『岡崎家After本編〜第7話』
「風子は…俺のこと、好きか?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「ああ。まあ、俺も風子のことは好きなんだが」
即答されるとは思わなかったが、それだけ俺たちは一緒に長く過ごしてきたってことなんだろう。
俺も俺で、自然に「好きなんだ」って言葉が出るくらいだし。
俺たちは、風子が本当の意味で家族になる方法を探していた。
「ごっこ」の延長線上じゃない、本当の家族になる方法を。
「本当なら、俺が結婚してやれればいいんだけどな…」
「できないんですか?」
「日本じゃあ、重婚はできないからねえ」
俺には縁の無い話だと思っていた法律。
でも確実に、それは俺たちに重く圧し掛かっていた。
「アラブとかに行けば出来るんだろうけど」
「では、アラブに引っ越しましょう」
「そりゃあ構わないが…俺はヒゲ面だぞ?
向こうの大人の男はみんなヒゲだからな」
風子は、うーっと唸りながら、どうやらヒゲな俺を想像しているらしかった。
「…最悪ですっ。ヒゲな岡崎さんなんてゲンメツですっ。ありえませんっ!!」
「あたしも…そう思うわ」
「汐はどうだ? ほっぺにすりすりしたら『ジョリジョリーっ』ってなるんだが」
「うーん…いやっ」
「全会一致で否決だ」
「ダメですか…」
俺も、ヒゲ面になんてなりたくない。
…もとい、知らない国になんか引っ越したくない。
そもそも、この町で、この場所でやらないと意味が無い気がするんだ。
「いいことを思いつきました」
「何だ?」
風子のことだから、また突拍子も無いことを言い出すんだろう。
そう思って身構えた。
「風子が汐ちゃんと結婚すればいいんですっ。これはいいアイデアですっ。
2人の想いが一致して何の障害もありませんっ」
…。
後半部分は百歩譲っていいとしても、前半部分があり得ないだろう。
そもそも、汐が結婚できるようになるまでは、まだ10年はかかるわけで。
「女同士だからまず無理だろう」
「同性じゃ結婚できませんか」
「外国じゃ、認められてるところもあるかもしれないけどね」
そういうと、また風子はうーっと唸って考えていた。
しばらくすると、またいいアイデアを思いついたらしい。
「風子、実は『せいどういつせいしょうがい』ってやつで、実は男の子でした」
「いや…それは無理があるからな」
何処から見ても、性格的にも、男なんて言えるはずが無い。
風子ほど女の子っぽいやつを、俺は見たことが無いから。
「なら、汐ちゃん。実は…男の子でしたか?」
「ううん、ちがう」
「違いますか…」
それも…あり得ない話だった。
確認はしたが、俺と同じものはついていない。
少々男の子っぽいところはあるんだが。
「じゃあさ。風子ちゃんがどっか別の『岡崎さん』と結婚すればいいじゃない。
岡崎なんて苗字、別にそんな珍しいもんじゃないし」
「そんな見ず知らずの人と結婚するなんて、そっちのほうがありえませんっ」
「まあ…普通そうだよな」
「…ごめん。そうよね…」
無茶苦茶だった。
っていう提案が出てしまうくらいに、俺たちは行き詰っていた。
「養子に出来たらよかったんだけどな…」
「できないんですか?」
「…ああ。同い年じゃあ無理なんだ」
「…」
養子。
俺が風子を養子にもらう。
関係としては、これが一番しっくり来るはずだった。
風子は、パートナーとかって言うよりも、娘みたいに感じることが多かったから。
でも、養子制度は元々、家の血筋が絶えるのを防ぐための制度らしく、
自分より年下の者しか養子としては迎えられないらしい。
八方ふさがり。
俺たちが、法律上でも家族になるための大きな障害。
もし、それを乗り越えられるんなら、俺たちはこんな不安な気持ちになることなんて無かったんだ。
別に法律で認められてなくたって、俺たちは家族だ。
そう胸を張って言えるのは間違いない。
でも現実には、杏は俺の妻で、汐は俺の娘。
風子は?
苗字も違う、仲のいい友達。あるいは同居人。
それだけでしかない。
だから…だからこそ、本当の意味での繋がりが欲しかった。
けれどもそれは、不可能な話であって…。
いや、まだあるはずだ。
まだあるはず…なんだ。
だが、今は何もいい方法が思いつかなかった。
答えの出ない状態。
もどかしい状態。
杏を見ても、真剣に悩んでいるのがわかる。
風子が、この家族が好きだから悩むんだ。
でも、真剣に悩んだところで、この閉塞的な状況からは脱することが出来ない。
風子を見た。
俯いたままだった。
表情は…見るに耐えない痛々しいものだった。
こんな沈痛な表情のこいつは…初めて見るのかもしれない。
「風子…。別に苗字なんて違っても、俺たちは家族だからな」
「…」
こんな状況でこんな言葉をかけても、意味が無いのかもしれない。
けれど俺は、声をかけずにはいられなかった。
当の風子は…ゆらりと動き、そのまま玄関へと歩いていった。
そして…。
「風子、旅に出ます」
「おい。待てっ、風子!!」
がちゃん。
ダダダダダダ…。
「風子ちゃんっ」
俺たちの制止を振り切って、風子は出て行ってしまった。
追いかけようとして、俺は自重した。
風子が求めているものが無いまま、引き止めても無駄かもしれない…。
そんな風に思ったからだ。
「ちょっと、追いかけないのっ!! 朋也ぁっ」
「今無理に連れて帰っても、何の解決にもならないだろ?!」
「でもでもっ」
取り乱している杏を何とかなだめながら、
再び、答えがあるかもわからない問題に立ち向かうことにした。
30分くらい考えた。悩んだ。
わからない。
答えが出ない。
そりゃあそうだ。今までに何倍もの時間を費やして悩んだんだから。
そもそも、答えなんて無いのかもしれなかったが。
年上…。
年上で俺と同じ苗字…。そして親戚。
…いた。
いるじゃないか。
ずっと近かったけれど、遠い存在が。
俺は急いで、いつかメモした電話番号を押していた。
「父さん。俺、俺だよ」
「ん? …またオレオレ詐欺か。その手には乗らないぞ」
「いや…。正真正銘の朋也なんだが」
「あ…ああ、朋也か」
また騙されているのだろうか?
相変わらず…。
少しイラっとしたが、まあ今は関係ないことだ。
それにしても、今時「オレオレ」も流行らないだろうに。
地方だから流行も何年遅れなのだろうか…?
そう思うと、逆におかしくて笑いそうになったが。
「お願いがあるんだ。聞いてくれないか?」
「…朋也からお願いだなんて、珍しいな。どういうものだ?」
単刀直入に訊いてみたが、俺の真剣な気持ちが伝わったのか、返ってきた言葉も力強かった。
時間が無い。だから、寄り道してるヒマなんて無い。
「家族にしたいヤツがいるんだ。
でも同い年で、養子とかには出来なくて…。でも、本当の家族にしてやりたいんだ。
だから、父さんの養子にしてやってくれないか?」
これが、俺の考えた策だった。
風子を、親父の養子として迎える。
そうすれば、風子は「岡崎風子」になる。
そして…俺とは兄妹ということに。
理想とは異なるが、でも兄が妹を守るのは自然なことでもある。
それに、風子は元々妹みたいな存在だったから。
俺はそこに賭けた。
「そうか…。朋也がそこまで言うのならそうしよう。
…ところで、その養子にしようと言う人はどんな人だい?」
まあ、それは当然の疑問だろう。
自分の知らない人間を養子にするなんて、普通におかしい。
でも、そういえば面識はあったんだった。
「前に帰ったとき、一緒にいたちっこいのだよ」
「ああ。…汐かい?」
ずるっ。
電話の前でコケそうになった。
本気で言ってるのだとしたら、そろそろボケとかを心配しなければならないのか…。
ただ、そんな冗談を言えるような人では無かったが。
「汐より大きいけどちっこいのだ。風子って言うんだ」
「ああ、風子ちゃんか。覚えてるよ。あの黒髪の可愛らしい子だな」
覚えているのなら、話は早い。
そういえば、もう1つ、風子と親父を結びつけるものを思い出した。
「それと…覚えてるか? あのヒト…いや、星型の彫刻」
「ああ。あれなら大事に仕舞ってるぞ。それがどうしたんだ?」
「その…それ風子が作ったんだ」
「そうか…。それなら良いじゃないか」
いつの日か、親父に渡したヒトデ。
もう、何で渡したのかも忘れたくらいに古い記憶だが、
確かにいつか、親父の手にあのヒトデがあった。
しかし…ヒトデか。懐かしいな。
あれはいつのことだったろう。
「じゃあ、必要な書類は送ってくれ」
「わかった。ありがとな、父さん」
「いや…礼を言うのはこっちのほうだ」
「遠く離れていても、まだお前にしてやれることがあるなんて…な。
父さんこそ嬉しいよ」
まだ…まだあったんだ。
こんな俺みたいな人間でも。
頼れる繋がりが。
「手続きはこっちでしておくからな、朋也」
「うん。ありがとう」
「身体に気をつけてな。また4人でそっちに行くから」
「そうか…。ああ、待ってるぞ」
「体、気をつけてな。父さん」
がちゃん。
それだけ言って受話器を置いた。
父親の言葉を待たずに。
泣きそうだったから。
泣き声を聞かれたくなかったから。
「朋也…?」
心配そうに俺の表情をうかがう杏に、俺は力強く言った。
「風子が、本当の家族になれる方法が見つかった」
「えっ?! それって…」
「風子ちゃん、どこに行ったんだろ…」
「探してくる」
「あてはあるの?」
「…ないけど」
くいっ。
「ん?」
裾を引かれたので見ると、そこには汐がいた。
「どうした? 汐」
えらく真剣な顔をして俺を見上げている。
「ふうこおねえちゃん、さがしにいくの?」
「ああ、そうだ」
「うしおもいっしょにいく」
「汐も?」
こくん。
俺の問いに、しっかりと頷いた。
正直、役に立つのかどうかなんてわからない。
でも、特別あいつに懐いていたのは娘だ。
役に立つかどうかなんて関係ない。
こいつの熱意や、あいつへの想いの強さを買ってあげたいと思った。
「じゃあ行くかっ」
「うんっ」
俺は汐の手を引いて立ち上がる。
「あたしも…っ。あたしも探すっ」
いてもたってもいられない感じで、杏も俺たちに続こうとした。
でも、それは出来ない願いだ。
「いや、お前は残ってくれ」
「なんでっ?!」
「風子がもしひとりで帰ってきたら、誰が迎えてやるんだ?」
「…あ」
自発的にあいつがここへ戻ってくることは、あまり考えられなかった。
一度決めたことを、簡単に曲げるやつじゃなかったから。
でも、もし俺たちが風子を連れて帰ることが出来たら…。
誰かが「おかえり」って言葉を言ってやらなきゃならないんじゃないかって。
「お前はここに残ってくれ」
「…うん。わかった」
杏は、俺の思いに応えるかのように何とか納得してくれた。
「じゃあ行ってくる」
「頑張ってね」
「ああ」「うん」
そういうと、俺たちは何のあてもなく(?)探しに出た。
とは言え、どっちの方向に行けばいいかもわからない。
アパートの前まで出てから途方に暮れていた。
くいっ。
「…」
くいっ。
「うーん…」
くいくいっ。
「…汐?」
娘は、悩んでいる俺の裾を引っ張っているようだ。
「パパ、こっち」
「ああ…うん」
どうして汐が?
そんな疑問はあったが、俺自身に正しい方向は全くわからなかった。
だから…娘を信じることにした。
ただ単に、頭が働かなくて、引かれるままについていっただけだったが…。
そうして連れてこられたところは…病院だった。
あの、渚を救ってくれた森があった場所。
「ふうこおねえちゃんのにおいがする…」
「におい?」
「うん」
風子のにおい…なんて、俺にはわかるはずもない。
けれど、風子は汐のにおいに執着していたことを思い出した。
逆パターンも…あるのかもしれない。
「たぶんこっち」
「お、おいっ」
幼女に手を引かれる大人の男。
端から見れば滑稽に映りそうな絵だが。
そうしてやってきたのは…樹が覆い茂っている森みたいなところだった。
「ここにいるのか?」
「うん。たぶん」
本当か? 疑いたくなったが、それよりも娘の勘を信じたい気持ちで、
俺は辺りを見回した。
…。
…。
少し、樹が少なくて開けた場所があった。
そこに…小さく、座り込んでいる何かを見つけた。
「風子っ」
直感だった。
いや、確信していた。
その姿が、存在が、俺たちが探していたものだと。
「風子っ。探してたんだぞっ」
近づくと、ようやく俺たちの存在に気付いて振り向いた。
すると、ビックリした顔をして…後ずさった。
「ほっといてください。風子はもう、岡崎さんたちとは関係ありません」
「関係ないわけないだろっ。俺たちは家族じゃないか…」
「…」
風子の心の中はどうなっているんだろうか?
ここまで思いつめてしまうなんて…。
「お前の帰る場所は、俺たちのところしかないだろ?」
「でも、風子はひとりだけ他人です。本当に帰る場所なんてありません」
「馬鹿っ。そんなこと言うなっ!!」
「ふうこおねえちゃん…」」
拒絶の言葉に、汐が思わず声を出していた。
「汐ちゃん。風子は嘘のお姉ちゃんだったんです。
だからもう、一緒には住めません。さようなら、です。」
「…」
でも、そんな汐でさえ突き放して…。
泣きそうな娘を胸に抱いた。
そして、言ってやることにした。
「風子が、俺たちと本当の家族になれる方法が見つかったんだ」
俯き加減だった風子が顔を上げた。
「どういうことでしょうか?」
驚いたようで、どこか疑ってるかのような表情で俺に問いかける。
無理も無い。風子が居る時にも散々考え、悩んで、結局答えは出なかったんだから。
「本当の家族になれる、いい方法を思いついたんだ」
「いい方法、ですか?」
「ああ。だから、安心して帰って来い」
「…本当ですか?」
少し明るさが差したが、まだ疑いの面持ちで俺を見つめている。
「俺が嘘言ったことがあるか?」
「いいえ」
「なら…帰るぞっ」
俺は、背中を向けてしゃがんだ。
もちろん、おんぶするためだ。
「よろしいのでしょうか?」
と、遠慮しつつも、俺の返答を待たずに背中にしがみつく。
しっかりと掴まったのを確認して、俺は立ち上がった。
「それはどんな方法でしょうか? …岡崎さんがヒゲになるんですか?」
「ならないならない」
「では、何でしょう?」
「ああ。…俺の、親父の養子になるんだ」
俺は理由を説明しながら、駄々っ子をおんぶして帰っていた。
「岡崎さんのお父さんの家族ですか?
それなら、やはり岡崎さんの家族ってわけではない気がしますが」
「いいや。
俺の親父の娘だったら…俺とは兄妹だ」
「はい」
「なら、俺たちは家族…だよな?」
俺と風子が兄妹になる。
それ自体に何の違和感も感じない。
元々、風子は俺の妹みたいなものだし。娘よりも、嫁よりもよっぽど現実的だ。
むしろ、何の繋がりも無かった俺たちが親戚関係になるのだから、
何となく嬉しい感じがしていた。
「岡崎さんの妹…ですか」
嬉しいような、納得していないような。
でもその横顔は、笑顔しか映していなかったけれど。
「風子、岡崎さんにおんぶしてもらうの、この前のお風呂以来です」
「ちなみに、久しぶりっぽく言ってるけど、随分と最近だけどな」
あの時とは違って服越しだったけれど、確かに風子の温もりを背中全体に感じでいた。
「ふうこおねえちゃん、すごくうれしそう」
片手を繋いで歩いている汐が、自分も嬉しそうに風子や俺を見上げてる。
「あ、すみません。ここは汐ちゃんの場所でした。代わりましょうか?」
「ううん。ふうこおねえちゃんにあげる」
幼児に背中を譲られる○歳って一体…。
「風子ちゃんっ」
アパートの入り口から走ってくる女性がいる。
もちろん我が妻だが。
「朋也、ちゃんと帰ってきてくれたんだ…」
「当たり前だ」
風子を連れ戻すまでは、家には帰らないつもりでいた。
だから、背中に風子がいるのは当然なんだ。
「良かった…。本当に良かっ…た…」
杏は、背中にいる風子を抱きしめ…泣いていた。
キュッキュッ。
「書けたっ」
それは…新しい表札。
そこには…。
『岡崎 朋也
汐
杏
風子』
…と書き入れた。
「何だか、本当に家族になったんだって感じね」
「…だよなあ」
「はいっ。岡崎さんと家族になれたって実感できますっ」
「みんないっしょ」
風子と杏の言うとおりだ。
家族ごっこを始めたときでもなく、
杏と結婚したときでもなく…。
今やっと、本当の「岡崎家」が始まった。
新しい表札を掲げ、俺たちは新たなスタートラインに立ったのだった。
<第7話終わり⇒第8話に続く>
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いかがでしたか?
長らくお待たせしてしまいましたが、だいたい当初思っていたエピソードはすべて入れられました。おかげで思ってた以上に長くなりましたけどね。これで「風子苗字編」は終わりです。
あと、そろそろ「岡崎家After」も、完結へ向けて描きたいと思っているんですよ。と言うのは、ネタがなくなりかけているのと、ちゃんと自分の手で完結させたいと思うからです。
もっと連載を続けて欲しいって人、完結させてもいいから、後々に「特別編」みたいな感じで短編を挟む形で書いて欲しいって人、まだまだ日常パートを挟みつつダラダラと連載を続けて欲しいって人…etc。
…まあ、「完結へ向けて」と描いてますが、1,2話で終わるわけではありません。最低でも3話くらいは続きがあると思うので。
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