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ToHeart2 SSの部屋

ToHeart2 SSを掲載していきます。
3      『あこがれ』(郁乃SS)
『あこがれ』
 
 
 うん?
 気配がする。
 良くない気配が。
 あたしはいつものように、起き上がった状態で窓を眺める。
 
 がちゃ。
 
 ぶしつけにドアが開かれた。
 
 ノックもせずにドアを開くなんて、あいつしかいなかった。
 
「よぅ」
 
 思ったとおり、あいつの声が聞こえた。
 後ろにあるはずの、姉の気配も感じられなかった。
 
「何の用? あいにく、あたしは忙しいの」
「いや、特に用は無いんだが…」
 
 相変わらずムカつくようなことしか答えようとはしない。
 忙しいと言ってるのに。
 でももう、あたしの嘘なんて見抜かれてるんだろう。
 ちっとも忙しくないなんてことは。
 
「…姉は?」
 
 気配が無かったのだからいるはずは無いのだけど、
 来ることを望んでいるはずの、人の所在を訊いた。が、
 
「愛佳か? 委員会の仕事があるから、先に行っといて、だと」
 
 と、とりあえず失望させられてしまった。
 
 そう。
 姉はいつも仕事があるからと言って、真っ直ぐにここに来てはくれない。
 で、最近はこの男だけが先に来る、ってシチュエーションも多い。
 自分の好きな女の妹に、そんな義理立てしなくても良いのに。
 
 姉にくっ付いてくるのが、姉にとって害のある男なら、
あたしは身体を張る…ことは出来なくても、精一杯嫌がらせして離れさせる。
 
 でもこの男は…。
 
 もうそんなことをするのは無駄だと思った。
 だって、打算であたしと接してるとは思えなかったから。
 裏にある邪な思いを、感じ取ることは出来なかったから。
 
「そう。相変わらずヒマなのね」
 
 あたしは、気持ちとは裏腹に、こんな暴言を吐いてしまう。
 その辺のクズなら、あたしに良いイメージなんか持たないだろう。
 けれどこの男には、そんな言葉攻めは全く通用しなかった。
 
「愛佳とは立場が違うからな」
 
 …。
 あたしが、ダメージのありそうな言葉を投げつけても、
全く拍子抜けな反応しか返ってこない。
 本当に調子が狂う。やり辛い。
 
「そうそう、今日はな…。」
 
 そう言うと、この男は学校であった出来事を話し始める。
 それも凄く楽しそうに。
 
「またクラスの皆が、プリントの取り合いになってな。
 愛佳は大慌てだったんだ。俺はそのプリントの配布役に徹したってわけだ」
 
 大概、内容は姉のことだ。
 しかも、その大半はどうでも良さそうなことだった。
 けれどあたしは、そんな話に耳を傾けてしまっていた。
 だって姉は、そういう学校での出来事はあんまり話してくれなかったから。
 この男から聞く姉の学校での姿は、あたしにはすべてが新鮮だった。
 
 でも、あたしがこの男の話に興味を持っている、なんてことが知られたくなかったから、
聞き流すふりをしながら聞き耳を立てていた。
 
「その間愛佳は、目をグルグル回して、最後は机に突っ伏してたな」
 
 そんな姉の姿を、思わず想像してしまう。
 笑わずにはいられなかった。
 でも、そんな湧き上がる衝動を、あたしは奥歯をぐっと噛み締めて堪えた。
 で、あたしは反撃に出る。
 
「話はそれだけ? 全く…くだらない……」
 
 心にも無い言葉だけど、そう言う言葉が平気でこの男の前では出てしまう。
 本当は、姉の学校生活を聞けるだけ聞きたいのに。
 この男が見た、感じた姉の姿も聞きたいのに。
 
「聞きたくないか? まだ色々と愛佳のこと話したいのになあ」
 
 そう言われると、あたしは反射的に身を乗り出してしまう。
 それを見て、にやり、とする男。
 趣味が悪すぎる、と思う。
 
 そうやって、あたしは居心地の悪さを噛み潰しながらも、
この男の話す言葉を逐一記憶していった。
 
 委員会であったらしいこと、クラスであったこと、この男と2人でいたときのこと。
 どれもがあたしにとっては、自分の知らない姉の姿だった。
 姉の口からは聞くことの出来ない、姉の姿だった。
 もちろん、すべてが真実とは限らない。
 この男が脚色してしまっているのかもしれなかった。
 
…でも、何となく、男の言葉から想像できる姉は、あたしの想像どおりの姉だった。
 不器用なのにお節介で、人の頼みを断りきれなくて、結局自分で全部を背負い込んでしまっていること。
 でも、周りの人間は、そんな姉のことが大好きだということ…。
 どれもこれも、あたしが感じていた姉、そのものだった。
 
「どうだ? 愛佳って、お前といるときとそうじゃないときって、違うか?」
「…ううん、同じ」
 
 そうとしか答えられない質問をぶつける男。
 やっぱり趣味が悪すぎる。
 でも、この男が姉のことを話すときは凄く優しい目をしていた。
 
 
 あたしが好きな姉。
 この男が好きな姉。
 それが、同じような価値観でもって認識されている。
 とてつもなく嫌な感じがした。
 共感できていたことに。
 
 そんな、優しい眼差しにつられるように、あたしも笑っていた。
 とても不本意だったけど。
 
 で、そんなあたしを見て、さらにこの男は嬉しそうに笑っていた。
 
 
 
 いつものように、姉のことを聞いていたときのこと。
 相変わらず姉の姿は無かったけど、そのことへの違和感は既に無くなっていた。
 むしろ、この男と一緒にいることが当たり前になりつつあった。
 
「郁乃って、外へはよく行くのか?」
「…ほとんど行かない」
 
 あたしは、ほとんど外に出る機会は無かった。
 もちろん、外気に触れると身体に良くないかもしれないけれど、
外に出るキッカケ自体がほとんど無かったのもあった。
 
「出ても大丈夫なのか?」
「うん。…たぶん平気」
 
 たまに外出するくらいなら平気なわけだし、あたしの体調も最近は安定してる。
 今の状態なら、外出は問題無いだろう。
 …けれど、この男が何故こんなことを聞いてきているのかが全くわからなかった。
 
「…で、何?」
「ああ。たまには散歩でもどうかと思ってな」
 
 散歩…。
 人を犬みたいに思ってる。
 そう思って、少し気分が悪くなった。
 でも、
 
「毎日同じ風景じゃ退屈だろうと思って。行かないか?」
 
 こんなことを言われたら、邪険には扱えなかった。
 
「そんなに言うなら、たまには…付き合ってあげる」
 
 相変わらず、あたしの口からはこんなことしか言えなかった。
 すると、この男はあたしの本心を知ってか知らでか、嬉しそうに笑って、
 
「なら、早速行くか!」
 
 そう言って車椅子の準備をし始めた。
 
 
 
「郁乃…、いいか?」
「え? あ…うん」
「じゃ、よっ…と」
 
 あたしは、心の準備も出来ないまま、この男に抱かれていた。
 抵抗なんて出来なかった。
 ただ、人に抱かれるってことがこんなにも暖かだったなんてことが、不本意ながら感じさせられていた。
 
「痛いか?」
「ううん。平気」
 
 …意外なほどに優しい言葉をかける、この男に驚いていた。
 それに、思ったより逞しい腕に抱かれている感触にも。
 いわゆる「お姫さま抱っこ」をされていて、程なくして無機質な車椅子に座らされていた。
 
「じゃあ、行くかっ」
「え? うん」
 
 強引なリードがあったからだと思うけど、あたしはされるがままに外へと連れ出された。
 
 
 
 
 自動ドアを通り、何ヶ月かぶりの外気があたしを包んだ。
 窓から外気を吸ったことはあった。
 けれど、周りが全部、アルコール臭い匂いがしなかったことは久しぶりだった。
 
「すぅ〜っ、はぁ〜っ」
 
 思わず深呼吸してしまう。
 部屋の澱んだ空気と違って美味しかった。
 
「ん? 外はやっぱり良いか?」
 
 その声を聞いて、あたしははっとした。
 外に出してくれたことに対して、喜んでいるみたいに思われてるんじゃないかって
思われているんじゃないかと感じた。
 
「べ、別に。拒絶反応が起きないかテストしてるだけよ」
 
 事実も…ほんの少しだけあった。
 けれど、本当にそうなら深呼吸なんてする必要も無いし、そんな反応が出るようじゃ外出は危険だ。
 
「そっか。じゃあ、もっと空気の美味い場所まで行くか?」
 
 あたしの言葉の意味を理解してるのかいないのか、わからないまま、
車椅子はあたしの意思とは関係なく動き始めた。
 
 
 あたしはまだ病院の敷地の中にいた。
 でも、周りの風景は、まるでここが同じ病院ではないみたいだった。
 辺り一面の緑が眩しかった。
 
「結構いい場所だろ?」
「え? あぁ…まあまあね」
 
 ここが病院の敷地の中だと言うことに、信じられない思いはあった。
けれど、あたしは病院から出た覚えは無かった。
 あの、白くて高い壁の。
 そんな中に、こんな場所があるなんて…。
 驚きと、新鮮な感動があった。
 でも、この男の前ではそんな気持ちも封印して、曖昧に答えていた。
 
「学校とかだと、もっと良い場所もあるんだぞ」
「本当に?!」
 
 思わず反応してしまっていた。
 
「あ…、何でもないわよっ。ただ…」
「ただ?」
「だから、何でもないって言ってるのっ」
 
 何でもないわけじゃなかった。
 もうその場所への憧れみたいなものは、抑えることができなくなっていたのだ。
 
 姉と、この男と通う…。
 馬鹿馬鹿しくて騒がしくて、面倒なことかもしれない。
 けれど、あたしの中にはイメージが作り上げられていた。
 
 
 
 
「郁乃はさ。治ったらどこへ行くんだ?」
「それは…、姉と同じとこに行くに決まってるじゃない」
 
 何も決まっているわけじゃあ無かった。
 けれどあたしは、姉と同じ学校に通いたいと思っていた。
 今は体調も良いし、不可能なことでは無いと思う。
 
 
 
「学校…来られるといいな」
「…うん」
 
 嫌な気持ち半分がと、楽しみが半分あった。
 
 
 
 あたしは決心した。
 同じ学校に入ろうと。
 同じ制服を着て通学することを。
 
「参考書持ってきて」
「へっ?!」
 
 アホみたいな声を出して驚く男に、あたしは具体的な説明をしてやった。
 
「だからぁ、姉が入るような学校でしょ?
 アンタみたいなバカが入るんだったら、相当勉強したんでしょ?
 そのときの参考書を持ってきてよっ」
「はいはい。わかったよ。…なら、このみのヤツも持って来たほうが良いかもな」
 
 男は、ぶつくさ言いながらも嬉しそうだった。
 
 
「んーっ」
 
 車椅子の上で軽く腕を伸ばした。
 そして空を見上げた。
 この空の下、3人で学校へ通える日を目指そう。
 
 暮れ行く空に、あたしは心の中でそう誓った。
 
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 いかがでしたでしょうか?
 東鳩2しか興味の無い方にとっては、1年半くらいぶりのSSですので、もう僕のことなんかは忘れてますよね(汗)
 鍵(CLANNAD)SS好きの方には申し訳ないです…。
 
 このSSは、以前に書いた「舞う花びら」(愛佳SS)の続きみたいな位置付けになってます。愛佳とのキスシーンの後、エピローグの前という時間軸です。
 前回のを含めて、自分の中では「郁乃三部作」の二作目と言うことになってますw 郁乃ルートを作るなら、どういう話が間に入るんだろうか…と思案した上での話になってます。ので、愛佳が全く出てこないのは、そういうことでもあります(汗)
 
 次回は、エピローグの後、郁乃と貴明の学校でのお話を書くつもりです。構想は既に出来上がっているので…さすがに1年後とかにはしたくないので、出来るだけ早く書きたいと思います。
 
 もし、良かったよ!という人や、要望や感想などあれば、
 
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更新日時:
2006/10/29

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Last updated: 2006/12/26