『岡崎家After本編〜第三話(家族旅行編・その1)』
ガタンゴトン。
規則正しい振動に揺られていた。
どこかで見たような光景。
―既視感?―
違う。
これは、1年位前に実際に体験したことだった。
俺たちはある場所へ向かっていたのだ。
今も、そのときと同じ場所へ向かっていた。
…ただ、目的も周りの光景もかなり異なっていた。
膝の上には娘がいた。
あの時は膝の上になんか座れなかったんだ。これだけでも大きな違いだ。
今は、その温もりを確かなものとして感じられた。
そして、目の前には妻が。
隣にはもう1人の娘が。
「あっ、あれ見てくださいっ。ヘンな形の岩ですっ」
「すげーな」
「面白い形してるわね〜。あれもそうねえ」
「すごいすごいっ」
随分と賑やかになった我が家族の中にいて、俺は幸せを感じずにはいられなかった。
そして、こんな幸せな旅行ができるなんて、あの時は思っていなかったことも思い出しながら。
長旅も全く苦痛にならなかった。
「海よっ!! うみぃ〜〜〜〜っ!!」
「うみぃーーーっ」
「海ですっ。懐かしすぎますっ」
長旅を終え、目的の地に下り立った。
駅からほど近いところに、広大な砂浜が広がっていた。
見上げれば、深い青色をした夏の空。
そして、下には広がる青い海。
「汐ちゃん、早く行きましょうっ。海が風子たちを呼んでますっ」
「うんっ」
そう言うと、あっという間も無く駆け出す娘たち。
俺とキスして、頬を赤らめていた姿はどこにも無かった。
そのまま海へと一直線!
「お、おいっ。ちょっと…」
「大丈夫よ」
落ち着き払った感じで見守る杏。
水際がまであと少し、と言うところで、
「今です、汐ちゃんっ」
「らじゃーっ」
その風子の掛け声と同時に、2人は着ている服を一斉に脱ぎだした!
「こ、こらっ!!待てって!!」
俺の制止もお構いなしで脱ぎ始めた2人。
でもその次には…、
「さあ、泳ぎましょうっ」
「うんっ」
水着姿になっていた!
しかも、お揃いの、スカートのようなヒラヒラのついたタイプだった。
「…あれ、お揃いか?」
「そうよ」
そうらしい。
いくら風子が小さいとはいえ、幼稚園児と比べたらやはり大きい。
そんな2人がお揃いの水着があったこと自体が驚きだった。
もっとも、服の下に水着を着込んでいたこと自体がより驚きだったが。
「お揃いの、探すのタイヘンだったのよねえ」
杏が俺の心を見透かしてか、そんなことを答えてくれた。
そうやって、俺が呆然と観ていると、娘たちは水際まで駆けて行った。
そして、飛び込む……のかと思いきや、水辺で急停止した。
「岡崎さ〜んっ」
その場から、遠く離れた俺を呼ぶ声が聴こえた。
「何だ〜っ、風子〜っ」
「浮き輪です〜っ。浮き輪を膨らましてくださ〜いっ」
俺はズッコケそうになった。
「2つ分ですっ。しっかりお願いしますっ」
どうやら、自分と汐の分をちゃっかりねだっているようだ。
俺は水辺近くまで行くと、タバコ断ちして復活した肺を目一杯使って、2つの浮き輪を膨らました。
ぷか〜、ぷか〜。
「気持ち良いですねっ、汐ちゃん」
「うん。きもちいい」
娘2人は、浜辺から程近いところで、俺の浮き輪を使ってゆらゆら浮かんでいた。
俺は沖に流されていないかを注意しつつも、ビーチパラソルの下でくつろいでいた。
「…で、俺たちはどうする?」
「何がよ?」
涼しげに浮かぶ娘たちとは違い、俺たちは普段着のままだった。
…早く涼しい格好になりたかった。
「水着に着替えようって思うんだが」
「ああ。なら朋也が先に行ってよ」
「良いのか?」
「うん。その間はあたしが2人を見とくから」
「わかった」
言葉に甘えて、俺は先に水着に着替えに行くことにした。
まあ、男の着替えなんてのはすぐだ。
杏に手渡された水着を持って、シャワー室に入ってさっさと着替えた。
「お待たせ。お前も着替えてこいよ。急がなくてイイからな」
「うん、ありがと。…じゃ、じっくり着替えてくるわねっ」
そうウインクしながら答えた杏。
杏を見送った後、パラソルの下に敷いたレジャーシートの上に寝転んだ。
それほど遠くない海上に浮かぶ2人を眺めていた。
「汐ちゃんは泳げますか」
「うん」
「どのくらいですか」
「うーん、ようちえんのプールをぜんぶ」
「ぜんぶですかっ」
「うん」
俺の耳に入ってくる会話を聞き取っていると、どうやら汐は泳げるらしかった。
「浮き輪つけてですかっ。それなら風子にも出来ますっ」
「ううん。うきわなしで」
「「え〜っ?!」」
俺は驚きのあまり起き上がり、思わず出した声が風子の叫びとユニゾンしてしまっていた。
汐は元々、運動神経は抜群だと聞いていた。俺や…認めたくないがオッサンからの遺伝だろうと思った。
しかしそれ以上に、フロンティアスピリットに富んでいたらしく、どんなスポーツにも挑戦しているようだった。
だから、泳げても何の不思議も無いのだが…。
「風子、実は浮き輪無しでは泳げません…」
風子がカナヅチだったことにもちょっと驚きだった。
イメージからして、想像できないわけでは無かったんだが。
「とーもやっ」
俺を呼ぶ声がした後、突然視界が塞がれた。
「だーれだっ」
目を塞ぐと同時に、後ろから誰かが抱きついてきた感触があった。
…直接触れる地肌の感触。
…限りなく薄い生地越しに感じる胸の感触。
…覚えのある匂い。
それで無くても、声の主が誰かくらい、すぐにわかっていた。
「杏。…感触が刺激的過ぎるんだが…」
ほとんど、裸に近い感触がして、俺は欲情してしまいそうになっていた。
すると、その気配を察したのか、すぐに離れてくれた。
「ごめんごめん。でも見てよっ。じゃーん」
そう言うので、俺は後ろを振り返った。
するとそこには…、
カラフルなビキニ姿の杏がいた。
「おおっ」
思わず声が出てしまった。
「…で? どうっ? どうなの、朋也っ」
俺は、杏を上から下まで舐めるように見やった。
まず…スタイルは完璧だった。
胸もおしりもいい形だったし、ウエストもある程度くびれていた。
と言うか、全く無駄なところがどこにもない、パーフェクトなカラダだった。
「すげぇ…。格好いいぞっ!!」
杏の裸は以前にも見たことがあった。
が、水着姿とはまた趣が全く違っていた。
「そう? 嬉しいっ。ありがとっ」
そう言うと、また俺に抱きついてきた。
「…杏。気持ちは嬉しいけど、刺激が……」
「あっ、ゴメンゴメン」
俺は、興奮を抑えるので精一杯だった。
2人で寝そべったり座ったりしながら、娘たちを眺めていた。
…ただ浮かんでいるのだと思ったら、水の掛け合いをしたり、パチャパチャとバタ足で泳いだりしていた。
「ねえ、朋也。折角だから、あたしたちも泳がない?」
眺めているだけなのが退屈だったのか、杏が言い出した。
「いいな。泳ごうかっ」
「うんっ」
俺たちも浜辺へと駆け出した。
ばしゃばしゃ。
「あーっ、気持ちいいわねーっ」
杏は少し潜ると、軽く泳いでまた浮上した。
濡れて質感を減らした髪が、いつもより色っぽく見せていた。
「朋也も泳いだら?」
「あ、ああ」
杏にはそう言われたが、特に目標もアテも無く泳ごうと言う気にはなかなかならなかった。
「岡崎さん。もしかして泳げませんか?」
「んなわけないだろっ。お前とは違う」
「へぇ〜っ。じゃあ自信あるんだ?」
思わず風子には反論してしまったが、それが杏のある部分に火をつけてしまったようだった。
マズい、とわかっていたが、もはや引けなかった。
「じゃあさ。あたしと勝負しない?」
自然な流れだった。
…自然なのか? 妻が夫に対して勝負を挑むのが。
でも、杏の性格からしたら自然なことかもしれなかった。
「杏さんはいかにも泳げそうです。得意ですか?」
「せんせい…おかあさん、およぎすごいっ」
「あらー。まあ汐ちゃんはわかってるわよねー」
「うん」
どうやら、杏は幼稚園でその泳ぎを披露しているらしかった。
それに、汐の泳ぎを指導したのもこいつなんだろうと思った。
興味が湧いてきた。
俺は泳ぎはめちゃくちゃ得意ってわけでは無い。
が、中学時代にバスケ部のメンバーでよく泳ぎに行ったんだ。
ブランクは相当あったが、体力は落ちていないし、まず負けないだろうと思った。
それに、娘たちに父親としての威厳を見せつける良い機会だった。
妻にも、夫の凄いところを見せ付けねばならなかったし。
「…いいだろう。受けて立ってやろうじゃないか」
「あら? いいの。無様な姿を晒したら格好悪いわよ?」
「そっくりその言葉を返してやるぜ」
「あら。言ってくれるじゃない」
何か、昔を思い出すやり取り。
高校時代は、こんな風にいがみ合ってたりしてはいたけど、今思えば随分と仲が良かった。
杏は、あの頃から俺の事が好きだったらしいが、今になってみればわかる気がした。
でも、勝負は真剣だ。
「やりますかっ。岡崎さんがどこまで杏さんに食い下がれるがが見物ですっ」
「たのしみっ」
娘どもの評価では、何故か杏有利だった。
俺はその評価を覆すべく、気合を入れた。
「じゃあ…あの沖のブイまでね」
「わかった。…溺れんなよっ」
「そっちこそっ。助けてあげらんないからねっ」
言葉ほどの緊張感は無い。
だが、競うことへのワクワク感と、絶対に負けられない戦いへの気合が沸々と湧いてくる。
「じゃあ、行きますっ。位置についてください」
風子の合図で、俺たちは臨戦態勢を整える。
「よーい…」
「どんっ」
最後の汐の掛け声と同時に、俺たちは一斉に泳ぎだした。
「あ〜っ。汐ちゃんずるいですっ」
「えへへ」
娘たちの声が聴こえた気がしたが、すぐに泳ぎに集中して聴こえなくなった。
俺の泳ぎは…がむしゃらだった。
一応はクロールだったが、小学校の時に習ったことを微かに覚えているだけで、ほとんど我流だ。
息継ぎもソコソコに、腕力と脚力でブイを目指した。
…もう随分と差は開いた、と思ったが、隣には水を掻く音が、俺の発する音よりも遥かに小さく聴こえた。
息継ぎのときにチラ見すると、ほぼ横一線だった!
マズい! と思った俺は、息継ぎなどお構いなしの暴走モードに切り替えた!
…。
「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ…」
「はぁ、はぁ…。朋也、意外と速いじゃない…」
「ぜぇ…。お、お前こそ速過ぎ…」
結果は…引き分け。
だが、ゴール後の疲労の仕方を見れば、ほぼ完敗だった。
俺は、ブイに掴まるのがやっと、と言う状況だったが、杏は立ち泳ぎをする余裕があった。
「朋也…。あの泳ぎ方で互角まで持ってくるなんて…、やっぱり凄いわよ…」
「お前こそ、フルパワーの俺と互角とはな…」
俺たちはお互いと称えあった。
戦ったものだけにわかる感情があった。
「あの子たちも心配してるし、そろそろ戻るわよ」
すっかり息が戻った杏は、そう言って泳いで戻っていった。
俺は未だ荒い息をしながら、ブイに掴まったままだ。
杏の泳ぐ姿を後ろから眺めるしかなかった。
しかし…、
「そりゃあ違うわ」
その姿を見て、思わず声が出てしまった。
泳ぐフォームが違いすぎた。
俺のがむしゃらな泳ぎ方ではなく、競泳選手のようなキレイなフォーム。
よくもまあ、パワーだけで互角に押し切れたものだと、我ながら感心した。
「お2人とも凄かったですっ。あっという間に向こうに行ってました」
「すごかった」
「うーん。引き分けってのは納得いかなかったけどねえ。ね?」
「え? ああ。まあ来年だな」
「うん。じゃ、来年覚悟しときなさいよ?」
思わず振られた言葉に応えてしまい、再戦が決定してしまった。
「どっか通うかな…」
俺は誰に言うでもなく、ぼそっと呟いた。
その後は、水遊びをしたり、ビーチボールで遊んだり、汐の泳ぎを見たりした。
特に驚いたのが汐の泳ぎだった。
「ほらほらっ。こっちこっち〜」
「うん」
ぱしゃぱしゃぱしゃ…。
「…できた」
「うんうん。偉いわねえ」
浮き輪を外した我が娘は、軽く10mくらいは泳いでいた。
そう言えば前に、汐が幼稚園から帰ってきたときに言っていたようなことを思い出していた。
あの時既に「およいだ」とか言っていたような気がする。
…が、しょせん幼稚園のプールで水遊びした程度だろう、としか考えていなかった。
園児だと思ってかなり見くびっていたが、さっきの風子との会話といい、本物だった。
ごめん、汐。と、俺は心の中で謝った。
「さすがは俺の娘だなっ」
「何言ってんのよ?! コーチであるあたしの指導の賜物なんだからっ、ね?」
「…うん」
「ぐぁっ…負けた…」
「風子も指導してもらいたいですっ」
こうして、その後は杏による水泳教室になった。
…風子は、顔を水につけるところから始まったが、最後には5mくらいは泳げるようになっていた。
そうこうしている間に日が暮れてきた。
今日の宿は既に決めてあるので心配は無かった。
とりあえず宿に荷物を預けたが、杏は民宿の人に何かを訊いていた。
「…ある? あります? じゃあ、そこ予約してください!」
何を予約したのだろうか?
荷物を部屋に置きに行った後、俺たちは杏に訊いた。
「杏、何を予約したんだ?」
すると杏は、ニヤリと笑って言い放った。
「家族風呂よ。か・ぞ・く・ぶ・ろっ」
「家族風呂?」
「そう。ほら、大浴場なんかだったら一緒に入れないじゃない。
だから、4人で入れる貸し切りのお風呂のことよ」
「みんなでおふろ?」
「そう。汐ちゃんも風子ちゃんも、あたしも…朋也もっ」
「すごくたのしみ」
「あ、それ何かワクワクしますっ」
「何ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!」
驚く俺を尻目に、女性陣は盛り上がっていた。
どうなる、俺?! どうなっちゃう?!
続く!
<第3話終わり→第4話に続く>
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最後は…某ジョーさんのパクリですね(謝)
旅行です。初めての家族旅行です。しかも海。しっかし、仲の良い家族で羨ましいですね(自分で言うな)。
旅行はまだ続きます。次回は…家族風呂ですかw 3対1とは言え…朋也が羨ましすぎますね(汗) ご期待くださいw
感想や要望などがあれば、
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