『岡崎家After本編〜第二話』 
  
  
  
「朋也〜。後はよろしくね〜!」 
「…いってきます、パパっ」 
「ああ。気をつけてな」 
  
 俺は、2人の後姿を見送った。 
  
 ざーっ。 
  
 外は…バケツを引っくり返したような大雨。 
 こういう日は仕事も全くできず、俺は1日家にいることが多い。 
 家の掃除をしたり、片づけをするくらいしか出来ることが無かったが…。 
  
「岡崎さん。おはようございます」 
「おはよう、風子」 
  
 遅めに起きて来た風子に挨拶をする。 
 風子はそれほど朝は強くないらしかった。 
  
「…少し眠いです」 
  
 風子は、目を擦りながらそう言った。 
  
「そっか。じゃあどうする?」 
「何がですか?」 
「朝飯だよ」 
  
 仕事上、俺は朝飯はしっかり食べる習慣がついていた。 
 食べないと仕事にならないからだ。 
 それに、こんな大雨の日は、杏も俺を早い時間に起こしたりはしなかった。 
 だから、俺もまだ朝飯を食っていない。 
  
 ぐぅ〜っ。 
 どちらのお腹からか、朝食を催促する音が聞こえた。 
  
「お腹空いてます。朝ご飯食べたいです」 
  
 その言葉から推測すると、風子のお腹から発したものらしかった。 
 もちろん、俺のお腹も空いていた。 
  
「じゃあ、今日は俺が朝飯を作るかな」 
「わぁっ。そこはかとなく楽しみですっ」 
  
 俺はおおげさに決意して言ったが、風子はそれを真に受けて期待してくれているみたいだった。 
 とは言え、俺にはそれほどレパートリーが無い。今日は、杏が作ったお弁当の残りも無いようだった。 
  
 …仕方なく俺は、あのメニューを作ることにした。 
 幸い、食パンやら卵はあるみたいだ。 
 甘いのが苦手な俺でも、たまに食べたくなるお手軽メニューだ。 
  
 まず平べったい皿に卵を落として溶き、そこに砂糖と牛乳を加えてかき混ぜる。 
 それに食パンを浸して、そして焼く。それだけだ。 
 風子は甘いのが好きだろうから、汐のを作るのと同じように、砂糖を多めにしてやる。 
 で、食パンを浸す時間も少し長めにする。 
 そうすると、食べたときに中まで甘くて美味しいのだ。 
  
 浸した食パンを、バターを溶かしたフライパンで両面を軽く焼く。 
 ま、いわゆる「フレンチトースト」ってやつだ(と思う)。 
  
「ほら、出来たぞ」 
  
 再放送のアニメを見ている風子に、そう言って出来たてのフレンチトーストを差し出す。 
  
「わっ。凄くいい匂いがしますっ」 
  
 そう言って、差し出した皿をくんくんを嗅いでいた。 
  
「食べてみな」 
「はい。遠慮なくいただきますっ」 
  
 そう言って、アツアツの食パンを手に取り、ふーふー言ってぱくっ、と食べた。 
 もぐもぐ…。 
  
 その光景は、何故か小動物のそれを見るかのようで、微笑ましいものがあった。 
  
「…なんですかっ、これ。めちゃくちゃおいしいですっ」 
「そっか。そりゃ良かった」 
  
 俺の安堵した言葉は聞こえたのかどうかわからなかったが、風子は気に入ってくれたようだった。 
 それから、一心不乱にフレンチトースト(?)を食べていた。 
  
「おかわり、ありませんか? 甘くてとてもおいしかったですので」 
「ああ。ちょっと待ってな。すぐに作るから」 
「はいっ。お待ちしてますっ」 
  
 自分の分に、と思っていた2枚目も、風子にあげる事にした。 
 それを、また嬉しそうにほお張るのを、俺は自分の空腹さを忘れて見入ってしまっていた。 
  
  
  
  
「ごちそうさまでした」 
「お粗末さまでした」 
「…全然お粗末じゃなかったですっ。チャーハンに匹敵するヤバイおいしさでしたっ!」 
「うん。ありがとな」 
「…こちらこそ、ありがとうございましたっ」 
  
 食後、俺はえらく風子から感謝されていた。 
 こちらが恥ずかしくなるくらいに。 
 …空腹だったはずのお腹が満たされるくらいに。 
  
  
  
 2人で皿やフライパンなどを片付けた後、テレビを見ていた。 
 特に見入る内容でもないので、何となく見ていただけだった。 
 ふと風子の方を見た。 
 テレビを見ているのかと思いきや、俺のほうを見ていた。 
 目が合うことは無かった。でも、俺の身体のほうを見ていた。 
その様子を見て、俺はあることを思いついた。 
  
「風子。ここ来るか?」 
  
 俺は、自分の懐の中へと風子を招き入れた。 
 すると風子は、とても驚いた表情をしてこっちに向いた。 
でも、目が合った瞬間に身体を預けてきて、 
  
「お願いしますっ」 
  
 そう言って、膝の上に収まっていた。 
 汐ほどでは無いにせよ、身体が小さいので、妙にすっぽりと収まっていた。 
  
 それは…「汐ポジション」だ。 
 いつもは汐がいるところに風子がいた。 
  
 ぎゅっ。 
  
 俺は、いつも汐にするように…反射的にか、抱きしめていた。 
  
 風子は、一瞬"ビクッ"となったが、すぐに俺の行為を受け入れたようだった。 
  
  
  
「…岡崎さんって、いつもこんな感じで汐ちゃんを抱きしめているんですか?」 
「…ん? ああ」 
「ほんのちょっとだけ、いやらしい感じがしますっ」 
  
 風子の言う「いやらしい感じ」と言うのは、抱きしめている当人には全くわからない感じだった。 
 俺はただ、抱きしめていただけだった。汐と同じように。 
  
 その感触は…何故か娘と似ていた。 
 ヘンな言い方だが、抱きしめ心地がすごく良かった。 
  
 柔らかな感触。俺と風子の身体がフィットする感じが。 
  
 俺は、ほんのちょっとだけ抱きしめる腕の力を強くして、その感触を堪能していた。 
 風子は、黙ってそれを受け入れていた。 
 少しだけ、嬉しそうな表情をして。 
 そんな状態を、何故か懐かしく思っていた。 
  
「でも何だか落ち着きます。汐ちゃんがいつもここにいるわけがわかる気がします」 
  
 そう言って嬉しそうにはにかんだ風子を見て、ちょっといじわるをしてやりたい気分になった。 
  
「何だ、風子。お前ここをずっと狙っていたのか?」 
「違いますっ。汐ちゃんがどう抱きしめられていたか、調べただけですっ」 
「じゃあ、調べ終わったんなら退くか?」 
「えっ?! …いいえ。岡崎さんが抱きしめているので退けません」 
  
 まあ、俺も風子の抱き心地の良さを堪能していたから、退けようなんて気持ちは全く無かった。 
しかし、どうやら風子は、このポジションを狙っていたらしかった。 
 3日に1回くらいは、寝るときに抱きしめてやるんだが、それとはどうやら別物らしい。 
  
  
  
 もぞもぞと、風子がおしりを動かした。 
最適なポジショニングを探しているらしい。 
 そして、より俺と密着するような状態で静止した。 
  
 風子の身体…。特におしりの感触が、より俺の身体に伝わってきた。 
それは、汐の感触とは異なっていた。…柔らかだった。 
 子どものそれではなく、女の子のそれだった。 
 この期に及んで、改めて自分と同い年だと言うことに気付かされていた。 
まあ、同い年と言うには全然幼かったんだが…。 
  
  
  
 風子の頭からシャンプーの香りがした。 
 杏や汐、そして俺も同じものを使っているはずなのに、その匂いは違っていた。 
  
 いい匂いだった。 
 俺は、その匂いと感触に、心地よさを感じてまどろんでいった。 
  
  
  
「岡崎さん」 
  
 夢の中へ落ちようとしていた俺を、風子が突然引き戻した。 
  
「…ん? どうした、風子」 
「キス、して欲しいです」 
「…ああ。…って、えっ?!」 
  
 風子が突拍子も無いことを言ったので驚いてしまった。 
  
「してくれるんですか?」 
「あ、ああ…いや…」 
「家族ですから、キスくらい当然だと思いますっ」 
  
 俺は、よく事情が飲み込めないでいた。 
が、風子の主張は筋が通っていた。 
  
「風子は岡崎さんの娘です。なら、汐ちゃんと同じようにキスして欲しいです」 
  
 そう言って風子は、俺のほうに振り返り、目を閉じて待っているようだった。 
  
 俺は少し悩んだ。 
 娘として、汐と同じようには接しているつもりだった。 
 でも、風子は1人の女の子だ。 
キスなど…しても許されるものだろうか? 
  
 でも、風子が俺を慕っていてくれているのは確かだ。 
 その想いには応えてやりたかったし、汐とは区別せずに接してやりたいと思った。 
  
 だから俺は…、 
  
 ちゅっ。 
  
 愛らしく閉じられたくちびるにキスした。 
 軽く触れるようなキスだったけれど、汐とはまた違った、柔らかで温かな感触が、 
俺のくちびるに確かに感じられた。 
  
「…いきなりくちびるにされてしまいました」 
  
 風子は閉じていた目を開け、そう抗議とも取れるような言葉を言った。 
  
「ダメだったか?」 
「…いいえ。いきなりくちびるにしてもらって、ちょっと嬉しかったです」 
  
 俺は、一瞬失敗したのかと思い焦ったが、風子の望みを叶えてやれたとわかってほっとした。 
 よく見ると、風子の頬は紅く染まっていた。 
  
 でも、 
  
「はじめてを奪われましたから、岡崎さん。責任を取ってください」 
  
 こうも言われてしまった。 
  
「ああ、わかった」 
  
 俺はそう答えた。 
 おそらく、これからも家族として分け隔てなく接していくと。そういう意味を込めて。 
 そして、また抱きしめてやり、頭を撫でた。 
 風子はさっきよりも嬉しそうに、俺に身を委ねていた。 
  
  
  
「あともう1つ、岡崎さんにお願いがあります」 
「…なんだ?」 
「あの…一緒にお風呂にも入りたいです。いけませんか?」 
「あ…いや……。おう、いいぞ」 
「ホントですかっ? 約束ですっ」 
  
 分け隔てなく接すると誓った以上、お風呂も避けては通れないところだった。 
 今の今まで、風子とだけ一緒に入ったことは無かったからだ。 
 杏がどう言うかは気になったが、まあ理解してくれるだろう。 
 風子と2人で入るお風呂のことを想像しながら、再びまどろんでいった。 
  
  
  
  
「ただいまーっ」 
「ただいまー」 
「あっ。おかえりなさいですっ」 
「おかえり」 
  
 そうこうしているうちに、2人が帰ってきた。 
 早すぎる、と思ったら…外はどしゃ降り。 
  
「警報が出てさ。早退になったのよ」 
「この雨…じゃなあ」 
  
 警報が出るくらいの雨だったが、やはり…と言う感じだった。 
  
「ああそう。もうすぐ夏休みじゃない? どっか行かない?」 
  
 杏が、頭を拭きながらそう言った。 
  
「どっか?」 
「うん。って言うか、あたしたちって家族になってから初めての夏休みだし、家族旅行とかどうかと思って」 
「家族旅行か…」 
  
 確かに、杏と2人で旅行には行ったが、家族みんなで行ったわけでは無かった。 
  
「それ良いなっ。で、どこ行く?」 
「海ですっ。海がイイですっ」 
「あらっ。海、イイじゃない」 
「うみー」 
  
「じゃあ、海に行くかっ」 
  
 風子との距離が近づいたのと同時に、雨の中、暑い夏に思いを寄せた1日だった。 
  
  
<第2話終わり→第3話に続く> 
  
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 いかがでしたか? 
 風子といちゃいちゃしていただけのようなSSでしたが、書きたい内容は書けたので満足です。 
 これで、汐と風子は同じ位置に立てたので、今後の展開が楽しみですね(自分で言うな)。 
  
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