『岡崎家After〜第10話』 
  
  
  
  
  
「来る? 来る来る来る…」 
  
 トイレの中から声が聴こえる。 
  
「杏さん、何を言ってるんでしょう?」 
「さあな。便秘か何かじゃないか?」 
「おかあさん、だいじょうぶかな…」 
「心配するな。アタマがイカれたわけじゃないだろうし」 
  
 本人がいないのを良いことに言いたい放題な俺たち。 
 しかし、トイレで声をあげることってそのくらいしか無いんじゃないか? 
 来る、って。 
  
「来た? …来たっ、来たーーーーーっっっっ!!!」 
  
 一際大きな声がトイレから発せられた。 
  
「出たんでしょうか? とびきり大きなのが」 
「ああ…。大きさはともかく、何日ぶりかのが出たんだろう」 
「おかあさんがんばった?」 
「たぶんな」 
  
 …っっ。殺気! 
  
 ぶんっ。 
  
 少し傾けた頬の数ミリ横を、長方形の堅そうな物体が通過していった。 
  
 がすっっ。 
  
 その物体は、見事に脇をかすめ壁に突き刺さっていた。 
 紙製…じゃないよな。もはや。 
  
  
  
 がちゃ。 
  
「…あのさ。よくわかんなかったけど、失礼なこと考えてたでしょ?」 
「それはともかく…当たったら死ぬわっっ」 
「まあ、朋也にあたしの本気のがまともに当たったことなんて無かったはずだし、 
 よけられるんじゃないかなぁ、って思ってたんだけど?」 
「予測で死の危険を味あわせるなっっ」 
「まあ、何を言ってたかは聞かないであげる」 
「それはどうも」 
  
 久々にかいた冷や汗だったが、直撃を食らう痛みに比べればマシだろう。 
 今のはヤバかった。そう本能が伝えていた。 
  
「そんなことよりさっ。 
 ほらっ、見てみて〜〜っ!! 妊娠よ妊娠っ。 
 あたしと、朋也の子どもよっっ」 
「ああ…それは良かったな…」 
  
 棒状の器具を振り回して、はしゃぐ我が妻。 
 めでたい。同じようにはしゃぎたいくらいだ。 
 だがそれは…。 
  
「何よ〜っ。嬉しくないの? もっと喜びなさいよっ。 
 それとも…喜べない事情でもあるの?」 
「いや…」 
  
 言うべきか、言わざるべきか。 
 自分が何を振り回しているのかを。 
 何がついているものを振り回しているのか…を。 
  
 さっき飛んできた凶器を思い出すと、思わず進言するのを躊躇ってしまう。 
 が、恥ずかしいことをしてるのは事実だし、 
衛生的にも良くないだろうから…言ったほうが良いと言う結論に達した。 
  
  
「妊娠検査薬ってさ、確かおしっこを当てて調べるもんだよな?」 
「それがどうしたって?」 
「だからな。お前の持ってるそれって、お前の…おしっこがかかってるんだろ?」 
「そりゃそうよ。そうでなきゃ調べらんない…って、ああ〜〜〜っっ!!!」 
  
  
 やっと気づいたみたいだ。 
 そして同時に身構える。 
 すぐさま俺を襲うだろう、凶刃…なのか? を待ち構えた。 
  
 来る? 来るか…って、あれ? 
  
  
 風を切る音が聴こえない。 
  
  
「く、くくくっ…」 
「ど、どうした?」 
  
 拍子抜けした。だが、笑いともうめきとも取れる声を発している。 
 どうも様子がおかしい。 
 恐る恐る顔を覗きこんでみると…。 
  
「怒ろうにもぶつけどころがないわ…」 
「そ、そうか」 
「だって自爆だし、教えてくれたのは朋也だし…」 
  
 考えてみたら、これで辞書攻撃されたら恩をあだで返されたことになるのか…。 
 まあ助かったからよしとしよう。 
  
「杏さん、おしっこのついた棒を振り回してたんですかっ。 
 ばっちいですっっっ」 
「ぐっ…」 
  
 風子の、空気を読まないストレートなツッコミと、 
杏の、湧き上がるどす黒い感情を押し殺したような声に、薄ら寒いものを感じたのだった。 
  
  
  
  
  
「岡崎さんと杏さんの赤ちゃんが出来たと言うことですか」 
「そういうことだな」 
「そうね」 
「それはおめでとうございます」 
  
 終わった後は、普通に祝福タイムになった。 
 風子は素直に祝福してくれているみたいだ。 
  
「パパと、おかあさんのこども?」 
「そうだな」 
「そうよ」 
「ふぅん」 
  
 汐はあまりピンと来ていないみたいだ。 
 無理も無いかもしれない。 
 まだ何年も生きていないわけだし、弟とか妹とかって存在もいなかったわけで。 
 理解するほうが不思議かもしれないから、ごく自然な反応なんだろう。 
  
「妹だぞ。汐の妹」 
「いもうと?」 
「風子のおねえちゃんと風子…、 
 風子と汐ちゃんみたいなものですねっ」 
「「違…」」 
  
 違う、と言おうとして、夫婦ふたりで思いとどまった。 
 冷静に年齢だけで見れば、親子だ。叔母と姪だ。 
 だが…あまりにもその呼び方にはギャップが強すぎる。 
  
「ねぇ。風子ちゃんってホントのホントにあたしたちと同級生なの?」 
「公子さんが言うにはそうらしい。って話は前にしただろ?」 
「それはそうなんだけどさあ…。 
 汐ちゃんと姉妹って言って違和感が無いじゃない。 
 それってすごくない?」 
「まあ…な」 
  
 いくら10年くらい意識の無い状態で眠っていたとは言え、 
 今の風子の見た目はまさに高校生。…いや、中学生くらいか。 
 こんなことってあり得るんだろうか? 
  
 でも、俺は思った。 
  
「早苗さんはどうなるんだ?」 
「あ…」 
  
 この町の、奇跡がもうひとつ。 
 全く説明のつかない、奇跡が。 
  
「そ…そこは触れちゃいけないんじゃない?」 
「そ、そっか…」 
  
 訂正する。 
 説明してはいけない、奇跡が。 
  
  
  
  
  
  
「と言うわけで、こいつにも子どもが出来たって報告をしに来た」 
「ほう…。相変わらず仕事が早いじゃねえか」 
「それはおめでとうございます!」 
  
 まずは、と思い、古河パンに来て報告した。 
 そして予想通りの反応。 
  
「ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるってか?」 
「そんなに撃ってねえよっ」 
「なんだ? その歳でもう弾切れかよ…」 
「弾切れなわけあるかっっ」 
  
 いきなり防戦一方だ。 
 しかしこちらには攻め手が無い。 
  
「いやいや。十分堪能させてもらってますー」 
「杏っ!!! てめえっ!!!!」 
「何だ。不能のED野郎じゃなかったのか…」 
「これで、『ED・岡崎さん』とお呼びしなくてもいいんですねっ」 
「EDじゃないし、そんな呼び方を作らないでくださいっっ」 
  
 ダメだ…。 
 ここ(古河家)に来て、ここまで一方的にボコられたのは初めてじゃないだろうかと言うくらいに。 
 疲労感だけが残る結果となってしまった。 
  
「鉄砲って何ですかっ。 
 岡崎さんそんなものを隠し持ってたんですか?」 
「も、もう…やめてくれ…」 
  
 敵ばっかりだった。 
  
  
  
  
  
「しかし、良かったじゃねえか。 
 やっぱりお前ら自身の子どもはまた違うわな」 
「良かったですねっ」 
「ありがとうございます」 
  
 改めて祝福を受ける俺たち。 
 そう改まって言われると照れくさくて、俺は応えることが出来なかった。 
 こういうときに、素直にお礼が言える杏の性格がちょっとだけ羨ましかった。 
  
  
  
 がらっ。 
  
「こんにちわ。みなさんお揃いですね」 
  
 公子さんだった。 
 相変わらず笑顔が可愛らしい。 
  
「あ、お姉ちゃんですっ」 
「こんにちわ、ふぅちゃん」 
  
 この姉妹も相変わらずだ。 
 もう○歳と○歳くらいのはずなんだが、ずっと中学生くらいの姉妹みたいだ。 
  
「聞いてくださいっ。 
 岡崎さんと、杏さんの子どもができたんですっ」 
「まぁ、それは…おめでとうございます」 
「ありがとうございますっ」 
「お前じゃねえだろっっ」 
「ふふふっ。相変わらずですね」 
  
 俺たちも相変わらずってことか。 
  
  
  
「今日はどうされたんですか?」 
「あ、そうでした。実は、私も杏さんと同じなんですよ」 
「えっ? ってことは…」 
「はい。私と、祐君の子どもができました!」 
  
 !! 
 なんてタイミングなんだろう…。 
 そういや芳野さんは、俺が汐の話とかをしてるときに、少しだけ羨ましそうにしてたっけ…。 
 ようやく…って感じだが、 
  
「「「おめでとうございますっ」」」 
「ありがとうございますっ」 
  
 いくつかの祝福の言葉が重なった。 
 本当に、心から言えた。 
 芳野さんとの結婚を決めたとき、風子が長い眠りから醒めたときにも言えたけれど、今回も心から言えた。 
  
  
  
 何て幸せな光景なんだろう、って思う。 
 で、こんな幸せが俺の周りに集うなんて…とも。 
 心から幸せだ、と思える光景が目の前に、周りに広がっている。 
 なのに…一つだけ、足りないものがあるんだ。 
  
「渚ちゃんもきっと、喜んでいるでしょうね」 
「あ…」 
  
 わかってるんだ。 
  
「はいっ。きっと喜んでると思いますっ」 
  
 満面の笑みを交わす公子さんと早苗さん。 
  
「だろうなあ。あいつ、賑やかなのが好きだったからな」 
  
 オッサンも。 
  
 この日の古河パンには、いつも以上に幸せが溢れていた。 
  
  
  
  
  
 桜が大方散ったある日。 
  
  
「忘れ物ない?」 
「持って行くものってそんなにないだろ?」 
「まあそうなんだけどさ」 
  
 見慣れた玄関で、ずっと昔から一緒にいた気がするパートナーがいて、いつものように家を出る。 
 でも、今日から向かう先は変わる。 
  
「似合ってるな。可愛いぞ」 
「えへへ…」 
  
 真新しい制服で身を包んだ娘がいて、 
  
「う…。やっぱり汐ちゃんは可愛すぎます。レベルで言えば犯罪レベルですっ。 
 この制服姿のままお持ち帰りをしても構わないですか?」 
「構わないが、帰ってくるのはここなんだよな?」 
「はっっ…、すっかり忘れてましたっ。 風子、既に岡崎さんの家族でしたっ」 
  
 いつもながらのボケをかましてくれるちっこいのがいて。 
 そしてもう一人の新たな命がいて…。 
  
 俺たちは新たなスタートを切るんだ。 
  
  
  
  
――変わらずにはいられないんです―― 
  
  
  
  
 何処からともなく声が聴こえた…気がした。 
 それは懐かしい響きで。 
 それは今の俺たちにとても実感出来て。 
  
 変わってしまうことが実感できない時があった。 
 変わってしまうことを恐れていた時があった。 
 けれど今は、わかる。 
  
 前に進むことが変わると言うことなんだ、と。 
 だから俺たちは前に進む。 
 変わり続けていくんだ。 
  
 そうなんだろ? 渚。 
  
  
  
「「「「いってきまーすっ」」」」 
  
  
  
 俺たちは歩き続ける。 
 長い、長い坂道を。 
  
  
<終わり> 
  
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 お疲れ様でした!!! 
 長らくの更新放置申し訳ありませんでした。 
 SSを書く意欲が薄れたり、戻ってきたと思ったらブログで手一杯になったり、Keyのイベントに参加してはしゃいだりとかなり寄り道してしまいましたが、何とかこれで完結となりました。 
  
 最後が駆け足じゃね?とか思われるかもしれませんが、自分の中ではこれで全部、です。まあ、杏の出産だとか風子はどうなるんだ?とか全然書けていない部分もあるんですが、汐の小学校入学とか杏の妊娠とか、その辺が僕の中での区切りだったんですよね。そもそも「岡崎家」本編である程度燃え尽きてて、「岡崎家After」ではなかなかモチベーションの上がらない部分もあったんですが、何とか本編で書ききれなかったお話は書けたんじゃないかと思ってます。本編は18話で1年かかって無いのに、Afterは12話(温泉…の前後編含む)4年近くかかってしまったのが反省材料です…。 
  
 しかし、アニメが放送中(これ書いているとき)とは言え、連載開始から4年半! 何だこの長さは…。連載当初から読んでくださっている方がいれば、本当に申し訳ない感じですし、最近読み始めた方は、逆にラッキーな感じですね(違。 
 CLANNADのSSを書き始めたときには、例えばこんなに自分のHPに人が来るなんて想像もしてませんでしたし、こんなに読んでくださる方がいるなんて、こんなに連載の続きを求めてくださる方がいるなんて…と、想定外のことがずっと起こってました。 
 そして何より、リトルバスターズ!などが発売された後もCLANNADのSSを求めて来てくれる人がいてくれたこと。こんなにも長く愛される作品の二次創作をやっていることが凄く嬉しく思えました。そんなCLANNAD二次創作界の末端でも担えていたとしたら、そんな嬉しいことは無いですね。 
  
 4期に渡るアニメも終わり、CLANNAD二次創作もこの夏が最後かなあ、と思ってます。が、アニメAFTERで盛り上がった気持ちがあれば、もう少しCLANNADで二次創作がやれそうです。まずは汐。ペースはまた鈍行になるかもしれませんが、最後までお付き合いください。 
  
  
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