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CLANNAD小説(SS)の部屋
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26    『キスから始まる物語<第1話>』(CLANNAD杏シナリオ・アナザーストーリー)
2006.08.24 Thu. 
『キスから始まる物語』
 
 
 
 「…んっ……」
 
 
 
 夢でも恥ずかしくって赤面してしまうような行為。
 くちびるとくちびるを合わせて…。
 限りなく近い距離で。
 お互いを、粘膜越しに感じあって。
 多少、歯がぶつかるアクシデントはあったけれど、
その瞬間は、他のどんなことも思考することを忘れていた。
 
 肩に、首に頭に回された両腕。
 あたしは、抱きしめられていた。
 そうわかった瞬間から、抵抗することを止めていた。
 予定では、お互いのくちびるが触れる寸前で止めるつもりだった。
 けれど、抱きしめられることでそんな理性は崩壊していた。
 
 冗談のつもりだったのに。
 少し魔が差しただけだったのに。
 予定なら、寸前で止めて笑って済ませるつもりだった。
けれど、見つめられているうちに、そんなあたしの予定はどこかへ葬り去られていた。
 
 …もう1ヶ月早くこうなるのが早かったら良かったのに…。
 
 だって、あいつはもう、妹の彼氏なんだから…。
 あたしがキスした何時間か後に、妹にもキスするんだから…。
 そのはずなんだから…。
 
 
 
 あたしは、自分の部屋のベッドに寝転んでいた。
 今日あったことを何度も何度も思い出しながら。
 あいつの温もりや感触を思い出しながら。
 
 引き出しを開けた。
 もうずっと仕舞いこんだままになっている一枚の写真を取り出す。
 あいつの写真。
 強引に、どさくさ紛れに撮った、あいつとの唯一のツーショットの写真。
 写真たてなんかに飾ってたら、椋に見られてしまうかもしれないから、
 ずっと透明の袋に入れて仕舞っていた物。
 その写真のあいつの顔を眺めた。
 意識し始めた頃は、毎日のようにこうやって眺めてたっけ。
 写真の表情はすごくおかしかったけど、
 目線はしっかり取ってあったから、
 眺めてると、まるであたしだけを見てくれているようだった。
 
 
 あたしは、思わずその写真にキスをした。
 …冷たくて、つるつるしているだけだった。
 
 その後、唇の跡がついたことに慌てて、その跡を拭った。
 
 思い出しかけていた、自分の気持ちをかき消すように。
 あいつは単なる友達なんだ…って。
 そう思い直して。
 
 
 
 その夜。
 夕食時になった。
 2階にある自分の部屋から、階下のダイニングへと降りた。
 いつもは食事の準備などを手伝うのだけど、この日はその気も起きなかった。
 そればかりか、食事をするのも憂鬱だった。
 それは…。
 
 「お姉ちゃん、今日の晩ご飯は何?」
 
 妹と顔を合わせないといけないから。
 
 でも、あたしはどんな顔して合わせないといけないのだろう?
 
 やましい気持ちは…最初は無かったんだから。
 それに、あいつはただの友達なんだから。
 
 だからあたしは、
 
 「今日はとんかつみたいよ」
 
 あくまで平静を装って応えた。
 
 その時の表情はどんなだっただろう?
 自然だっただろうか。
 仮面を被ったみたいだったろうか?
 
 
 だけど妹は、そんな私に気付かずに、
 
 「とんかつ? お姉ちゃんのとんかつ、美味しいから楽しみ〜」
 
 と、喜んでいた。
 ただ今日のとんかつは、あたしが作ったものじゃ無かったから、
 妹の喜びはぬか喜びなんだけど。
 
 
 その日は、何事も無かったかのように過ごした。
 何事も無かったかのように振る舞って。
 
 
 
 
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 「…して…みる?」
 「………あ?」
 「キス…してみる…?」
 
 
 最初は練習だと言っていた。
 予行演習…。
 もちろん、そのつもりだった。
 でも俺は、拒むことが出来なかった。
 
 杏の瞳を見つめているうちに、俺にとっての正常な思考がわからなくなっていた。
 ただの友達だと思っていたが、その表情は異性を意識させるに十分だった。
 
 単なる冗談のつもりだと思っていた。
 けれど、限りなく近い距離で見つめ合っているうちに、唇を重ねていた。
 意思が無かったと言えば、ウソになるだろう。
 幾らでも拒否することも、止めることだって出来たわけだから。
 
 それでも俺は、吸い寄せられるように杏とキスをしていた。
 肩に、首に頭に回した両腕。
 経験不足からぶつかる歯と歯の感触。
 そして、合わさった唇の粘膜。
 味わったことの無い、柔らかで温かい感触を感じて。
 まるで、磁石のS極とN極が出会ったかのように、自然に…。
 
 
 今でも、その柔らかな感触は色々な部分で記憶していた。
 唇はもちろん、抱いた腕で、手で…。
 
 「……はい。おしまい」
 
 永遠とも感じられる瞬間から、柔らかな感触が離れたのと、杏の声で強引に引き戻された。
 そして2人を繋ぐ唾液の糸も、名残惜しそうにその痕跡を残していた。
 その顔を見ると、頬が上気しているのがわかった。
 しかし杏は、
 
 「…これで明日はバッチリよね?」
 
 思いもかけない言葉で、俺を現実へと引っ張り出した。
 …そうだ。俺は明日……。
 
 「椋に恥かかせないでよね」
 
 それだけ言うと、くるりと後ろを向いて、
 
 「じゃあ、しっかりやりなさいよ〜!」
 
 顔をこちらに向けることなく、手だけで合図して足早に立ち去ってしまった。
 
 しかし俺の身体には、杏の感触が確かに刻まれていた。
 俺は明日、どんな顔をして藤林に会わなければならないのだろう?
 
 こんな甘美な感触を残しているのに。
 
 
 その夜は…ロクに眠れなかった。
 今日のこと、杏のこと。そして藤林のこと。
 …明日が来ることを恐れていたのかもしれなかった。
 
 でも、それは無駄な感情だった。
 望まなくても、時間は止まってくれないのだから。
 眠れなくとも、朝は確実にやってくるのだから。
 
 
 
 
 次の日。
 俺は狭い場所で、藤林をキスをしていた。
 至近距離で見詰め合うと、薄暗さからか髪の長さがわからなくなり、
髪飾りをつけている場所もわからなくなる。
 キスをしているときなんか、なおさらだった。
 藤林の唇の感触だけを感じていた。
 …その感触を、杏の感触と比べていた。
 
 最低なことをしている、と思った。
 でも、止められなかった。
 
「岡崎くん…」
 
 瞳を潤ませたままの藤林に呼びかけられ、ようやく我に返った。
 どのくらいキスをしていたのかはわからなかったが、唇が離れて、ようやく現実へと戻ってこられた。
 
「あの…、すごく良かったです…」
 
 そこで、俺は思いもよらない言葉を受けた。
 藤林の顔は…上気しているのか、白い肌が全体的に赤みを帯びていた。
それは、今までの赤面とは違う赤みだった。
 …目が合うと、どちらも瞬時に視線を逸らしていた。
 彼女は…恥ずかしさからの行動だろう。
 でも俺はどうだろうか?
 …単に後ろめたかっただけなのだろう。
 
「…岡崎くんって、キス上手なんですね」
 
 追い討ちをかけるように、思いも寄らないことを言われた。
 …まさか、杏とキスの練習をしていたことを知っているのだろうか?
 疑心暗鬼になってしまった。
 返答に困っている俺と、藤林の目が合った。
…途端、ボンっ、と顔が真っ赤になり、
 
「あっ、わ…わわ……わたし、その…、キ、キス、はじめてだったんですっ…」
「あ…ああ」
 
 そうしどろもどろになりながら、弁解?をしてきた。
 
「そっ、それなのにっ。上手とか…って」
「あ…いや」
 
 正直なところ、俺も上手に出来たかなんてのはわからなかった。
正解なんてわからなかった。だから、答える言葉を俺は持っていなかった。
 
「…でも。でも…良かったです…」
「そ、そうか…」
「…はい」
 
 良かったのなら、良かったと思った。
 練習の甲斐があった、と言うものだ。
だが、その「練習」を思い出して、今度はもう一方に対しての罪悪感が湧いてきた。
本当に良かったのだろうか、と。
「あ…その、また…お願いします……」
「ああ…」
「では、失礼しますっ」
 
 俺の返答を待たずして、彼女は逃げるように去っていった。
 唇には、藤林の唇の感触が残ったままだった。やけに柔らかで甘美な感触が。
 
 …そして、無意識のうちにまた比べていた。
 
 
 
 
--------------------------------
 
 
 
 
「ただいま」
 
 あいつとデートに行っていただろう妹が帰ってきた。
 
「おかえりー」
 
 あたしはいつもと変わらないような出迎え方をした。
 ただ、妹の表情はしっかりとチェックしていた。
…その表情は…、
 
「お姉ちゃんっ、ありがとう」
 
 その言葉を聞くまでも無く、あたしの作戦が成功したことを表していた。
少し頬は赤いままだったけど、喜びで満ちあふれていた。
 それを見てあたしは…複雑だった。
 
 後ろめたい気持ちはもちろんあった。
 けれど、妹が喜んでくれたことにガッツポーズをしてる自分もいた。
 
「…で、どうだったの? あいつのキスは」
「えっ?! あ、うん。すごく上手だったよ…」
 
 妹は突然のあたしの質問に、一瞬は驚いたけれど、すぐにあたしの質問に答えてくれた。
嬉しそうに。凄く嬉しそうに。
 そして、こう言った。
 
「岡崎くんは初めてじゃなかったのかな?」
 
 
 
 
 
「ああ。あいつなら、昨日『キス失敗したらどうしよ〜』とか言ってたから、初めてよ。
 必死こいて練習したんじゃないの?」
 
 あたしは嘘をついた。
 アイツにキスの経験が無いのは本当だった。
 でも、その「初めて」を奪ったのは、誰でもないあたしだ。
「練習」とか言って。
 部分的には、間違ったことを言っていない。
 
「へぇ〜っ。あ、やっぱりお姉ちゃんが?」
「えっ? 何が?」
「ほら…。岡崎くんと上手くキスできるように…って。してくれたの?」
「あ…。うんっ、もちろんそうよ」
 
 焦った。
 バレたのかと思って。
 でもそれは杞憂だったみたいだった。
 
 
 
 
 
 けれど、あたしは次の瞬間、背筋が凍る思いがした。
 
「じゃあ…、お姉ちゃんが岡崎くんの練習に付き合ってくれたんだ」
 
 
<第1話終わり→第2話に続く>
 
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 りきおです。「岡崎家After」が終わらぬうちに、また新たな連載を始めてしまいました(汗) ただこの話はかなり前から温めていたもので、忙しいこともあってなかなか第1話がまとまらなかった作品だったりします。
 
 この後ですが…3人の微妙な関係が、「キスしたこと」によって、本編から変わっていく…。と、そんな話にして行こうと考えています。
 もし興味がおありでしたら、次回更新をお待ちください。
 
 感想などあれば、
 
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