『岡崎家<第10話・春原兄妹訪問編・前編>』 
  
 慌しい大晦日&元旦が終わった。 
 よくはわからないが、杏のことばかり考えていた。 
 大晦日の夜、年を跨いで抱きついてきたこと。 
 元旦に、オッサンに言われたこと。 
 今日までにこの家で起こったことのすべて。 
 本当にあいつは、ここに来て何をしたいのだろうか? 
 そして、今のあいつは本当に幸せなのだろうか? 
 あいつにとっての俺は? 
 俺にとってのあいつは? 
  
  
  
 「かぁ〜っ。タスキが繋がったら面白くもねえじゃねぇか〜っ」 
 三が日の三日目。 
 俺たちはまだ古河家に居座っていた。 
 早苗さんのお願いのためでもあったが、杏が二日目に極度の二日酔いを発症してしまい、 
 もう一日の古河家滞在を決めたのだった。 
 それを言ったら、早苗さんもオッサンももの凄く上機嫌になったのだが。 
 そして今は、正月名物の駅伝を見ている。 
 タスキが繋がらないことでドラマ性を感じるオッサンにとって、 
 すべての学校がタスキを最後まで繋げた今年の駅伝は、つまらないものだったらしかった。 
 「確かにな。見せ場が一つも無くなるからなあ」 
 実は俺もそう思っていたので、相槌を打っておいた。 
 そう言うとオッサンはますます上機嫌になって言った。 
 「そうだろっ。そう思うだろ、息子よっ!!」 
 本来なら転げまわりたいところだが、オッサンにがっちりと肩を組まれているので、そうは行かなかった! 
 こうなると反撃するしかない。 
 「そう思うよ、お義父さんっ!」 
 「ぐあぁ〜〜〜〜〜〜っっ」 
 「おいっ! 俺を巻き込むなっ」 
 オッサンは肩を組んだままの俺を見事に巻き込んで転げてしまった! 
 「さすがに仲良いわね〜」 
 その光景を、二日酔いからようやく蘇生した杏が、ニヤニヤしながら見ていた。 
  
 「邪魔したな」 
 「いいや。ここはお前の実家なんだから、いつでも来い」 
 「ああ」 
 その日の昼前になり、俺たちは家に戻ることにした。 
 同じ町内だし、そんな大層なことは無いのだが。 
 「またいつでも来てくださいね、朋也さん」 
 「はい、早苗さん。ホント、色々すいませんでした」 
 「何言ってるんですかっ。まだし足りないくらいですよ」 
 「ははは。じゃあ今度来た時にお願いします」 
 「はいっ。お待ちしてますね」 
 オッサンも早苗さんも笑顔ではあったが、どことなく寂しそうだった。 
 やかましいだけが取り得みたいな俺たちだったが、そう思ってくれるなら来たかいがあったってものだ。 
 「お世話になりました。また来ます」 
 「おう、また来いっ」 
 「今度はヒトデ飛ばし、負けませんからっ」 
 「ふっ。楽しみにしているぞ…」 
 「はいっ」 
 風子は、俺の知らないところで、オッサンと妙な対決をしていたみたいだった。 
 「早苗さん。今度来たときには、ビーフシチューのレシピを教えてくださいね」 
 「良いですよ。でも、藤林先生のレシピと交換ですよ?」 
 「あたしのなんかで良かったら、ですけど…。良いですか?」 
 「はい。楽しみにしてますねっ」 
 杏と早苗さんは、お互いの料理の情報交換をしているらしかった。 
 2人の料理が融合したら…それはとんでもなく凄い料理が生まれるだろう。 
 次回が楽しみだ。 
 「汐、あいさつしておこうな」 
 「うんっ。あっきー、さなえさん。ばいばい」 
 「ばいばい。またね、汐」 
 「また来いな、汐」 
 「またくるっ」 
 徒歩で30分以内の場所にいるというのに、俺たちはやけに大げさな別れをした。 
  
  
 2日ぶりに、我が家(と言ってもアパートだが)に戻ってきた。 
 階段を上がり、2階の廊下に差し掛かったとき、俺たちの部屋の前あたりに、2つの人影があるのに気付いた。 
 男と女…らしかった。 
 「あれっ? 誰かいるわね」 
 「誰でしょうか…」 
 「…あやしい……」 
 皆その人影を認識したようだ。 
 汐があやしい、と言っているのは、知らない人=怪しい人と思うこと、と言う日頃の教育の賜物だ。 
 しかし、とりあえず部屋の前まで行くことにした。 
 俺たちに気付かないのか、その2つの人影は三角座りをしたまま会話をしていた。 
 「お兄ちゃん…。ここじゃ無いのかな?」 
 「何言ってるんだ。ここじゃなかったら岡崎たちは失踪してることになるんだぞっ」 
 「ええ〜っ!! って、お兄ちゃん大げさ過ぎるよ…」 
 「いいやっ。岡崎たちは借金苦の果てに、正月なんてめでたい日に家族で蒸発して…」 
 何やら失礼な虚言が混じってきたので、そろそろ制裁を加えてやることにする。 
 ぶんっ。 
 そう思い、一歩踏み出した瞬間、俺のすぐ側を何かがかすめて行った。 
 ぐわしゃっっっ。 
 人間に、とてつもなく重く堅いものがめり込んだ音がした!! 
 「ぎゃぁ〜〜〜〜〜っっ」 
 失礼な虚言をした男の断末魔の叫び。 
 その顔には、"広辞苑"と書かれた書物が突き刺さっていた! 
 「だぁ〜れぇ〜が借金苦で蒸発ですってぇ〜〜っ?!」 
 後ろから、殺気を含んだオーラを発した人物が近づいてきた。 
 説明するまでも無く杏だった。 
 その顔は…俺はまず見た事のないような鬼の形相だった! 
 「ひいいいいっっっっっ。この感触、そしてその声は……藤林杏っっ!!!!」 
 驚くことに、その失礼な男は杏の名前を知っていた。 
 しかし、その言葉は杏の燃えさかる火に油を注ぐ結果となった! 
 「アンタなんかに…呼び捨てにされる筋合いはないわよっっ!!」 
 「ひいいぃぃっっ!!!」 
 「謝りなさいよっ!? でなきゃ、いっぺん死ぬ? 地獄見たい?!」 
 杏は、普段はめちゃくちゃ良いヤツなのだが、キレるとこれより怖いものはないくらいに恐ろしくもあった。 
 しかしそこまで見ていて、あることに気付いた。 
 「おい、杏。コイツのこと、知ってるのか?」 
 「えっ?!」 
 俺の声に驚いた様子で振り返った。 
 そしてもう一度失礼な男の方に向き直った。 
 「……アンタ誰?」 
 それを聞いた男は、思いっきりずっこけた! 
 「あの…誰かわからない人に、こんな暴力的で威圧的な行為をするんですか?」 
 「当たり前じゃない。と言うか、顔見てたら余計にムカついたからよ」 
 男はそれを聞いて、再び脅えた表情で震えだした。 
 気持ちの悪いやつだ。 
 その様子を、心配そうな、情けなさそうな表情をして女の子が見ていた。 
 その男のことを「お兄ちゃん」と呼んでいたのだから、おそらくは妹なのだろう。 
 可哀相に…。 
 その顔をよく見てみた。 
 どことなく見覚えがあった…。 
  
 「…あれっ? 芽衣ちゃん?」 
 「あっ。岡崎さん、覚えていてくれましたか?」 
 「ああ。と言うか、思い出した」 
 その女の子は、芽衣ちゃんだ。 
 かつて、ひょんなことからこの町に来て、古河家に泊まっていたことがあった。 
 俺と渚のことで、色々と世話を焼いてくれたこともあった。 
 渚の卒業式にも来てくれていたので、記憶には残っていた。 
 6年ぶりくらいか…。 
 「知り合い?」 
 「ああ。渚の妹みたいな感じかな」 
 「そんな感じだと嬉しいですっ」 
 杏にそう説明したが、あながち間違いでは無いだろう。 
 芽衣ちゃんは、渚にかなり懐いていたからだ。 
 もっとも、恋愛の知識に関しては断然芽衣ちゃんの方が上だったが。 
 「で…、どうして芽衣ちゃんと朋也や渚が知り合いなの?」 
 「…えっと、それはだな…」 
 何となく、肝心な部分にも思えるし、どうでもいい部分にも思える。 
 思い出したいような、出したくないような…。 
 ふと、失礼な男と目が合った。 
 「岡崎っ。まさか忘れたのかっ?!」 
 すがるような瞳。 
 野郎にこんな瞳をされても、何も嬉しくなかった! 
 しかし、俺の記憶のゴミ箱の中に、懐かしいと思える反応があった。 
  
 思い出そうとしているうちに、後ろから風子が出てきた。 
 風子は、その男を指差してこう言った。 
 「ヘンな人がいますっ」 
 ヘンな人…。 
 久々に聞く懐かしいフレーズだ。 
 「ヘンな人、って俺のことじゃないのか?」 
 かつては俺のことをそう呼んでいた記憶があるからだ。 
 しかし…。 
 「岡崎さんは、今はヘンな人ではありません。むしろイイ人です」 
 「そうか…。ありがとう」 
 「いえ」 
 どうやら俺は、ヘンな人からは脱しているらしかった。 
  
 「あの人は、アタマがヘンな人ですっ」 
  
 「え〜〜〜っっ?!!! それは失礼じゃないっスか〜っ?!」 
  
  
 風子が言う「アタマがヘンな人」とは? 
 そして、朋也や杏の記憶は戻るのか?! 
  
 <第10話終わり→第11話に続く> 
  
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 岡崎家正月編、春原兄妹訪問の前編です。ギャグっぽい部分を書きすぎて、前後編に分けることになってしまいましたm(_ _)m 
  
 でも、春原兄は、まだ誰だか認識されていないのですが(^-^; 
  
 後編をお楽しみに…。 
  
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