『岡崎家<第6話>』
「え〜〜〜〜っ?!」
「汐ちゃんはそれで良いですか?」
「うんっ。すごくたのしそう」
片や冷静な会話。
片や驚愕の声。
そして、俺自身は割と冷静だった。
風子でなければ、次は杏が俺の再婚相手?
全く風子には振り回されっぱなしだ。
付き合いはそれほど長くないのだが、何故か風子の考えとかペースと言うものは、
俺の身に染み付いているように慣れていた。
すべてを真に受けていたら身体…ではなく、心が持たない。
でも、今の反応を見る限り、杏にはそんな耐性は身に付いていないようだった。
「ちょちょ…ちょっと待ってよっ!? あ、あ、ああ、あたしが朋也の奥さんって?!」
ちょっと…いや、かなりのうろたえ方だったが、杏が混乱していることは明白だった。
こんな杏、俺は見たことが無かった。
「はい。岡崎さんと杏さんならお似合いだと思いますっ」
「お、おおおにあいって〜〜」
風子がダメ押しの言葉をぶつけると、杏は顔を真っ赤にして…倒れこんだ!
まるで、ギャグマンガを見ているような展開だった。
「あれっ? どうして杏さんは倒れてしまったんでしょうか?」
不思議そうに風子は倒れこんだ杏の顔を覗き込んでいた。
「さあな」
俺も真意のほどはよくわからなかったので、適当に相槌を打っておいた。
「…かわいそう……」
ひとり汐だけは、心配そうにそう呟いていた…。
「家族ごっこです」
ようやく目覚めた杏に、風子が自身の発言についての説明をしていた。
「…ごっこ?」
「そうです。家族ごっこです」
それもそうだ。
赤の他人(と言っても仲は良いが)が家族になろうとしたら、
結婚でもするか養子に取るかしか方法は無いだろう。
ましてや、同い年の人間を養子に取れるのかどうかもよくわからない。
戸籍上、4人が本当の家族になるのは難しい、ということだ。
だから、あくまで「ごっこ」なのだと。
俺はそういう風に(勝手に)解釈した。
風子がそこまで考えているとは到底思えなかったが。
納得したのかしてないのかはわからなかったが、
とりあえ杏が落ち着いたところで、風子が経緯を話し始めた。
「風子は、家族がどんなものかを知りません」
「えっ?! どういうこと?」
突然の告白に、杏は驚きの声をあげた。
「家族は、おねぇちゃんしか知りません」
「おねぇちゃんって、この前の公子さんのこと?」
「はい」
じゃあ、と言いかけて杏は口をつぐんだ。
おそらく事情を感じ取ったのだろう。
「だから、家族ってどんなものかを知りたいんです」
「……そっか」
しばらく悩んだ後、杏は、肯定と取れないことも無い言葉を呟いていた。
本質的には優しい杏のことだから、そういう風子の事情を知ってしまえば、
無下に拒否することはしないだろう。
「ちなみに、俺も汐も片親だ」
「あっ…」
俺も追い討ちをかけるようなことを言ってしまっていた。
風子と目が合ったときに、何故かアイコンタクトをしてしまっていたのだ。
風子からの「もう一押しですっ」というメッセージを受けて言ったのだった。
「だから、杏がやってくれると嬉しい」
これは本心からでもあった。
俺と汐、風子と杏の4人で過ごす時間は、その誰もが欠けても楽しさが半減してしまうと思ったからだ。
杏は何を思ったのか、少し頬を赤らめた後、決心したかのようにこう言った。
「…わかったわ。家族ごっこ、やるわ」
その言葉を聞いて、風子と汐は手を取り合って、
「良かったですねっ、汐ちゃん!」
「うんっ。よかった」
喜んでいた。
俺も、
「と言うわけで、よろしくな」
そう言って、手を差し出した。
すると杏もそれに応えてくれ、
「まあ…、よろしくね」
差し出した手を握ってくれた。
帰り際、風子は俺に向き直って言った。
「明日から、岡崎さんの家で生活します。家族ですから」
「…ここでか?」
「はい」
どうやら、風子は家族と言うことで、このアパートで生活をしたいらしかった。
「朝起きるのも、夜寝るのも一緒です。家族ですから」
どうやら、本当に家族のように過ごしたいらしかった。
「朝から晩まで風子と一緒です。どうですか?汐ちゃん」
汐は幼稚園に行くだろうから、朝から晩まで一緒にいることはなかろうが…。
「うん。まいにちおもしろそう」
どうやら風子は、既に汐を手中に収めたようだった!
風子にとっては、同い年の男と一つ屋根の下で寝食を共にすることなど、大したことではないのかもしれない。
しかし、大したことでないわけにはいかない人物も混じっていた!
「…それって、もしかしてあたしも含まれているわけ?」
少し驚いたような、そして怪訝な表情をして風子に聞いていた。
が、もちろん風子の答えは…。
「当然ですっ。家族ですから」
だった!
風子は、割と自分で決めたことは貫き通そうとするところがある。
一度「家族ごっこ」をやると決めたからには、簡単に考えを曲げたりはしないだろう。
…どうしてこんな、手にとるように風子の性格がわかるのか、自分でもわからなかったが。
「じゃ…じゃあ、あたしもこの家で寝るわけ?」
「当たり前ですっ。別々の家で寝ていたら、それは家庭崩壊してますっ」
その風子の言葉を聞いて、杏はまた顔が真っ赤になった!
「そ…そんな……、だって…あたし……」
すっかり風子のペースにはまってしまって気付かなかったが、今の杏の反応が本当は正常なものなのだろう。
同い年の男と一つ屋根の下で寝食を共にすることは、恋人や家族以外では普通考えられないだろうから。
「…そ、その……朋也はどうなのよ?!」
完全に混乱してしまった杏は、俺に話を振ってきた。
「あ、あたしと、同じ部屋で寝ても良いわけっ?!」
「俺か?」
「そうよ」
自分の気持ち…。
あまり考えたことが無かった。
とは言え、杏とはそんな関係でも無いわけだし、そういうことを意識しないで付き合える関係だと思っていた。
だから、俺は…。
「別に構わないけど」
そう答えた。
「朋也…。あんたってどうして……」
杏は何かを俺に言いたそうにしていたが、その言葉をぐっと飲み込んだ。
そして言った。
「…わかったわよ。あたしもこの家で暮らすわ」
その言葉を聞いて、風子と汐は、何故かほっとしたように息をついた。
俺としても、杏が参加してくれるのは大歓迎だ。
「朋也」
冷静さを取り戻した杏が、俺に何かを訊いてきた。
「どうした?」
「あのさ…。4人が寝る布団ってあるの?」
布団…。
狭いアパートだ。俺と渚、そして汐が寝る布団さえあれば十分だと思っていた。
だから…。
「大人用の布団が2つと、子ども用の布団が1つある」
そう言うことだ。
「全然足りないじゃない!!」
「だな…」
どう考えても、大人用の布団が3つは要るはずだ。
2人して悩んでいると、風子が俺たちに向かって、
「風子は汐ちゃんと一緒に寝るので、1つあれば良いです」
そう告げていた。
それでも、
「子ども用布団じゃあ小さいだろ?」
いくら風子が小柄とは言え、子ども用に収まるかどうかは微妙だった。
が、風子は、
「心配要りません。風子は汐ちゃんの体温がありますので問題無いです」
と、やや怪しげな答えを言った。
「ね? 汐ちゃん」
「うん。いっしょにねる」
どうやら、本気で汐は風子のことを気に入っているらしかった。
「でも、パパともいっしょにねたい」
やっぱり娘は、俺の本心もわかってくれていたようだ!
「せんせいともいっしょにねたい」
標的は、杏にも向けられているようだ。
「じゃあ、日替わりで一緒に寝よっか?」
「うんっ」
その光景をぼうっと見ていた。
汐が好きな3人と、
3人の汐好きな大人(?)。
汐が知らなかった家族の温かさが、もしかするとここにはあるのかもしれなかった。
渚がいない今、俺が汐にしてやれることは、汐が幸せだと感じられる空間を作ってやることくらいだから。
理想とは違う形かもしれないが、一つの形が出来つつあるような、そんな気がした。
「じゃ、電気消すわよ〜」
「はいっ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ〜」
そうして、俺たちの「家族ごっこ」が始まった。
<第6話終わり→第7話に続く>
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前話からの続きみたいな形になりましたが、これでようやく「岡崎家」という形がスタートしたことになりました。
ここまでは長い前フリですw
杏には思いっきり振り回されてもらってますが、元々自分のことや朋也のことになると脆いところのある娘さんなので、その辺利用させてもらってます(^-^;
一つ屋根の下で4人が生活するわけですが、朋也はあんな感じなので、何か過ちがすぐに起こるわけではもちろんありません(^-^;
そう言えば、第5話のときの後書きで「年内あと2つくらいSSを掲載したい」って書いてましたが、あっさり達成してしまいましたねf(^_^)。書けるときはこんなものですw
では、感想など万が一ありましたら「掲示板」やら「SS投票ページ」なんかに書いてください。
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