『岡崎家After〜第9話』
時は流れていく。
止まることなく、淡々と。
この一瞬が幸せだと思っても、そんな想いとは関係なく。
流れが止まることは無い。
抗おうが、流されようが、ただ身を委ねているだけで。
「とうとうこの日が来ちゃったってワケか」
この日。
そう、汐が幼稚園を卒業する日。
ある意味で、杏の手から離れてしまう日。
だから「来ちゃった」なんだと思う。
「汐ちゃんもついに卒業ですかっ」
未だ、卒業したと言う話を聞かない風子。
先を越された、なんてことを考えているのだろうか?
もう結構長い付き合いになるというのに、未だに掴みきれない部分がある…。
何ていうか、それもコイツの魅力なのかもしれないけど。
「そりゃあ、いつかは来る日だもんな」
「朋也ぁ。そんな言い方無いんじゃない?」
「そうですっ。岡崎さんにはデリカシーってものがあまりにも無さ過ぎだと思いますっ」
思いっきり反論された…。
「パパっ、どんまいっ」
「うう…」
娘の晴れの日に、当の娘から励まされる父親っていったい…。
思いっきり気持ちの良くない朝になってしまった。
それでも、朝食も終わった頃にはすっかり気を取り直した。
何せ娘の記念日だ。何時までも自分の都合で落ち込んでなんかいられない。
「さ、行くぞっ」
「うんっ」
「それでなくっちゃね」
「岡崎さんの調子が戻ってきましたっ」
我ら岡崎家、一丸となって、思い出の詰まった幼稚園への旅路?を歩み始めた。
それぞれ、互いの手と手を取って。
「本当に今日が最後なのよねえ…」
幾分うつむき加減になりながら、少し寂しそうに杏は呟いた。
「まあな」
「? 何が最後なんですか?」
最後とは…こうやって、皆で汐を送ることが。
「汐ちゃんの幼稚園が終わっても、今度は小学校への送り迎えがあります。
だから、今日が最後にはならないと思うのですが」
風子の言うとおり、皆で汐を送り迎えすることなんて、これからでも出来るはずだ。
でも、杏にとっては別の意味があるのだと思う。
自分の職場に汐と一緒に向かうことが特別なんだ。
ずっと、汐のことを間近で見守っていてくれてたんだから。
俺が育児放棄をしていた頃から…俺たちと一緒に住むようになってからも。
結婚して、本当の家族になってからも。
心配してくれているんだろう。
まあ、本当の家族なんだから当たり前ではあるが。
それでも…ずっと見守っていてくれたんだ。
それに、今でこそ本当の家族になれたけど、そうならない可能性だってあったわけだから。
そして、「家族」であるという繋がりがなければ、離れてしまっていた…今日という日。
安易には使いたくないが、数え切れないほどの選択肢を越えて起こった"奇跡"の上に、俺たちは立っているんだろう。
「…ですが、何となく杏さんにとっては、ある意味で最後のような気がしてきました」
風子もそんな空気を感じ取ったんだろう。
空気の読めない印象もあるけど、これでいて結構気を遣うやつだから。
見上げると、随分と重たくなった桜のつぼみが、今か今かと開く時を待つようだった。
これから、巣立とうとしている娘の、俺たちの姿と被った。
「到着〜っ」
最後の通園が終わる。
少し寂しい気はしたが、杏の元気のいい声にかき消されるような気がした。
「ナベ〜っ」
「ゴフゴフっ」
早速出迎えに来たケモノに、愛想良く挨拶に行く我が娘。
って言うか、最初に挨拶する相手がイノシシってどうなんだろうか?
…そんなバカなことを考えていた。
「じゃ、朋也も風子ちゃんも後でね」
「おう。頑張れよ」
「はい」
「任せといてっ」
威勢のいい杏だったが…何か虚勢に見えてしまった。
寂しいのは隠し切れないのだろう。
「泣くなよ」
「アンタもねっ」
「俺のことはほっとけ。お前は先生なんだからなっ」
「はいはい」
にかっ、と気持ちのいい笑顔を残して園内へと入っていった。
最後にこういう笑顔が出来るこいつって、何か凄いな、って思ってしまう。
我が妻ながら。
だから俺も、簡単に涙を見せないようにしよう。
感傷は、俺なんかよりもアイツのほうが大きいんだろうから。
…で、あとに残されたのは、俺とちっこいのだけだが…。
「じゃあ俺たちも行こうか」
「それでは、風子はこれで」
?!
「おいおいっ、待てよ。卒園式見ていかないのか?」
「はい。…それが何か?」
「あのなあ…」
ここまで来て帰るというのだろうか? こいつは。
突拍子も無いことをよく言うやつだが、今のはちょっと驚いた。
もちろん真意はあるのだろうが…。
「風子はここに入ったことがありません」
「…それで?」
「はい。それにここは、岡崎さんに汐ちゃん、杏さんたちにとって、特別な場所だからです」
「うーん…」
ヘンなところに気を遣うクセがあるからなあ、こいつは。
今回もたぶんそうなんだろう。
「風子にとっては、送り迎えするだけの場所に過ぎません」
そう言うと、笑みを浮かべながらふたりが立ち去った方向を眺めていた。
「お前も一緒に来いよ」
「? どうしてですか?」
何回言ってやらないといけないのだろうか?
まあわかるまで言ってやるつもりだが。
俺たちが一緒にいる意味を。
「お前はさ。汐のなんなんだ?」
「ええと…おねえちゃん、ですか?」
「そうだよ。なら、別に参加してもいいんじゃないか?
いや。むしろ妹の晴れ姿を見届けてやるべきだろう」
「ううむ…。そうでしょうか。」
「汐もお前に見てもらいたいって思ってるはずだぞ?」
そう。
ここでは、俺たちの家では、風子は汐の姉なんだ。
だから、ここまで来て引き返す必要なんて無いんだと。
「そうですか…、わかりました。
可愛い妹のためです。ここはひと肌脱ぎましょう」
ただ卒園式を見るのに、ひと肌も鮫肌も無いだろうが。
汐も、保護者席に風子の姿が無かったら不思議に思うだろうから、これで良いんだ。
微妙だけど、こいつも保護者に属するだろうし、だったら一緒に見届けて欲しい。
「じゃあ…行こうぜ」
「あっ…」
俺は強引に、ちっこいのの手を引いた。
それは、相変わらず小さなてのひらだった。
「おうっ、お前ら。まーだ入ってなかったのか」
「ちょうどよかったです。一緒に入りましょう」
遅れて、古河夫妻が来たようだ。
「ちっす。一緒に来たらよかったかな?」
「ううん、そんなこと無いですよ。ここに来ればこうやって会えるんですから」
「そーゆーこった。ったく、こんなとこで油売ってると、肝心の汐の勇姿を逃しちまうじゃねぇかっ。
入った入った」
オッサンの強引なリードもあって、俺たちは会場へと進むことになった。
屋内の体育館みたいなところで、卒園式は行われた。
学校の卒業式とかだと、すすり泣く声とかが聴こえるものだが、流石に幼稚園レベルではそこまでの感傷は生まれないらしい。
長話を退屈そうにしてる園児たちの多いこと。
さっさと終わらせてやればいいのに…って思う。
で、隣のちっこいのはと言うと…。
俺の肩に身体を預けるようにして寝ていた……。
見てないのかよっ!? さっきのひと肌脱ぐって意気込みは何処へ行ったんだよっっ!!
…というやり場の無いツッコミを心の中に仕舞い、我が娘の背中を見つめた。
「おう、てめぇも汐の勇姿を目に焼き付けようとしてるなっ。この親ばかがっ」
隣にいるオッサンがちょっかいをかけてきた。
仕方が無いので、俺も反撃してやることにする。
「オッサンこそ、孫が可愛くてしようが無いイイおじいちゃんにしか見えないが?」
「お、おじい…。ぐ…ぐあぁぁぁっ」
効果はてきめんだった!
まあ俺のほうは、親ばかなんて言われることなんてどうってことないし。
これからもこの作戦は使おう。
そう誓った卒園式だった。
長かったどうでもいい話が終わって、ややグダグダな園児たちの歌も終わった。
おそらく次が最後だろう。
「それでは、最後のプログラムになります」
…。
……。
「卒園児、答辞。
○○ぐみ、岡崎汐」
…。
?!
「ボウズっ、てめえそんな大事なことをっ」
「俺も聞いてないぞっっ!?」
「なにぃっっ??」
ビックリしたのは俺のほうだ。
汐が答辞?!
そもそも卒園式に答辞なんて言葉が使われるほうがどうかしてる気がするが、
しかもよりによって我が娘がその役とは…。
固まってしまったオッサン越しに、我が妻の姿が見えた。
何故か俺のほうを見て、笑顔で親指をぐっと立ててきた。
どうやら作戦通りらしい…。
いきなりそんな大役を押し付けられたわけじゃないってのがわかっただけでも良かったが…。
「ねんちょうぐみ、おかざきうしお」
壇上に立ち、堂々とした振る舞いで名乗る娘。
誰の娘だ?
とても、上がり症でみんなの前には立てなかった、初めての大舞台で泣き出してしまったアイツの娘とは思えないのだが。
でもその姿形は、紛れも無くアイツそのものだった。
性格はまあ…俺やオッサンに似たのだろうか。
「いいぞーっ。それでこそ我がむす…いや、ま…いや」
「汐っ、しっかりねー」
「汐ちゃんならできますっ」
娘じゃないし、孫とも言いたくないオッサンの葛藤は置いといて。
しかし、何をしゃべるんだろうか?
そもそも、何を言わせようとしてるんだろうか?
例え失敗しようが、誇らしいことには変わりないんだが。
俺は娘の一挙手一投足に目をやった。
「わたしにはママがいません。
ううん。いたんだけど、わたしがうまれてからすぐいなくなりました。
だからママのおかおとかはしゃしんとかでしかしりません。
でも、ママはすごかったってパパがいってた」
その通り。
周りは…汐の境遇については知ってるはずだったが、いきなりの告白にざわめきが起こっていた。
ただ当の本人は、そんな状況を気に留めることもなかったが。
「だから、ママのことはだいすきです」
あいつが死んだのは、汐が生まれて間もなくだ。
だから、娘が「だいすき」なんて言うこと自体、不思議なことではある。
…だけど、あいつのことをそう言ってくれるのは、今まで言い聞かせてきたことが実を結んだ気もして、正直うれしかった。
「さみしくもないです。パパがずっといっしょにいてくれたから。
おかあさんも、ふうこおねえちゃんもいてくれたから」
それは、俺が頑張ってきたと言える唯一のこと。
バカで不器用で貧乏でどうしようもない俺だったけど、一緒にいてやること、寂しい思いをさせないこと。
それだけは、例え自分を犠牲にしようとも成し遂げたかったこと、成し遂げなきゃならなかったことなんだ。
杏も、風子も家族にして、それも間違いじゃなかったことも、改めて聞くことが出来た。
だから「さみしくない」という言葉が娘から出た瞬間、視界がにじんでしまった。
「おかあさんが、せんせいがすきです。パパはもっとすきです。
ふうこおねえちゃんも、あっきーもさなえさんも、ようちえんのみんなも、なべもみーんなだいすきです」
ここはゴールじゃない。
ゴールなんてまだまだ先だ。
いや。ゴールなんて無いのかもしれない。
でも何か、ひとつのチェックポイントにたどり着いたような、そんな感じがした。
「さいごに…うたいます。
だんごっ、だんごっ♪」
そしてシメは、あいつが好きだった歌で。
懐かしい歌を、園児たちが、先生たちが、そして保護者たちも、娘の歌声に一緒になって歌った。
「汐、おまえ凄いなっ」
「わっはっはっはっ。さすがは俺の血が流れてるだけのことはあるぜっ!!」
「えへへ」
大のオッサンふたりの絶賛ぶりは自分でも気持ち悪かったが、絶賛された当の本人もまんざらでは無さそうだ。
「とても血が繋がってるとは思えない風格があったわよねー」
「「なにいぃぃぃっっ??!」」
「どちらかというと風子たちの娘、といったほうが世間には通用すると思います」
「よねー」
「「なにいぃぃぃっっ?!!」」
「ふたりとも、息がピッタリですねっ」
卒園式からの帰路。
幼稚園からの最後の帰り道。
俺たち岡崎家と古河家一行が一緒に歩いていく。
感傷に浸る暇もなく。
「今日は杏さんも疲れたでしょう。夕飯はわたしが用意しますねっ」
「いいえ。あたしも手伝いますからっ」
「うふふ。じゃあお願いしますねっ」
「風子も助太刀しますっ」
「うしおもー」
賑やかな光景。
それはたぶん、俺があの幼稚園に行くまではあり得なかったもの。
あの場所がくれた贈り物みたいな、そんな気がした。
渚。
これでよかったんだよな?
<第9話おわり→第10話につづく>
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りきおです。いかがでしたか?
CLANNADアニメ二期もとっくに始まっているんですが、見ているとまたクラ熱が上がってきますねw
それにこのシリーズはAFTER前提なんで、早く汐が出てこないかなあ?って感じでもありますね。AFTERのメインヒロインは汐ですから(違。
さて今回の内容ですが…、ようやく幼稚園を卒業する、と言う話です。ただそれだけです。以前から考えていた内容で、ようやく形に出来たって感じです。答辞とかたぶん絶対に実際は無いし、無理があるだろって感じですけど、何となく上手くまとまったかな?と思っているのですがどうでしょう?
ちなみにこの「岡崎家After」シリーズですが、あまりにもここの家族が幸せすぎて、だんだんと書くネタがなくなりつつあります。ので、そろそろ潮時かなあ、と思っています。まだこのシリーズのSSを書くモチベーションを失わないうちに、自分の手で幕を引いてやるのも、長く続けた連載を始めたものの責任かなあ、と思っています。ので、あと1,2話でとりあえず完結させようかと。次の話の構想は出来ているんで、少なくともアニメで汐が出てくるまでには何とか、と考えています。
もし感想とか、あるいは「まだ岡崎家で○○を描いてないよ!」とかってツッコミとかありましたら、
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