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第3章 失われた聖弓


 シグルドは、決断の後、部員のエーディン、ブリギッド、ミデェール、アンドレイ、後輩のアレク、ノイッシュ、アーダンの計七人を食堂に集めた。

「どうしたんですか? 俺達を呼び出して。」

 入ってくるなり、アレクが呼び出された理由を問う。

「聞きたいことがあるんだ。

 −−−ジャムカが襲われたときにどこにいたのか・・・」

「アリバイを調べようってのか?」

 アンドレイが、渋い顔をする。その横で、エーディンが、

「シグルド、あなた、まだそんなことを言ってるの!?

 私、言ったじゃない、互いを疑いあうような関係を作りたくないって。」

 と、普段の彼女からは想像もつかない剣幕で捲(ま)くし立てる。

「−−−確かに、そうだ。私も本当はそんなことしたくない。」

「なら、何でこうして人を集めるの?」

「仕方ないんだ。もしかすると、最悪の事態が起こるかもしれない。」

「何だと!?」

 アンドレイが驚愕の表情を見せる。

 他の者も、顔にこそ出さなかったが、心境は同じだった。

 全員の視線を受けながらシグルドは、一息吸って、口を開いた。

「そのことを説明する前に、イチイバルが盗まれた理由をはっきりさせておきたい。

 −−−『十番目の来訪者』は最初からジャムカを殺すつもりはなかった。」

「どうして、そんなことが言えるんですか!?」

 ノイッシュは不思議そうに尋ねる。

「よく考えてくれ、ジャムカを殺す気なら、なんで止めを刺さなかったんだ?」

「それは、私たちがジャムカの悲鳴を聞いて駆けつけたからじゃないのか?」

 と、ブリギッドが意見を述べる。

「でも、手に刺さった矢を抜いて、手紙を付けて、地面に刺す余裕があるんだったら、地面ではなく、ジャムカに矢を刺せば確実に殺せるだろ。

 犯人は、手を射ただけで充分だと判断したんだ。」

「なるほど・・・」

 全員が無条件に納得する。

 シグルドは、その様子を見て、本題に入った。

「そして、『十番目の来訪者』はまだ何かをするつもりだ。なぜなら・・・」

 シグルドは少しもったいぶるように間を空けた。

−−−犯人が少しでも動揺を見せるように。

 充分に全員の顔を観察するして、再び推理を述べる。

「一本の矢が・・・、イチイバルとともに盗まれた一本の矢がまだ『十番目の来訪者』の手にあるからだ。」

 語尾を強調して言った。これも、動揺を誘おうとしてわざと作り上げた口調だった。

 しかし、シグルドの読みは外れ、見た限りでは、不自然な素振りを見せた者はいなかった。

「一本の矢がどう使われるのかはわからないが、十二分(じゅうにぶん)に警戒した方がいい。

 だが、何よりも有効な解決策は、少しでも早く『十番目の来訪者』の正体を暴くことだ。」

「それで、アリバイを調べるのね。」

「分かってもらえたかな?」

 下目使いでシグルドが聞いてみる。

「・・・完全に許したわけじゃないけど・・・。これ以上、人間関係が壊れるより、これ以上、ジャムカのようなケガ人を出さないことの方が大切だと思うわ。」

 エーディンが認める気になったのは、シグルドの説得力だけではなかったようだ。

 シグルドへの信頼感−−−シグルドなら、犯人を見つけることが出来る−−−そう思えたからに違い無かった。
 


 食堂の窓の外では、いつの間にか雨が降り始めていた。

 静かな空間の中にサアーッという音が鳴り響く。

「ここで、ジャムカが射られた時、どこにいたのか。そして、現場に駆けつけたときの状況を言ってもらいたいんだ。」

 全員が固唾を飲んでシグルドに注目する。

「−−−ケガをしたジャムカを最初に見たのは誰だ?」

 シグルドがこの中で最年長である事実と、全員を調べ上げる権限を完全に発揮し、偽りの無い真実を言ってもらうために、少し口調を変えて問い掛けた。その姿はまるで尋問する刑事のようだった。

 その雰囲気を作り上げたのもワザとである。

 その問いに遠慮しがちにミデェールが小さく手を挙げる。

「僕です。・・・窓を開けたまま本を読んでいたら、ジャムカさんのすごい悲鳴が聞こえてきたんで、急いで駆けつけたら・・・」

「自分の部屋にいたのか?」

「−−−はい。」

「それで、ジャムカを発見するまで、どれくらいかかったんだ?」

「・・・正確にはわからないけど、1分もかからなかったと思います。」

「・・・分かった。それじゃあその次にジャムカを発見したのは?」

「俺です。シグルドさん。」

 アーダンが、ミデェールと対照的に大きく手を挙げて言った。

「−−−その時は、丁度、喉が渇いていたんで、何か飲もうと思ってこの食堂に来ていました。

 そうしたら、悲鳴が聞こえてきたんです。

 最初は何がなんだか理解できませんでした。

 ちょっとすると、階段を駆け降りる音が聞こえたので、見ると、ミデェールさんでした。

 表層を変えて、外へ出て行ったものですから、それを追い掛けました。」

「ミデェールのすぐ後をか?」

「ハイ。」

「分かった、次に移るよ。」

「あ。」

「どうしたんだ、アーダン。」

 アーダンが何の脈略も無く大きな声を上げ、自分の証言に追加を入れた。

「そういえば、玄関のところでエーディンさんを追い越しました。」

「そうか。では、その次に駆けつけたのは?」

「私です。」

 エーディンが手を挙げる。ミデェールからの連鎖反応で、言っても無いのに、手を挙げなくてはいけない気になっているようだ。

「私もミデェールと同じよ。部屋にいたら、ジャムカの声が聞こえてきたから、外へ出たの。

 そうしたら、ジャムカがあんなことになって・・・」

 エーディンは、あの残酷なシーンを思い出したのか、それだけ言うと、静かにうつむいた。涙をこらえているのだろうか。

 だが、ジャムカが意識を取り戻したこともあって、さっきよりは数段マシの悲しみかただ。

「誰かの姿を見掛けたか?」

 シグルドは幼なじみが相手ということもあり、無意識のうちにいつもの口調に戻ってしまいた。

 その口調に少しは気が紛れたのか、エーディンは服の袖で目をこすり、質問の前の彼女に戻って、シグルドの問いかけに答えた。

「ミデェールのすぐ後ろを追ったわ。差はほとんど無かった。距離にして、10メートルくらいかしら。

 走るスピードの分、遅くなっただけ。

 後はアーダンの言う通りよ。」

「ありがとう。エーディン。」

 最初の二人には礼すら言わなかったのだが、やはり、エーディンに関する感情は他の者とは少し、違っているのか、自然とその言葉が流れ出た。

「じゃあ、次は?」

「−−−オレだ。」

 小さな声でアンドレイが答える。

「オレは自分の部屋から出て、階段を降りていくエーディンの方のアネキを見かけて、追いかけた。

 ばかばかしいとは思ったんだが、自分一人が部屋にいることになると疑いを受けて、面倒なことになるかもしれなかったからな。今考えると正解だったな。

 オレの後ろにはアレクがいた。詳しくはそっちに聞いてくれ。

 じゃあな。オレは先に寝る。」

 そう言うと、アンドレイは小声で「まったく、ばかばかしい」と呟きながら、自分の部屋に戻っていった。

 仕方なく、シグルドは質問の方向をアレクに変えた。

「−−−じゃあ、アレク。」

「オレもその時自分の部屋にいたよ。

 どこからともなく悲鳴が聞こえてきて、廊下が慌ただしくなってきたから、部屋を出たんだ。

 すると、走るアンドレイを見かけたから、それを追いかけたんだ。距離にして、7、8メートル後ろかな?

 ノイッシュも見かけたけど、シグルドさんを呼びに行っていたみたいだった。

 そうなんでしょ?」

 逆に質問を受けるシグルド。その時の様子を詳しく思い出す。

「ああ、来ていた。その後、私とノイッシュは合流し、外へ出た。

 アレクの姿はもう見えなかったが・・・」

「でも、二人で行動していたってことは充分な証言ですよね。」

 ノイッシュが口を挟んだ。

「ちなみに、僕とシグルドさんは声のした方を頼りに向かいました。

 すると、そこには傷ついたジャムカさんがいた・・・というわけです。」

「分かった。あとは、ブリギッドだな。」

 シグルドは視線をブリギッドに移した。

「ああ、私はその時、半分眠っていたから、他の者より出遅れたみたいだった。

 悲鳴自体聞いていなかったけど、騒がしかったから目を覚まして、外に飛び出したんだ。

 シグルドとノイッシュを見かけて、追い掛けたんだけど、追いつけなかった。」

「−−−そうか。」

「何か分かったの?」

 エーディンが歩み寄る。だが、シグルドは首を横に振った。

「すまない。まだ、これだけじゃあ分からない。」

「そう・・・」

 残念そうな顔をするエーディン。シグルドも謝るしかなかった。

 その様子を横目に、

「これで、全員の証言が終わったんじゃないですか? 帰ってもいいでしょう?」

 と、ミデェールが訴えかける。

「あ、ああ。だが、まだ全てが解決したわけじゃない。注意を怠るなよ。」

「そうですか。じゃあ、僕は部屋に戻ります。」

 と、シグルドのアドバイスを受け、ミデェールは立ち去った。

「ちぇ、結局、『十番目の来訪者』は見つからずじまいか・・・。」

 アレクが舌打ちする。シグルドと違って、悔しさを隠せないようだった。
 

 やがて、誰からというわけでもなく、一人、また一人と食堂を去っていった。

 その中で、シグルドは、ブリギッドだけをその場に留まらせた。

「どうしたんだ? 私だけを残して・・・」

「・・・君のアリバイだけが完全じゃないんだ。」

「えっ!! ど、どうして!?」

「君以外の全員は、現場に駆けつける姿を見られているんだけど、君だけは一番最後にやって来たこともあって・・・」

「私を疑っているのか?」

 ブリギッドの顔が強張(こわば)った。睨み付けるようにシグルドの目を見つめる。

 その視線を気にすることも無くシグルドは続けた。

「本当はデューと一緒にいたんだろう?」

 そう言われた時、ブリギッドは思わず吹き出した。

 そして、小さな笑顔を見せながら、真実を答えた。

「・・・そうだな。お前には全てお見通しなんだな。隠しても仕方ないな。

 その通りだよ。あの時、私はデューと一緒にいた。」

「これで、アリバイ成立だな。

 −−−君も、デューも。二人とも。」

 このブリギッドの証言で、全員のアリバイがそろった。

 しかし、それは新たな謎の始まりに過ぎなかった。

 結局、『十番目の来訪者』が見つかるどころか、誰にも犯行不能な『不可能犯罪』となってしまったのだから。

 −−−このアリバイに何かのトリックがあるのか。

 それとも、やはり、メンバーの他に犯人がいるのか?

 シグルドの頭に再び、疑問が浮かび上がった。


「・・・・・・」

 一人の人物が二人だけが残っている食堂の様子を静かに伺っていた。

「デューか・・・」

 初めて聞いたその名を口にして、ニヤリと不気味な笑いを浮かべる。悪魔の微笑み。

 そして、部屋の中の二人に見つからないように去っていった。

 


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