『それぞれの道へ』
「あーっ! 何でこうなってるのよーっ!!」
今俺は、藤林家にいる。
もちろん、杏の部屋だ。
期末テスト直前。
俺たちは修羅場を迎えていた。
「どーしよう、朋也ぁ」
杏が涙目になりながら、教科書片手に何かをノートに書いている。
そのノートは…ほとんどが白紙だ。
「朋也も手伝いなさいよ〜」
クラスは違えど、担当する教師は同じだったから、俺も同じテストを受けなければならなかった。
「だりぃ…」
俺のノートも白紙だ。
俺の場合は、授業中はいつも寝てるかぼーっとしているかのどちらかだったから、ノートに何か書いているときのほうが少ない。
テスト前は、俺よりかは出来のいいヤツを捕まえて、そいつのテスト勉強ノートをコピーさせてもらう、という完璧なテスト対策をしていたからだ。
だから、俺の場合は修羅場でも何でも無かった。
だが、杏の場合はそうは行かないらしかった。
「うう…。クラスの委員長までやってるのに、赤点なんて取れないのよ〜」
杏の性格だ。
他人に頼ってテスト勉強をすることなんて出来ないだろう。
委員長と言う肩書きもあるし。
その点、ヒラの俺は楽だが。
「朋也はあたしが赤点取っても良いって言うの?」
涙目のまま、批判めいた口調で俺にそう問うて来た。
「夏休み、補習で削られるのよ?」
「ああ」
そうか。補習か。
俺も一緒に受けようかな…。
「海へ行けなくなるわよ?」
「…それは困る」
口には出していないが、前言撤回だ。
「赤点取ったら、あたしたちの自由な時間もパーになるわよ?」
「…何ページからだ」
杏との楽しいサマーバケーションのためにも、俺は心を入れ替えることにした!
そもそも何故杏が、こんな修羅場に陥ったのかと言うと…、
「先週は何してたっけ?」
「…映画、観に言ったわよねえ」
「先々週は…カラオケで熱唱したなあ」
「その前は、あたしん家でご飯食べてたでしょ?」
「学校終わったら、ふたりでどっかに寄り道してたもんなあ」
その"どっか"は、恒例の学生寮@春原部屋だったりするのだが…。
…と、まあ毎日のように遊んでいたのだった。
そして、
「あたし…3年に上がってから学校の授業をまともに受けられる状態にも無かったし…」
昼休みに学校を飛び出していったこともあった。
「朋也のことばっか考えてたから…」
それはそれで嬉しい限りだったが。
それらを総合すると、杏は全く今学期の授業が手についていない、と言うことになる。
「自業自得よね…」
俺にも十二分に責任はあった!
心を入れ替えて30分後。
いきなり挫折してしまった。
期末テストは、テストの範囲がめちゃくちゃ広い。
3日後から始まるテストには、正攻法では到底間に合う量ではなかったのだ。
「無理だ、杏。ここは諦めて助っ人を呼ぼう」
意地を張っている場合では無かった。
何より、杏との海水浴のことしかアタマに無い俺にとっては、体裁などどうでも良いことだった。
「そんなこと…できないわよぉ」
相変わらず涙目になって、それでも第三者に助けを求めることを拒否している杏。
意地になっている杏も可愛いなあ、とかアホなことを考えていると、
こんこん。
扉をノックする音がした。
ここは藤林家だ。当然部外者はいないはずだった。
おまけに、杏の両親は留守だった。
となれば、音の主はひとりしかいなかった。
「…椋か?」
「はい。お姉ちゃん、いい?」
「何の用よ〜」
扉を開けて、椋が部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、テスト対策困ってる?」
「見りゃわかるでしょ〜」
どうやら、テスト勉強に追われている姉の状況はわかっているようだった。
「だったら、私が協力してもいいけど?」
その言葉を聞いた俺と杏は、はっと椋の方を見た。
「私のテスト勉強用のノートを見せてもいいんだけど…」
「本当か?!」
思わず声を出したのは俺だった。
願ってもいない援護射撃だ。
もろ手を挙げて喜びたい俺を尻目に、杏は何故か素直に喜ぼうとはしなかった。
「…見せてもいいんだけど…の"けど"って何よ?」
さすがは双子。細かい発言のニュアンスにまで気付くらしい。
「何か交換条件でもあるの?」
「あ。やっぱりお姉ちゃん、わかる?」
「当たり前でしょ? お腹の中にいるときからの付き合いよ?!」
…長い付き合いだ。
「うん。あのね…」
「はぁ…。で、どう思う? 春原」
「あのね…。僕もテスト勉強で修羅場ってるんスけど…」
テスト前日。
既にやることを終えた俺は、春原の部屋にいた。
そこで、俺はあの日椋が言った交換条件のことを思い出していた。
「…杏はどう言ってるの?」
「仕方ないわね…、とか言ってたけど、割りにスンナリとOKしたぞ」
「ふーん」
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あの日、椋が出した交換条件とは、
「1日、朋也さんとデートしたいの」
「「デートぉ〜?!」」
春原へのツッコミ以外では久々にユニゾンしてしまった!
「あ…。デートって言うのは言い過ぎなんだけど、朋也さんを1日貸してほしいの」
椋はそう言いなおすと、杏にボールを渡した。
杏には何かが伝わるらしく、
「1日だけよ?」
と念を押していた。
「わかってるよ、お姉ちゃん」
椋も元々1日だけの用事だったようだった。
「で、受けてくれるの? 朋也は」
「俺か?!」
「だって、朋也がOKしてくれないと、椋はテストの協力してくれないのよ」
「ああ…」
と言うか、むしろ当事者は俺になっていた。
が、杏がいいって言ってるし、俺には特に拒否するメリットも無かったので、
「わかった」
と答えた。
「本当ですか? ありがとうございます」
OKした俺に向かって、椋はえらく感謝していた。
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…と言う事だった。
「じゃあ、良いんじゃないの?」
「お前、考えずに言っただろっ」
やけにすんなり答えを出した春原に対し、文句を言ってやった。
だが春原は、そんな俺の抗議はまるで無視したかのように続けた。
「だって、委員長とはキッパリ別れたんだろ?」
「ああ」
それは、杏に告白された(?)後、2人で話して解決したことだった。
椋に謝るのを「止めてください」とか言われたんだっけか。
「だったら、問題無いと思うけど?」
「そうか…」
何だか釈然としないものがあったが、それは俺の杏に対する遠慮と、椋に対する負い目なのかもしれなかった。
「悪いなっ、すのぴー」
そう言って俺は春原の部屋を退散することにした。
「お土産は?」
「お土産?」
「そうだよ。明日のテストのネタ」
「悪いっ。杏の部屋に置いてきたまんまだっ」
「他人の貴重な勉強時間を使って…。アンタ本当に人でなしっスね!!」
「悩みが解決して、今晩はゆっくり眠れそうだろ?」
「悩みが解決したのはアンタだけっスけどね!!」
グチグチ文句を言う男を残して、俺は自分の家へと帰っていった。
テストは無事終了した。
幸い、俺も杏も赤点は免れることとなったが、あまりにも椋のノートが役立ってしまったため、俺は今まで見たことの無いような点数を取ってしまった。
おかげで、担任からあらぬ疑い(カンニングとか)をかけられることになったが、身の潔白はすぐに証明された。
1人、隣の席で丸の数がやけに少ない答案用紙を、呆然と眺めているやつがいたが…。
そして約束の日。
俺は数ヶ月前まではいつも待ち合わせ場所にしていたところに早めに行き、待つことにした。
「朋也さん、お待たせしました」
キッチリ時間どおりになって、椋が現われた。
「おう。俺も今来たところだ」
俺は、ベタに今到着したばかりだと言う風に装って、椋の前に出た。が、
「朋也さん、早いんですね」
バレバレだった!
「さて、何処へ行こうか?」
立ち話もなんだったから、どこかへ行くように言った。
「そうですね…。じゃあ、私のお買い物に付き合ってもらえますか?」
「買い物…って、何か買いたいものがあるのか?」
俺をレンタルしてまで買いたいものって何なのか?
そこが凄く気になったのだが…。
「いいえ。ウインドウショッピングするだけですよ」
椋は、ただ店を観て回りたいだけのようだった。
「…そうか。じゃあ行こうか?」
「はいっ」
そう言って俺たちは、定番だったデートスポットである商店街に繰り出した。
隣で話す椋の声は、最近では一番嬉しそうだった。
女の子が喜びそうな雑貨屋さんの前に差し掛かった。
「ここは…」
店自体の記憶もハッキリしている。あの店だ。
すると、椋が俺の隣に寄り添ってきてこう言った。
「朋也さん。手を繋いでもいいですか?」
それを聞いて少し、どきり、としたが、
「手くらい良いぞ」
と言って、俺は椋のほうに手を差し出した。
ぎゅ。
2ヶ月ぶりに握った手は、ひどく懐かしい感触だった。
その感触は、双子でも微妙に違うものなんだな、と妙なところで感心してしまった。
俺が手の感触を確かめていると、何かに気付いたのか、椋が寂しそうな口調で呟いた。
「今日…最後くらいは、お姉ちゃんのことを考えないで欲しいです…」
それを聞いて、さっきよりも激しく、どきり、としてしまった。
その心の揺れは、おそらく手から椋へと伝わったことだろう。
「わかった。今日だけは椋の恋人に戻るんだったんだもんな」
俺は謝る気持ちをこめて、椋にそう言った。
「そうです。だから、今日1日よろしくお願いしますね」
その言葉には、先ほど感じた寂しさは微塵も残っていなかった。
雑貨、服、CD…。
俺たちは、小さなこの町の商店街で、おおよそ俺たちくらいの年代の人間が立ち寄りそうな店と言う店、ほとんどに入っていった。
そうして最後に寄ったのが、行きつけのゲーセンだった。
さすがの俺も、ここでの用件は察しがついた。
「あの占いか?」
「はい。やっぱりわかってしまいましたか」
「それ以外、用は無いだろ?」
俺と椋の距離が近づいていった場所。
初めてキスした場所。
徐々に離れていくことを暗示された場所。
俺たちが付き合っていた短い時間は、このゲーセンの一角にある機械とともに共有していた。
「最後にもう一度やっておきたくて」
そう言って微笑んだ椋の笑顔は、手を繋いだときのような寂しさも含んでいたようだった。
もちろん、寂しさの原因は俺にあったのだが、俺は努めて明るく促した。
「じゃあやるか!」
「はいっ」
コインを料金分入れて、所定の場所にふたりの手を重ねて…スタートだ。
占いの結果はこのようなものだった。
〜もう既に、あなたたちふたりは別々の道を歩み始めています。
〜最後に一度振り返って見るのも良いでしょう。
〜ただそれはあくまで1回だけ。
〜それが終われば、ただの友達同士に戻るのが良いでしょう。
「…この占いって、かなり直球だよな…」
「…そうですね」
いつだってこの占い機は、俺たちの関係と行く末を当てていた。
そして、この占いの結果に振り回されていたのかもしれなかった。
重ねていたふたりの手のひらは、いつしかじっとりと汗ばんでいた。
占い結果が出た後、俺たちはゲーセンを出て、どこへ行くわけでもなく歩き始めた。
何となく重い空気が俺たちを包んでいたが、椋のほうから口を開いた。
「朋也さんって、いつからお姉ちゃんのことが好きだったんですか?」
「えっ?!」
その質問の内容に多少驚いたが、俺は冷静に振り返ってみた。
「よくはわからないんだけど…。もしかしたら、2年で同じクラスになってからかもな」
「そう…ですよね」
もちろん、俺は杏の気持ちを聞くまでは、ハッキリと好きだと自覚したことは無かったかもしれない。
ただ、始まりはあの頃だったと思う。
「朋也さんと付き合い始めてから、最初は全く気付かなかったんですけど…」
椋の告白が始まった。
「初めの頃は、私も緊張したり浮かれていたりしていてわかりませんでした」
初々しい椋の様子を思い出す。
俺の身体の一部分が自分に触れただけで赤面してしまうような様子。
思えば、可愛らしいものだった。
「でも、少しずつ冷静になれるようになって感じたのが、お姉ちゃんの存在でした」
付き合い始めて最初の頃は、いつも姉が同伴だった。
デートにしても、どこからか監視していたみたいだったし…。
「料理の腕では全く敵わないですし…」
お弁当を作ってきてくれたときも、思わず杏の作ったとんかつに箸が伸びてしまった。
ただ、椋の料理の腕は、おそらく一般的なレベルをかなり超えていたと思う。
「料理くらいは、いずれ超えられるんじゃないか?」
素直な思いが、俺の口から自然と出ていた。
慰めのつもりで言ったんじゃなかった。
「お弁当、かなり美味かったからな」
そう言うと、椋は少し微笑んで、
「朋也さんにそう言われると、結構自信になります」
と言った。が、それは本心からでは無かったようだった。
「でも、やっぱり敵わなかったです」
その、やや諦めを含んだ言葉を聞いて、俺は何となく悟った。
椋は、ずっと姉である杏へのコンプレックスというか、劣等感を抱いていたのだと。
「お姉ちゃんに、必死で追いつこうと頑張ったんですけどね」
容姿は、髪の長さ以外に全く差の無かった姉妹。
が、性格は大きく違っていた。
表面上は、活動的で社交的な姉と、引っ込み思案で上がり性な妹。
ただ、恋愛に関しては全く逆じゃなかったかな?と感じていた。
俺は、その中で気付いたことを椋に告げてみた。
「その…、杏に近づこうとしすぎたのが良くなかったのかもな」
自分で言って、何て他人事のように言ったんだ、と少し後悔した。
だが、触れるだけで頬を真っ赤にしていた椋が、いつしかどんなことをしても許してくれるようになって、違和感を感じたのだった。
考えなくとも、贅沢な悩みだったが。
「椋は,杏とは違うんだから、杏と違う魅力をアピールするべきだったのかもな…」
「……」
椋にも思うところがあったのだろう。
自分のことを棚に上げて、何とも情けないコメントだったが、椋の心には突き刺さったようだった。
「そう…ですよね。私とお姉ちゃんは違う人間なんですからね…」
その言葉を発した後、椋は何か吹っ切れたみたいだった。
「ありがとうございました、朋也さん」
そう俺に感謝の言葉を言った。
そんな覚えは無かったのだが、
「おかげで自信がつきました」
ともかく、前向きになってくれたようで、俺としてもほっとした気分になった。
「最後の最後に、もう一つだけわがまま言ってもいいですか?」
別れ際に、椋がまた最後のお願いをしてきた。
「ああ」
「じゃあ…抱きしめてもらえますか?」
「わかった」
別れの抱擁。
最後に、お互いの想い出を確かめるように。
そして、その想い出を想い出としてしまうように。
ぎゅっ。
久方ぶりに感じる椋の暖かさ。
椋も、俺の感触を確かめているようだった。
しばらく経った後、椋が口を開いた。
「お姉ちゃんを絶対に離さないで下さい」
そこで出た言葉は、姉に対する言葉だった。
「ああ」
俺はその言葉に応えた。
おそらくは、言葉にしなくても分かり合っていたと思う。
けれど、あえて言葉にして確かめあっていた。
「この場所は、もうお姉ちゃんだけのものですよ?」
「わかってる」
「はいっ」
最後の抱擁が終わった。
帰り際。
いきなり椋が振り返って、こちらを見て言った。
「朋也さんより素敵な彼氏を見つけてみせますよ」
その表情には、1点の曇りも無いように感じた。
「出来たら、俺にも紹介してくれよ」
俺は素直な気持ちでそう返した。
「それは内緒です」
どうやら、俺より素敵な彼氏は公開してくれないらしかった。
分かれ道に差し掛かった。
「じゃあな、椋」
「はい。それでは」
簡単な挨拶をして、俺たちは違う道を選択した。
その後、俺はその日のことを杏に話した。
「その、朋也より素敵な彼氏だけど…」
何か心当たりでもあるのか、杏はそこに言及してきた。
「きっと、無愛想で見た目はちょっと怖いけれど、不器用な優しい人よ」
その発言は、やけに具体性を帯びていた。
「何でそんなことわかるんだ?!」
俺は、すかさず素直な疑問をぶつけてみたが、
「双子だしね」
の一言で終わらされてしまっていた。
俺と椋との話が終わった後、待ってました!とばかりに杏が俺に告げた。
「じゃあ、週末は付き合ってもらうわよ」
「…どこへ?」
週末は大概、どこかへ行ったりしていたのだが、今週は特別な約束をした覚えが無かった。
が、杏の次の一言で、すべてを思い出していた。
「朋也ぁ。あたしの水着見たくないの?」
「…ぶっちゃけ見たい」
そう。
具体的な日時は決めていなかったが、杏の着る水着を買いに行こう、と言う話を前にしていたのだった。
「じゃ、よろしくねっ」
俺と椋は、別々の道を歩き始めたんだろう。
ただ、一緒に歩いていた日々は決して忘れない。
外はいつしか、焼けるような日差しが降り注いでいた。
<終わり>
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いかがでしたか?
杏シナリオの椋エンドは、椋がすんなりと引き下がってくれたから上手く行ったように見えましたが、そこで椋がどうやって納得したのかがわからなかったんで、自分で補完してみました。
椋が都合よく(^-^;、杏や朋也の幸せを願って引き下がってくれていますw
ただ、こんな「いい子ちゃん」な椋はある意味不自然であり、「悪い子」な椋も書いてみたいと常々思っています。
ので、次藤林姉妹でSSを描くときは、姉妹で1人の男を取り合うような(?)SSになるかもしれません(^-^;
また、感想などは「新・掲示板」や「SS投票ページ」なんかにいただけると嬉しいですw
面倒ならば「Web拍手ボタン」をポチッと押してやって下さいw 創作意欲が増します。
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