このSSは、07年6月に同人誌として発行したコピー本に収録したSSです。 
 当時とほぼ内容が重複しますのでご了承ください。 
  
 あと、若干ダーク系入っているのでご注意を。 
  
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「はい。ごめんなさい。もう…」 
  
 ぴっ。 
  
 またやってしまった。 
 もう何回目だろう? 
  
 少しでもあの人の面影を感じると、その人に惹かれてしまう。 
 逆に、自分に振り向かせたら急に醒めてしまって。 
 そうなると、すぐに交際を継続する意志が無いことを相手に告げる。 
 今みたいに。 
  
 同じことの繰り返し。 
 ただ、同じ場所をぐるぐる回っているだけ。 
  
 いい加減、うんざりしてきた。 
 こんなつまらない輪廻の鎖、解かなきゃならない。 
  
  
  
 夜空を見上げた。空には無数の瞬く星たちがあった。 
 星は、人々の願いや想いを表していると聞いたことがある。 
  
 その中の、1つの星が流れた。 
 流れ星だ。 
  
 わたしはそれに願った。 
  
 叶うものならば、流れ星が降り続けて、月さえも落として、夜空に輝きなんて無くなってしまえばいい。 
 願いや思いなんて燃え尽きてしまえばいい。 
 そんなもの、わたしにはもう不要だから。 
 そして、夜空には闇だけ残ればいい。 
 そうすれば、わたしは余計な感情を起こさずに居られる。 
 わたしを照らすものなんて、元々何も無いんだから。 
  
 わたしの願いが叶わないのならば、そんな言い伝えは要らない。 
 都合の良い考え方だけれど、わたしには全く見向きもしない星たちが、他の誰かの願いを叶えるなんて、 
そんなことが本当にあるんだろうか? そんなのあんまりだ。 
  
 でも、今のままじゃあ、わたしの願いは成就しないだろう。 
 もう終わってしまったのだから。 
  
  
  
 わたしは、知らなければ良かったんだと思うときもある。 
 この身体が、あの人のぬくもりを知ってしまったから、こんなにも求めてしまうんだって。 
 でも、もう知ってしまったんだ。 
 後戻りなんて出来るわけが無かった。 
  
 欲しい…。 
 あの人のぬくもりが。 
 独り占めしたかった。 
  
 それが、今…叶わない。 
  
 悔しかった。 
  
 つい、この前までは手に入れられたと思っていた。 
 でもそれは、まるで幻を見ていたかのように消え去ってしまった。 
  
  
 手放したのは、わたしの決断だった…ことになっている。 
 あの時既に、あの人の心がわたしの方を向いていなかったから、そうせざるを得なかった。 
 そうせざるを得ない方向に持っていかれてしまっていたから。 
  
  
 残されたのは…消したい記憶だけ。 
 ううん。消したいわけじゃなくて…。 
  
 ただ、消えない記憶が、わたしの奥底に醜い傷跡のように残っていた。 
  
 だから、星に願った――。 
  
  
  
  
『星に願いを』 
  
  
  
  
 その日は、唐突にやってきた。 
 やってきた、と言うのは正確じゃないのかもしれない。 
 いずれは訪れる日だったんだから。 
 でも…そのあまりの光景に愕然とした。 
  
  
 それは、ある日の下校時のことだった。 
 わたしは別れたばっかりだったこともあって、ひとりで帰路に就いていた。 
 そこで…見てしまった。仲良さそうに歩いているふたりを。 
  
「えいっ」 
  
 掛け声と同時に、姉は腕に抱きついていた。 
 わたしが見てるとも知らずに…。 
 知っていてやったのなら、もっと性質が悪いのだけれど。 
 でも、ここまでだったらわたしも我慢が出来た。 
  
「ともやぁ」 
「ん?」 
  
 ちゅっ。 
  
 いきなり抱きついてキスしていた。 
 わたしが見てるとも知らずに…。 
  
 恋人同士なんだから、そのくらいしても当然だと思う。 
 当たり前なんだろうって。 
  
 けれど、わたしに見られる可能性の高い通学路でその行為をしてしまっている…。 
 それがどうしても、わたしへの当てつけのように感じてしようが無かった。 
  
 ぎり…。 
  
 奥歯が軋んだ。 
  
  
  
  
 2人を避けるようにして自宅へと戻り、着替えもせずにベッドへ倒れこんだ。 
  
  
 わたしって何だったんだろう? 
 わたしは何をされていたんだろう? 
 ふと思い返してみた。 
  
  
 あの人が好きだと言うことを打ち明けて、それを親身になって後押ししていた姉。 
 一緒になる機会を作ってくれて、お昼休みとかデートの機会も作ってくれて、 
そこだけを見ると、とてもいい、妹想いの姉に映る。 
  
 でも今はどうだろう? 
 その姉があの人と付き合っている。 
 妹を差し置いて。傷つけて。 
  
 もしかすると、姉はあの人に近づく口実を、わたしに求めたのかもしれない。 
 わたしを出汁にして、単にあの人と一緒にいる状態を作りたかっただけなのかも。 
 元々、わたしとあの人の橋渡し役になろう、なんてことは考えていなかったのかもしれない…。 
  
 じゃあ、わたしはいったい何? 
 良いように使われてポイ、なの? 
 使い捨て状態? 
 ……。 
 …。 
  
 わたしはいったい誰のために存在しているの? 
 姉の…あの女のために存在しているの?? 
 わたしはいったい何??? 
 あの女の何???? 
  
 いてもたってもいられなくなり、その夜、あの女を部屋に呼び出した。 
 懐にあるものを忍ばせて。 
  
  
  
  
  
「椋? どうしたの?」 
  
 相変わらずの無神経さ。 
 まあ、これが計算だとしても、あるいは天然だとしても、今のわたしには関係のないことだ。 
 …どちらにしても、わたしの心が傷つくことには変わりないのだから。 
  
「今日さ、見ちゃった」 
「見ちゃったって、何を?」 
  
 無神経と言うか、鈍感と言うか…。 
 他人への気遣いが凄く出来ている反面、自分のことになると疎い。 
 それが今、余計にわたしの神経を逆撫でしている…ことも多分知らないんだろう。 
  
「わたしが、どんな想いでお姉ちゃんたちを見てるのかわかってるの?」 
「えっ? でも椋は朋也のこと、あたしに託してくれたんじゃない。 
 それに、新しい彼氏もいるんでしょ?」 
  
 託した、か。 
 確かにあの時、わたしはあの人のことを諦めた。 
 でもそれは…、 
  
「そんなの関係ないっ」 
  
 思わず大声を出したわたしを見て、女が怯んでいた。 
 普段は出さないような声だったから、当然かもしれない。 
  
「最初から上手く行かないことがわかってて、わたしと朋也さんを近づけたんでしょ? 
 それに、お姉ちゃんが朋也さんに近づく口実が欲しかったってだけなんじゃないの?!」 
「りょ、椋。それは…」 
「わたしに気持ちを踏みにじって!!」 
「どうしたの? 椋。ちょっと落ち着いて…」 
「どうやったら落ち着けられるって言うの?!」 
  
  
 もう、止まらなかった。 
  
  
「お姉ちゃんは…。お姉ちゃんは、わたしの欲しいものみんな持っていった」 
「運動神経、他人受けのよさ、      …それに、好きな人まで」 
  
「わたしは…お姉ちゃんのことが憎い…。大嫌いっ!」 
  
 とうとう言ってしまった。 
  
「でもっ。でもあたしたちってずっと仲良しだったじゃないっ」 
  
 そう。昔はそうだった…ような気がする。けれど思い出せない。 
 だけど、今は違う。 
 単なる障害だ。 
 わたしが幸せになるための。 
  
「仲良し?! お姉ちゃんはそう思ってたのかもしれないけど、 
 わたしも同じ気持ちだったと思った?」 
  
 女はその言葉を聞いて怯んだ。ちょっと意外な気がしたけど…。 
  
 ああ、そうだ。 
 わたしがこんなにも、この人に対して反抗したことなんて無かったから。 
 こんな反応をしても納得できるんだ。 
  
  
「この…。この女狐っ!!!!」 
「えっ?!」 
「この守銭奴っ、詐欺師っ、泥棒猫っ!!」 
「りょ…椋……」 
  
 次々と口をつく罵声、暴言。初めて口にする言葉ばかりが出てきた。 
 悲しそうな顔で浴びせ続けられる女。 
でもわたしの気持ちは、晴れるどころか、さらに黒い感情で埋め尽くされていた。 
  
  
 わたしは、女の胸倉を掴んで至近距離で睨みつけた。 
 そこで、はっ、と気づいた。 
  
 わたしとこの女は元々は一つだ。 
 一つの卵子として排出されたものなんだ。 
  
 そのことを思い出させるのに、十分な衝撃がそこにはあった。 
 同じなのだ。 
  
 わたしと。 
  
  
 表情は違うはずだけど、目の前にはわたしがいたように感じた。 
 鏡で見た自分と同じ顔だ。 
  
 もしかしたら、あの人もわたしやこの女を至近距離で見たら、どちらも同じように見えたのかもしれない。 
 特に、髪型を同じにしてしまえば、鈍感なあの人のことだから、同じに見えたのかもしれない。 
 迷ったかもしれない。 
 性格は違ってたけど、姿形が同じ2人から好意を持たれたんだから。 
  
  
 "わたし"はひとりで良い。 
 そうすれば、あの人も迷わずに済む。 
  
  
  
「さよなら。もうひとりのわたし」 
  
  
  
 返事を待たず、隠し持っていた出刃包丁で突いた。 
 弾力のあるものを突いた感触がした後い、温かい感触がじわり、と湧いてきた。 
  
「あ…え? や、あがっ」 
  
 声にならないようなうめき声が聴こえた。 
  
 わたしは、声が聴こえなくなるまで突いた。 
 視界がすべて紅に染まり、生臭い匂いが充満した。 
  
 十回、二十回繰り返した。 
 やがて、何の反応も無くなったことに気づいて、行為を終えた。 
  
  
  
  
  
 シャーッ。 
  
 シャワーで、着いた血糊を洗い流した。 
 身体を清める意味で。 
 そして、あの人に報告しよう、と。 
  
  
  
  
「もしもし。あ、朋也? あの広場まで来てくれない?」 
  
 呼び出すのは簡単だ。 
 それはそうだ。 
 わたしと付き合っているようなものなんだから。 
 しゃべり方さえ近づけたら、区別は出来ないはずだ。 
  
 わたしは、あの女の服を着て、目的の場所へ向かった。 
  
  
  
  
「朋也ぁっ」 
  
 わたしは、笑顔で愛しい人を呼んだ。 
 呼びなれない言い方だったから、第一声はとても緊張したけど。 
  
「杏。こんな時間にどうしたんだ?」 
  
 多少、訝しげにしていたけど、普段と変わらない様子だった。 
 声が上ずってないかとか、声色が違わないかとか気づかれないか心配だったけど、どうやら杞憂みたい。 
  
「その…。寂しくなっちゃって」 
「帰りも一緒だったじゃないか」 
「まあ、そうなんだけどね」 
  
 嘘は言ってない。 
 寂しくて寂しくて仕方が無かったから。 
  
「キス…して?」 
「またか?」 
「うん」 
  
 キス。 
 何ヶ月ぶりくらいかの。 
 ずっと欲しかったけど、自分からは求められなかったもの。 
 それを今、自分から求めてる。 
  
 ちゅっ。 
  
 それは、触れたのがわかるくらいに軽いものだったけれど、 
涙が出そうなくらいに満たされた気持ちになった。 
  
「どうかしたか? 杏」 
「あ。ううん。別に」 
  
 でも、すぐに現実を思い知らされた。 
 わたしの名前を呼んでくれていない。 
 姿が同じ、かつて存在していた人間の名前を呼んでいるだけだ。 
 わたしを呼んでくれているわけでも、わたしを受け入れてくれているわけでも無い。 
  
 それは、酷く惨めな思いがした。 
 言わなければいけない。 
 そして、認めてもらわなければいけない。 
  
  
  
 わたしが、1つになったことを。 
  
  
  
  
「ねえ? 朋也。何か気づかない?」 
「何かって?」 
「ほら。今日のあたし、ちょっといつもと違うところが無い?」 
「違うとこ?」 
  
 そういうと、彼はわたしをまじまじと見始めた。 
 …まだ気づいていない。 
  
「ヒント。髪飾りが?」 
「髪飾り…が? あっ」 
  
 わたしの髪飾りの位置。 
 服とか髪型は似たようにしてたけど、髪飾りだけは普段のわたしのままにしておいた。 
  
「って…、お前、椋なのか?!」 
「わかっちゃいました?」 
  
 わたしは、茶目っ気たっぷりに言ったんだけど、彼は驚いたのか固まってしまった。 
  
「今日から、わたしがお姉ちゃん。お姉ちゃんがわたしです」 
  
 その言葉を理解出来ないのか、理解しようとしているのか、彼は考え込んだ。 
 そして…、青ざめた表情で言った。 
  
「杏は…、杏はどうした?!」 
  
 わたしは、出来るだけ理解しやすいように言った。 
  
「お姉ちゃんは、わたしと1つになったんです」 
「えっ?! どういう…」 
  
  
  
「わたしは…わたし。あの人…お姉ちゃんもわたし。 
 元々、1つだったんですから、1人いれば良いんです。代わりになるんです」 
「違うっ」 
  
 突然放たれた言葉に、わたしがたじろいだ。 
 何が…違う? 
  
「代わりなんか…出来るわけないんだ!! 
 俺が好きになりかけたお前は、杏に似てきたお前じゃない。椋そのものだったんだ」 
  
 言ってる意味がわからなかった。 
 「好きになりかけた」っていう言葉の意味もわからなかったし、あの女に似てきたわたし、 
と言う意味もわからなかった。 
 何を言っているんだろう? 
  
「杏は…、杏はどうしたんだ?」 
「お姉ちゃんは、もういません」 
「い…ませ…ん?」 
「いらないから、殺しました」 
「こ…ろし…」 
  
 彼はわたしの告白を聞くと、ガクガクと震えながら膝をついた。 
  
「う…わ。ああ…あぁ」 
  
  
  
  
 そんな彼の様子を、わたしは酷い失望とともに見ていた。 
  
 結局、わたしは受け入れてもらえなかったのだ。 
 あの女がいなくなっても。 
  
  
 わたしは背後に回り、やっと持てるくらいの石を、彼の後頭部に打ちつけた。 
 何度も何度も。 
  
 すべて消えてしまえばいい、と願いながら。 
  
  
  
  
 すべてを終えて気づいた。 
  
 そう。 
  
  
 わたしには何も無くなってしまった事を。 
  
  
  
 空を見上げた。 
 そこには、あの日と変わらない、無数の瞬く星たちがあった。 
  
 そして、星が流れた。 
 1つ、2つ、3つ…と。 
  
 流れ星を見て思い出した。 
 わたしの願いが叶ったのだと。 
 わたしの周りには、闇しか見えなかった。 
  
  
 結局わたしは、空耳だけを頼りにし、濡れた記憶を拠りどころにしていただけなんだろう。 
  
  
 そして、置き去りにされていくんだろう。 
 あの時も、そして今も。 
  
  
〜終わり〜 
  
  
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☆あとがき☆(当時のまま) 
  
 いかがでしたか? やややっつけ気味のデキに加え、僕のSSでは珍しいダーク系の話になりましたが、これは果たして「面白い」と言えるんでしょうか? 多少でもそう思っていただけたら嬉しいのですが。個人的には、このネタ(椋が朋也を諦めきれないというネタ)はずっとやりたくて、どういう形で出そうかと考えていたのですが、もう少し面白いものになるはずだったのにな、と思ってしまいました(汗。でも、何とかカタチには出来ましたし、こういう傾向のSSも書いたんだ、と言う経験値になれば良いだろう、と考えています。 
  
 ただ、いつもほのぼの系のSSなので、知らずに、あるいはほのぼの系を求めていた方には申し訳ない限りです。杏と朋也を殺してしまってすいません(汗。 
  
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(HP掲載時) 
 当時からは若干手直ししましたが、ほぼ原文のまま掲載させていただきました。 
 これ書いたのはリトルバスターズ!の発売前なんで、その影響は全く受けていないことを最後に書いておきます。「Far away」(リトバスはるかなSS)はこのSSが元にはなっているんですけどね。 
  
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