『岡崎家After〜第8話』
正月を迎えた。
正式な家族として最初の。
本当は、この家で4人だけで過ごす、と言うことも考えたし、
父さんの顔を見に行くことも考えた。
ただ帰省するには休みが短すぎたし、こんな電話もあったから…。
「もしもし、岡崎ですが…ああ、朋也ですね。代わります」
杏が電話を取り次いだ。
「はい、朋也」
「おう。で、誰?」
「出なさいよ、早く」
「わかった」
「元気か、坊主」
「元気も何も、おととい会ったばっかだろ?!」
「そうか、そうだったな」
オッサンは相変わらずだ。
「で、正月はどうするんだ?!」
「正月?」
「ああ。どこで過ごすかって訊いてんだろがぁぁぁっ!!!」
うわ、いきなりキレた。
「ウチに来いやゴルァァァァッッ!!!!」
「わかったわかった。みんなでそっちに行くから待ってろ」
「わかればいいんだ、わかれば」
もうピー歳になるというのに、何てオッサンなんだ…。
もう少し大人になれ…って、考えるのもバカらしくなってしまった。
「と言うわけで、今年も古河パンに帰省することになった」
「え? それ以外に選択肢があったの?」
「いや…」
もう、他の選択肢なんて無いも同然だ。そんなことは十も承知だ。
しかし、ふと疑問に思う。
古河家へ行くのって、「帰省」なんだろうか?
俺には、父さんやお祖母さんが暮らす家がある。
そこへ行くのが「帰省」か?って言われると、そっちにも違和感はある。
ならやはり、古河家へ行くことが「帰省」なのかもしれない。
何せ過ごした時間が違いすぎるし、思い出も積み重ねてきたものも全然違う。
…あの場所が俺にとっても「故郷」に近いものなんだろうと思い知らされた。
あとは…準備だ。
「あー、あと汐な。古河パンに着いたらオッサンに…○○って言え」
「え? いいの?」
「ああ、俺が許す」
汐に仕掛けも済んだ。
「ちーすっ」
元旦の朝、俺たちは古河パンを訪れていた。
いつもながら、元旦からシャッターは全開。やる気満々だ。
しーん。
ただし、パンはおろか呼びかけに反応する音すらないので、やる気は無いと見える。
小麦とバターの焼ける香ばしいにおいも無い。
まあ…いつものことなんだが。
カウンターの奥を覗くと、待ち構えていたかのようにオッサンがいた。
「来たか、我が子たちよ」
「ただいまー、お父様っ」
「ただいまです。お父様」
我が子? お父様?
どちらも思いっきり違和感があるのだが…。
「おー汐。来たか〜」
そう言って、目尻が下がりっぱなしのオッサンを見てると、汐に仕込ませた言葉がぴったりだと思う。
「うんっ、おじいちゃん」
「…」
場が凍りつくのがわかった。
何でそのセリフが汐の口から出てきたのか? を認識すること。
そのセリフを言われた相手が固まったこと。
そのセリフが意味する本当の関係のこと。
そのセリフで固まる理由…etc。
「さなえさんこんにちわ」
「はいっ。こんにちわ、汐」
「何だよこの差別的待遇はぁーーーーーーっ!!!」
まあオッサン相手にだけ仕込んだからだが。
見ると、効果はてきめん立ったようだ。
「だってよ。早苗さんをおば…さんなんて呼べるか?」
「うっ…。確かに早苗もお…あさんなんだが…呼べねえな」
「あら? そうですか。ありがとうございますっ」
「そーゆーわけだ。わかってくれ…」
「ああ…って、じゃあ何で俺だけ『おじいちゃん』って呼ばれなきゃならねえんだーっ!!!」
現実を受け入れようとしないピー歳の大人の男がひとりわめいている。
まあ予想できた光景だが、正直どうかと思う。
何時までも少年の心を持つのは悪くないが…。
「どうしたの? おじいちゃんっ」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!
やめてくれ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」」
頭の触覚ごとかきむしりながらのた打ち回っていた。
「ちょっと朋也。何汐ちゃんに仕込んでんの?!」
「そうですっ。お父様がおじいちゃんなわけありませんっ」
どうやら、杏と風子はオッサン派らしい。
しかし…風子は現実を見たほうがいい。
紛れも無くオッサンは汐のおじいちゃんであると。
「いや。そろそろオッサンにも『おじいちゃん』としての自覚を持ってもらいたかったんだ」
「「えーっ」」
俺の提案への不満の声がハモった。
「そうだぞ、小僧。俺がおじいちゃんなわけ…って、
自分でいっちまったじゃねーかーーーーーーっ!!!!」
壮絶な自爆。
ようやく認めてくれたようだ。
「まあそういうことだ」
「ね? おじいちゃんっ」
「ぐあっ。しまったーーーっ!!!」
汐にとどめを刺させることも忘れない。
しかし、さすがは我が娘。タイミングもばっちりだ。
「ちょっと朋也ーっ。それは誘導尋問じゃない?」
「そうですっ。秋生さんは決して『おじいちゃん』なんてものではありませんっ」
「もうやめろーーーっっっ!!!!」
風子が傷口に塩を塗った。
あれでいて案外、俺の味方なのかもしれない…のか?
瀕死になったオッサンをよそ目に、俺たちは居間にあるコタツに移動する。
すると、コタツの上には乗り切らないくらいのご馳走が並んでいた。
「早苗さん。言ってくれたらあたしも手伝ったのに…」
「いいえ。せっかくのお正月ですから、わたしの料理でおもてなししたかったんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。どうぞ食べてくださいっ」
このご馳走の数々は、すべて早苗さんの手作りらしい。
どれも美味そうだ。
正直、杏の料理も文句がつけられないレベルだ。
風子と汐が作ってくれる料理も、何と言うか味があって大好きだ。
…が、時々この早苗さんの料理が食べたくなる。
ぱく。
一口つまむ。そして咀嚼。
そう、この味。
料理の上手い下手の次元じゃない。
上手さでいえば、杏のほうが上かもしれないし、みんな心の込め方も凄いことくらいわかる。
でも…何だろう?
この安心感は。
「やっぱりおいしーわねぇ。あたし、いつになったらこの味が出せるようになるんだろ?」
「もう、杏さんのお料理はわたしの腕を越えてますよっ」
「えぇっ?! …ううん、違います。朋也があんな顔して食べる料理なんて…」
「そうですか? でも、それってわたしだけの特権だと思うと、ちょっとだけ優越感に浸れますねっ」
「はい…。早苗さんだけが知ってる、朋也のツボってのがあるんでしょうね」
もしかしたら、俺にとっての「おふくろの味」ってやつなんだろうか?
そうなのかもしれない。
…懐かしいと感じるのだから。
あいつの顔が浮かんでは消えた。
たぶん、あいつが作ってくれた料理のルーツがこの味なんだろう。
一つ一つの料理を、噛みしめながら味わった。
どれも、心の底に染み渡る味だった。
まあ、前に食べてから1ヶ月も経ってはいないのだが。
食後の団欒も、いつもより断然賑やかだ。
杏と風子が来てからは、我が家でも賑やかにはなったが、古河家ではそれに拍車がかかる。
「相変わらずの飲みっぷりだなっ、娘よ」
「やだー、お父様。そんなに酔わせてどうするつもり?」
「汐、風子ちゃん。わたしたちはオレンジジュースで乾杯しましょうねっ」
「うんっ」
「オレンジジュース…ここは大人っぽくスクリュードライバーと呼んでくださいっ」
「いや、酒入ってないからな」
だが、俺たちが来なかったらどうだったろう?
オッサンと早苗さんの二人きり。
…それも悪くないのかもしれないし、例えあいつが生きていても、毎日会うわけじゃないから、
必然的に二人きりの時間が増えるだろう。
けれど俺には…もう想像すらしたくなかった。
一人きりの時はともかく、汐と二人きりだった頃はすごく良い思い出だし、
楽しいこととかいいこととかたくさんあった。
でも、今はもっと楽しい。
たくさんの笑い声に囲まれて、その空間に自分の居場所があって…。
そして、それはオッサンや早苗さんだって、たぶん同じことなんだろうって。
渚と俺が帰ってきて、俺と汐が帰ってきて、それに杏と風子が加わって。
そんな賑やかになる場所を知ってるから、二人はいつも待ってくれているんだって。
まあ、みんなの笑顔を単純に見たいから、ってこともあるだろうが。
毎日入り浸るわけにはいかないけど、この場所を捨てるなんて一生できないんだろうなあ。
わいわいやってる姿を、少し離れた場所で眺めながら思った。
だから、たぶんまたここへ来るだろう。
それが二人への親孝行にもなるわけだし…。
父さんには悪いけど、古河夫妻は実の親みたいな存在だということを改めて思い知らされた。
…何だか、改めて思い知らされてばかりだな。
「おい、小僧。そこでナニやってるんだ?
ちゃんと…仕込んでるんだろうなぁ?!」
「な、何をだ?!」
「とぼけるんじゃねぇよ。…子どもだよ。子ども。杏とのな」
「っ?!!」
「あれぇ〜っ? ともや顔まっか〜っ。恥ずかしがってるの? か〜わいい〜ぃ」
「こ、こらっ。酔った勢いで抱きつくなっ!?」
「風子が汐ちゃんと二人でここへ来てるときは、たぶんおふたり頑張ってると思いますっ」
「ふ、風子っ?!」
「ガーッハハハッ!! まあ子は授かりモノだ。リラックスしてやれやっ」
「そうですよ、朋也さんっ。楽しみにしてますねっ」
「早苗さんまで…」
今年も騒がしくも楽しい一年が始まった。
<第8話終わり⇒第9話に続く>
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りきおです。いかがでしたか?
正月SSなのに3月公開ってどうかしてますね…。日常パートは火がつくまでに
時間がどうしてもかかってしまいますので…。
ちなみに古河家での正月は2度目なんですが(前回は「岡崎家」シリーズの時)、
その時とはまた違った雰囲気が出せていれば幸いです…が、少々ネタに走ってしまいましたかね?
この「岡崎家After」ですが、もう少し続きます。
出来れば、CLANNADアニメの二期が終わるくらいまでに完結させたいですね(時期不明)。
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