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CLANNAD小説(SS)の部屋
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31    『岡崎家プロローグ<後編>』(CLANNAD汐編アフター)
2006.01.22 Sun. 
『岡崎家プロローグ 後編』
 
 
「お父さん、育児放棄してるらしいの」
 
 
 聞きたくなかった。
 そんな真実なら、知らない方が幸せじゃなかったかって思った。
 でも、それは恐らく事実なんだろうって、
そう納得している自分がいた。
 そんな自分が嫌になって、誰にも気付かれないようにその場を立ち去った。
 アイツを悪く思う主婦たちと、一緒にはされたくなかったから。
 この期に及んで、まだあたしはアイツの肩を持っているのかもしれなかった。
 
 
 でも、アイツは恐らく、1日も汐ちゃんと過ごしてはいない。
 あの日以来。
 それがあたしの出した結論だった。
 だからこそ、古河家で育てられているんだろう、と。
 
 家に帰り、ベッドに大の字になってあの日のことを思い出していた。
 最後に見たアイツの顔を。
 その顔は憔悴しきっていて、生気がまるで感じられなかった。
 声すら掛けられず、お焼香だけして帰ったのだ。
 
 アイツは、あの日から時が止まっているんだろう。
 でも、そんなアイツにに対して、あたしは何ができるんだろうか?
 …住む世界すら違うと言うのに。
 
 学校にいる頃は違った。
 あたしとアイツは、最初はクラスメイトだった。
 あたしは学級委員長で、アイツはサボリの常習犯。
 周りの流れに流されず、学校に対して斜に構えていたのが気になったんだっけ。
 だからあたしは、アイツと親しくなりたかったし、友達になりたいって思ったのだった。
 
 そうやって仲良くなって、クラスが離れてもちょくちょく遊びに行っていた。
 でも、そんなアイツが変わったのが、3年に入ってすぐくらいだった。
 側にはいつも…あの子がいた。
 あの子が…、古河渚が、アイツを変えたんだ、と感じた。
 何かに向かって前向きになっていて、あたしたちとバカ話していたアイツは、
何時しかいなくなっていた。
 がむしゃらに、古河渚のために突き進んでいく姿しかなかった。
 そんなアイツは…憎たらしいくらいに格好よかった。
 だから、バスケをやるって誘われたときに、あたしは快諾していた。
 純粋に力になりたい…って気持ちはもちろんあった。
 …けれど、あたし…藤林杏と言う存在を、アイツの中に刻みたかっただけなのかもしれなかった。
 
 そうやって、学校にいる間は、アイツの中にあたしの存在を植え付けることができたと思う。
 けれど、卒業してしまえば同じだった。
 もう、それ以上の思い出も記憶も重ねられない。
 
 だから、今のアイツに対して出来ることなんて無かった。
 無力感だけが募った。
 
 
 
「藤林先生」
 
 ある日の帰りの時間。
 あたしは聞き覚えのある声で呼ばれた。
 その声の主は…。あの子と瓜2つのあの人だった。
 
「早苗さん」
 
 汐ちゃんを送り迎えする時に、多少会話を交わす程度だったけれど、
何故か親近感は強く湧いていた。
 
「ちょっとお話したいことがあるんですけど…良いですか?」
「あ、はい」
 
 話って何だろう? って思ったけれど、想像はついていた。
 あたしは、残っていた仕事を片付けて、2人についていった。
 
 そこは、公園だった。
 ちょっと広めの、子どもが遊ぶには十分な広さと遊具のある。
 汐ちゃんは駆け出していて、既に集まっている子ども達の輪の中に入っていった。
 
 あたしと早苗さんは、公園のベンチに腰かけた。
 
「朋也さんと先生って、昔のお知り合いか何かですか?」
 
 いきなりの質問だった。
 でも、もうバレてしまっていた。
 
「えっ?! どうして…」
「だって…。あれだけ汐のことを見てくれているんですから、そのくらいわかります」
 
 その顔はとてもにこやかで、あたしに反論の余地を与えてはくれなかった。
 
「…はい。昔のクラスメイトで……友達でした」
 
 それが、あたしとアイツの関係だった。
 それだけしか無かった。
 けれど…、
 
「それと…、今は汐の担任なんですよね?」
「…はい」
「それって、すごく運命的な繋がりですよねっ」
 
 あった。
 アイツとの繋がりが。
 奇跡に近い確率で。
 それを、目の前の女性の言葉で気付かされた。
 にこやかに笑って言われ、あたしも釣られて笑った。
 
 
 
「朋也さんとは、毎週会ってます」
 
 あたしの知りたかったアイツ。
 それを色々と教えてくれた。
 
 週1で、汐ちゃんと共に会いに行っていること。
 でも、アイツは汐ちゃんの目を見ようとはしないこと。
 存在を認めようとはしていないこと。
 そんなことを教えてもらった。
 
 そして、こんなことも…。
 
「夏休み…計画してるんです」
 
 夏休み…。
 何時しか近づいていた夏。
 
「朋也さんはちょっとのキッカケで汐を認めてくれると思うんです。
 …ちょっと汐には、辛い思いもさせてしまうかもしれないんですが…」
 
 詳しい事情はわからなかった。
 けれど、早苗さんには何か秘策があるらしかった。
 瞳を見ていればわかった。
その瞳は真っ直ぐ前を向いていて、強さを感じさせた。
…あたしには真似できないような強さを。
 
「上手く行けば…ううん。上手く行かせるんです」
 
 その表情には、決意めいたものすら伺わせた。
 この夏に賭ける思いみたいなものを。
 
「それまで…。ううん。これからもずっと、汐のことをよろしくお願いしますねっ」
「あ、はい。それはもちろん!」
 
 あたしは、そんな早苗さんと信じるしか無かった。
 アイツが立ち直る日を。
 汐ちゃんが、自分にとってかけがいの無い存在であることに気付く、その日まで…。
 …そうなれば、あたしにとっても良い事のはずだった。
 
 
 
 そうして訪れた夏。
 夏休みの間、あたしはどこにも行かず、ただ祈っていた。
 上手く行きますように、と。
 アイツが汐ちゃんのことを認められますように、と。
 再び、アイツとバカやれますように、と。
 そうするしか、あたしには出来ることが無かったから。
 
 
 新学期が始まった。
 あたしは逸る気持ちを抑え、門まで迎えには出なかった。
 どちらにしても、気持ちを抑えられそうに無かったから…。
 
 授業が始まる直前、教室にいる汐ちゃんを見つけた。
 その顔は…何の影も感じられなかった。
 影どころか、その表情には何の曇りも無かった。
 ただニコニコしていた。
 明るさしか無かった。
 
 そんな汐ちゃんを見て、早苗さんの計画が成功したことを確信した。
 彼女に深く感謝していた。
 …その夜は、久々に深い眠りに就けた。
 その分、次の日は遅刻したけど。
 
 
 ある朝、門まで迎えに出ていたときのこと。
 ボタンと汐ちゃんが並んで入ってくるのが見えた。
 その隣には、薄汚れた作業着姿の、背の高い男がいた。
 その手は、しっかりと汐ちゃんの手を握っていた。
 
「朋也ーー」
 
 こちらを向く男。
 驚く男を制してあたしは続けた。
 
「朋也、朋也でしょ?」
「杏?! おまえこんなとこで何してるんだ??」
 
 
 思わず、駆け出して抱きつきそうになっていた。
 …逆に、手近にあった辞書を手に取ろうとしている自分もいた。
 けれど、どちらもやめてしまった。
 無意味だったから。
 
 あたしと朋也との時間が、再び流れ始めた瞬間だった。
 会えなかった長い時間は、一瞬のうちに埋まった気がした。
 まるで、高校時代にバカやってた頃が、つい昨日のように…。
 
 少し話した後、あたしは2人を見送った。
 朋也と汐ちゃんが、仲良く手を繋いで帰る後姿を見て、
1人溢れるものを止められないでいた。
 
 
 
「やっ。ご苦労様」
 
 それからは頻繁に出会うことになった。
 朝と夕方と。
 アイツは朝夕と、毎日汐ちゃんの送り迎えをしているらしく、
それを知ったあたしは、園の門のところに立ち、父母たちに挨拶しながらアイツを待った。
 上手く時間が合わないときもあったけれど、会って話をしていると、
学生時代とほとんど変わらないような話が出来て、
少しだけでもあの頃を思い出せて、幸せな気分になれた。
 
 そうやって、アイツとの話に夢中になっていた日のこと。
 
「藤林先生」
 
 話が終わり、寂しい気持ちで2人の後姿を見送っていると、
同僚の先生から呼ばれた。
 
「あの人?」
「…何がですか?」
「前に言ってた…藤林先生の初恋の人って」
「えっっ?! …あ、その……」
 
 真正面からそう聞かれると、答えに窮してしまった。
 耳まで熱くなるのが、自分でさえわかってしまうほど。
 
「ふふっ。…格好良いじゃない。
私が口説きたいくらい♪」
「そ、それは…」
「うふふ。いいのよ。あれが…『岡崎さん』なのね」
「あ…はい。そうです」
「良かったわね」
「…はい、本当に」
 
 良かったんだって、他の先生たちも思ってくれていた。
 そんなことは、汐ちゃんの笑顔を見ていればわかることだったけれど。
 
 そしてもう1つ。
 迎えに来ていたほかの主婦たちに、アイツは挨拶をしていた。
 言葉なんて、ホント一言二言程度だったけれど、日を追うごとにそれに応える人は増えていた。
 
「見た目よりはずっといい人そうね」
「ええ、そうなんです。見た目はちょっと無愛想にも見えるんですけどね」
「ふふ…。やっぱりよく知ってるのね」
「あ、えーと…。はいっ!」
 
 アイツのことを、アイツの本当の姿をよく言ってもらえると、なぜかあたしまで嬉しくなった。
 
 
 
「あ、そうそう、今日はプリント渡してあるから」
「ん? あ、そうなのか?」
 
 夏の暑さが遠ざかってきた頃、幼稚園の運動会のことを知らせた。
 それを聞いたアイツは、何時になく張り切っていて、汐ちゃんの目の前で格好の良い所を見せようとしたり、
汐ちゃんに対する親ばかぶりを見せたりと、学生時代しか知らなかったアイツの、違った一面を見せていた。
 汐ちゃんも汐ちゃんで、娘としてパパの格好いい姿を楽しみにしていた。
 そんな2人を見て、あたしも待ち遠しい気持ちでいっぱいになった。
 願わくば、そんな幸せの輪の中に入れますように、と。
 
 
 
 運動会当日。
 アイツが汐ちゃんのために奮闘する姿、そして早苗さんとそのダンナさん。
 その対決と交流を心待ちにしていた。…けれど、
 
「汐ちゃん、熱が出て休むみたい」
 
 電話に出たほかの先生からの言葉。
 その言葉で、あたしは今日の楽しみをすべて奪われてしまった。
 …いや。今日の楽しみだけじゃなかった。
 何故か、酷く不安に襲われた。
 折角出来た二人との繋がりが失われてしまうようで。
 …再び同じ世界で生きられているのに、その世界を失ってしまいそうで。
 
 
 運動会が進行していた。
 あたしも、子ども達の面倒を見たり、前の種目の片付けや、次の種目の準備に追われたりして、
とても忙しい1日だった。
 けれど、今日来られなかったアイツと汐ちゃんのことが頭から離れることは無かった。
 
 運動会が終わった。
 簡単な後片付けを済ませると、ようやくあたしたちも帰宅の途に就いた。
 
 もう一度、アイツと汐ちゃんを思い出した。
 汐ちゃんが熱を出したらしい。
 アイツが引き取ってからは恐らく初めてのことだろうと思う。
 経験の無いことだけに、慌てていることは目に浮かぶように思い描けた。
 
――あたしが出来ることはあるだろうか?
 
 ふとそういう考えが頭を過ぎった。
 
 父親として奮闘しているアイツ。
 それを慕っている可愛い娘。
 そんな2人を、あたしは手伝えないだろうか? と。
 …そしてそれが、2人の、そしてあたしのためになるのならば。
 
 あたしは決心した。
 これは、あたしだけの問題じゃないんだ、って。
 汐ちゃんと2人で幸せになろうとしている、そんな2人のためにやろうとしているだけだと。
 
「ここね…」
 
 住所録にあったのは、このアパートだった。
 
「岡崎朋也 渚 汐」
 
 そんな表札が目に飛び込んできた。
 その扉を前にした。
 
 もし汐ちゃんが食欲が無かったら、おかゆでも作ってあげようかな?
 そう考えて、あたしは目の前の扉をノックした。
 
<岡崎家プロローグ 後編・終わり>
 
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 いかがでしたでしょうか?
 ま、内容はぶっちゃけ、汐編の杏視点のお話ってだけなんですけどね(^-^;
 「岡崎家」がスタートする前の杏の思いみたいなものが伝われば幸いだと思ってます。
 
 もし何かあれば、
 
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