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第1章 運命の扉

 シグルドは、今年は24歳を迎えたが、その容姿は2、3歳は若く見える。スラッとした鼻立ちや、判断力の有りそうな眉は、彼の家柄の良さを示している。

 実際、彼は幼少の頃よりエリートコースを歩まされて来た。

 それにも関わらず、人に好かれるタイプなのは性格の良さがあったからであろう。決して、エリートさを自慢することは無かったし、人柄が良かった。

 また、何より、曲がったことが許せないという強い正義感の持ち主でもあった。

 ただ、大学時代に親の為すがままの道を歩んできたことに嫌気がさしたシグルドは親と衝突し、そのまま家を飛び出して一人暮らしを始め、家系との縁を切った。

 もちろん大学はその時に中退。今まで、友人の紹介で見つけた職で生活している。

 今回、そのシグルドが別荘に着いて来たのは、他でもない幼なじみの頼みだからであった。

 シグルドより3歳年下のその幼なじみの名前は、エーディンと言い、シグルドの住む町にあるヴェルダン大学のアーチェリー部のマネージャーをやっている。

 まだ21歳という若さながら、透き通るほどの白くやわらかな肌と、風になびくと天使を思わせるほどのつややかなブロンド。

 さらにそれに劣ることのない端麗な顔は、彼女を学園のプリンセスに仕立て上げるのに何ら不自由は無かった。

 そのエーディンの頼みというのは、一週間、父の別荘へ、アーチェリー部で合宿に行くので着いて来てほしいというものだった。

 彼女自身はアーチェリーをしないのだが、彼女の父親が、アーチェリーに非常に熱心だった影響をいくらか受け、部のマネージャーをやっている。

 そのアーチェリー部で真面目に合宿に参加しようという者は彼女を含めて五人しかおらず、たった五人で広い別荘を借りるのも心許無いので、シグルドにも参加を呼びかけたのである。

 しかも運が良いのか悪いのか、その日は、高校時代の後輩三人と顔を合わす日だった。

 予定をキャンセルするのを悪いと思って、逆に頼みこんで彼らも連れて来ることを了承してもらった−−−という事情もあり、参加人数は一気に九人にまで膨らんだのである。

 だが、エーディンはそれを快く受け入れてくれた。

 エーディンのような美人には、ひねくれた性格の、いわゆる性格ブスが多いのだが、エーディンは寛大で、誰に対しても平等に優しい。

 シグルドは、この幼なじみが、愛しい以上に誇らしかった。

 最後にシグルドがエーディンに会ったのは、二年前のエーディンの父親の葬式以来だったが、その頃より、また一段と美人になったように感じられた。

 別荘に入ると早速、荷物の整理が始まった。持って来た荷物の中には衣服の他にアーチェリー部らしく弓や矢が含まれていた。

 それを倉庫へと運ぶ。

 「こんなところに来てまで練習を?」と疑問に思ったシグルドだったが、別荘の中を案内してもらう内に、その理由が分かった。

 この別荘には、かなり立派なアーチェリーの練習場あるのだ。しかも、室内にも屋外にも。 「まるで、アーチェリーをするために作られた別荘みたいだ。」

 室内の練習場を見回しながら、シグルドが言うと、

「当たり前でしょう。あのアーチェリーしか趣味の無かった父親ですから・・・」

 と、少し小馬鹿にするようにアーチェリー部の男が言った。

 病弱そうで無愛想な顔をしている。

アンドレイ、そんな言い方無いんじゃないか?」

 すぐに、アーチェリー部の女が批判する。

 その容姿は事細かなところを除いて、エーディンにそっくりだった。 エーディンの双子の姉のブリギッドである。

「そうかい? 姉さん。本当のことを言ったまでだよ。」

「また、そうやって減らず口を・・・、だからお前はいつまで経ってもその程度の腕なんだ。」

「もうやめてよ二人とも!! お父様の別荘なのよ!!」

 二人を止めに入ったのはエーディンだった。

「あのアーチェリー馬鹿の親父か? 死んでせいせいしたぜ!」

「アンドレイ、お前・・・」

「もうやめて!! 二人とも!!」

 エーディンの声に渋々口を閉ざした二人だったが、憤りはすぐに収まりそうにもなかった。

 しばらく気まずい雰囲気があたりを覆ったが、それを打ち砕くように、再び部員による別荘案内が始まった。

「へぇ、あの三人が姉弟か・・・。とても同じ血が入ってるとは思えないな・・・」

 シグルドの後輩として合宿に参加したノイッシュが三人に聞こえないように呟いた。

 気が強く、自分の意見をストレートに言う性格のアーチェリー部部長のブリギッドを長女に、しとやかな次女のエーディン、口が悪く、あまり人から好かれることの無い末弟のアンドレイ。

 確かに同じ血を分けているとは思えない。

 小さい頃からこのような姉弟ゲンカが絶えなかったのだろう。

 ただ、容姿の上では双子ということもあって、ブリギッドとエーディンは良く似ていた。

 肌の質感や髪の滑らかさは区別もつけられないほどで、果てには、唇の形や色、鼻立ちまで良く似ている。ただ生まれ育った環境の違いからか、眉や目つきはそれぞれで異なっていた。

 ブリギッドは気の強さを象徴するように幾分目つきが鋭く、眉が引き締まっている。

 一方のエーディンは優しさが眉や目からにじみ出るようだ。

 弟のアンドレイは誰に似たのか姉二人と同じ髪と肌を持っていながら、皮肉なことに、肌の色の白さが、『ひ弱さ』を目立たせてしまっている。

 彼の性格が捻じ曲がってしまったのも、姉二人の容姿に対するひがみに原因があったのかもしれない。

 彼の顔は自らの性格を顕示するかのごとく歪んでいた。

 また、アンドレイは、良く言えば、人見知り。悪く言えば閉鎖的だった。

 シグルドとも、幼なじみの弟でありながら、ほとんど面識が無いのもそのせいだった。

「この3人あってのアーチェリー部だからね。」

 ノイッシュの呟きに一人のアーチェリー部員が答えた。

「あ、そうだ、みんな初対面だよな。自己紹介するよ、俺はジャムカ。ヴェルダン大学の三年生だ。よろしく。」

 そう言って、笑顔でノイッシュに握手を求めてきた。

 もともと、色黒であろう肌に白い歯がよく目立つ。

 その白い歯のせいもあるが、爽やかなイメージを受ける喋り方をする。

 ノイッシュに握手が終わると、少しはにかみ、シグルドたちに次々と握手していく。

 それを横目に、ちらっと見た別の男子部員がブリギッドの近くへ早歩きで近づいていった。

「あ、あの人は?」

 最後に握手をしたアレクがジャムカに尋ねた。

「・・・ああ、彼はミデェール。確か二年生だったかな?このメンバーの中じゃ一番アーチェリーの経験が少なそうだけど、でも、・・・結構なやり手だよ。いろんな意味でね。」

「へ・・・。というと?」

「−−−ん、まあ俺の口からは何も言わないでおくよ。」

 そう言うと、ジャムカはささっとシグルドたちから離れた。

「どういうことなんだろう?アレク。」

 シグルドが連れて来た後輩の中で一番、図体が大きいアーダンがアレクに問う。

 だが、アレクはその問いに「面白くないな」という顔をして、そっぽを向いてしまった。

 メンバーの中で最も勘の鋭いアレクが答えてくれないので、アーダンは誰に聞いても解答を得られないことを悟って黙り込んだ。

 ミデェールは部員の中でもずば抜けて頼り無さげな顔をしている。

 だが逆にそれが同時に甘い顔でもあり、女性を口説くときの武器になるのだろう。

 そして、ジャムカの言い方からして、ブリギッドを口説き落とそうとしているのか、もう口説き落としたか、といったところか。

 −−−などとシグルドはあれこれ考えてみる。

 おそらく、アレクも同じようなことを思い浮かべたのだろう。

 アレクは、女性を口説くことにおいてはかなりの手だれである。

 このようなことには一段と鋭く勘がはたらいているはずである。

 一方そんな点において後の二人はかなり疎い。

 ノイッシュは、美形とか、ハンサムとかそういった言葉が良く似合う美男子にもかかわらず、生真面目で、これまで女性と付き合ったことが一度も無いように見える。

 それというのも、どんな女性に声をかけられようとも、きっぱりと「NO」を出すのである。

 本人に言わせてみれば、「真面目な交際をしたい」ということらしい。

 それに対し、「出会いを全て断っているようじゃ交際も出来やしないのに」とは、アレクの反論である。

 そういった面でもアレクとは対照的で、いいコンビである。

 そして、アーダンの方は、ごつごつ角張った顔である上に人相が悪く、ノイッシュとは違った意味で女性とは縁が無いのである。

 セールスポイントといえば体の大きさが示すように、気が優しくて、力持ちな所くらいである。

 シグルドたちが最後に案内された三階の広間には数多くの盾やカップが並んでいた。

 エーディンたちの父親が、どれだけアーチェリーに身を注いだのかが顕著に現れている。

 加えて、立派な弓と一本の矢も展示されていた。

「この弓は?」

 シグルドは探求心よりも美しさに魅かれる気持ちでエーディンに尋ねた。

「これは、イチイバルという聖なる弓。私たちユングヴィ家の家宝なの。亡くなったお父様も大切にしてて、こうしてかざってあるの。」

「へえ・・・結構高そうだな。装飾もきれいで汚れも無いし・・・」

 珍しそうに弓を眺めながらノイッシュが言った。

「話によると200年以上も前のものらしい。まあ、父さんの言ってたことだし、本当かどうかはわからないがな。」

 と、答えたのはブリギッドだ。

 シグルドが見てもこの弓は奇麗で、とても200年も昔のものには見えなかった。

 200年という数字が間違っているのか、それとも、それだけすばらしい作品なのか、気にはなったがそこまでは調べようとは思わなかった。

 ブリギッドにしてもそうなのだろう。

 アーチェリー部員による別荘内の案内が終わると、これから一週間過ごすことになる場所の掃除が始まった。

 シグルドたちも手を貸して、一通り掃除を終える。

 それから、部屋割りをして、それぞれ九人とも各自の部屋に荷物を置いた。

 別荘は三階建てで、一階に屋内アーチェリー練習場と食堂や風呂、キッチンがあり、二、三階に個室が並んでいる。

 二階だけで、十室の部屋があるのでみな二階の個室を利用することにした。

 それぞれの部屋の中には、ベッドに洋服ダンス、机と椅子。電気スタンドまでついている。ドアには一応だがカギがついていて、とても別荘とは思えない。

 すぐにでもホテルとして利用できそうな造りだった。

 掃除の後、全員が各自に割り当てられた部屋に戻って休息を取る。

 シグルドも自分の部屋で長旅の休憩をする。

 ベッドに寝っ転がり、つい、うとうととし始めると、ふいに部屋のドアがノックされた。

 重さを増しているまぶたを何とか持ち上げる。

「シグルド、荷物の整理終わった?」

 扉の向こうの澄んだ声は、エーディンの声だった。

 シグルドは持ってきた本を備え付けの本棚に並べながら返事をした。

「私たち、早速アーチェリーの練習をするから、よかったら来て。 屋内アーチェリー練習場にいるわ。」

 それだけ言うとエーディンはそさくさとドアの前から離れていった。

 エーディンから見ると、シグルドたちは本当にゲストにすぎず、あくまで、ここに来た目的はアーチェリーの練習のようだ。

 言われた通り、屋内練習場へ向かっていると、後ろからアレクに声をかけられた。

「シグルドさん・・・今回の合宿つまんなさそうですね。オレはアーチェリーなんて何の興味も無いし・・・」

「何言ってるんだ。やってるうちに楽しくなるかもしれないだろ?」

「そういうもんですかぁ?」

 気の抜けるような声をアレクが吐く。

 ちょっとした会話の後、屋内練習場へ到着する。

 そこにはすでに、アーチェリー部員全員がそろっていた。

 さらに、その中にノイッシュやアーダンの姿もある。

 つまり、最後に着いたのが、シグルドとアレクということだ。

「やっとそろったな。じゃあ−−−ジャムカ、こいつらにアーチェリーの基本を教えてやってくれ。」

 ブリギッドはそう言うと矢を取って、アーチェリーの練習を始めた。

「ちょっと待ってくれよ・・・なんで俺が!? −−−しょうがねえなあ・・・」

 一瞬不満をあげたジャムカだったが、素直にその要求に従い、弓を用意するためシグルドたちを連れて、練習場に入ってすぐわきにある倉庫へ向かった。

 倉庫に入ると、ジャムカが、適当な弓を選りすぐって渡す。弓は見かけよりずっと重かった。それ身の重さで20キロは有りそうだ。

 部員全員はそれぞれ自分専用の弓を持っているようで、シグルドたちは、この別荘にもともと置かれている予備の弓を使わせてもらうことになった。

 また、倉庫には予備の弓の他にもアーチェリー部が用意した用具が入っていた。

 ただ、アーチェリーの知識に乏しいシグルドには、それが何に使われるものなのかは理解できなかった。

「とんだ災難だね。ジャムカさん。」

 倉庫から出てきたジャムカに、横目に見ていたミデェールがからかいの言葉を浴びせる。

「フン。なら、お前がやるか?」

「お生憎様。ボクは、たいした腕前じゃないから。前の大会で、優勝したジャムカさんが特別なコーチをしてあげてくださいよ。」

「−−−・・・。」

 ジャムカは何も言い返せず、悔しそうな顔をしていたが、すぐに、にこやかな顔に戻って、シグルドたちの方を向いた。

「ま、いいや。俺で良ければ、教えるよ・・・。」

 ジャムカの顔には、もうミデェールに対する不満は見えなかった。

 これは、彼の性格の良さが見せるわざなのか、それとも、そういった気配を顔から完全に消すことが出来るのか・・・。

 シグルドは考えをいろいろ巡らせたが、目の前のジャムカが弓の持ち方を教えようとしているのに気付くと、フッと笑顔を見せて説明を受けた。

 アーチェリー部員が次々と練習を始めるのと平行して、シグルドたちも練習を始めた。

 ジャムカに早速アーチェリーの基本を教わる。

「そう。そうやって引いて・・・。よし、放て!!」

 ジャムカの言うがままに弓を操るノイッシュ。

 矢から手を放すが、矢はしなるだけで、少しも飛ばずに足元に落下する。

「うわっ!!」

 慌ててノイッシュが足を上げて矢をかわす。それを間近で見たジャムカが思わず笑い声をもらす。

「そんな、下手だからって、笑わなくたっていいじゃないですか!」

 ノイッシュが抗議すると、ジャムカは笑顔を崩すことなく、その理由を述べた。

「いや、前にエーディンに無理矢理にアーチェリーをやらせた時にそっくりだったもんでね。シグルドなら知ってるだろ。エーディンが、アーチェリー部にいるのにアーチェリーが出来ないってこと。」

「んっ、・・・まあな。」

 シグルドは話をあわせるために相づちを打つ。

「その時も、まあ不謹慎にも笑ってしまったんだけどな。おかげでエーディンは『もう二度とアーチェリーはしない。』って言ってたけどね。」

「えっ。何か言った?ジャムカ。」

 ミデェールの練習を見ていたエーディンが急に話に割り込んで来た。

 ジャムカは、

「なんでもないよ。」

 とごまかし、ノイッシュに再びコーチを始めた。

 だが、実際には聞こえていたようで、

「悪かったわね、どうせ私には素質はありませんよ。」

 と顔を背けた。

 ジャムカは、しまったという表情をしたが、何も言い返さず、ノイッシュの肩をポンとたたき、また笑顔を覗かせた。

「ま、誰でも最初はこうなるんだよ。気にするな。」

 ジャムカのその言葉は、アドバイスであるだけでなく、エーディンへの弁解のようにも聞こえた。

 ジャムカのコーチは適確で、シグルドたちも少しずつではあるが上達を見せ、最終的には矢を射る真似事ぐらいは出来るようになっていた。

 特に上達したのはアーダンだ。1時間も過ぎた頃には、的に命中するほどになった。

「うわ・・・、うまくなったのね。」

 それを見たエーディンも、思わず声をもらす。

 アーダンは、角張った顔に似合わない照れ笑いを見せる。

 一方のシグルドは、一番の遅れをとっていた。

 射た矢が、真っ直ぐに飛んでくれない。

 ジャムカも責任を感じているのか、付きっきりでコーチする。

「・・・ったく、らしくねえな。シグルドさん。」

「すまない。どうも指先を器用に動かすことが出来なくって・・・」

「うーん。そういうことって、やっぱり気になるかなあ? 俺はあんまり関係ないと思うよ。

 シグルドさん、もっと肩の力を抜いてやったら? 力が入るからうまくいかないんじゃないかな? リラックス。リラックス。」

 シグルドは深呼吸を3回すると的に矢を向け、弓を引き、狙いを定める。

 静かに目を閉じ、心を落ち着かせるとサッと矢を放った。シグルドの手を離れた矢は、今までシグルドが出したことも無いような勢いで飛んでいった。

 そして、的へ向けて一直線に・・・。

 −−−飛んでいくことをイメージしていたのだが、そう簡単にうまくはいかず、やはり、的とは違う方向へ飛んでいった。

 だが、これはこれでシグルドの自信へと繋がった。

「ま、アーチェリーはそんなに甘くないってことかな?」

「よくわかってるじゃないか。シグルドさん。」

 横にいたジャムカが、笑いながら言った。

 シグルドはその笑顔を見ながら、ふと、さっきミデェールが言っていたことを思い出した。

「−−−そういえば、ジャムカ。前の大会で優勝したって。ミデェールが言ってなかったか?」

「んっ、・・・まあな。意外か?」

「少しだけな。

 ところで、ブリギッドには失礼なんだけど、どうして君が部長をしないんだ?」

 あまりにもストレートな質問に、答えるのをためらったジャムカだったが、また笑顔を見せて答えた。

「俺がこのアーチェリー部に入ったのは、俺が2年の時なんだ。ブリギッドは俺より前からこの部にいたんだ。早い話が、彼女のほうが俺より長くこの部にいるからさ。

 あとは、去年、3年生がいなくて、当時2年生のブリギッドが部長を努めていた名残かな。

 それに俺が人を束ねる器じゃないってこともあるかな?」

「もう、謙遜しちゃって。」

「エーディン!? 盗み聞きかよ、まったく。」

 ジャムカは、エーディンが話を聞いていたことが分かると、バツが悪そうに、コーチを中断し、その場から立ち去った。

「この合宿の一番の目的は、来月の大会へ向けての最終トレーニングなの。

 でも、ジャムカって凄いんだから。去年の大学対抗のアーチェリー大会個人戦−−−、まだ2年生だったのに、他の学校の4年生なんか目じゃなかったわ。

 今年の大会もきっと優勝できるわ。ま、相手が出来るのは姉さんくらいね。」

「随分、褒めたてるな・・・。」

「そ、そうかしら?」

 慌てて取り直そうとするエーディン。

 彼女にとってのジャムカに対する感情は特別なもののようだ。

 シグルドとエーディンの会話を聞いていたアレクが、隣で練習をしているノイッシュに本音を呟く。

「はぁ。女っ気の無い1週間になりそうだな。」

「えっ、どういうこと?」

 相変わらずのニブイ相棒にため息をもう一つ吐(つ)くと、アレクは練習を再開した。

「うまいっ!! やっぱりこういったレジャーでの夕食はバーベキューに限りますね。 ハハハ・・・」

 アーダンが、肉や野菜のささった鉄串を両手に持って豪快に笑い飛ばす。

 練習の終わった後、ブリギッドの提案で、この日の夕食は外でのバーベキューと決まった。

 別荘の玄関と丁度、正反対の場所、つまりは別荘の裏で、木製テーブルの周りに折畳み式のいすを持ってきて腰掛けた。

 そして、レンガを使って作った即席のかまどで肉を焼く。

 別荘内の部屋に煙が入ってこないか心配したが、別荘の裏にあたる、この面には扉や窓が付いておらず、その心配は取り越し苦労に終わった。

「毎年恒例なんだよ、このバーベキューは。去年もやったしな。」

 ブリギッドが笑顔を見せる。この合宿に来て始めて見せた笑顔だ。エーディンとは違った美しさを感じる。

 横では、アーダンの笑いを見ているアレクが、

「まったく、よく食うぜ。こんなにでかい串なら一本で一人前ってとこだろ、普通。」

 と、野次をいれる。実際のところ、長さは20cm、太さも小指ほどある鉄串に、肉と野菜が交互に、かつ、びっしりと隙間なく重なっていて、一本でも充分腹に足りる量だった。

「気にしなくてもいいのよ。まだいっぱいあるから。」

 エーディンがにこやかに、まだ焼けていない串を示す。

「足らなかったら材料を切って、また追加するわ。」

「そうですか。有り難うございます。いやあ、エーディンさんは優しいなあ。」

「そうかしら?」

「そういった所は昔と変わんないな。」

 シグルドが言うと、

「そう言えば、シグルドさんはエーディンさんの幼なじみでしたね。」

 ミデェールが、初めてシグルドの会話に反応を示した。

「ああ、私が小学生だった頃から良く遊んでたな。」

「どんな子供でした? 僕が聞いても、教えてくれないんですよ。」

「んっ。もう、ミデェールったら。いいじゃないの、そんなこと。
 さ、シグルドも食べて。」

 どうやら、ミデェールは単に昔のエーディンに興味があっただけのようだ。

 部員以外の人間には、まったく関心を示すつもりはないらしい。

 少し、ためらいはあったが、会話を途切れさせるのも勿体無いと感じたので、シグルドは、問いに答えることにした。

「うーん、あの頃のエーディンはブリギッドによく似て、ヤンチャだったな。今では想像もできないと思うけど。」

 その当時のエピソードを少し語ろうかと、シグルドが次の言葉を言いかけた途端に、ミデェールは、

「へえ、そうですか。有り難うございました。」

 と、心もとない一言で会話を強制終了させてしまった。

 さすがのシグルドも、これにはムッときたが、代わりに他のメンバーがその続きを要求して来たので、頭を切り替え昔話に没頭した。

「−−−それで、私の妹とケンカになって、私にも収集がつかなくなってしまって・・・。

 結局最後はブリギッドが、割って入って・・・」

「よく覚えているな、そんなこと・・・」

 と、ブリギッド。自分の過去の事でもあるので、少し気になるようだ。

「ははは、結構いろいろあったんだな。俺にはちっとも教えてくれないのにな。」

 ジャムカが、さも愉快そうに笑っている。

「それに、今と逆だな。エーディンがケンカして、ブリギッドが仲裁に入るなんて。」

「ジャムカ。私が、いつ、ケンカなんかしたんだ?」

 ブリギッドが明らかに怒りを忍ばせた声で答える。

「えっ、それは・・・」

 ジャムカの顔が引きつる。

 その時、周りにいる誰もが、今日あった『アンドレイとの衝突』を頭に思い浮かべていた。

「フフ、そんなにうろたえることもないだろ。冗談だよ、冗談。」

「なんだ、冗談かよ。焦ったぜ。」

 ジャムカの少しオーバーなリアクションが、皆の笑いを誘った。

「ま、いいじゃないか。それも個性の内ってことだろ?」

 シグルドも、さりげなくフォローを入れる。

 ただ、そんな中、一人だけ、表情すら変えない者がいた。

 アンドレイである。黙って、じっとブリギッドの方を睨みつけている。

 シグルドは彼を見て、この部の中の見えないところに歪んだ人間関係があることを痛感した。

 ―――だが、そのシグルドにも、この歪んだ人間関係がどこまで発展していくのかは、予想出来なかった。

 

第1章 終わり

 


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