『永遠の誓い』
―えいえんはあるよ。
―ここにあるよ。
終末の世界。何も生まれない世界。もの悲しい世界。
そんな世界に、少女はひとりいた。
…きみは誰なの?
ひとりでいた少女が、別の気配を感じて問い掛ける。
気配…と言うのは正しくないのかもしれない。
感覚があった。
自分とは違う感覚が。
―わたし?
…うん。
問いかけに答える感触。
違う世界の風の匂いを感じた。
―えいえん、って信じる?
…えいえん?
えいえん…永遠。
それは終わることの無い様。
ずっと、ずうっと続く。
だけど、わたしにはそんなこと信じられなかった。
変わらないものは何も無いと。
ずっと歩きつづけなければならない存在。
その場に留まり続けなければならない存在。
その2つの存在は、常に変わりつづけなければならなかったから。
…信じられないよ。
―どうして?
…だって、叶わなかったから...
―叶わなかった?
…うん。
わたしは、ふたりきりの生活がずっと続くことを願った。
ふたりきりの旅が終わらないことを願った。
でも、それらは叶わないままで…。
…誰かが辛い思いをするなら、わたしが...
わたしは、あの人の幸せを願って、別々の道を歩くことにした。
それが、わたしを再びひとりぼっちにしたとしても。
―そんな思い、捨ててしまえばいいのに…。
わたしと違う声が発した言葉。
その意味を知り、返す言葉を失った。
どこからともなく吹いてくる風。
風の生まれる場所から、風の死ぬ場所への旅をしている。
この風も、終わりのある旅をしていた。
だからこそ、永遠なんてものは信じられなかった。
だから、もう一つの声が発した言葉も、信じられなかった。
―あなたがえいえんを望めば、いつだってこっちに来れるよ。
…こっちって?
―あなたと、あなたが想う人のえいえんの世界に。
…...
―そうすれば、ずっと、ずぅっといっしょにいられるよ。
―えいえんに。
その言葉に、ふとひとつの疑問が浮かんだ。
…きみはどうだったの?
…えいえんを望んで、手に入れられた?
思うより早く、口に出していた。
口に出したと言うよりは、むしろ想いが伝わったようだった。
―わたし?
…うん。
声のトーンが変わる。
その音色は、悲しみや寂しさの色調も帯びていた。
―ダメだったの。
―わたしじゃ、ダメだったの。
…きみじゃ、ダメだったの?
―うん。
その声には、諦めの色さえ窺えた。
―わたしは、こっちの世界にしか存在していないから…。
―だから、ダメだったの。
…こっちの世界?
世界はおそらくふたつあった。
自分がずっとひとりでいた、もの悲しい世界と、
あの人と出会った世界と。
―うん。
―わたしは、あなたと違うから…。
わたしと違う。
わたしのように、ふたつの世界に同時に存在していないと言うことだろう。
―だから、あなたには幸せになってもらいたいの。
木々がざわ、と騒いだ。
正確には、空気が揺らいだように感じた。
今いる空間に、木々があるとは限らなかったから。
わたしと、わたしの周囲の空気を変えてしまうような一言だった。
―あなたなら、それができると思うから…。
わたしは、その言葉に答えなかった。
答えられなかった。
取り戻した記憶。
わたしの存在について。
人じゃなくなることと引き換えに、手に入れた真実。
その真実が、少女の言葉に対する返答を難しくしていた。
…わたしは、人じゃないの。
手に入れた真実を、もう一つの気配に語りかける。
…だからあの人を連れて行けば、あの人も人じゃ無くなるの。
本当にそうなのだろうか。
わたしには確認する術が無かった。
だけど、自分の世界に連れて行くと言う事は、もう一つの世界との決別を意味した。
人として生きる世界との。
…あの人には、あの人が生まれた世界で幸せになってもらいたいから…。
元々、あの人とわたしの生まれた世界は異なっていた。
だけど、わたしたちは出会ってしまったんだ。
この世界でも、あの世界でも。
―それを…その人は望んだ?
望んだ?
何を。
あの人が、人の世界で生きることを?
―あなたを捨てて、元の世界で生きることを望んだ?
わたしを…捨てて?
そんなこと…望んではいなかった。
この世界でも、あの世界でも。
むしろ…。
―それとも、あなたとえいえんを望んだ?
…うん。
あの人は、ずっと一緒にいたいと言っていた。
わたしも、ずっとそれに応えたいと思っていた。
だけど、あの世界ではそれは叶わなくて…。
この世界でそれを望めば、あの人は元の世界には戻れなくなる。
だから、わたしは決別を望んだんだ。
あの人の意志に反して。
―なら、きっとできるはずだよ。
―ふたりだけの、えいえんの世界に行けるはずだよ。
―あなたと、その人の望みが一致するのなら。
―ほかの、誰にも邪魔されないのなら…。
風が止んだ。
周りが静寂に包まれた。
それはまるで、わたし自身の決断を待っているかのように。
…行けるかな、ふたりで。
見えるはずの無かった分かれ道。
引くことのできなかったはずのカード。
―あなたにならできるはずだよ。
その言葉に背を押されるようにして、選ぶことの出来ないはずの選択をした。
…うん。
…ありがとう。
―がんばってね。
その言葉を最後に、わたしはその空間での意識を閉じた。
「…ね」
「どうしたの?」
「…わたしの話を聞いて」
「うん…聞くよ…」
再び意識を開いたとき、わたしは元の世界にいた。
傍らには、人形の形をしたもうひとつの命があった。
あの人の、この世界での姿。
「…この世界での、意識を閉じて」
「どうして?」
えいえんの世界へと旅立つ方法。
それは、どちらの世界でも意識を閉じることだった。
「…元の世界に戻るの」
「元の世界?」
元の世界。
それはあの人が生まれた世界のこと。
そこへ戻らなければならなかった。
「…うん」
「君と離れ離れになるの?」
「…ううん。違うよ」
「いっしょに行けるの?」
「…うん。そのために意識を閉じるの」
「わかった。言う通りにするよ」
思いがひとつになった。
わたしは瞼を閉じた。
側にあった気配も同時に消えた。
「…パパ」
既に、降り積もる雪で手足の感覚は無かった。
寒い、と感じることも不思議と無かった。
ただあったのは、この腕で抱いているものの温もりだけ。
「…パパ。おきて、パパ」
耳元のすぐ側から聞こえてくる声。
現実か夢か、それすらもはっきりとはしなかった。
「…ん? 気が付いたか、汐」
それでも、途切れそうな意識は、自分を呼びかける声によって繋ぎとめられた。
既に、高熱と寒さで意識を失っているはずの娘の声に、何とか応えた。
「…パパは、汐とずっとふたりでいたい?」
「ああ、ずっといたいよ」
何度もくじけそうになりながらも、ここまで懸命に叶えようとしていた夢、希望。
もう果たせそうも無い、夢、希望。
ただ、まだ諦めたくは無かった。
「…汐も、パパとずっとふたりでいたい」
「うん…」
確かめあったお互いの夢、希望。
ふたりで目指した夢、希望。
だからこそ、果たしたかった。
続けたかった。
ふたりの旅を。
「…パパ」
暖かな吐息とともに、娘が耳元で呼ぶ。
「…どうした? 汐」
それに俺が応じる。
「…パパは、汐のことすき?」
娘からの問い。
そんなこと、考えずともわかりきった答え。
「大好きだよ、汐」
「…汐も、パパのことだいすき」
笑顔で交し合った「大好き」の言葉。
確かめ合うことで、お互いの絆をより強くした気がした。
「…パパは、えいえんをしんじる?」
再び、途切れそうになった意識を娘が呼び起こす。
「…永遠?」
「…うん」
記憶の底の、意識からある言葉を思い出した。
―変わらないものは何も無くて―
今は、いつ、誰が言った言葉だったかも思い出せない。
けれど、ひどく大切だった言葉。
「…えいえんをしんじたら、パパとずっとふたりでいられる…」
その言葉は、娘の言葉を聞いて霧散した。
「…永遠を信じるのか? 俺と、汐との?」
どうして、娘がその言葉を言ったのかという思考は、既に麻痺していた。
ただ今すがりたいのは、ずっとふたりでいられる方法だけだった。
「…うん」
「そうか…」
もう、そうするほか無かった。
お互いの足では歩くことさえも出来なかったから。
ならば永遠を信じて、永遠の旅をふたりですればいい。
「わかった」
「パパ。こっちをむいて」
娘の問いかけに対し、わずかに動く顔を娘に向けた。
熱のためか、上気した頬が眼に映った。
目が合った。
娘のその瞳は、涙をためて潤んでいた。
ふたりの距離が近づいた。
もう隙間さえないほどに。
「…んっ…」
口唇が合わさった。
涙が零れた。
その涙は、頬を伝い合わせられた口唇へと流れた。
永遠の旅への誓い。
そんなキスを交わしながら、俺はこの世界での意識を閉じた。
<終わり>
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かなり思い切ったことをしてしまいました(汗)
当初はこんなことになるはずでは無かったのですが、流れ上こうなってしまいました。
一応、僕としては初の「ONE」と「CLANNAD」のクロスオーバー小説となっていますが、ONEをプレイしていない人でも全然オッケーな内容ですね。CLANNADの幻想世界を語る上で、ONEの「えいえんの世界」を利用させてもらった、と言う感じです。
内容についてはここでは語りません。
知りたいこと、疑問点などがあれば「掲示板」にカキコしてください。御答えします。
また、感想等ありましたら「SS投票ページ」や「掲示板」にカキコしてやってください。次回作を書く上での力になります。
読んでいただき、ありがとうございました!
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