『舞う花びら』 
  
  
 「手術、うまくいってると良いんだけど…」 
  
 学校で、しかも誰かに見られているかもしれない状態でキスをした俺たちは、 
 そのことに気付くと慌てて学校を飛び出した。 
  
 ただし手は、しっかりと握り合って。 
  
 「大丈夫だって。桜が上手くいったんだから、あいつの手術くらい大丈夫だって」 
 「うん…。そうだね」 
  
 俺たちは不可能を可能にしたんだ。 
 だからあいつの視力も、回復してもらわなければ困る。 
 そんな、ある意味身勝手な思いだったが、彼女には伝わったようだ。 
  
 繋いだ手を、きゅっと握り返したのがわかったから。 
  
 俺もその手を握り返した。 
  
 言葉は最小限でも、身体で直接触れ合うことによって、 
 俺たちはこんなにも通い合っていた。 
  
 ふと彼女のほうを見やった。 
 すると、彼女と目が合った。 
 そして、どちらからともなく微笑んだ。 
  
 ついこの間までは、手を触れるどころか、 
 視線を交錯させることすら気恥ずかしかったと言うのに。 
  
 もし俺たちの背中を押してくれたのだとしたら、 
 あいつにも感謝しなければならなかった。 
 今ごろは、舞う花びらを、より鮮明に自分の眼で見ているであろうあいつに。 
  
  
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 「先生」 
 「どうしたんだい?」 
  
 あたしは、窓の外に見える花びらを見ながら、 
 手術前に確認するのを止めたことを訊いてみた。 
  
 「今日って何月何日?」 
  
 あたしが"先生"と呼んだオジサンは、ふっと柔らかな笑顔でこう言った。 
  
 「5月…15日だよ」 
  
 オジサンの言った日にちを、ちょっと混濁している頭の中で反芻する。 
  
 ……。 
  
 おかしかった。 
 どう考えても見えるはずの無いものが、視界には飛び込んでいた。 
  
 これは、本当にあたしが自分の眼で見ている画だろうか? 
 そんな疑問さえ湧いてくる。 
 その疑問を確かめるべく、こんな質問をしてみた。 
  
 「外の花びら、綺麗ですね」 
  
 オジサンは外を確かめると、 
  
 「…そうだね。良かった……」 
  
 そう、安堵のため息のような声を発していた。 
 どうやら、自分の仕事が上手く行ってほっとしているらしい。 
 確率の低い手術ならともかく、確率の高い手術を成功したくらいで安心するようじゃ、 
 あまり腕利きの医者とは思えなかった。 
 ま、手術が成功してほっとしているのは、自分自身もそうなんだけど…。 
 周りが心配させるせいで、あたしまで余計な心配をしてしまった。 
 ほんと、迷惑な話だと思った。 
  
 でも、この花びらって…。 
  
 姉が無茶したんだ…って思った。 
 あの人のことだから、あたしのどうでも良い願いを、無理して叶えてくれたんだと思う。 
 けれど、それをあの人がいないところで見るとは思わなかった。 
 …確かに、桜の花びらとはちょっと違うように見える。 
 それは、あたしが長らく自分の眼で桜を見ていなかったからかもしれなかったけれど、 
 赤が鮮やか過ぎる気がしていた。 
  
 こんな芸当、姉だけで出来るわけが無かった。 
 悔しいけど、あのバカが無い知恵を働かせてくれたからなんだろう。 
 でも。それでも、この数の多さはどうしてだろう? 
  
 都合の良い考え方かもしれないけれど、 
 姉の成してきたことが、この花びらとなって還って来ているような、 
 そんな気がした。 
 姉の願いに応えるたくさんの人が、花びらを通して見えた気がした。 
  
 やっぱり、姉は世界一だと思った。 
  
  
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 病院への道すがら。 
 手を繋いだままの俺たちは、ほとんど言葉を交わすことなく歩いていた。 
 一部気の早い連中の下校時間と重なってしまったため、 
 俺たちを幾つかの人間が追い抜いていった。 
 2人が手を繋いでいることくらいわかったはずだ。 
 でも俺たちが手を離すことは無かった。 
 たまに俺たちのほうをチラリと見やる生徒もいた。 
 びくっ、となる彼女の手を、そのたびに俺は強く握った。 
 もう隠す必要なんて無いんだから。 
  
 「もう手術、終わってる頃だよな」 
 「…うん。とっくに終わってると思う」 
  
 まだ心配そうな彼女の言葉を聞くと、心配していることが痛いほど伝わってきた。 
 おそらくは、彼女の中であいつは一番なんだと。 
 そう思うと、軽く嫉妬のような感情まで湧いてきてしまう。 
 しかし俺は、そんな暗い感情を打ち消して、 
  
 「驚いてるんじゃないか? これ見てさ」 
  
 まだ辺りを舞っている花びらを観て言った。 
 花びらは風に舞い、学校のある丘から病院のある山手のほうまで飛んでいた。 
 まだ学校中に、色んな形でウワサが伝播しているのだろうか? 
 今も止まない花びらを見て、改めて彼女の積み重ねてきたことの大きさに、 
 驚きを隠せないでいた。 
  
 「そうだね。いこっ」 
  
 途中から、呆けたように花びらを眺めていた俺を、 
 彼女が手を引いて前へと促した。 
 その表情には、先ほどまでの不安そうな色は無かった。 
 俺も手を引かれるがままに歩を進めた。 
  
  
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 見慣れた個室。 
 ようやく1人の時間になった。 
 原色系って言うんだろうか? 
 南国フルーツの盛り合わせが、やけに目障りに見えた。 
 こんなに鮮やかな色をしていたことも、今の今までわからなかった。 
 とりあえずそいつが視界に入らないようにして、 
 再度窓の外を見た。 
  
 まだそれは舞っていた。 
 一体どのくらい舞っているんだろうか? 
 しばらくの間、それを眺めていた。 
  
 がちゃ。 
  
 ぶしつけに、部屋のドアが開かれた。 
  
 「郁乃ーっ」 
  
 あたしの名前を呼びながら、勢いよくこちらへと向かってきたのは、姉だった。 
 ベッドの側まで来て、あたしの眼をじっと覗き込んだ。 
  
 「お姉ちゃんだよ? わかる?」 
  
 久しく見ていなかった、鮮明な姉の顔。 
 あたしは何も言わず、じーっとその顔を見ていた。 
  
 「郁乃? …もしかして……」 
  
 顔が青ざめていくのがわかった。 
 表情がコロコロ変わる人だとは思っていたけれど、 
 こんな間近で、じっくりを見たのはいつ以来のことだっただろう。 
  
 「見えてるんだろ? お姉ちゃん、心配してるぞ」 
  
 ドアのほうからもう一つの声が飛んできた。 
 あのバカの声だ。 
 仕方が無い。 
 泣きそうになっている姉を、安心させることにした。 
  
 「そう。だから心配するほどの手術じゃないって言ってるのに」 
 「ほんと?」 
 「ほんとだってば!」 
  
 あたしの言葉を確認すると、姉は突然あたしを抱きしめた。 
  
 「よかった〜。ほんとに心配してたんだから〜」 
  
 柔らかな感触が直に伝わってくる。 
 その感触を感じながら思った。 
 姉は成長してる、と。 
 男が欲情しても仕方ないだろう…。 
  
 しばらく抱きしめられていたが、気が済んだのかあたしから離れた。 
 そして、 
  
 「お茶入れてくるねー」 
  
 そう言って部屋を出て行った。 
  
  
 残されたのは…あたしとあのバカ。 
 どうしていつも2人きりにさせるのだろう? 
  
 「愛佳って、何で俺たちを残して行くんだろうな?」 
  
 同じことを考えていたみたいだ。 
  
 「ほんと、妹の貞操の危機を自分で作り出すなんて、酷い姉よ」 
  
 思いっきり憤って言ってはみたものの、 
  
 「それだけ信頼されてるってことだよなー」 
  
 と言って、まともに取り合おうとはしなかった。 
 どうもこの男とは、相性が悪いというかやりづらい。 
 あたしは何も言わず、外の花びらを見ていた。 
  
  
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 「そう言えば」 
  
 病室の中を少しの間、沈黙が支配していたが、郁乃の声で解かれた。 
  
 「さっきの姉の顔。妙に晴れ晴れしていたけど」 
 「それは、おまえの目が見えるようになっていたからじゃないのか?」 
 「違う。何か、一線を越えたような顔をしてた」 
  
 一線を越えた? 
 愛佳が? 
 一体何のことだ? 
 俺には、郁乃の言うことの意味がさっぱりわからなかった。 
 しかし、 
  
 「…で、姉とはどこまでシた? C? B?」 
  
 ぶーっ。 
  
 口の中には何も入っていなかったが、思わず吹き出してしまった。 
 それってつまり…アレのことだよな? 
  
 「答えなさいよ、このケダモノ」 
 「あのなあ。そんなに俺がケダモノに見えるか?」 
 「男は皆ケダモノでしょ? ケダモノっ」 
  
 とは言え、別に愛佳とはキスしたくらいだ。 
 だから…Aだよな? 
 しかし、朝に会って以来進んだことなんて無かった。 
 コイツのために必死だったんだから。 
 それも知っているんじゃないだろうか? 
 知ってるからこそ、こんなことが言えるのかもしれなかった。 
  
 「何もしてねえよ」 
  
 本当に何もしてなかったから、こう答えるほか無かった。 
 しかし、目の前の少女は追撃の手を休めなかった。 
  
 「姉の……初めてみんな持っていくんでしょ?」 
  
 ぶーっ。 
  
 また吹き出してしまった。 
 同じことを愛佳にも言われたことを思い出したからだ。 
  
 「ほら、やっぱり。このケダモノっ!」 
 「違う! まだキスくらいしかしてないんだっ!!」 
  
 思わず白状してしまう俺。 
 すると少女は、勝ち誇ったような顔をしていた。 
  
  
 何かと気が合わない2人だったが、1つだけ共通する感情があった。 
  
 「俺たちってさ。愛佳のことがどうしようもなく好きなんだろうな」 
  
 そう。 
 愛佳に対する想い。 
 愛佳の優しさに、近くで触れてきたからこそ生まれた想い。 
 それが俺とこいつとの共通した感情…だと思う。 
  
 少女は突然顔を真っ赤にすると、またそっぽを向いてしまった。 
 口ではキツイことを言いまくっているものの、 
 自分の秘めた感情を表に出されることは苦手らしかった。 
  
 がちゃ。 
  
 「お茶淹れるねー」 
  
 その、愛されている当の本人が戻ってきた。 
  
 「郁乃、どうしたの?」 
  
 おそらくまともに顔を見れないのだろう。 
 ベッドで後ろを向いたまま寝転んでいる少女を、不思議そうに見ていた。 
  
 「ねえ、たかあきくん。何かあったの?」 
 「いや、別に。な」 
 「うん。問題ない」 
 「???」 
  
 俺たちの不自然な態度に、さらに「?」が浮かんでいるであろう本人に、 
 できるだけわかりやすい言葉で言った。 
  
 「愛佳が、いかに愛されてるかってことを話してただけだよ」 
  
  
  
 「え? あ? あ、あたし、愛され……」 
  
 かーっとりんごのように赤くなる愛佳。 
 ベッドで後向きながら耳まで赤い郁乃。 
 顔が上気するのがわかった俺。 
  
 3人、何とか上手くやっていけそうだった。 
  
  
 空を見た。 
 まだ舞っている花びら。 
 それは、俺たち3人に訪れた、遅すぎる春を祝福してくれているようだった。 
  
 <終わり> 
  
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初めましてのかた、Key系SS書きのりきおと申します。今回始めてToHeart2のSSを書かせて頂きました。 
  
出来は…どうでしょうか? 
本編の補完みたいなところですが、もう少し書き慣れないとダメかもしれませんね。 
  
ちなみにこれ書いている段階では、まだ愛佳シナリオしかクリアしていないので、これからクリアしていって、色んなキャラのSSを書いていきます。 
  
ちなみに、愛佳も好きですが、郁乃はもっと好きですw 
もっとこいつを活躍させられるSSも書いてみたいなあと思ってますw 
  
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