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CLANNAD小説(SS)の部屋
CLANNADの小説を掲載していきます。

39    『桜舞う坂道』<CLANNAD智代後日談>
2005.04.18 Mon. 
『桜舞う坂道』
 
 
 「いよいよ卒業だな…。ようやくって言ったほうが良いのか?」
 「どちらかと言えば、ようやく、だな」
 
 俺と智代は、つぼみが膨らみ始めた桜並木の下を歩いていた。
 今日は、彼女が学校を卒業する日。
 その登校時に待ち合わせし、共に学校へと向かっていた。
 俺は私服。彼女は制服で。
 「その制服姿も見納めかあ。惜しい気がするなあ」
 見慣れた彼女の制服姿。
 それも今日でお別れである。
 似合っているだけに残念に思った。
 「ああ、そうか。今日が終わったら着る機会もなくなるのだな」
 俺にしたら最重要事項のことは、今気付いたくらいに大した問題では無かったらしい。
 だが、
 「この制服には、私と朋也の色んな想い出がぎっしりと詰まっているわけだからな」
 と、彼女にもこの制服の意味を気付いてもらえたらしかった。
 さらに…、
 「その…。朋也の匂いも多少はついているだろうからな……」
 と、顔を真っ赤にしながら付け加えていた。
 「そうだな。制服のまんま抱きついたことだってあったしな」
 俺が肯定してやると、さらに顔を赤くしてうつむいてしまった。
 「あの…あまり私をからかわないでくれ」
 そう言われると、余計にからかいたくなるものだったが、我慢することにした。
 
 「坊主…。弟と一緒じゃ無くてよかったのか?」
 彼女が俺と登校する機会は、別れて以来訪れることは無かった。
 再び付き合い始めてからは、既に俺は就職も済み、学校に来ることは無かったからだ。
 それに、俺が学校を去ってからというもの、彼女は弟と毎日登校していたのだ。
 その弟は側にいなかった。
 「ああ、いいんだ。鷹文は」
 「? 何でだ?」
 そんな弟と一緒にいない姉を見て思った。
 だがその姉は、特に気にする素振りも無かった。
 「今日だけは、朋也と2人きりで登校したかったんだ」
 そう言うと彼女は、顔を伏せたまま俺に身体を預けてきた。
 
 風が吹いていた。
 ただ数日前と異なり、鋭さや冷たさが失われ、柔らかで暖かな感触が頬に伝わっていた。
 
 「朋也、ちょっといいか?」
 坂道の五合目くらいに差し掛かった頃、彼女が突然歩みを止めた。
 「どうした?」
 俺もそれに気付き、一歩先くらいで止まった。
 「その…。手を繋いでもらっても良いか?」
 少々頬を赤らめてこちらに手を差し伸べてきた。
 かつて、その拳で数多の人間を葬り去ってきたとは思えない、しなやかでキレイな手だった。
 俺はその手を強く握った。
 繋ぎ合わせた手から、彼女の温もりが感じられた。
 「じゃあ行くか」
 「ああ」
 
 俺たちは、何度と無く共に歩いた坂道を上っていた。
 おそらくは、二度と着ることの無い制服に身を包んで。
 
 「朋也も制服を着てこれば良かったのにな」
 やはり、自分だけ制服で、俺は私服というのは違和感があると言うことだろうか?
 「俺はもうオッサンだから、制服は似合わねえよ」
 俺は自嘲気味に言った。
 しかし彼女はそう受け取らなかった。
 「そんなことあるわけ無い! 朋也はオッサンなんかじゃない!!」
 珍しく激高した彼女に驚いて、俺は呆気に取られていた。
 それに彼女もようやく気付いてくれたらしく、平静さを取り戻していった。
 「すまん、朋也。つい取り乱してしまった。
 朋也はまだまだ制服は似合うと思ったんだ…」
 「ああ、ありがとうな」
 その言葉に、多少の気恥ずかしさも感じながら、俺たちは校門をくぐった。
 
 「じゃ、頑張れよな! …そんなこと言う必要も無いか?」
 「そんなことは無い。凄く心強いぞ」
 最後の仕事に向かう彼女に、俺は励ましの言葉をかけた。
 彼女は一旦自分の学んだ教室へ。
 俺は直接式場へ。
 
 
 
 儀式が始まった。
 校長のありふれた話。
 在校生代表の形式的な送辞。
 それに続いたのが智代だった。
 彼女は、卒業生代表として答辞を述べるために、壇上へと上がった。
 在校生や同級生らの圧倒的な支持を得て、この役を引き受けたらしかった。
 教職員の中では、桜並木の保存が決まった後、生徒会の仕事をほとんどしなくなったのを
 問題視していたらしかった。
 それに、学年で何番目という成績ながら、早くから進学を拒否していたのも評判を下げたようだった。
 ただそんな教職員の風評を生徒たちが押し切ってしまったのは、智代の持つカリスマ性を
 象徴しているのだろう。
 その振る舞いは、さすが数ヶ月前まで生徒会長を務めていた風格というか、品位が感じられた。
 そして、原稿を開かずに話し始めた。
 
 
 「私は、この学校に転入で入りました」
 その言葉を聞いた途端、教職員のスペースあたりがざわついた。
 用意されていた内容とは違っていたのだろう。
 「以前私は、○○高校にいました」
 その高校名を聞いた途端、主に保護者席がどよめいた。
 無理も無い。
 不良の巣窟として有名な高校だからだ。
 どうしてこの高校に、そんな高校の出身者がいるのだろう?
 そう言った類のどよめきだった。
 しかし生徒たちには、既に公然の事実だったかのようで、智代の話をじっと聞いているようだった。
 
 「以前の私は、町で噂になるくらいに荒れていました。
 でもそんな私と決別するために、この学校に転入してきたのです」
 
 俺も前に聞いた話だった。
 生徒会長の選挙の時にも噂になったくらいだから、おそらく生徒たちも知っているのだろう。
 特にざわついたりとかすることは無かった。
 
 「この学校に入っての目標は、あの桜並木を残すことでした。
 そのためには、生徒会長になることが最初の課題だった。
 そんな時、私はかけがいの無い出会いをした…」
 
 微妙に彼女の口調が変化してきていた。
 素に戻りつつあると言うか…。
 俺が感じる「自然の」智代になってきていた。
 
 「その男との出会いは、私を大きく変えた。
 時には、生徒会長になんてなれなくて良い。
 その人と同じ時間を過ごせたら、それだけで幸せだ。
 そんな風に考えていたこともあった」
 
 その男…って、俺のことなんだろうな?と思うと、若干気恥ずかしくなってしまった。
 そんな俺の思いとは裏腹に、彼女の演説は熱を帯びていった。
 
 「その人の助けもあって、私は念願だった生徒会長になることが出来た」
 
 智代がそう明かすと、今度は生徒たちの間で騒がしくなった。
 俺のおかげで…と言うところが意外だったのかもしれない。
 しかし彼女が生徒会長になる際には、俺はわずかばかりの助言をしたに過ぎなかった。
 俺のせいで、落選しかけたわけだから。
 
 「私は生徒会長となった後も、その人との交際を続けた。
 しかし、職務との両立が出来なくなってきてしまっていた。
 そんな時、その人は私と別れると言ったのだ」
 
 こうして智代の演説(答辞?)を聞いていると、俺が彼女に与えた影響と言うものが
 もの凄く大きかったことを感じてしまう。
 それと同時に、何か責任めいたものも。
 
 「結局私は、自分の目標のために別れた。
 出逢って以来同じ道を歩んできた人と、別々の道を歩き始めた」
 
 俺は、あの時の決別を思い出していた。
 もう二度と交わることは無いと思っていた。
 あまりにも2人は離れすぎたから。
 同じ"学校"という空間にいながら、同じ空気を吸っているようには感じなかったから。
 
 「そして私は、すべての生徒の模範たる会長としての職務に没頭した。
 時には大きな会場でスピーチもした。
 そうした上で私は、公約の桜並木の保全のための交渉を続けた」
 
 智代が生徒会長にこだわりつづけたのは、すべてあの桜並木を守るためだった。
 遠く離れていった俺には、そうした智代の目的が見えなくなってしまっていた。
 そんな彼女の努力など、知る由も無かった。
 
 「そうして私は、公約通りにあの桜並木を守り抜くことに成功した。
 その時点で、私の生徒会長としての役目は終わったのだ」
 
 それが、俺たちが再開し、復縁したあの日だということなのだろう。
 俺にとっては奇跡的な出来事だったのだが、
 彼女にとってはどうなのだろう?
 
 「私は再び、その人の元へ戻った。
 それが私の見つけた、新しい幸せな場所だからだ」
 
 そこまで語ると、智代は瞳を閉じた。
 その頃を思い出しているかのように。
 
 俺も目を閉じた。
 
 智代が毎日、通学途中に弁当を渡してくれること。
 夜には手料理を作りに来てくれたこと。
 休日のデートのこと。
 
 学校での想い出はあれ以上作れなかったけれど、
 学校以外の場所では、数え切れないほどの思い出を作った。
 
 どの思い出も、彼女が俺の近くに下りてくれたからこそ残せたものだ。
 俺の力では実現しなかっただろう。
 胸が痛んだ。
 辛い選択をさせたのは俺だっただろうから。
 
 「生徒会の他のメンバーには特に迷惑をかけたと思う。
 特に副会長には、職務放棄したも同然の私の仕事を、しっかりとこなしてくれていた。
 感謝したい」
 
 副会長とは、以前に会ったことがあった。
 俺とはソリが合わない感じではあったが、非常に頭は切れそうに感じていた。
 そんなことを思い出していると、智代はさらに真剣な表情で演説を続けた。
 
 「だが、高校生活はたった一度しかない時間だ。
 自分がその時一番大切だと感じることに時間を使いたいと思うのは、
 ごく自然なことでは無いだろうか?
 私はその時間を、その人とのために使っただけなのだ。
 自分が正しいと思えることに使っただけなのだ」
 
 俺は、そこまで言い切れるだろうか?
 俺だって、仕事以外の時間は彼女と過ごしている。
 でも俺には、何かを犠牲にしてまで、自分の時間を彼女に捧げているとは言えなかった。
 それに、俺は何も決断していない。
 何も選択していない。
 そこが、俺と彼女との大きな違いだった。
 
 「成績も落ちた。
 時には遅刻すらしていくこともあった。
 進学も望まず、受験勉強と言うものも全くしなかった。
 …それでも、私は自分の選択した行動に、全く後悔はしていない。
 むしろ、正しかったと思っている」
 
 彼女は、俺と過ごす時間が多くなっていた。
 朝は必ずと言って良いほど弁当を届けてくれるし、
 夜は家にまで来て、夕食を作ったり掃除をしたりしてくれていた。
 家事が終わると、俺との語らいの時間になる。
 時には遅くまで共に過ごして、彼女は自宅へと戻る。
 自分がまだ学生のうちは、清く正しい交際をしたいと言う彼女からの申し出もあったので、
 俺の自宅へ泊まる事はしていなかった。
 それでも、俺と過ごす時間を増やしていたことには違いなかった。
 そして、それを彼女は望んでやったのだ。
 俺は、嬉しい気持ちと同時に、責任感を感じていた。
 
 「私の生き方が、皆に正しいとは思わない。
 だが、自分の心に正直になって、選ぶものは選んで欲しい。
 そして、一生に一度の高校生活を送ってもらいたい。
 その思い出は、一生残っていくものだから…」
 
 智代の演説が終わった。
 終わった後、しばらく会場全体が沈黙に包まれていたが、
 智代が一礼すると同時に、大きな拍手が巻き起こった。
 会場にいた多くの生徒たちは、立ち上がって手を叩いていた。
 教職員の中にも、拍手をするものさえいた。
 その拍手の渦は、彼女が席に戻った後も続くくらいだった。
 
 
 
 式が終わっての帰り。
 俺は門で彼女を待っていた。
 
 「ご苦労さん」
 
 そう労いの言葉をかけた俺は、充実感溢れる表情をしている彼女を抱きしめた。
 
 「あっ、朋也…」
 
 その一言だけを残して、俺に身体を委ねた。
 
 「終わった…。
 この学校の生徒としての私は…」
 
 おそらく、最後となる制服姿の彼女を、時を忘れて抱きしめつづけていた。
 
 
 「おにいさん」
 「うあっっ?! 坊主…いや、鷹文か」
 「そんなに驚かなくても良いのに」
 
 俺は、彼女を抱いていた罪悪感からか、鷹文の一言に狼狽してしまった。
 だが当の鷹文は、気にした素振りも見せずに言った。
 
 「ねぇちゃんをよろしくね!」
 
 屈託の無い笑顔を見て、俺も思わず…。
 
 「ああ、任しとけ!」
 
 と答えていた。
 
 
 桜並木の下。
 俺たちは歩調を合わせて歩いていた。
 これから2人は、新たな世界へと歩んでいくことだろう。
 そして今度は、俺も同じ坂道を共に歩いていこう。
 
 
 
 「朋也。私が卒業したら、一緒に暮らそうと言ってくれたな」
 「ああ」
 「どこで2人の生活を始めようか?」
 「そうだな…」
 
 俺は、未解決の気持ちを持ちつつも、これからの生活に思いを馳せていた。
 
 <終わり>
 
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いかがでしたか?
初の智代とのラブ中心SSでしたが、もっと甘くても良かったですね(^-^;
おまけに、時節を思いっきり外しましたし…。
 
ただこれは、僕の中での「智代After」のプロローグ的なエピソードとして良いんじゃ無いかと思って書きました。
 
今後、もし智代Afterを書いて欲しい!と言う方や、このSSがよかったと言う方は、「新・掲示板」「SS投票ページ2」「Web拍手」などにお寄せくださいm(_ _)m

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