※このSSは、2007年8月の夏コミで出したコピー本のSSです。
当時のものから、加筆修正を施していますので、一度読まれた方もまた読んでみて、
違いを感じてみてもいいかもしれません(汗。
初めて読まれる方へ…。
この汐は「岡崎家」とは直接的に関係ありません。
「汐○○生編」の1エピソードとして読んでいただくと良いと思います。
『汐タイムスリップ!』
パパに認めてもらえてから、もう10年も経った。
幸せは幸せなんだけれど、物足りなかった。
もっとパパのことを知りたい。
そして、わたしの気持ちをぶつけてみたい。
わたしは考えた。
パパが、そしてママが今のわたしくらいのとき、どんなだっただろう?
あの頃のパパとママが出会い、結ばれたからわたしがいるんだから。
その「瞬間(とき)」にわたしもいてみたい。
そんな難題、叶えることが出来るのは…あの人しかいなかった。
「ことみちゃん先生」
「んっ。ことみちゃんだけでいいの」
「じゃあ、ことみちゃん」
この町の権威であり知の象徴、一ノ瀬ことみ教授だ。
知らないことなど一つも無いくらいに、全知全能。
なのに、未だにどこか幼いと言うか、わたしといるときには教授然とした姿を見たことが無い。
何でわたしと親しいのかはわからなかったけれど、昔パパの知り合いだったみたいで、
それでいつも良くしてくれるのかもしれない。
ことみちゃん先生が作ってくれる料理もなかなか美味しいし、たまにご馳走にもなってる。
…。
ともかく、この人にしか頼めないことを頼もうと思ってやってきたんだ。
わたしは、意を決して伝えた。
「ことみちゃん。タイムマシンって出来ないかな?」
それがわたしの出した答え。最善の方法。結論。
何ていうか、すごく無茶苦茶な頼みなんだけど…。
「たいむましん?」
「うん。タイムマシン」
「うーん…」
「二週間、待って欲しいの」
「うんっ。わかった」
ことみちゃん先生が二週間と言ったのなら、そのくらいかかるってことなんだろう。
簡単なことなら、1日や2日で叶えてしまうんだけれど、2週間は大変なことなんだろうと思う。
でも、不可能じゃあ無いってこと。
先生には不可能は無いみたい。
ほんと、凄い。
二週間後。
「お待たせなの」
「わっ」
目の前には、何やら見たことも無いような機械が置いてあった。
「これが?」
「そう。タイムマシンなの」
昔のアニメで見た、平べったい乗り物を想像してたんだけれど、
ここにあるのは、本当に宇宙船みたいな機械だった。
「乗って」
「うん」
ちょっとだけ怖かったけれど、意を決してその機械に乗った。
「すいっちおんっ」
ういんういんと、マンガみたいな音が鳴って身体が浮き上がったと思ったら、
次の瞬間には意識はそこには無かった。
「やったなの…」
そんなことみちゃんの声もかすれて…。
わたしの意識も薄れていった…。
柔らかな日差し。爽やかな風。
その風に乗って、甘い花の匂いが運ばれる。
目を開けた。
そこには…見覚えのある光景が広がっていた。
どこまでも続いているかのような、長い、長い坂道。
その道を包むように咲いている、桜。
それは、わたしが知っているあの場所と同じものだった。
本当に20年近く前に来たんだろうか? と、少し不安になってしまう。
でも、わたしを追い越していく、同じ制服に身を包んだ学生たちは、
誰も見覚えも無く、わたしの存在などわからないかのように過ぎ去っていく。
そんな、別世界と感じた時間帯が過ぎ、チャイムが遠くから聞こえた。
遅刻決定だけど、しばらくはたくさんの学生が通り過ぎた。
そして程なく、人通りはほとんど無くなってきた。
もう一度、坂道を見上げた。
そこには…1人だけ立ち止まっている人がいた。
女の人だった。
背はあまり高くなく、華奢な感じの。
後ろ姿だったけれど、何か感じるものがあった。
全然知らない人じゃないってことが。
わたしと同じものを持っているってことが。
後ろからでもわかる、特徴的な触覚みたいな前髪。
あの人たちと同じ…。
ああ、そうか。と、
1人で納得していた。
あの人たちの娘さんなんだと。
…と、言う事は……。
「ママっ」
「…」
言ってしまった後に、はっ、と気付いた。
間違っているわけじゃあない、と思う。
けれど、その人を呼ぶには明らかに間違った呼び方をしてしまっていた。
現に、何の反応もしてくれなかったし…。
程なくして、その人がゆっくりを振り返った。
そして、お互いの視線が交錯した。
…。
……。
驚くほどに似ていた。わたしに。
疑いようも無い。
あの感覚といい、この外見といい。
わたしのママに違いなかった。
写真でしか見たことも無い、パパたちの言葉でしか知らないママに。
「わっ。わたしがいるのかと思いましたっ」
しばらく固まっていたママが、ようやく声を発した。
…声までそっくりだった。
「あの…。もしかして、わたしの知り合いですか?」
「え? あ、うん、そう」
いきなりこちらに振られてしまって、しどろもどろになってしまった。
でも、ママと仲良くなることに不利益なんかあるはずは無かった。
「汐、渚さんの親戚なんです」
でっち上げた嘘。でも、嘘じゃあないんだけど。
「そうなんですかっ。今初めて知りましたっ」
ママは結構、変わった性格をしているって聞いた事があった。
…今なら頷ける。
「わたし、古河汐って言います」
「古河…汐ちゃん?」
「はい」
ママはしばらく考え込んでいた。
思い当たることでもあるのだろうか? あったらそれはそれでおかしいのだけれど。
「しおちゃん、でいいですか?」
「しおちゃん?!」
頭の中に衝撃が走った。
そんな呼び方はされたことは記憶には無い。
…けれど、なぜか懐かしい響きがした。
「はい。しおちゃんって何だか可愛らしい感じがしますので」
「わかりました」
その呼び方は、とても心地よく聴こえて、柔らかで温かな感触を思い出させてくれていた。
「あと、わたしのことは呼びやすい言葉遣いで呼んでください」
「は、はい。…あっ、うん」
ママが敬語なのに、わたしがタメ口で良いのかと思ったけれど、
そう言えばパパが、風子ちゃんのしゃべりを聞いて、
『ママにそっくりだな』
って言っていたのを覚えている。クセなんだろうと感じ取ることが出来た。
「本当は人を待っていたんですけど…行きましょうか? しおちゃん」
「え? いいの?」
「はいっ。それより今は、しおちゃんを案内するほうが大事ですから」
今朝、と言うか今しがた出会った親戚と名乗る子に、こんなに優しくしてくれるなんて、
何てお人よしなんだろう、って思う。
遅刻だったけれど、ママと校門をくぐり、自分の教室へと向かった。
全然知らない人たちばかりだったけれど、ことみちゃんが上手くやってくれていたのか、
違和感無く1年生のクラスへと入ることが出来た。どうしてかクラスメイトは優しくしてくれたし。
そして帰り。
ママと待ち合わせをして、一緒に帰ることになっていた。
放課後。クラスメイトと別れて特に何もすることが無いわたしは、ただママを待っていた。
「お待たせしましたっ、しおちゃん」
ママを見ると、少し息を切らせていた。
身体が弱いのに大丈夫だろうか?
そんなことを、パパや早苗さんの話を思い出して気にしていた。
「あの、マ…渚さん」
「どうかしましたか? しおちゃん」
ママをどう呼んで良いのか? わたしはわからなくなってしまっていた。
今さらだけど。
「何て呼んだらイイかな?」
「なら…お姉ちゃん、はどうでしょうか? わたしのほうが年上ですから」
「…お姉ちゃん?」
「はいっ」
「お姉ちゃん」
「はいっ。何ですか? しおちゃん」
ママを「お姉ちゃん」と呼ぶ。
何だか滑稽だったけれど、違和感はあまり無かった。
「何でお姉ちゃんって遅刻してたの?」
「えっと、それは人を待ってたからです」
「遅刻してるのに?」
「はい。その人は遅刻の常習犯なんです」
「そんな人、待たずに行けばいいのに」
「いえ、そういうわけにもいかないので」
「でもお姉ちゃん。その人を放っておいて汐と学校に来たよ?」
「今日は特別ですっ。汐ちゃんもわたしにとっては大切な人に思ったので」
打ち解けてからは話は弾んだ。
「ママ」としてよりも、本当のお姉ちゃんか大切な友達みたいな感じで。
会話は途切れることなく続いた。
でも、朝ママが待っていたのは…パパだったんだろうか?
だったら、もしかしたら悪いことをしたのかもしれないし、邪魔したのかもしれないけど。
しばらくして、古河パンに着いた。
道順は、わたしの知ってるものと同じ。
あまり変わってはいなかったけれど、あって当たり前のファミレスとかが無いのには驚いた。
そして、古河パン。
わたしが知ってる、年季の入った感じはあまり無いけれど、
新しい中にも、優しい雰囲気のする店構えだった。
「ただいまです」
「あら、おかえりなさい。渚」
「おう、おかえり、我が愛しい娘よ」
古河家のふたり。
わたしの…おじいちゃんとおばあちゃん。
わたしの、育ての親みたいな存在。
わたしの知ってるふたりも、
「おじいちゃん」「おばあちゃん」と言う呼び名が相応しくないくらいに若かったけれど、
目の前にいる早苗さんは、高校生の娘がいることが信じられない若さだ。
ふたりは、人魚の肉でも食べているんだろうか? ってくらいに…。
パパの憧れの存在、ってのもわかる気がする。
「こんにちわ」
わたしは、ママの後ろからひょっこり顔を出して挨拶した。
「何ぃっ。我が愛娘が2人もいるじゃねえかぁぁぁぁ〜っっ!??」
あっきーが大袈裟に驚く。
「あら? 渚、分身したんですか?」
早苗さんも、変わらないボケっぷりだった。
「いえ。今日は新しい家族を連れてきました」
いきなり、新しい家族にされているわたし。
そんな紹介のされ方じゃあ受け入れられないだろう。
でも、
「ああ、そうでしたねっ。話は聞いてますよっ。入っちゃってください、汐ちゃん」
「かぁ〜っ。ウチはまた華が増えるなあ」
歓迎されているようだった!
学校でもそうだったけれど、古河家でもすんなり受け入れられたことを考えると、
全部ことみちゃんがお膳立てしてくれたのかもしれなかった。
どこかくすぐったさを感じつつも、わたしは古河家へと招かれた。
「かぁ〜っ。今日は両手に余る花だなぁっ!! 遠慮なく食えっ」
「秋生さん。その料理は全部わたしが作りました。
ですから、秋生さんにそういう権利はありませんっ」
「なぁ〜〜んだってぇ〜っ?! …っまあしゃーねぇな。早苗に言われるがままに食え」
「お父さんっ。しおちゃんのペースで食べさせてあげてくださいっ。しおちゃん困ってますっ」
「あははっ。大丈夫だよ、お姉ちゃん」
賑やかなのは、ママがいたときから一緒なんだって実感させられた。
あっきーと早苗さんの、オーバーリアクション満載の寸劇は見慣れていたけど、
動きや反応にキレがあったと感じたのは、二人が若いからなんだろうか?
ママも見事に流れに乗れていて…楽しいとしか思えない空間がここにはあった。
その日は、古河家で食事をして、ママと一緒にお風呂に入った。
「お姉ちゃん」
「なんですか? しおちゃん」
そう呼ばれると、胸の奥がきゅん、となる。
この感覚は何なのだろう?
「…呼んでみただけ」
「そうですか」
そう言うと、ママは後ろからそっと抱きしめてくれた。
ママの肌は、パパとは違っていて、もっとすべすべしてて気持ちが良くて…。
それに凄く優しかった。
でも、湯船で抱きしめられてわかった、と言うか、ガッカリしたことがある。
それは…ママの胸の大きさ。
わたしの胸は小さいけれど、まだまだこれからっ!って思ってた。
…けれど、ママの胸を肌で実感してわかった。
ああ、わたしの胸も、そう成長しないんだろうなあ、って。
パパに、大きくなった胸を自慢したかったんだけれど…。
お風呂から上がった後は、ママと一緒に寝た。
「お布団、もう1つ敷きましょうか?」
って言われたけれど、
「マ…お姉ちゃんと一緒に寝たいな」
って言って、1つの布団で寝ることになった。
パパとはいつもそうしてきたから、ママとも一緒に寝てみたかったんだ。
「しおちゃん、もうちょっとこっちに寄ってください」
「うん」
わたしは、導かれるままにママの胸のあたりに顔をうずめた。
そうしたら、ママはわたしの頭をぎゅっと抱きしめてくれた。
ママの胸の、二の腕の柔らかさと暖かさが伝わる…。
わたしが知らない、決して知ることは無かったはずの感覚。
その感覚に、思わずわたしは泣きそうになってしまった。
「ママ…」
ママに聴こえないほどの小さな声でそう呟くと、瞬く間に深い眠りへと落ちた。
その日の夢は…あんまり覚えていない。
でも、とても、とても幸せな夢だったような気がした。
次の日。
ママと一緒に登校した。
次々に、後から来る生徒たちに追い抜かれていたけれど、ママは桜並木の坂で立ち止まった。
「今日は待つことにします」
たぶん、パパを待っているんだと思う。
「昨日は、放っておいて行ってしまいましたから…」
しばらくすると、遠くで始業を知らせるチャイムの音色が響いた。
周りにはもう、生徒たちの姿は無い。
そういえば、パパが話してたことがある。
パパはよく遅刻していた、と。
「誰を待ってるの? …カレシ?」
「えっ?! …そっ、そんなんじゃないですっっ」
わたしの質問がストレートすぎたのか、ママは慌てて否定してた。
でも、まだパパとママはそんな関係じゃ無いのかもしれない。
…もちろん、ママがその人のことを好きになってることはわかったけれど。
「そんなんじゃない…んですけど、すごく良い人なんです」
そういうママの表情は、さっきとは違って凄く落ち着いて見えた。
もう、9時を過ぎて完全に遅刻の時間。
そんな時間まで来ない人が「すごく良い人」ってのが、わたしにはちょっとだけ理解できなかった。
しかもそれがパパなんだろうから…。
わたしの知ってるパパとは全然違ってた。
わたしの知ってるパパは、決められた時間には遅れるようなことは無かったし、
ましてや大切な人を待たせるなんてことはしていないと思う。
だから余計に「すごく良い人」ってのがピンと来なかった。
「よぅ。また会ったな」
「「あっ」」
ママと、わたしの声が重なった。
同じような声だったから、まるでひとつの声のようにも聴こえた。
そして、同時に振り向いた。その先には…、
若い、学生服を着たパパがいた。
わたしの知ってるパパよりも、さすがに若く見えた。
でも同じパパなのに、わたしの知ってるパパの方が格好よく見えた。何でだろう?
「おはようございます、岡崎さん」
「ああ、おはよう」
そういうと、パパは「くぁっ」と大きなあくびをしていた。
遅刻してるのにまだ眠そうだ。
わたしは、自分から名乗り出ようかと思っていたら、パパのほうが先に気付いたみたいで、
「あれ? そっちの子は?」
ママとそっくりなわたしを、そんな風に言ったパパ。
鈍感なのか、それともママとわたしの区別がしっかりついているのか…。
わからなかったけれど、ちょっと意外な気がした。
「あっ。紹介が遅れました。親戚のしおちゃんです」
「…親戚? …しおちゃん?」
「はいっ。本名は汐ちゃん、です」
「う…しお?」
「はい。…どうかしましたか?」
「あ、いや」
どうしたんだろう?
もちろん、この頃のパパはわたしのことを絶対に知らないはず。
わたしの顔や姿こそママに似ていたけれど、名前なんて思い浮かぶはずも無いんだから。
…案外、昔の彼女の名前だったりして。
「あの…、古河汐って言います」
「ああ。俺は岡崎朋也って不良なんだ。よろしくな」
「…岡崎さんは不良なんかじゃないですっ」
形式的なあいさつを交わす。
パパは不良だって言うけど、全然そんな風には見えなかった。
でもまあ、堂々とこんな時間に登校して来るあたりは、あながち間違いでもないかもしれないけれど。
今日は、ママと、パパと3人で坂を上った。
両親と初めて歩く通学路。
感激して泣いちゃう! と思ってたけど、
思った以上のパパとママの日常モードに、感激する間もなく流されてしまった感じだった。
「今日はまたあんパンか?」
「…いえ。もうあんパンの時代には戻れないみたいです」
「ならやっぱカツサンドか?」
「それは…まだわたしには早すぎます…」
「ならコロッケサンドあたりで手を打つか」
「はいっ、そうします」
見た感じ、まだ全然恋人同士って感じじゃなくて、仲の良い友達って感じだった。
けれど、お互いにお互いを居心地が良いって思っているみたいで、
何気ない会話も微笑ましく思ってしまった。…実のパパとママなのに。
もし、ママが無事だったら、わたしの前でもこんな感じだったんだろうか?
たぶんそうだったんだろう、と思う。
パパの中で、ママの存在はあまりにも大きかったってことは、
わたしが生まれてからしばらく、パパから認めてもらえなかったことが示している。
パパはこうやって、冗談を言ったりふざけあったりするのが好きなんだと思う。
ママにはそうやって甘えてきたんじゃないか、とも思った。
…わたしは、そういう存在になれていただろうか?
「お前はどうするんだ?」
「えっ? え…えと」
パパが、まっすぐわたしの方を見て聞いてきてる…。
まさかわたしに振ってくるなんて思わなかったから、思わずしどろもどろになってしまった。
「しおちゃんは何がいいですか?」
だから、ママがそうやってわたしに訊ねる声が、向けてくれる笑顔が、とても温かかった。
わたしの緊張もいつの間にか解れてしまうくらいに。
「竜太サンド!」
「マジか?! 伝説の、あの…」
「す、すごいですっ…」
もう1つ驚いたのは、この時代からあのメニューは伝説だったことだったり。
まあ、わたしにかかれば余裕で食べられるんだけど。
1日が終わり、パパと3人で帰路に就いた。
そして、パパと別れて2人になったときに、気になっていたことをママに訊いた。
「マ…お姉ちゃん。汐、お邪魔じゃない?」
ママとパパが仲良くしている。
そこにわたしという存在が入ることで、おかしくならないかが心配だった。
けれどママは…、
「とんでも無いですっ。汐ちゃんにいてもらってるからこそ、出来ることもありますからっ」
全力で否定してくれた。
まだそこまでの関係でないから、なのかもしれなかったけど、邪魔になっていないのは何よりだった。
「あんなに、岡崎さんを驚かしたりできるなんてすごいですっ」
…そこかよっ、ママ。
「汐っ。一緒に風呂に入るぞ」
「?」
「古河家じゃあなあ。娘は父親の背中を流すって決まりになってんだよっ」
「お父さんっ。そんな決まり、聞いた事無いですっ」
「ちっ」
古河家に帰ると、また最初の日と同じようなボケ倒しだった。
ママ以外の2人は、わたしはよく知っているし世話になっているんだけど、
わたしの知ってる古河家とは、まるで雰囲気が違ってるように感じてる。
何でだろう? と思った。けれど、2つくらいの理由がすぐに思いついた。
まず、わたしの扱い、だろう。
今のわたしは、完全に「お客さん」だ。
けれど、大事にされていると言うよりは、「家族」みたいに接してくれている気がする。
わたしが古河家で育てられていたときには、一線を引かれていたから。
パパの下へちゃんと戻れるようにとの、早苗さんやあっきーなりの思いやりだったんだと思う。
ただその意味では、わたしと古河夫妻は、「家族」ではなかったんだと思う。
パパの下へ戻った後は少し変わったけれど、それでも、わたしとパパのような関係ではなかったから。
今のほうがよっぽど「家族」らしい。
もう1つは…ママの存在なのだろう。
古河家で過ごしてみてわかったのは、いつも中心にはママがいる。
料理を作っている最中、食卓、団欒、後片付け…。
いつも中心にはママがいた。
あっきーも早苗さんも、まずはママだ。
別にママのことを、特段甘やかしていたりするわけじゃあない。
でも、この家はママ中心に動いていた。
過去に何があったかは知らない。
けれど、古河家を結束させる何かがあって、一番大切なものはママだとわかって、
それで今日この日まで来ているんだということは感じ取ることが出来た。
おそらく、わたしの知ってる古河夫妻も、今でもママが一番大切なんだろう。
この日も、ママと一緒にお風呂に入って、ママと一緒に寝た。
こんな経験、もう二度と出来ないだろうと思って、思いっきりママに甘えた。
おっぱいのあたりを吸ってみたりとかしたり…。
パパの前でもしたことが無いくらいにベタベタしてみた。
それでもママは、全部受け止めてくれて、頭を撫でてくれた。
「もう、しおちゃんったら。仕方ないですねっ。
何だか…子どもみたいです」」
この日も、特に何を夢に見たかを覚えていない。
そのくらい、ママの腕の、胸の中で熟睡してしまっていた。
…勿体無い気はしたけれど。
「…ちゃん。しおちゃん」
「んっ…」
ママに揺らされて目が醒めた。
こんなのも、もしかしたらわたしの日常だったのかもしれない。
そんな、幸せな朝だった。
学校へ行くと、予期しない人物が待ち受けていた。
…まあ、待っていると言えば一人だけなんだけど。
「よぉ」
パパだ。
「今日は遅刻じゃないんですか?」
「たまたま寝る時間が早かったんだよ」
…と言いつつ、明らかに昨日よりも眠そうなパパ。
この頃のパパは、わたしの知ってるパパと違って、
ちょっとだけヘタレてるんじゃないかと思ってた。
けど、やるときはやるってのは一緒みたい。やるじゃん、パパ。
坂を上ってる間、他愛も無い話を3人でする。
何かもう、ずっと同じ日常を繰り返しているような気さえするくらい、自然な感じ。
「…で、古河んちでどんな感じなんだ?」
「えっとね…。一緒にお風呂入ったり一緒に寝たりしてるよ。ね、お姉ちゃん」
「はいっ。本物の妹が出来たみたいで楽しいですよっ」
「へぇ〜っ」
わたしとママの話を聞きながら少し羨ましそうにしてるパパが、何だか可愛かった。
どうでも良い授業が終わると、突然、頭の中に声が響いた。
「汐ちゃん、汐ちゃん」
「あ、ことみちゃん」
声の主はことみちゃん先生だった。
どうしたんだろう? と言うか、声が届く時点で凄いんだけど。
「あとちょっとで戻ってきて欲しいの」
「? 何で?」
「このタイムマシン、まだ実験段階なの。
だから、2泊3日くらいしか保証ができないの」
「そうなの?」
「うん。そうなの」
「で?」
「あと、1時間くらいで帰ることになるの」
「う、うん。わかった」
いきなり、わたしがこの時代で過ごす時間が残り僅かになってしまった。
この頃のパパには、たぶんママが必要だったんだと思う。
ママがいたから、今のパパがいるんだろうって。
ううん。本当は今も、パパにはママが必要なのかもしれない。
でもパパは、1人で一生懸命にわたしを育ててくれたし、
パパも含めた2人の生活を支えてくれている。
いつまでもパパ1人に負担はかけられない。
だから、わたしは決めたんだ。
ママみたいになろうと。
ママみたいに、優しくて包容力があって、時に頼られたりするような。
そんな存在になろうと、わたしは決めた。
そして何時かは、パパがわたしの胸の中で泣けるような…。
そんな存在になりたいと思った。
たぶん、ママならそれが出来ると思ったから。
学校からの家路の途中。
わたしはママに、すぐに帰らなければならないことを告げた。
「もう帰るんですか。…残念ですし、凄く寂しいです…」
「汐も…」
わたしの身体は、ママに抱きしめられていた。
この温もり、におい、柔らかな感触。
優しい気持ち。
全部ぜんぶ感覚として記憶していたい…。
でももう、時間は無いみたいだ。
別れの時。
名残惜しいけれど…別れの挨拶を。
「ありがとう。お姉ちゃん。…ママっ」
「!? しおちゃん?」
その言葉を最後に、わたしの、過去の世界にあった意識は消えた。
…さようなら、ママっ。
「あれ?」
機械がいっぱいある部屋にいた。
「戻ってきたの」
「あ…ただいま」
そこは、ことみちゃん先生の研究室だった。
景色は行く前と全く変わらないものだ。
「どうだった?」
「楽しかった」
即答。
素直な思いだった。
ママがいる世界…。
本当は、昔のパパに会いに行ったはずだったのに、今わたしの中では、
初めて会って、抱きしめられたママの感触や想い出でいっぱいになっていた。
「また…行ってみたいな」
これも、偽らざる想いだった。
2泊3日はあまりにも短すぎて、やり残したこと、心残りなことがたくさん残ったままだ。
「今度は完全版を用意するの。だから、そのときまで待って欲しいの」
「うんっ。…あ、でも、無理しないでね。ことみちゃん」
「大丈夫なの。久々に腕が鳴る感じなの。任せて欲しいの」
どうやら、また行けるみたいだ。
それに、今度はもっと長くいられるみたい。
楽しみで胸が躍る思いだ。
「…実験成功なの」
最後に聞いたことみちゃんの言葉は、とりあえず心の引き出しに仕舞っておくことにした…。
「ただいまーっ」
「おかえり、汐っ」
だきっ。
ぎゅっ。
お互いがお互いを抱き合う、いつもの儀式をする。
「ことみんとこはどうだった?」
「うんっ。いつも以上に楽しい実験だったよ!」
「そっか。まあ、あんまり無茶なことには関わるなよ」
「わかってるって」
ああ…。
わたしの知ってる、わたしが大好きなパパの元にやっと戻れた。
でも、安心してる場合じゃない。
「パパ。わたしも大きくなったんだから、もっと頼ってくれても良いんだよ?」
「汐…」
いきなりだったけれど、パパに今の気持ちをストレートにぶつけることができた。
けれど、
「まあ、そのうちなっ」
「あ、パパっ」
結局、今日のところは上手く逃げられてしまった。
でもまた、あの瞬間(とき)に行けたとしたら…。
今度こそパパに認めてもらえるようになるんだ。
そして、もっとママのことを知るんだ。
そんな想いを胸に、繰り返し始まる日常に再び身を置いた。
いつかまた、訪れる過去の世界を思い浮かべながら。
<おわり>
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【後書き】
どうだったでしょうか? 話の本筋に力を注ぎ込めなかった気がしますが…。それに、もっと「朋也×汐」の展開を期待してくれていた人には申し訳ない感じになってしまいましたが。
ただ、渚と汐を絡めたのは上手く行ったかなあ、と思っています。この2人のカラミは楽しく書けましたしね。
まあ、この「汐タイムスリップ編」を書くには、1話ではとても足りませんね…。終わりに含みを持たせているように、今後どういう形かはわかりませんが、続きは書くつもりです。今度はもっと、古河夫妻も目立たせたいなあと思っています(そっち?!)。朋也と汐の話も描かないといけないのですが、そうすると、渚とぶつかってしまうんですよねえ…。どうしようかなあ、と。
しかしながら、CLANNADアニメの二期が決定して、汐が登場することが確実になってきたので、これから汐人気もまた爆発するかもしれませんね!(08年3月現在) 要望さえあれば頑張りますよ。
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