムカ。」
「もういいのか? すまないな。何の役にも立たなくて。
−−−やっぱり、昨日の夜、エーディンが片づけの時に見た奴が犯人なのか?」
ジャムカの問いに、シグルドはわずかにエーディンの方を見た後、
「断言は出来ない。」
と答えた。その二人の会話を耳にして、エーディンが立て続けに尋ねた。
「やっぱりって、ジャムカは私が見た物が人だって分かってたの? いつから? それにシグルドも知ってたの?」
「ん、まあな、心配させないように他の人に言ってなかったけどな。
ま、気付いたのは最初に草むらを探していた時さ。
シグルドに教えたのは、すぐその後、エーディンたちが別荘の中に入って、シグルドがブリギッドの落とした皿を拾っていた時かな?」
ジャムカも立て続けに答えを返した。
二人の会話がはずみ始めたのを見計らってシグルドが、
「ありがとう。ゆっくり休んでいてくれ。
ジャムカはキズを治すことだけに力を入れていればいい。後は私が何とかする。」
と言って、部屋を出ようとドアのノブに手をかけると、最後に後ろからジャムカが一言付け加えた。
「・・・まるで探偵だな。」
シグルドはジャムカの言葉に対して「そうかもしれないな」とだけ、言い返した。
一通りの事情聴取が終わると、シグルドは自分の部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。
時計は1時を回っていた。耳に入ってくるのは雨の音だけだった。
目を閉じると、さっきジャムカが言った言葉が脳裏をよぎった。
−−−『まるで探偵』・・・か。
その言葉を思い出した時、シグルドは一つのことを悟っていた。
−−−今、自分に出来ることは、推理小説の探偵のように起こっている事件を解決することだ。
そんな責任感が自分の心に宿っていることを・・・。
6
コンコン・・・。
アンドレイは、自分の部屋がノックされたことに気付いて目が覚めた。
チラッと蛍光ランプで照らされた時計の時刻を見る。
「・・・まだ3時だ。誰だ、こんな時間に?」
いささか不安はあったが、このままでは安眠を保つことは出来ないだろうと判断し、ベッドから身を降ろした。
ドアを閉めたまま用件を聞く。
その話を聞いているうちに、みるみると顔色が変わっていった。
自然と脂汗が首筋を流る。
「どうして、お前がそのことを知っているんだ!?
・・・そのことで、取り引きをするというのか?」
ドアの向こうから、「その通りだ」という返事が返って来た。
アンドレイはしばらく考えたが、ある考えの元、思い切ってドアを開けた。
それと同時に、口元を何かを染み込ませたハンカチで覆われた。
そして、たった一回した呼吸と共に強烈な眠気が襲って来た。
「ケホッ、ケホッ・・・。これは、何だ!?」
アンドレイが声にならないかすれた悲鳴をあげる。
だが、薬品による人工的な眠気は助けを呼ぶことさえ許さなかった。
そのうちに、相手の人物がドアの向こうから入ってくる。
−−−しまった。・・・お前が『十番目の来訪者』だったのか。
『イチイバル』もお前が!!
アンドレイの言葉はもはや聞き取れなかった。
アンドレイが朦朧とした意識の中、その相手は息を止め、使ったハンカチを足元に落とし、ゆっくりと構えた。
−−−やめろ。あの事件は確かにオレが悪かった。許してくれ!!
顔の表情だけで、必死に許しを請うアンドレイ。
だが、『十番目の来訪者』は構えを解く素振りすら見せない。
それどころか、ゆっくりと狙いを定め始めた。
そして・・・。
−−−うぐぅ!!
その時は一瞬だった。
アンドレイは痛みを感じることさえなかった。
一瞬で無防備の心臓を貫通されたのだから無理も無かった。
『十番目の来訪者』は何も言わず、窓を開け、すでに魂の抜け殻となったアンドレ
イを部屋の中央に運び、仕上げに取り掛かった。
第3章 終わり