『とある不安』
「春原〜。俺、最近不安なんだ…」
「どうしたのさ、急に」
俺は悩み事の相談のために、腐れ縁であるクラスメイトのアパートへ訪れていた。
それは、俺にとっては非常に深刻な悩み…。
「杏のことなんだけどな…」
彼女である藤林杏と俺との悩みだった。
「僕で良かったら話に乗るよ」
「そう言ってくれると思って来たんだ」
期待通りの反応をしてくれた目の前の友人に対し、最大限の敬意を払いながら俺は話し始めた。
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ある日の登校時間。
学校と家の中間くらいの場所で、俺の彼女である杏と待ち合わせている。
「おはよっ、朋也」
「よぉ、杏」
簡単な挨拶を済ませてから、杏はいつものように俺の腕を取って歩き始める。
その顔を見ると、こちらも思わず微笑みたくなるくらいに幸せそうな笑顔だった。
杏は、時間が全く無いようなときは、前みたく原付で登校してくることもあったが、
最近ではほとんどこうやって歩いてきていた。
そして、学校に着くまでの短い時間、他愛も無い会話を楽しむのだった。
木々に付いていた色づいた葉が落ち、通学路は色鮮やかな絨毯になっていた。
俺たちはその葉たちを踏みしめながら日常をスタートさせていた。
「髪、結構伸びたな」
「そう? まだまだじゃない?」
俺は、あの一件以来ずいぶんと長さを取り戻した髪の毛を見てそう言った。
確かに俺がよく知っている杏の髪の長さには及ばないが、長くなったことには変わりなかった。
「まあな。でも、もう短いとは言えないだろ?」
「まあ、ね」
そう言うと、くるりと回って長くなった髪をふわっと舞い上がらせる。
陽光に照らされた髪の毛の1本1本が、キラキラと輝いて見えた。
俺はその光景に思わず見とれてしまっていた。
「朋也って、長い髪好きだもんね」
「ああ」
「頑張ってもっと伸ばすからっ」
「おうっ」
確かに俺は長い髪が好きだったが、それは目の前にいる彼女の髪が長かったからだけなのか、
単純に長い髪が好きだったのかはよくわからなかった。
髪の長さに関わらず、杏が好きなことには変わりなかったのだから。
「でもさあ。何でクラスが離れ離れになったのよねえ」
「全くだな…」
2年のときは、偶然校門の前で会ったときなんかは、そこからバカ話をしながら同じ教室へと入っていったものだ。
でも今は、別々の教室へと入っていかなければならなかった。
そこが何となくもどかしい、というか腹立たしかった。
お互いの距離が限りなく近づいたからだったが。
「その分、昼休みが楽しみなんだけどね」
「全くだ」
学校で唯一、まとまった時間会えるのが昼休みだ。
杏と付き合いだしてから、昼休みが楽しみで学校に来ているようなものだったし…。
「じゃあな、杏。また昼休みだな」
「呼びに行くから、待っててね」
「ああ」
別れ際にキスくらいしたいところだが、登校時間でギャラリーが多すぎることで諦めている。
杏も毎日、名残惜しそうに抱えている俺の腕を離す。
ただ、俺の腕を抱きしめながらいつも登校しているわけで…。
既に全校公認のカップルになっているらしかった。
待ちに待った昼休みがやってきた。
冬が徐々に近づいてはいたが、風の穏やかな晴れた日には、絶好の弁当日和になる。
春や夏のそれとは異なる、柔らかな日差しが俺たちを包んでくれる。
「美味いなあ。やっぱ美味いよなあ」
毎日作ってきてくれる弁当に、今日も舌鼓を打つ。
「どんどん食べちゃってねっ」
そんな俺を、息すら届きそうな距離で見つめる杏。
杏のすごいところは、美味い料理を作れる、って言う次元じゃあなかった。
お弁当に入れて…つまり、冷めてもなお美味しい料理を弁当に作ってくれていることだった。
「毎日早起きさせてしまって悪いな」
これだけ美味くて、手の込んだ弁当を毎日作ってくれているということで、
杏自身の睡眠時間も削ってしまっているはずだ。
それを思うと、少し申し訳なく思う。が、
「何いってんのよ。こんなに美味しそうに食べてくれてるのに…。
あたしがその顔を見たくて作ってるのよ」
と、俺の心配を他所に嬉しいことを言ってくれる。
付き合い始めた頃は、まだこんな会話をしたらお互いが赤面してしまっていたが、
慣れた今では、そういう会話が楽しくなってくるから不思議なものだ。
俺の胃袋の大きさまで計算されたかのような、適量なお弁当を今日も楽しんだ。
食後。
おなかがいっぱいになると、決まって眠たくなるものだ。
「ふぁ」
俺が小さくあくびをすると、隣にいた杏が口を開いた。
「膝枕、してあげよっか?」
「おう、頼む」
足を崩して座る杏のふとももあたりに、俺は頭を預けた。
スカートの生地と、その下にあるふとももの柔らかな感触が俺を包んだ。
適度に冷たい空気と、弱めの日差し。
杏から伝わる温もりと合わさって、俺に至福の瞬間をくれる。
「気持ち良いな…」
俺は杏の上で寝返りを打つ。
「あたしね…。これが夢だったの」
いい具合にまどろんでいると、杏が呟くように言った。
「何が?」
俺がそう訊くと杏は、
「こうやって、朋也に膝枕してあげるのが、よ」
と言った。
「あたしね、アンタと同じクラスになったときに、授業をサボる朋也を探しに行かされたのよ」
「2年の時か?」
「うん。最初は面倒なことになったなあ、って思ったんだけど、
校庭で気持ち良さそうに寝てるアンタを見てると、だんだん怒る気にもならなくなってきてね」
「あたしのひざくらいなら、いつでも貸してあげるのになあ、って思ってたの」
「そうだったのか…」
俺は、単に授業がタルくてよく昼イチの授業はサボっていたが、よく杏が起こしにきたものだ。
その時に、俺のすぐ側で足を崩して座っている杏をよく見たものだ。
俺が目覚めたことに気付く直前の杏の表情は、何故かいつも穏やかだった。
「朋也の寝顔が可愛くって…」
「…」
さすがに、自分のことを「可愛い」なんて言われると照れてしまう。
「だからぁ。朋也を膝枕してあげて、朋也の可愛い寝顔を見ながら、あたしもウトウトするの。
で、あんまり気持ちよすぎて、午後の授業はサボっちゃうの」
自分の夢とやらを話す杏は、少し照れて頬が赤くなっていたが、すごく可愛らしかった。
「そんなのがあたしの夢だったの」
「…遅くなっちまったな」
「うん…」
お互い両想いだったのに、こういう関係になるのが随分遅れた気がした。
でも、その分今の幸せがあると思ったら、何でも無いような気もした。
「これから取り戻していけば良いしな」
「うん」
そのやり取りを最後に、俺は眠りに落ちていった。
昼休みの終わりを告げるチャイムを、遠くに聞きながら…。
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「…と、まあこういうわけだ」
俺は杏との日常を春原に語り尽くした。
「長々と話していたけど、結局どういう悩みなの?」
「ああ…。俺、今幸せすぎるけど、本当に幸せすぎて大丈夫なのかな?って」
幸せすぎて怖い、って気持ちを、今になって実感していた。
が、目の前の金髪にはそれが伝わらないらしく…。
「そんなの、僕の知ったこっちゃないっスけどねえ!!」
と、キレていた!!
「結局、単にノロけにきただけっスかねえ?!!!」
<終わり>
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いかがでしたか?
もうこのSSを書いた動機は、「杏に膝枕してもらいてぇぇぇぇぇぇ〜っ!!」のただ1点です(^-^;
もう少し色々と詰め込みたかった気がしますが、ある程度満足していますw
春原は毎回こんな役回りですね…。
感想や質問などがありましたら、
「SS投票ページ」「掲示板」にお寄せくださいませ。
やる気が倍増しますのでm(_ _)m
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