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第2章 十番目の来訪者

 食事も終わり、一日目も終わろうとしていた。

 外には、食事の後片付けのために、エーディンとブリギッド、シグルドの3人だけが残っている。

「悪いな、シグルド、ゲストにこんなことやってもらって。」

 と、ブリギッドが、椅子を片づけながらシグルドに詫びる。

「そんなこと気にする必要ないよ。食べさせてもらったんだから当然だよ。」

「私たち二人だけで充分だと、思ったんだけどな。」

「本当、シグルドは親切を超えて、世話焼きね。」

 もともと、食事の後片付けの当番は、エーディン・ブリギッドの二人だけだった。

 シグルドが手伝うといった時、二人とも一応は断ったのだが、シグルドの強い意志に負けて、手伝ってもらうことになったのである。

「後は、食器を別荘に持って入って、洗うだけね。」

 エーディンが、夕食のときに使った木製の食器を重ねながら言った。

 ブリギッドがその食器を抱えると、シグルドに、

「シグルド、本当のことを言うと、助かったよ。」

 と、礼の言葉を投げかけた。

「あ、その食器持とうか?」

「いや、いいよ、これくらい。シグルドは、充分働いてくれた。ありがとう。
 これ以上やってもらうと、こっちも気が引けるよ。

 でも、正直言うと、お前に手伝わせるくらいならアンドレイにさせればよかったよ。

 あいつ、言われないと、こういうことやらないからな。お前とは正反対の性格だぞ。」

「姉さん、愚痴はいいから早く食器を持って入ってよ。洗うのは私なんだから。」

 エーディンが少し苦い顔をしながら、別荘に入ろうとする。その横に並ぶように食器を持ったブリギッドが続いた。

 シグルドも、自分の部屋へ戻ろうと、足を進めようとした。

 −−−その時、

「キャーーーーーッ!!」

 というエーディンの悲鳴が鳴り響いた。

 ブリギッドが、手に持った食器を投げ出して、倒れそうになったエーディンを抱きかかえる。

 投げ出された食器が、大きな音を立てて地面に落下した。

「どうしたんだ。エーディン!!」

 すぐにシグルドが駆け寄る。エーディンは、驚愕の表情をしながら、草むらを指差した。

「い、今、そこに人影が・・・」

 だが、その方向に人はすでにいない。シグルドは、指差す方向へ走りよったが、その犯人を見つけ出すことはできなかった。

 別荘の中の人間も全員、エーディンの悲鳴で飛び出してきた。

 シグルドが、簡単に現状を説明する。

「エーディンが、そこの草むらで人影を見かけたって言うんだ。」

 シグルドは、さっき、自分が探していた場所に視線を移す。

「大丈夫か? エーディン・・・」

 ジャムカが心配そうにエーディンの顔を覗き込む。そして、シグルドの探していた場所を調べ直す。

「・・・別荘の人間じゃないか?」

 と、アレクが問いかける。

 それに答えたのはシグルドだった。

 「いや、・・・この中の人間じゃないと思う。もしそうなら、逃げ出す必要はない。

 誤解を解こうと出てくるはずだ。

 ま、誰かのいたずらなら話は別だけど。」

「じゃあ、誰が?」

 首を傾(かし)げるエーディン。

ミデェールは、

「何かの見間違いじゃないの?

エーディンさんを驚かそうとする人なんて、いないでしょ。」

 と言って、騒ぎが冷めやらぬうちに部屋へ戻っていった。

「−−−そうかしら。何か別の・・・野犬か何かだったのかしら。」

 それを聞いて、ブリギッドは、思い出したように、

「あ、そういえば、時々サルが出ることがあるらしいって。」

 と、父親が言っていという話を教えた。

「なんだ、人騒がせな奴だ。」

 アンドレイも、ミデェールに続いて、別荘に戻る。

 それにつられて、他のメンバーも別荘の中に入っていった。

 エーディンもブリギッドに支えられながら立ち上がり、ゆっくりと別荘に戻る。

 シグルドは、それに着いていかず、ブリギッドの投げ出した皿を拾い集める。

 そこにジャムカも近づいて、それを手伝い、同じように皿を拾う。

 そんな中、ジャムカがこそっとシグルドに耳打ちした。

「エーディンが、指差していたって所を見てみたけど、確かに人がいた形跡があったよ。」

「えっ?」

「草の折れ具合からして、サルより重い奴が走り去ったような感じだった。」

 シグルドは一瞬絶句した。

 何か嫌な予感が頭をよぎる。だが、それを顔に出すまいと努力して、会話を続けた。

「そうか、ありがとう。・・・表口、というか、玄関にしっかりカギをかけておこう。

 それに、このことは黙っておこうか。変に心配させるといけないから。」

 シグルドは、最後の皿を拾い上げ、別荘の中に入ると、玄関のカギをしっかりとかけた。

 別荘に戻ったシグルドは用心のため窓にカギをしようと1階をまわった。

 そして、キッチンの窓にカギをしようと足を踏み入れようとして気付いた。

「−−−!!」

 シグルドは思わず漏れそうになった声を両手で口を覆って回避する。

 そこでは二人の人物の密談が行われていた。

 慌てて影を潜める。幸運にも向こうはこっちに気付いていないようだった。

 そこにいたのはアンドレイとミデェール。

 二人の様子を盗み見ると、ミデェールがアンドレイから何かを渡されていた。

 よく見るとそれは金だった。金額にして数万円の金額−−−。

 金を渡されたミデェールはポケットからメモ帳を取り出し、何かを記入する。

「一体何を?」

「ミデェールが金を借りているのさ。」

「!?」

 シグルドが独り言で言ったつもりの小声に反応が返ってくる。

 振り向くと、そこに同じように 盗み見をしている男がいた。

−−−ジャムカだった。

 ジャムカはシグルドを密談の現場から遠ざけると簡単に説明して見せた。

「ミデェールはいろいろ無駄遣いが多くて、ああやってアンドレイに金を借りているのさ。

 返してるのかどうかは不明だけど。」

「ジャムカは知ってたのか?」

「まあな。あいつらは隠れてやってるつもりでも、俺たち部員は全員それに気付いてるよ。知ってるけど、口に出さないだけさ。

 もちろん、ブリギッドにしたって、エーディンにしたって・・・。

 でも、アンドレイも何で凝りもせずに金を貸すんだろう? 不思議だよ。」

 それだけ言うとジャムカは小さく笑顔を見せ、立ち去っていった。

 取り残されたシグルドも密談の二人に気を止めず、姿を見られないようにその場を後にした。


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