『岡崎家<第7話>』
季節は過ぎ、木枯らしが冬と言う季節を運んできた。
端から見ると奇妙に映ったはずの「家族ごっこ」が始まって一月余りが経った。
最初の頃こそ、寝る場所がどうとかでぎゃーぎゃー言うやつがいたが、
風子が家から布団を持ってきたことにより解消してしまった。
今では、大人用の布団を3つ並べて敷いている。
部屋の広さから言うと限界だったが、汐がそう望むので同じ部屋にしている。
そして当の汐は、日替わりで誰の布団で寝るかを決めているらしい。
寝る前になると、3人の大人(?)による汐勧誘合戦が始まるわけだが、
選ばれればガッツポーズ、選ばれなければ意気消沈して寝ることになるのだった。
「…うーん。きょうはせんせい」
「聞いたっ? 汐ちゃんはあたしをご所望のようよっ」
「くそぅ」
「負けました…」
「じゃあ先生と一緒に寝ようね」
「うんっ」
「…仕方がありません。ショックなので風子はパパを取ってしまいます」
「? どういう意味だ?」
「岡崎さんと一緒に寝ます」
「待てっ!!」
こんなこともしょっちゅうだった。
そういうときは、
「岡崎さん。汐ちゃんと寝るときみたいにしてください」
「どうしたら良いんだ?」
「抱きしめてください。風子も岡崎さんの娘ですから」
「…ああ」
風子が汐に選ばれなかったときは、余ったほうと寝ることが多かった。
俺が選ばれなかったときは俺の布団で寝るのだが、風子越しに見える杏の表情が、
なぜかいつも複雑なものなのが不思議ではあった。
当の風子は、「仕方が無い」と言う割には嬉しそうに寝ているし…。
朝。
起きると、俺は1人別室へと隔離される。
ふすま越しに女性陣3人の会話が聞こえる――。
「わっ。杏さん、胸が大きいですっ」
「えっ?! そ、そう?」
杏ってそんなに胸あったっけ?
普通くらいだと思ったが…。
「風子のと比べてみてくださいっ。月とすっぽんですっ」
その例えは微妙に違うと思うが…。
「風子ちゃんだってこれから大きくなるわよ」
「そうですか? 風子も杏さんたちと同い年です」
「……そうよね」
信じられないが。
「で、でも風子ちゃんだって、公子さんくらいは大きくなるんじゃない?」
胸の大きさは、結構遺伝的なものもあると思う。
風子も公子さんくらい…つまり、人並みくらいの大きさになる余地はあるだろうが。
「汐ちゃんもペタンこですねっ」
当たり前だ……。
5歳児に胸があったら大問題だ。
「…でも、汐ちゃんも早苗さんくらいにはなるかもねっ」
早苗さんの胸の大きさはどのくらいなのか…。
渚よりは大きかったように思うが。
…と言うか、俺もこんなことで嫁さんとその母親のことを考えるなんて、最低だな。
「…べつにおおきくなくていい」
ようやくアホアホトークに、汐が幕を引いたようだった。
クリスマス・イヴの日。
もう幼稚園が終わって解放された汐と杏、そして年中ヒマそうな風子の3人で、
クリスマスの飾りつけをするらしかった。
俺は仕事だったが、やはり1人疎外感を感じてしまった。
まあいい。
今日は町で一番美味しいと評判のケーキ屋で予約した、超豪華なケーキを土産に持って帰る予定だ。
もう一つ土産はある。超レア物だ。
それを見て驚くがいい。
そんなアホなことを考えつつ、俺は仕事場へと向かった。
「ただいま〜」
俺は、両手に土産を抱えながらアパートのドアを開けた。
すると…。
ぱーん。
ぱぱーん。
突然響くクラッカーの音。
「メリークリスマスっ」
「めりくりですっ」
「めりくりめりくり」
クリスマスの準備をしていた3人が、盛大に迎えてくれた。
3人揃って、とんがり帽子を被って着飾っていた。
「…それに」
杏が加えて何かを言おうとしていた。
しかし風子が先に口にしていた…。
「渚さんのお誕生日もおめでとうですっ!!」
「あーっ?! あたしが言おうとしたのに〜」
みんな、知っていてくれていたのだ。
俺は胸が熱くなった。
「…で、朋也もケーキ買ってきたの?」
杏が俺の片方の包みを差して言った。
「ああ。駅前のあのケーキ屋のだ」
俺は誇らしげに言ってやった!
しかしっ!!!
「あ〜〜〜〜〜〜〜っ、やっちゃった〜〜〜〜〜っっっ!!!」
杏はテーブルのほうを指差した。
するとそこには…。
「超豪華なデコレーションケーキがダブルですっ」
俺と杏は、どうやら全く同じケーキを注文していたようだった。
迂闊だった。
が、子どもたち(?)2人は…、
「これだけあったら、ケーキ食べきれませんねっ。どうしましょうっ」
「…こまった。けどすごくうれしいっ」
とても幸せそうだった!
「…なんか喜んでくれてるみたいだし…ね」
「そうだな…。良かったかもな」
買ってきた俺たちも嬉しくなるくらいだった。
その日は、杏が腕によりをかけたクリスマスディナーが食卓を埋め尽くした。
普段は作らないような余所行きの料理の数々だったが、どれも破格の美味さだった。
「こんなクリスマス&渚の誕生日って、いつ以来だったかな…」
思えば、汐とクリスマスや渚の誕生日を祝ったことなんか、一度も無かったのだ。
これが初めての記念日。
そう考えると、何か感慨深いものがあった。
「岡崎さん。もう一つの包みは何ですか?」
風子が、俺のもう一つの土産を指差して言った。
これは…渚が好きだったものだ。
「汐にはわからないかもしれないものだな」
俺は包みを解いて取り出した。
「これだ」
手にしたのは、丸くて少し潰れたようなぬいぐるみ。
「だんごですっ」
「だんご大家族かぁ。懐かしいわね」
「だんごっ、だんごっ」
だんご大家族のぬいぐるみだった。
今や作っているところも無かったのだが、この日のためにネットで所在を調べて、
ようやく手に入れたレアカラーのものだった。
配達場所も職場にする念の入れ様だ。
これで4つ。
偶然にも(?)、今この部屋にいる人間の数と同じになった。
「どれが渚さんなんですか?」
寝る直前、風子がそう訊いてきた。
俺は、とりあえず最初からあるだんごのぬいぐるみを取ってきた。
「これだな」
毎晩、渚が抱いて寝ていたであろう、一番古びたぬいぐるみ。
渚の匂いや温もりが染み込んだぬいぐるみ。
「一緒に寝たいですっ」
そう風子が提案した。
すると杏は…。
「じゃあ、今日はみんなで一緒に寝る?」
今までの杏なら、あまり考えられなかったようなことを言った。
ただ俺たちも、その提案に賛同した。
「うんっ」
「はい。それが良いと思いますっ」
「そうだな」
この夜は、4人が出来るだけ身体を寄せ合って、布団2つ分くらいのところで寝た。
真ん中には、今日の主役である渚…を見立てただんごのぬいぐるみを置いて。
「あいつ…寂しがりやだから、きっと喜んでるぞ」
「喜んでくれていると思いますっ」
「…ママ……」
「そうだと良いわね…」
渚を合わせ、5人で寝ているせいか寒くは無かったが、窓の外には白く輝くものが舞い降りていた。
夢を見た。
俺と汐、そして渚の3人で、手を繋いで出掛けていた。
――叶わなかった夢。
――好きな人と築く、幸せな家族の絵。
しかし、汐と手を繋いでいたはずだった渚は、いつしかその手を離していた。
「…ママ?」
娘の呼びかけに対して、目配せで答える渚。
すると、俺たちは何時の間にか、杏・風子と手を繋いでいた。
渚の姿が遠くなる。
俺は叫ぼうとした。
汐も何かを言おうとした。
しかし、渚はそれらを遮ってこう言った。
「…もう、大丈夫ですよね」
俺には一瞬、意味がわからなかった。
「朋也くんもしおちゃんも、すごく幸せそうです」
そう言う渚の表情は、何にも変え難いくらいに穏やかだった。
渚は、俺たちの幸せをずっと願っていたのかもしれなかった。
俺の甲斐性の無さから遠回りしたが、ようやく渚が安心して見ていられるような状態になったと言うことだろうか。
「ああ、そうだな…」
俺は渚に対してそう答えた。
「うんっ」
汐も俺に続いた。
夢はそこで終わっていた。
渚はいつでも俺たちを見守っていてくれている。
そう確信できた1日だった。
<第7話終わり→第8話に続く>
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渚の誕生日記念のSSですが…。
「追悼SSなんですけどっ??!」って感じで…(^-^;
渚が存命なSSも書けるはずだったんですが、どうにもこっちが進んでしまって…。
ちょっと駆け足気味ですが、それなりに書くことを詰め込めて満足していますw
「岡崎家」シリーズは、これから季節ネタを含めてやっていきたいと思っています。
また、感想や要望などがあれば「SS投票ページ」や「掲示板」にお書きくださいm(_ _)m
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