remove
powerd by nog twitter

CLANNAD小説(SS)の部屋
CLANNADの小説を掲載していきます。

60    『岡崎家<第1話>』(CLANNAD 汐編アナザーストーリー)
2004.09.23 Thu. 
『岡崎家<第1話>』
 
 運動会当日―。
 汐は熱を出して寝込んでいた。
 
 「…パパ」
 「ん?どうした?」
 「…うんどうかいい
 けなかった」
 「そうだな。残念だったな」
 「…うん。残念」
 
 汐といい、渚といい、どうして楽しいイベントの前にこうなってしまうんだろう。
 母娘の運命的な繋がり…。
 そんな考えを、俺は頭の中で消し去った。
 ―こいつだけは。こいつだけは俺が幸せにしてやる―
 そう心に決意して。
 
 
 コンコン。
 
 夕刻。扉を叩く音がした。
 古典的なアパートだったので、インターホンみたいな洒落たものはついていない。
 後になって思うと、もし渚が1人でこの部屋にいるときにヘンな男が来て、扉を開けてしまうと…、
 そんなことを想像すると、当時の俺の考えの甘さがよくわかって苦笑してしまう。
 結局、自分のことしか考えていなかったことに。
 
 ドンドンッ。
 
 さっきより明らかに重さと力強さが加わったノックの音だ。
 公共料金の類はちゃんと払っているので、その線は問題無いはずだった。
 ヤミ金関係も、「怠惰な生活」をしていた間も手を出していなかったので、大丈夫なはずだった。
 家賃も納めている。
 …だとしたら、これは一体誰だ?
 
 ドーン。ドーン。
 
 もはや「扉をノックする音」とは言えないような音だった。
 これがノックする音だとしたら、扉の向こう側にいる人物は相当怒気を孕んでいることだろう。
 「…パパ」
 「どうした?汐」
 「…こわい」
 ほら見ろ。汐も怖がっているじゃないか。
 ただ、あまり汐に心配をかけるのも悪かったので、俺はようやく重い腰を上げて扉に近づいていった。
 「はーい。どちらさまです……」
 ガチャリ、と扉を開けたその瞬間…、
 バコーンッ。
 
 顔面にめり込む感触は…重くて堅い紙の塊。
 懐かしいあの感触…。
 そうだ…。この感触は……辞書。
 
 俺は、衝撃で失いかけていた意識を、瞬時に戻していた。
 「…杏か……」
 「…そうよ」
 「…思い出したぜ。何年ぶりかの、ライバルの味を…」
 「こんなことで、思い出さないでくれる?」
 そう。目の前にいたのは、高校時代の同級生にしてくされ縁でもあった、藤林杏だった。
 「くされ縁って強調しないでくれる?」
 「…他人の心を読むなっ!!」
 「やっぱり、そう思ってたんじゃないっ!」
 数年前は、毎日のように繰り返していた無駄な口喧嘩。
 そんなやり取りの中に、変わらない日常を謳歌していた自分がいたのだ。
 こんなにも懐かしく、心地よい。
 「先生」
 布団で寝ているその声の主は、懐かしい過去にはいなかったが。
 「汐ちゃん。大丈夫だった?」
 途端に、鬼の形相から聖母の微笑みへと変わる俺のくされ縁。
 「…うん」
 どちらが素顔なのかがわからないが、娘の表情を見ていると、この優しい笑顔も偽りでないことくらいは読み取ることができた。
 「…で、何でウチに杏が来ているんだ?」
 俺は、根本の疑問を突然の来訪者にぶつけてみた。
 「家庭訪問よ。汐ちゃんが熱出したって言うから、様子を見に来たの」
 「そうか…」
 まあ、納得できると言えば納得できる答えだった。
 この答えは。
 「…それと、甲斐性ナシの父親にヒドイ扱いをされていないか、確認しに来たの」
 「ちょっと待てっ」
 この答えは、全く納得のできないものだった!
 「最近多いでしょ。そういうの」
 「俺が汐に虐待とかそういうことをやっていると?!」
 全くヒドイ話だ。
 「だって、育児放棄していた父親に引き取られたんだもの」
 それも、悔しいが事実だった。
 「まあ、今の朋也だったら大丈夫だとは思うけど」
 そう言う杏の顔には、俺への疑いの眼差しは微塵も感じられなかったが。
 
 
 「汐ちゃん。何か食べたい?」
 汐の頭を撫でながら、杏がそう問うていた。
 「うーん…」
 汐は少し悩んだ後、
 「あまり食べたくない」
 と答えていた。
 「やっぱり食欲無いみたいねえ…」
 杏は少しだけ思案顔になった後、
 「ねぇ、朋也。おかゆって作れる?」
 そう俺に訊いてきた。
 「おかゆか?」
 「そう」
 渚が熱を出していた頃には何となく作っていた気がするが、早苗さんが作ってくれていたような記憶もあってはっきりしない。
 「じゃあ作ってみるよ」
 そう答えると、俺は台所に行き冷蔵庫から冷ご飯を取り出した。
 ガスコンロの前に行き、たっぷりと水を入れた手鍋を火にかけた。
 「…ちょっと。あんた何作ってんの?」
 気が付くと杏が、俺の傍らに立っていて腰に手を当てて呆れ顔をしていた。
 「何…って、おかゆだ」
 そうだ。
 俺はおかゆを作りに来た。
 ヘンなことを訊くものだ。
 「…それ、おじやもしくは雑炊よ」
 「えっ?! おかゆじゃないのかっ」
 どうやら、俺がおかゆだと思い込んでいたのは、おかゆではなかったらしい。
 「まあ無理も無いけどね。…あたしが作り方教えてあげるから、見ときなさいよ」
 
 「…炊飯器に『おかゆ』って書いてあるでしょ?」
 「どれだ?! …おうっ。あったぞ」
 「お米を文量どおりに入れて、それの目盛りぶん水を入れてセットしたらOKだから」
 「そんな簡単なのかっ?!」
 「そうよ」
 その後は杏のレクチャーを受けながらおかゆ作りを学んだ。
 おかゆはお米の状態から作るもの、ということを教えてもらった。
 
 「…しかし、そんなに雑炊と作り方は変わらないと思うけどな」
 お米からか冷や飯からかの違いだけで、原理はほとんど変わらないように感じたから、そう訊いてみた。
 が、杏は得意げにこう言い放った。
 「まあ、食べてみたらわかるわよ。炊飯器でやるよりお鍋で作ったほうが美味しいかもしれないけどね」
 「…面白い」
 
 ――しばらく時間が経過した。どうやら出来たようだ。
 「どれどれ…。うん、出来てる出来てる」
 ちゃんと出来たらしい。
 「朋也も食べてみる?」
 先ほど「食べてみたらわかる」などと言われた手前、食べて確かめないわけにはいかなかった。
 「おう」
 出来るだけ平静を装って答えた。
 
 「こっちは汐ちゃんに渡してよ?」
 「ああ」
 「で、こっちがあんたの分」
 「おう」
 器に盛られたものは、白くどろどろとしたもの。
 …おかゆにしか見えなかった。
 「じゃあ、汐」
 「うん」
 「いただきます」
 汐と俺は、両手を合わせていただきますをしてから、スプーンでおかゆをすくって口に入れた。
 「…おいしい」
 「でしょ?」
 先に声を発したのは汐だった。
 見ると、凄く幸せそうな表情をしていた。
 一方の俺は…、
 「…」
 「…朋也? どしたの?」
 「…」
 なかなか言葉が出なかった。
 「何とか言いなさいよ」
 そう促されてようやく俺の口は、何か言葉を発した。
 「…こしひかりか?」
 「へ?」
 我ながら意味不明だった!
 「こんなにおかゆって美味かったっけ?」
 それは、正直な感想だった。
 「米の甘味が出てるし、塩加減は絶妙だし、美味い」
 おじやでは決して出ることのない味だった。
 俺が感動に浸っている間に、汐はふぅふぅしながら、おかゆをほとんど平らげてしまっていた。
 「おいしかった」
 とても満足そうな顔をしていた。
 「どういたしまして」
 そういう杏の表情も、同じような顔をしていた。
 
 「そういや杏ってさ」
 「ん?」
 片付けは自分でやる、と言った俺を制して、洗い物をしている杏の背中に向けて声を掛けていた。
 「料理、上手かったよな」
 おかゆを食べ尽くした俺は、そんなことを思い出していた。
 「まあね。でも、あんたに食べさせてあげたことあったっけ?」
 そう言われて思い返してみる。
 確かに、ハッキリとした記憶は無かった。
 が、俺の舌が美味かったことを記憶していた。
 「『作りすぎたから食べてよ』とか言われて食べたんじゃなかったっけ?」
 ありえない話ではなかったと思う。
 2年の時は同じクラスだったし。
 すると杏は少し腕組みして考えた後、
 「陽平ならともかく、朋也には食べてもらったことがあるかもね」
 そう納得していた。
 
 「じゃあ、何かあったら連絡してきて」
 「ああ」
 すっかり日も暮れた頃、ようやく杏は帰ることにしたようだ。
 「ありがとな」
 「単にお節介焼きに来ただけよ」
 俺の感謝の言葉に対して、杏は素直に答えはしなかった。
 でも俺は、後向きになりそうだった気持ちを前に向けてもらったことに感謝していた。
 「また美味しいもの、作りにくるから」
 どうやらここに通いで来るらしい。
 「…だそうだ、汐」
 玄関からさほど遠くない居間に寝ている汐に向かって、そう訊ねていた。
 「うん。すごくたのしみ」
 汐もそうだったが、俺も歓迎こそすれ、拒む理由なんか無かった。
 「いつでも来てくれ」
 「あんたに言われなくても、勝手に来るわよ」
 最後まで素直ではなかったが。
 「せんせい」
 何時の間にか布団から這い出して玄関まで来ていた汐が、杏を呼び止めた。
 「どうしたの?」
 「こんどは、パパのりょうり、せんせいにたべてほしい」
 「俺のかっ?!」
 「うん」
 これから料理の先生を頼もうかと思っている杏に対して、俺の作ったもので何か食べさせるものなんかあっただろうか?
 「パパのチャーハン、すごくおいしい」
 …あった。
 娘が初めて俺の手料理を『おいしい』と言ってくれた、俺の得意料理が。
 「そうなの?」
 「うん」
 杏は少し驚いた様子だったが、
 「じゃあ期待してるわよ。お父様っ」
 全然期待している素振りも見せずにそう言い放った。
 
 「じゃあ汐ちゃん。早く元気になってね」
 「うん」
 「熱が下がったら連絡するな」
 「うん。そうして。じゃあね」
 「ばいばい、せんせい」
 「気をつけてな」
 「じゃあねぇ」
 
 こうして、俺がオッサンと対決するはずだった運動会当日が終わった。
 
<第1話・完→第2話に続く>
 
--------------------------------
 
 さて。今回から個人的には不満たらたらだった、汐編のもう一つのお話を書いていきます。
 ついでに、初めての連載モノ+ホームコメディになります。
 
 シナリオの検証をしていくと、この話はありえないことになってしまったりするんですが、汐編のもう一つの話だってあってもいいと思うのです。これはその1つです。
 実のところ、もう1人キャラを出した時点で「第1話」として発表する予定だったんですが、おかゆの描写に文字数とか時間を取られすぎてしまって…。
 
 また、連載モノなんでできるだけ定期的に+テンポよく連載を続けたいと思います。
 そのためにも、掲示板やSS投票ページなんかで感想を書いてくれるとありがたいです。

| Prev | Index | Next |


| ホーム | 更新履歴・2 | りきお紹介 | 雑記・ブログ | 小説(SS)の部屋 | ■リトルバスターズ!SS部屋 | Webコミック | ■ToHeart2 SSの部屋 |
| ■Kanon&AIR SS部屋 | 頂きモノSS部屋 | 競馬ブログへ | ギャラリー | KEYゲーム考察 | CLANNADの旅 | ギャルゲレビュー | 『岡崎家』アンケート |
| ■理樹君ハーレムナイトアンケート | SS投票ページ | 掲示板 | SS書きさんへひゃくのしつもん。 | リンク集 | What's New | ◇SS投票ページ2 | SS投票ページ |
| SSリクエストページ | 雑記 |