第3章 失われた聖弓
1
「くそっ! ・・・電話がつながっていない!」
ジャムカの部屋のドアを開け、アレクが叫んだ 。
そこにはベッドに横たわったジャムカ、それを看病するエーディン、付き添うシグルドがいた。
「1年間、誰もいなかった別荘だから、何かの災害で、電話線が切れてたのかもしれない。」
静かな物腰で、シグルドが答えた。
ジャムカは、発見された後、ブリギッドの応急処置で、止血され、ジャムカ自身の部屋へ運ばれた。ブリギッドの応急処置が功を奏したのか、幸いにも、ジャムカは一命を取りとめたようだ。
そこで、病院へ連絡してくれるように、アレクに頼んだのだが、結果はこの通りだった。
「携帯はどうだ?」
「無理でした。ここまで電波が届いてない。」
途方に暮れるアレクとシグルド。
「救急車が呼べないなんて・・・。傷が悪化したらどうするの!?」
エーディンが泣き崩れる。
ジャムカは苦しそうに顔を歪めて、「うぅ」と、うめき声をあげている。シグルドは、その様子を見ながら、
「仕方ない。明日、一番早いバスに乗って運ぼう。・・・それは、いつになる?」
と、気を取り直してエーディンに尋ねる。
「ここに来るためのバスが、同時にここから帰るためのバスになるの。つまり、一日一本しか来ないのよ。
−−−そのバスは13時30分にバス停に着くわ。」
「よし、じゃあ、ここを11時頃に出発して・・・」
「待って、シグルド。」
意見をまとめようとしたシグルドをエーディンが止めた。
「・・・明日の天気は、予報では雨って言ってたでしょ。そんな雨の中、ケガ人を運べないわ。
・・・天気が良くなるまで待つか、誰かが先に帰って、お医者さんを連れてくるかしない。」
「・・・そうか。」
うな垂れるシグルド。そこへ、ブリギッドが入って来た。
「様子はどうだ? エーディン。」
「・・・うん。今は大丈夫だけど。でも、この先どうなるか。」
見る見るうちにエーディンの顔が、暗くしぼんでいく。
「救急車は、いつ来るって?」
「それが・・・、連絡が取れないの。電話線が切れてて。」
「!! 電話線が!? 確か、ここって、携帯の電波も届かないハズ・・・。」
「どうしよう、姉さん。」
エーディンは半泣きの状態で、ブリギッドを見つめる。ブリギッドはエーディンの傍(そば)に寄り、
「大丈夫だよ。エーディン。ジャムカの傷は致命傷でもなんでも無い。止血して、血ももう止まった。」
と言って、肩をぎゅっと抱きしめた。
ジャムカの左腕に空けられた二つの穴。前と、後ろにつけられた穴は、内部で貫通していることは、誰にも容易に予想がついた。
今は血こそ止まっているが、その傷は痛々しい。
発見と適確な応急処置が遅れた場合、出血多量死の恐れもあったのだ。
「あれ・・・?」
ふと、シグルドがジャムカに目をやると、苦しそうなうなり声がぴたりと止まっていることに気づいた。
その顔を見続けていると、急に目が見開く。突然の状態変化にシグルドは声を失ってしまった。
そして、ジャムカは、ゆっくりと体を起こしていった。
その時になって、エーディンと、ブリギッドもそれに気付いた。
やがて、起き上がったジャムカは、あたりを見回し口を開いた。
「こ、ここは?」
ジャムカは、周囲を見回すうちに目の前にいるエーディンに目が合った。
「ここは、あなたの部屋よ・・・」
そう言うと、エーディンはジャムカに抱き着く。目からは大粒の涙がぽろぽろと落ちてきて、ジャムカの服を濡らす。
ジャムカは抱き着かれた衝撃で左腕に痛みが走ったのか、一瞬、痛そうな顔をしたが、にこやかな笑顔を見せ、自分のために泣いてくれる女性を残された右腕で抱きしめた。
その様子を見せ付けられたアレクは、
「これで一安心だな。」
と、一言告げて、その場から離れた。
アレクがいなくなったのを見計らって、ブリギッドが、シグルドに耳打ちする。
「それで、さっきのことだけど。」
「んっ、・・・ああ。じゃ、廊下で聞こうか。」
シグルドは、二人を気遣い、ブリギッドと共に部屋を出る。
ドアを閉めると、間を置かずに、ブリギッドが報告してきた。
「弓の方だけど・・・」
2
ジャムカを部屋に運ぶ途中、アレクに電話を頼んだように、ブリギッドにも、一つ頼んでおいた。
それは、弓の確認である。
アーチェリー部の弓は全て倉庫に保管されていて、倉庫にはカギがかかっていた。
もしかすると、実際は、矢に付けられていた手紙の内容とは違って、犯行にアーチェリー部の弓が使われていたかもしれないと予想を立て、頼んでいたのだ。
ブリギッドはその考えに大いに賛成だった。
彼女はまだ、家宝の弓が、事件に使われていることを認められなかった。
−−−出来れば、部の弓であってほしい。
だが、シグルドの予想とブリギッドの願いは、無常にも、無駄に終わった。
「−−−弓は全部あった。私たちが持って来た弓も、もともと置かれていた弓も。
カギにしても、私がポケットに入れたままだった。
私と一緒にミデェールも確認してくれたから、間違い無い。」
「そうか。」
「やっぱり、出来れば信じたく無いことだけれど、イチイバルが事件に使われたと考えるしかないのか?」
ブリギッドは、相当の衝撃を受けたようである。
家宝の弓が盗まれただけでなく、その弓によって、部員がケガを負った・・・。
そのことが、ブリギッドの頭の中を占拠し、彼女を苦しめているのだろう。
ブリギッドは意外にも、家系や、血筋と言ったものを気にかけるタイプなのである。
アンドレイと仲が悪いのも、同じ血族でありながら、厳粛な態度を取れない所にわだかまりが出来上がったためだった。
シグルドも、何とか元気付けようとしたのだが、起こった状況が状況だけに、中途半端に慰めの言葉をかけることも出来ず、いい言葉が出てこなかった。
−−−『十番目の来訪者』は、ジャムカを射るためにイチイバルを盗んだ。
−−−『十番目の来訪者』は、このメンバーの中にいる。
この二つが頭の中で交錯すると、ジャムカを射た犯人がこの中にいるということになる。
ブリギッドが悩むのも無理はない。
シグルドは、今更になって、『十番目の来訪者』がメンバーの中にいるという推理を言うべきではなかった。と、少し後悔を覚え始めた。
しばしの間、沈黙があたりを覆った。
その後、ブリギッドは、一つの決断をした。
「頼む。シグルド、お前の手で『十番目の来訪者』の正体を見破ってほしい。
私は、ジャムカをあんな目に合わせている者が潜んでいることを放っておくわけにはいかない。例え、犯人がこのメンバーの中の一人であっても。」
二人の間に再び沈黙が訪れた。互いに見詰め合ったまま、視線をそらそうともしない睨み合いのような状態が続く。
やがて、シグルドも一つの決断をした。
「わかった。『十番目の来訪者』は、私が見つけ出すよ。」
その言葉を聞き、ブリギッドは笑顔を見せた。
その笑顔が作り笑いであることはすぐに見抜けたが、そのことについては何も言わなかった。
<別荘周辺と2階の部屋割りの見取り図>
※ 灰色の線は、別荘の裏へ進むためのルート |