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CLANNAD小説(SS)の部屋
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56    『岡崎家<第3話>』(CLANNAD 汐編アナザーストーリー)
2004.10.24 Sun. 
『岡崎家<第3話>』
 
 杏と風子が来てかしましかった日から、しばらくの時間が経った。
 汐は全快して、今は元気に通園していた。
 俺も仕事に復帰して、終われば汐を幼稚園に迎えに行く、と言うライフサイクルに戻っていた。
 ただ、どうしても仕事が遅くなると言う日には、まだ早苗さんにお願いしてしまっていた。
 「いいんですよ、朋也さん。わたしも汐と遊びたいんですから」
 申し訳ない、と言うと、いつも早苗さんはこう返してくれた。
 本心からそう思っているらしかったが、汐を幼稚園に送って迎える、と言う最低限のこともひとりで出来ないなんて、
 汐をひとりで育て上げる決心をした俺にとっては、すごく恥ずかしいことだった。
 ただ、あまりにも仕事を終える時間を毎日早くしてしまうと、芳野さんや親方をはじめとした、仕事先の人たちに負担を強いることにもなってしまう。
 その両立が、今の俺にとっての最大の問題だった。
 だけど、仕事や家事の疲れなんか、汐の笑顔を見ればすぐに吹き飛んでしまうのだから不思議だ。
 
 夜。
 晩ご飯が終わり、ふたり分の食器を洗い終わると入浴の時間だ。
 「汐〜。お風呂入るぞ」
 「うんっ」
 お風呂は大切な、娘とのコミュニケーションの場だ。
 食事の時には話さなかったことなんかも、なぜかお互いにすらすらと口に出せてしまう。
 そのおかげで、ふたりとものぼせてしまったこともあった。
 ふたりだったが、湯船にはいつもお湯をためていた。
 湯に浸かりながら交わす会話。
 それは俺の、重要な活力となっているに違いなかった。
 「きょうはね。おなじくみのけんたくんがやきゅうでしょうぶをいどんできたの」
 「ほう。汐はちなみにどっちだったんだ?」
 「ばったー」
 「汐が打つのか。それで?」
 「ホームランをうった」
 「マジか?!」
 「うん、まじ」
 「すごいな〜、汐。えらいぞ〜」
 「えへへ」
 他愛もない会話だったけど、ふたり温まりながら流れる緩やかな時間。
 そんな時間をずっと大切にしていきたかった。
 
 
 
 ある平日の夕暮れ時。
 汐とふたりでアパートに帰ってくると、部屋の前に小さな人影があった。
 黒髪のロングで、腰のあたりでまとめている髪型。
 あれは…、
 「風子かな?」
 「うん」
 間違いなく風子だった。
 俺たちのところに来たのに、部屋に誰もいなくて途方に暮れていたのだろう。
 そーっ、と近寄って声を掛けてやることにした。
 「汐。そーっとな」
 「うん。そーっと」
 近寄っていくと、風子がぼそぼそと独り言を言っているのが聞こえた。
 「汐ちゃんも岡崎さんもまだ帰ってきません」
 ―今帰ってきたが。
 「岡崎さんが汐ちゃんを誘拐したんでしょう」
 「ちょっと待てっ」
 思わず声を出してしまっていた!
 作戦失敗である。
 「あ、岡崎さんですっ。汐ちゃんもいますっ」
 不安そうだった表情は、みるみるうちに明るさを取り戻していった。
 「誰が自分の娘を誘拐するかっ」
 「汐ちゃんがあまりにも可愛いから、思わずやってしまう可能性は否定できません」
 「何処へ誘拐するんだっ!!」
 汐は俺と暮らしているんだから、何処かへ連れて行ってもそれは旅行に過ぎなかった!
 そんな俺を尻目に、目の前の小さな訪問者は目当ての人物に視線を移していた。
 「汐ちゃん。風子といっしょになりませんか?」
 …かなり誤解を招く言葉だった!
 「………うーん…………」
 じーっ。
 本気か、単なる言葉の綾かわからなかったが、質問した当人は真剣な眼差しで、5歳児の人生を賭けた決断を待っていた!
 「…やっぱり、パパといっしょになる」
 語尾が完全におかしかったが、父親としてはこれ以上無い嬉しい言葉だった!
 「やはりまだ懐柔されてくれないです」
 例え懐柔されていても、あの質問にすんなり首をタテに振る人間は少ないだろう。
 「悪いな、風子。汐はパパにお熱だ」
 俺はさりげなく、目の前の誘拐未遂犯に勝ち誇ってやった。
 汐も、
 「うん」
 と、俺の言った意味がわかったのかわからなかったかはよくわからないが、とりあえず俺のほうについてくれた。
 「作戦の練り直しですっ」
 風子は本当に悔しそうだった!
 
 
 家に入り、やれやれと腰を落ち着けていると、風子が手にもっていた包みから何かを取り出そうとしていた。
 「何持ってきたんだ? 風子」
 「また可愛いパンを持ってきました」
 古河パンで自分がプロデュースしてきたパンを持ってきたらしかった。
 「プロデュースしてきたのか?」
 「いいえ。風子feat.早苗さんです」
 とても嫌な予感がした。
 「触ると痛いので、岡崎さんが取ってください」
 どんなパンを作ったのだろうか…。
 近くにあったお弁当包みで、包みの中の得体の知れないパンを取り出してみた。
 「ヒトデです」
 「ヒトデだな…」
 「うん。ヒトデ」
 形は、この前持ってきたヒトデパンと変わらなかった。
 ただ、見た目は大きく変わっていた。
 「何でこんなにトゲトゲしてるんだ…」
 パンが、というよりは、小さなアメみたいなものが、ヒトデ型のパンに無数にちりばめられていた。
 それらが、何故かトゲ状になっていた。
 「リアルです」
 「そうだな…」
 それは、いつしか想像したリアルなヒトデパンだった。
 我慢できずに、早苗さんが風子に作ってあげたに違いないが…。
 「食えないだろ、これは」
 どう考えても、口の中に入れるのは危険すぎだった。
 口の中が、無数のトゲ状のアメで傷だらけになるのは目に見えていたからだ。
 すると、家の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 「やっぱり、わたしの作ったパンは食べられないんですねーっ」
 泣きながら早苗さんが走っていった。
 窓越しに汐も身を乗り出してきた。
 「あっきーもくる?」
 古河家での日常は、俺よりも汐のほうがよく知っているかもしれなかった。
 「ああ。たぶんな…。風子もこっちに来い」
 俺は、哀れなパン屋の主人の姿を見せるため、風子も窓辺に呼んだ。
 「はい。どうしたんでしょうか?」
 事情がよくわかっていない風子は、首をかしげながらこちらに来た。
 「これから、パン屋の主人の哀れな光景が見えると思うからな」
 そう言うと、ますます風子は「?」いっぱいな表情をしていた。
 
 しばらくすると…。
 「早苗〜っ。大好きだ〜っ!!」
 オッサンだった!
 「きたっ」
 汐がその姿を追った。
 俺もその姿を求めた。
 そして、次に見えた光景は…凄惨なものだった。
 口から、多量の流血をしていたオッサンの姿があった。
 口には、おそらくリアルなヒトデパンだと思われるパンが、血染めになって咥えられていた。
 汐も風子も絶句していたが、俺もその姿を呆然と見ていた。
 
 ようやく落ち着きを取り戻した俺は、風子の肩に手を乗せて告げた。
 「このパンを口に入れるとな、ああなるんだ…」
 それを聞いた風子は、顔を青くしていた。
 「風子は…とんでもないことに加担しようとしていました」
 でも、風子がそんなにショックを受けるようなことでも無かったので、
 「まあ今回は特別すぎたが、今度から持ってくるパンは『feat.早苗さん』じゃないほうがいいな」
 と慰めて(?)やった。
 「わかりました。次からは風子が完全プロデュースしてくるようにします」
 どうやら、気を取り直したみたいだった。
 
 哀れなオッサンを眺めてしばらくすると、杏がやってきた。
 「朋也ぁ、いるぅ?」
 「おぅ。いるぞ」
 玄関から入ってくる杏を見ると、大きなスーパーの袋を持っていた。
 「杏、それ何だ?」
 俺はその袋を指差して聞いた。
 「あれ? 前に言ってなかったっけ?」
 何か言っていただろうか?
 「今度はあたしの料理を食べてもらう、って言ったじゃない」
 「そう…だったな」
 そういえば前にウチに来て、俺のチャーハンを食べさせたら悔しがっていた。
 それで自分の料理を食べさせようとしたんだった。
 「で、何を作ってくれるんだ?」
 俺は期待を込めて聞いてみた。
 すると杏は、にやり、と笑って、
 「ハンバーグよ」
 と答えた。
 「ハンバーグかっ」
 「ハンバーグ♪」
 「ハンバーグですかっ」
 3人同時に声をあげてしまった。
 みんな大好きなメニューだった!
 
 手早くエプロン姿に着替えた杏が俺に向かって言った。
 「朋也もハンバーグくらいは作れるんでしょ?」
 含み笑いを込めて聞いてきたので、俺も自信満々に答えてやった。
 「そりゃあ、な?汐」
 「うん」
 娘にとっさに同意を求めるあたりが自信の無さを物語っていたが…。
 ただハンバーグみたいな、子どもが好きなメニューは一通り作れるようになっていた。
 「でも、今日はわたしが全部作っちゃうからねっ」
 どうやら、今日は杏に任せきりで良さそうだった。
 
 「じゃ、まずは玉ねぎのみじん切りをお願いっ」
 そうウインクをされて、大玉の玉ねぎを俺に渡してくれた!
 「…やれってか」
 「うんっ。お願い、朋也」
 絶対、目に沁みるからだ、と思ったが、俺のみじん切りテクを披露する良い機会でもあった。
 「うりゃぁ〜っ!!」
 たたたたたたたたっ。
 何度か指先を切断したが、ようやく会得したみじん切りだった。
 玉ねぎの場合、目に沁みるようになるまでに完了させるのがポイントだ…と思っている。
 「出来たっ!…ぐあっ」
 「ご苦労様っ」
 涙で何も見えなくなった俺の肩を、ぽんっ、と杏が叩いた。
 
 「で、この朋也が切ってくれた玉ねぎに、バターを乗せてレンジでチンするの」
 「生のまま使わないのか?」
 みじん切りした玉ねぎは、そのまんま使うものだと思っていたが、レンジにかけるらしい。
 「生のまま使うと、玉ねぎカラさが残るのよね」
 「そうか…」
 この辺の細かいことは俺にはわからなかったが、おとなしく指示に従うことにした。
 「あと…。パン粉ってある?」
 「パン粉か?」
 ハンバーグには欠かせないものだ。が…。
 「すまん。切らしてる」
 「えっ?! 無いの?」
 ちょうど、昨日エビフライを揚げたときに使い切ってしまったんだった。
 すると杏は新たな提案をしてきた。
 「じゃあ、食パンとか無いの?」
 「食パン?」
 食パンならあるが…。
 「何に使うんだ?」
 俺には見当もつかなかったが、
 「これをパン粉代わりに使うのよ」
 「これをかっ?!」
 これをパン粉代わりに使うらしい。
 が、俺にはその発想が考えられなかった。
 「食パンをね、牛乳に浸して使うの」
 パンを牛乳に浸して柔らかくなったものを、ミンチに混ぜて使うとパン粉代わりになるらしかった。
 「パン粉ってしょせん、パンを乾燥させたものだからねえ」
 そのことを聞いて、なるほど、と思う自分が少し恥ずかしかった。
 パン粉って、パンの粉なんだ、って気付いたからだ。
 
 ボウルに、牛豚の合挽ミンチと、玉ねぎ、食パン、卵、塩コショウを入れた。
 それに、杏はもう一つ袋から包みを取り出してボウルに入れていた。
 「何だそれ?」
 「これ?」
 「おからよ」
 「おから?」
 おから…と言えば、豆腐を作るときに出るカスみたいなものだったか。
 「カスとは失礼よ。栄養はむしろ豆腐よりもあるんだから」
 「そうなのか?」
 「食物繊維は豊富だし、他の栄養素もたっぷり入ってしかも安いのよ」
 意外だった。
 でも疑問はあった。
 「ハンバーグに入れるのか?」
 見たところ、えらくボソボソとしているようだし、味だって変わってしまうかもしれない。
 「そう。ミンチに混ぜて入れるだけよ」
 だが杏は、俺のそんな心配を全く気にする素振りも無かった。
 「さて…これを捏ねる係だけど」
 そう言って杏は風子や汐に視線を送った。
 「やりますっ」
 「てつだう」
 ふたりは揃ってそう宣言していた。
 杏も満足そうに頷いて、
 「そう。じゃあお願いねえ。愛情たっぷり注いで捏ねてね」
 と言っていた。
 
 風子と汐がたっぷり捏ねたミンチを、フライパンで焼いていく。
 焦げ目が付いたところで、ソースを同じフライパンの中で作っていく。
 「朋也はいつもどういう味付けなの?」
 「俺か?」
 俺は…、家庭ではよくある、ウスターソースとケチャップで作るソースを作っている。
 「ふーん。ありがちねぇ。でも、もっと美味しいソースも簡単に作れるのよ」
 個人的には、このソースで十分美味しいと思っていたが、そう言われるとそのソースを味わってみたくなった。
 「どうやって作るんだ?」
 聞くと、杏は持ってきたスーパーの袋から小さ目のチューブを取り出した。
 「これを混ぜるの」
 見ると"かけるデミグラスソース"と書いてあった。
 「それを入れるのか?」
 「そうよ。これと赤ワインを入れると、まろやかで本格的な味になるのよ」
 赤ワインを入れて沸騰させ、それに3つの調味料を加えて少しばかり煮立たせた。
 「ホントは、しめじやマッシュルームを入れても美味しいんだけどね」
 まあ贅沢は言わないでおこう。
 
 杏が、手慣れた手つきでハンバーグや、付けあわせのサラダなどを盛り付けていった。
 「美味そうだ…」
 「でしょ?」
 「鉄板は無いんですかっ? アツアツにした鉄板は?」
 風子が、何やら鉄板を求めてきた。
 「レストランとかで出してくれるやつ?」
 「そうですっ」
 どうやら風子は、レストランやステーキハウスで出てくる、黒い鉄板のことを求めているらしかった。
 だが、
 「あいにく、そんな高級なものはウチには無いな」
 と残念な通告をしてやった。
 「そうですか…」
 それを聞いた風子は、少しガッカリした様子だった。
 「そんなもの無くたって美味しいわよ」
 俺に助け舟を出してくれたのか、あるいは単に自分の料理に自信があったのかはわからないが、
 そう言って元気付けようと(?)していた。
 
 「いただきます」
 4人で取る食事。
 しかもハンバーグだ。
 おからを入れているのが若干不安だったが…。
 「おいしいですっ。どうしてですかっ」
 「…おいしい」
 まず、ハンバーグを捏ねた2人が感想を漏らした。
 食べてみる。
 「うまい」
 「あったりまえじゃないっ!」
 言葉とは裏腹に、杏はめちゃくちゃ笑顔だった。
 だが、お世辞抜きに美味しかった。
 ソースは、いつものソースに比べるとまろやかで美味かった。
 そしてハンバーグ自体も、とてもおからを入れたとは思えないなめらかさだった。
 「おからは、ミンチの2割くらいだったら違和感無く食べられるのよ」
 「そうみたいだな」
 「ミンチのかさ増しにもなるしね」
 美味しくて、栄養も摂れて、しかも節約にもなるとは…。
 いつもより、断然早く食べきってしまった。
 
 
 「岡崎さんに提案があります」
 食事が終わって、後片付けも済んだ頃に風子が俺に向かって言った。
 「岡崎さんが、今日みたいにお仕事で遅くなる日は、汐ちゃんを風子が迎えに行きましょうか?」
 俺は思わず風子を見た。
 それは、願っても無い提案ではあったが、そこまでを風子に求めていいものか、との葛藤もあった。
 「風子は、行けるなら毎日でも汐ちゃんを迎えに行きます」
 だが、何となく俺は、任せても良いような気がしてきていた。
 ある一点の不安を除いては。
 「俺のいない間に、汐を誘拐しよう、とか考えていないだろうな?」
 不安点はこれだった。
 だが、
 「そんなズルしません。岡崎さんの目の前で、正々堂々とさらってみせますっ」
 と、どうやらその不安は杞憂に終わりそうだった。
 「じゃあ、来れないときは、あたしが幼稚園から送ってあげよっか?」
 杏がまた新たな提案をしてくれた。
 それは、俺にとっては非常にありがたいものだった。
 これで、早苗さんの手を借りずに、汐の通園と俺の仕事の両立が出来そうだった。
 「じゃあ、甘えてもいいか?」
 「はいっ。任せてくださいっ」
 「お安い御用よ」
 「汐もそれでいいか?」
 「うん」
 決まりだった。
 
 
 明日から、俺と汐の2人きりの生活に、2人が加わる、そんな新しい生活が始まる予感がしていた。
 
 <第3話・完→第4話に続く>
 
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 若干遅くなりましたが、第3話をお届けしました。
 文字数は2話と変わらない結構なボリュームになってしまいました。
 やや強引な展開になっていますが、これでようやく4人での生活が始まりそうですw
 
 ちなみに、このSSで紹介しているハンバーグの作り方ですが、実際にやったことがありますので美味しく作れます。お試しあれw
 
 また感想とか意見があれば、「新・掲示板」や「SS投票ページ」などにお寄せください。
 
 ただ、智代とか他のメインキャラは、このSSでは出せないかなあ、と思います。

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