『岡崎家<第5話>』
毎日のように迎えてくれる声。
1日として同じ匂いのない、美味そうな料理の匂い。
俺は、久しく忘れていた心地よさを思い出していた。
−家族−
杏と風子が迎えてくれる音や匂いは、俺が最高に幸せだったあの頃を思い出させてくれた。
渚がいた頃の、このアパートで2人暮らしを始めてからの日々を…。
その日の夕食が終わり、後片付けも済んだ後、風子が突然とある提案をしてきた。
「岡崎さん。風子の家族になってくれませんか?」
その突拍子も無い言葉に、俺と杏は思わず顔を見合わせていた。
風子のその一言をキッカケにして、俺たちの関係も変わろうとしていた…。
「家族かぁ…。家族ねぇ……」
少し早めに風子が帰宅し、杏が誰に言うでもなく呟いていた。
風子の突然の提案。
赤の他人だった俺たちが「家族」になると言う事。
正直、何の実感も湧かなかった。
そもそも、俺たちの関係って何なのだろう?
仲の良い友人--。
確かにそうだ。
一つ屋根の下、飯を食って遊んで、こんな仲の良い友達が他にいるだろうか?
でも、それ以上の何者でもないはずだ。
「じゃあ、あたし帰るから」
「おう」
杏が家路についた。
「汐はどうしたい?」
寝床に入るなり、俺は娘に訊いた。
もちろん、風子が家族になることだ。
考えれば考えるほどおかしな話だったが、クソ真面目にそう訊いていた。
「…よくわからない」
「そうか…」
それもそうだ。
俺自身が混乱しているのに、わずか4年しか生きていない人間がわかる問題ではないのだろう。
しかし意に反して、汐はこうも言ったのだった。
「でも…すごくたのしそう…」
楽しい…、か。
「どうしてそう思う?」
「だって、かぞくがふえたほうがたのしい。ふうこおねえちゃん、たのしいから」
「そっか…」
俺は汐と2人きりの生活を始めてから、ほとんどすべてのことを娘のためにと思ってやってきた。
だから、汐がそう思うのならその思いに応えてやりたい。
「わかった。じゃあそうしようか」
「うん」
明日来たときにでも話してみよう。
滑稽だけど、汐が望んだことを。
次の日。
晩ご飯を4人で囲んでいたとき。
俺は昨晩決めたことをみんなに話した。
「…というわけで、風子を家族にすることは俺も汐も異論は無い。
で、良いのか?風子」
俺は風子に向き直って言った。
すると風子は、
「よくはわかりませんが、これで風子は岡崎さんの奥さんということですねっ」
・・・・・・・・
「へっ?」
俺は思わずマヌケな声を発していた。
いや、単に口から漏れただけのようなものだ。
「い…今なんて言ったの?」
この声は右隣にいる杏だ。
俺ほどでは無いにしても、驚きを多分に含んだ声だった。
「岡崎さん、前に言いました」
杏の問いを聞いているのかいないのか分からなかったが、風子は続けた。
「風子に、亡くなった奥さんを重ねてしまう、と」
「ああ…」
ほとんど風子に言わされたようなものだったが、渚の面影を少しは風子に感じたのは事実だった。
「だから、岡崎さんの奥さんです」
今までの風子の言動と行動からして、ありえない話では無かった。
が、そこまで暴走しているとは思わなかった。
要約(?)すると、風子は俺の再婚相手?????
「岡崎さん。決めた以上は責任取って下さいっ!」
そんな決意表明をされたが、右隣からは殺気めいた禍々しいオーラが感じられた。
「と〜も〜や〜ぁ。あんたねえ〜…」
何を勘違いしたのか、杏が尋常でない怒気を含んで俺を睨みつけていた!
「まてっ、杏! 誤解だっ!!」
この場に留まっては、食卓が大惨事になることが容易に想像できたため、
咄嗟に杏の腕を掴んで、部屋の外へと連れ出した。
「どういうことっ? あんた風子ちゃんに何したのよっ!」
さっきよりは多少冷静さが感じられる言葉にはなっていたが、それでも怒りが溢れ出ていた。
「誤解だっ。俺は風子には何もしていないっ!」
こういう時には、事実を的確に伝えてやるのが一番だ。
だから俺は、端的に答えてやった。
「えっ? 何も無いの?」
この一言で簡単に信じてしまうほうも問題だとは思うが、それでも信じてくれたことで話がしやすくなった。
俺は、事の経緯をかいつまんで話してやった。
すると杏も納得してくれたようで、
「まあ、まさか朋也がそんなことするはず無いとは思ったけどね」
という感じでわかってくれたようだった。
「取り乱しちゃってゴメンね」
「ああ。わかってくれたら良いんだが」
お互い冷静さを取り戻したところで、食卓へと戻った。
「お2人、何をしてたんですかっ」
戻るやいなや、風子が俺たちによくわからない追及をしてきた。
「いや…な」
「…ねっ」
バツの悪そうに2人で向き合ってしまった。
俺は説明するのが面倒なだけだったが、杏はあらぬ想像をしてしまったことに対する気恥ずかしさから、
何も言えないようだった。
「まあいいです。それより本件です」
どうやら、風子の追及は終わったようだった。
「岡崎さんの奥さんになる件、了承していただけますかっ」
それよりも問題の件が残っていた。
ひとしきり悩んだ後、俺はふと疑問になったことがあったので聞いてみた。
「風子。お前が俺の奥さんになるってことは、汐のお母さんになるってことでもあるんだぞ?」
俺は言ってみてから、その光景を想像して噴き出しそうになった。
精神年齢でいったら大して変わらない二人が母娘なのだ。
そこまで風子が考えていたとしたら、対して効果の無い一言だったのだが…。
「気が付きませんでした…」
思わず、俺と杏はズッコケそうになった!
「風子は、汐ちゃんのお母さんにはなれません…」
今までの、使命に満ちたような眼差しから一転、視線を下げて明らかに落ち込んでいた。
「料理も満足に出来ませんし、家事も1人ではこなせません…」
今日までも、風子が1人ですべてを準備していたことは無かった。
杏がいる時は杏が料理をほとんど作っていたし、いないときは、出来る範囲で下準備をしていたくらいだった。
それをコンプレックスに感じていたとは思わなかったが。
食卓を、重い空気が流れる…。
その空気を断ち切ったのは、言い出しっぺの風子だった。
「決めました。風子は、汐ちゃんのお姉さんと言うことで良いですっ」
まあ、無難な線だった。
風子と汐の関係は、どう見ても『母娘』というよりは、『姉妹』だったからだ。
ただそれだと、俺と風子の関係が変わってくる。
「なら、風子は俺の娘ってことになるけど?」
同い年の娘ってのは明らかに無理があったが、何故かそっちのほうがしっくりくるから不思議だ。
「問題無いですっ。杏さんが岡崎さんの奥さんになれば良いのでっ」
・・・・・・
「え〜〜〜〜っ?!」
驚き、慌てふためく杏を差し置いて、風子は汐に語りかけていた。
「汐ちゃんはそれで良いですか?」
「うんっ。すごくたのしそう」
<第5話終わり→第6話に続く>
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どうだったでしょうか?
今回は遊びの部分があまり無く、当初予定していたストーリーを進めるだけ?になりましたが…。
ここまで進んで、ようやくこの連載SSは軌道に乗ってきたと言う感じだったりします。
風子の暴走っぷりと、汐の順応度、朋也と杏の振り回されっぷりを堪能していただけたら幸いですw
また、感想とかあったら、「SS投票ページ」や「掲示板」とかに寄せていただけると嬉しいです。
2万HITも間近なんで、頑張って更新していきたいですね。
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