『終末世界#智代1』 
  
 どさり。 
 崩れ落ちる人影。 
 つい先ほどまで「人」だったもの。 
 今は無機物。 
 温もりを発しない、ただの「モノ」に変わった。 
  
 この手で終わらせた。 
 「生ける者」としての生涯を。 
 掌に残る感触。 
 骨を叩き潰し、内蔵を破裂させた感触が。 
 その感触に酔っている自分がいた。 
  
 私にも信念はあった。 
 生きているだけ無駄な存在、 
 地球を食い荒らしているだけの存在。 
 そんな存在を葬り去っているのだと。 
 この星にとって害を為すものなど、消すことが正しいのだと。 
 でも本当は、そんな口実を作って殺しを正当化しているだけなのかもしれない。 
  
 だって、殺している時の自分が一番生き生きとしているのだから…。 
  
 そして祭りの後は、喪失感と自己嫌悪が頭を支配していった。 
  
 「…また、殺ってしまったのか……」 
  
 記憶が無いわけではなかった。 
 ただ、高揚した気持ちが一気に下がり、後悔に近い感情が強くなる。 
  
 毎日、この繰り返しだった。 
  
 そんな私にも、大義名分はあった。 
 私が殺めている人間どもに共通するもの。 
 それは…木々を伐採する者たち。 
 中でも、私の宝物にまで手をつけようとする輩たちだ。 
  
 世界は、未曾有のエネルギー危機に瀕していた。 
 石油・天然ガスはとうの昔に掘り尽くし、石炭も枯渇の寸前だ。 
 原子力は、平和利用以上に兵器として使われる危険性を考えて廃棄された。 
 太陽光や風力などの自然エネルギーは、コストの問題とかで研究が進まず実用化できなかった。 
 そこで、注目されたのが「木炭」だ。 
 要は、その辺に生えている木々を炭にして、それをエネルギー源として使用するのだった。 
 あろうことか、街路樹にまで目をつけ始めた。 
 そして、あの桜並木まで…。 
  
 あの桜並木に手をつけようとする輩たちを、毎日のように手にかけているのだった。 
  
 そんな毎日が続いていた。 
 心は荒みきっていた。 
  
 街路樹などを切っても、ほとんど足しにはならないらしかったのだが、 
 目先のことしか考えない輩が多すぎた。 
 だから私は、毎日のように殺戮を繰り返した。 
  
 どちらが本当の私なのか、もはやわからなくなりつつあった。 
 そんな私を、辛うじて繋ぎとめてくれる存在がいた。 
 鷹文……弟だ。 
 弟の願いのために、私は生きているのだ。 
  
 「ただいま」 
 家に帰る。 
 そこには、家族など無かった。 
 当の昔に破壊されてしまっていた。 
 いるのは弟だけだ。 
 私と、弟の2人だけの空間でしかなかった。 
 「おかえり。お姉ちゃん」 
 弟は、身体が不自由だった。 
 過去に遭った事故の影響なのだが、そのため外出することはほとんど無かった。 
 だから、食料の調達など、身の回りの世話のほとんどは私がしていた。 
 「ほら、食事だ」 
 「…いつもごめんね、お姉ちゃん」 
 「気にするな。好きでやっているんだ」 
 ただその世話は、全く気にならなかった。 
 むしろ、それを生きがいにしている自分がいた。 
  
 ここへ帰ってくれば、私は1人の人間として、普通に戻れるのだ。 
 1人の姉として、弟の前で振る舞えるのだ。 
  
 食事も終わった頃、弟は私に訊いてきた。 
 「…今年は桜、咲くかなあ」 
 「………どうだろうな…」 
 桜――。 
 それはもちろん、私が守ろうとしているあの桜並木のことだ。 
 あの桜は、もう何年も咲いてはいなかった―――。 
  
  
  
 異常気象は、桜にまで影響を及ぼしていた。 
 いわゆる、四季が無いために桜が咲かないのだった。 
 樹が秋を感じないために落葉が無く、越冬→開花というサイクルが回らなくなっていた。 
  
 「また、桜が咲いたら花見しに行こうね」 
 「…ああ」 
  
 弟の願い。 
 私の願い。 
  
 ――また2人で、満開の桜並木の下を歩くこと。 
  
 そんなささやかな願いが私たち2人の願いだった。 
  
 だから、私はあの桜並木を守っている。 
 しかし、それが無駄なことだと言うことを、私は気付きつつあった。 
 あの桜は、二度とその花を開くことは無いだろう。 
 永遠に、美しい姿を見せることは無いだろう。 
 そんな桜を守っている私は、一体何をしているのだろう。 
 そう自問自答を繰り返す毎日だった。 
  
  
  
 その日もまた私は桜並木の下に立っていた。 
 連中は、何故か夜には来なかった。 
 明るい昼間を狙ってやってきていた。 
 恐らく、明かりに使うほどのエネルギーが無いのだろう。 
 そのくらい、エネルギー危機は深刻だった。 
  
 私は、並木の向こうに目をやった。 
 立ち並ぶ桜並木。 
 青々とした葉を太陽に向け、光を浴びつづけていた。 
 本来なら、来るべき冬に備えた行為のはずだが、その季節はやって来ないのだ。 
 それどころか、葉が青い状態すら変わることを許されない。 
 拷問されているように見えた。 
  
 並木を抜けるとそこは学校。 
 少し前まではそこに通っていた自分がいた。 
 だが、桜並木を荒らそうとしている連中が出現し始めてからは行っていない。 
 もっとも、もう学校と言っても何も機能はしていない。 
 教師たちや多くの生徒たちは学校を、この町を去り、宇宙移住の順番待ちをしている。 
 もはや地球に希望が見出せないからだ。 
 地球では何も生み出せない。 
 そう考えているからだ。 
 だから、学校に通う生徒などほとんどいなかった。 
 学校に通っている生徒は、よほどの物好きか、私のように学校が好きな生徒だけだった。 
  
 私が並木の見張りをしているときにも、数人の生徒とすれ違うことがある。 
 ただ皆、私の殺気を感じてか、関わりたくないのかわからなかったが、目すら合わせようとはしなかった。 
 当然か。 
 私がここで何をしているのか、知らない生徒はいないだろうから。 
 ただ、この日は違った――。 
  
 坂の下から、小さな人影が近づいてきた。 
 シルエットから、恐らくは女子生徒だろう。 
 頭の上には、1本のアンテナのように、髪の毛が天を向いていた。 
 おかしな髪型をしているものだ。 
 まあ、どうせ私には関わりたくないだろう。 
 そう思い、わざと目を逸らした。 
 しかし、その女子生徒は私の方に真っ直ぐ近づいてきて、私に話し掛けてきた。 
 「あの…、ここでいつも桜並木の番をしているのは、あなたですか?」 
 声を掛けられたことなど一度も無かったから、私は驚いて声の方に振り向いた。 
 「どうして私に話し掛ける?!」 
 「凄く興味があったからです」 
 我ながら変なことを訊いたものだが、その女子生徒は驚く様子も無く、当然の答えをしていた。 
  
 改めてその女子生徒を見た。 
 小柄で華奢な体型。 
 とても、私には敵いそうも無かった。 
 だが、私に全く物怖じする様子は無かった。 
 いったい…。 
  
 「何者だ?」 
 「はい。宮沢有紀寧と言います」 
 「私は、坂上智代だ」 
 「智代さん、ですね」 
 「有紀寧、か」 
 「はいっ」 
  
 こうして、私は有紀寧と出会った。 
 停滞していた歯車が、ぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと回り始めていた。 
  
 <『終末世界#智代1』終わり→『#智代2に続く』> 
  
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 さて、智代編第1話を掲載したわけですが、有紀寧と出会っただけしか書けませんでしたm(_ _)m プロローグの続きみたいですね。すいません。 
  
 一応構想としては、智代と有紀寧を軸に書いていくつもりです。 
  
 今後の展開についての注文とか、何となく感想とかあれば「掲示板」とか「SS投票ページ」にお寄せください。 
 まあここまでだと何も無いでしょうが。 
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