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第2章 十番目の来訪者

 

 −−−午後6時。

 日暮れと同時に屋外の練習が終わり、次々と道具を屋内練習場の倉庫に片づける部員たち。最後に部のマネージャーとして、道具の管理を任されているエーディンが中を確認する。

「なんで、屋外練習場には倉庫が無いんですか? 別荘から片道5分はかかるのに。」

 その様子を見ながらアレクが、誰に向かってというわけでもなく尋ねた。

「外に置いておくと、誰かに盗まれるかもしれないからって、父は外に倉庫を造らなかったんだ。」

 ブリギッドが気を利かせて説明した。

「へえ。なるほどなあ。考えたもんだ。

 賢い人だったんだな。ブリギッドさんたちのお父さんって。」

 アレクの言葉に切なそうな顔をするブリギッド。

 アレクは何も言えなくなって戻る足を進めるだけになってしまった。

 どうやらブリギッドの脳裏には父親の姿が消えてはいなかったようだ。

 エーディンが異常に気づいたのは別荘に戻り、道具を倉庫に仕舞った直後だった。道具の数が足りなかったのである。

 それを全ての責任を持つ部長であるブリギッドに報告する。

「姉さん、矢の数が一本足りないのよ。忘れて来たのかしら。」

ブリギッドは、

「そう。じゃあ、今日はもうすぐ暗くなるから、明日取りに行けばいいんじゃないか。」

と、あっさりと言いのけて、倉庫にカギをかけた。

「あ、待てよブリギッド、明日は雨だって天気予報で言ってただろ、俺が取って来てやるよ。」

 率先して、ジャムカが親切心を見せる。その後、その顔をシグルドの方に向け、

「どうせ、俺が名乗りをあげなきゃ、シグルドがやるって言い出しそうだからな。」

 と、付け加えた。

 シグルドは、自分の考えがぴったり当てられたことに、少し驚いたが、言い当てられたからには、反論できず、ジャムカに任せることにした。

「じゃあ、ジャムカ、頼むよ、食事の後にでも言ってくれ。」

 ブリギッドがジャムカの肩を、ぽんと叩く。

 その手には数本のカギの束が握られている。もちろん、倉庫のカギもそこに入っている。

 そして、彼女はそのカギを自分のはいているズボンのポケットにしまった。

「いやあ、こうしたロッジの中で食べるディナーも最高ですな。ハッハッハッ。」

 と、アーダン。彼の最も好きな時間が再びやって来たのだ。

「−−−どこでも食えりゃあ満足なんだな。お前って奴は。」

 と、昨晩をリフレインするかのようにアレクがつっこむ。

 アーダンは笑いながら、目の前のポテトサラダをかきこんだ。

「骨無しで、一口サイズの鶏のから揚げ、ビーフシチュー、ポテトサラダ、そして、スクランブルエッグ・・・。

 ったく、朝食みたいなメニューだな。まったく、ばかばかしい。」

 出されたメニューに愚痴をこぼすのはアンドレイである。明らかに、作った者への不満がこもっている。

 何しろ、今回の夕食を作ったのはブリギッドとミデェールだったが、指示を出してメニューを決めたのは、もっぱら、ブリギッドだったからである。

「いらなければ、お前が作り直せばいいだろ。」

 ブリギッドは、アンドレイの文句にまったく動じていない。

 アンドレイは言うだけ言うと、おとなしく夕食を食べ始めた。

 その顔は、憎しみを更に増した表情になっていた。

 また、メニューを見て、思い当たる節があったのはアンドレイだけではなかった。

 −−−なるほど、ブリギッドらしいな。

 そう、心の中で呟いたのはシグルドだった。そう思ったのも、出されたどの料理も取り分けて食べるものばかりだったからである。

 ステーキや、ムニエルみたいな料理なら、一人につき一皿が分け与えられ、デューの分まで作ると、数が合わなくて、怪しまれるかもしれない。

 こうして、取り分ける料理なら、さりげなく大目に作るなり、こっそり残しておくなりして、デューの分を作ることができる。

「やるな、ブリギッド・・・」

 シグルドがこっそりと声援を送ると、横にいたエーディンから、

「でしょ、ああ見えて、結構、姉さん料理が上手なのよ。」

 と、意味を取り違えられて、思わぬ反応がかえって来た。

 食事の後、朝食と同じように、片づけを最後までやり、料理をデューのために部屋に運ぶブリギッド。

 それを、やはり朝と同じように部屋の前で、シグルドが待ち構えていた。

「どうしたんだ? 私に何か用なのか?

 それともデューに?」

「ブリギッド、君に用があるんだ。ここでいいから、教えてくれないか?」

ブリギッドが、質問を了承すると、シグルドは、朝から考えていた疑問を投げかけた。

「−−−なあ、ブリギッド。

 何故、他の人、特にエーディンにデューのことを話さないんだ?

 エーディンなら他の人に喋るようなことはしないだろ。

 それに、昨晩見かけた人影に対しての、エーディンの不安を取り除くには本当のことを言った方がいいんじゃあ・・・」

「−−−いいかげんにしてくれ、シグルド。」

 シグルドは、親切心と探求心から尋ね、アドバイスしたのだが、説得するどころか、癪(しゃく)に障ってしまったらしい。

 激しい口調で、シグルドに言い返す。

「アンドレイに知られないようにするのに、念に念を入れておくのは当然だろ。

 それに、そのエーディンだって、誰にも話さない保障は無い。

 だから、誰にも言わないに越したことはないってことぐらい、お前なら分かるだろ!!」

 けたたましい声で怒鳴りつけると、デューの食事を持って部屋に入ってしまった。

 シグルドは、結局何も聞けずじまいに終わった。行く場所を失い、仕方なく自分の部屋に戻る。

 だが、ブリギッドの態度の豹変は、シグルドにますます疑問を持たせるだけだった。


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