「…よろしければ、風子とお友達になってくださいっ」
あの言葉を聞いてから、俺の止まりかけていた時計が動き始めたんだ。
仕事をサボっていた秒針が、本職を思い出したように。
『とらいあんぐる・ろ〜ど』
風子が復活してしばらくが経った。
渚も学校に来れるようになって、ようやく学校生活が充実してきていた。
毎日、学校に来るのが「楽しみ」って思える日が来るなんてことが、
自分自身でも信じられないことだった。
「風子。どうだ学校は?」
そんなある日。俺は風子と2人で帰路に就いていた。
「はい。意外に皆さん優しくしてくれるので、風子ビックリしてます」
「そっか」
「お友達も早くも出来てしまいました。今後一緒に遊ぶ約束もしました」
そんな言葉を聞くと、安心すると同時に、どこか寂しさを感じてしまう俺がいた。
友達と言えば、俺たちしかいなかったあの頃。
でも逆に、こいつと一緒にいる時間は遥かに多かったんだ。
だから、複雑なんだと思った。
「岡崎さん、寂しいですか?」
「あ、いや…」
「風子は、岡崎さんみたいな友達しかいない状況を脱することができて、ほっとしてますっ」
しかし、そんな言葉とは裏腹に、繋ぐ手はより強く握りしめられていた。
「でも岡崎さんは、風子の記念すべき『お友達第1号』です。だからもっとしゃきっとしてくださいっ」
そう、上目遣いで俺を見上げる風子。
その瞳は、抗議をするどころか、どこか嬉しそうなものだった。
「ああ、わかったよっ」
そう言って、俺も握りなおした。
そして歩き始めた。
いつもの、伊吹家への家路を。
「あっ。ふぅちゃん、朋也くんっ」
校門のところで、見知った顔に出会った。
「よぉ、渚。先に来てたのか?」
「はいっ。ここでおふたりを待ち伏せしてましたっ」
そこにいたのは、渚だった。俺の彼女でもある。
風子が復活する少し前に、ようやく体調が元に戻って学校に来れるようになっていた。
「おふたりとても仲良しです。教室を出たときに声を掛けようかと思ったんですけど、
タイミングがわからずに逃げてきてしまいましたっ」
…。
だから、校門に先回りしてきたと。
「渚さん、こんにちわです」
「はい。ふぅちゃん、こんにちわ」
律儀に挨拶を交わす2人。そして、手と手を繋ぐ。
妙な空気を感じつつも、俺たちは帰路へ就いた。
「今日は春原さん、いないんですか?」
そう口を開いたのは渚。
俺たち4人は割とセットでいたから、いないことに違和感を感じているのかもしれない。
「あー。アイツなら昼休みの時だけ学校に来て、また帰ったぞ」
いつものことだった。
風子が復活してから、しばらくは一緒に帰ったりもしていたが、
そのうち面倒になったのか、またいつもの調子に戻っていたのだ。
「今日も…です。本当にしようが無い人ですっ。最悪ですっ」
「まあ、仕方ないです。春原さんには春原さんなりの事情があるんです」
「ああ。…大した用事じゃあないだろうけどな」
どうせ、ゲーセンとかで後輩に金をせびっているんだろう。
そんなくだらないことを言う気にもならず、俺は2人を促した。
3人で手を繋いで歩く。
その姿は、この制服を身につけている人間としては少々滑稽かもしれなかった。
現に、俺たちを追い抜いていく奴らは、一瞬俺たちのほうを振り返ることもあった。
けれど、そんなことにはお構いなしだ。
そして中には、
「風子ちゃん。お気をつけて!」
「今日も風子ちゃんに会えて幸せでした!!」
…などと、親衛隊であろう連中が声を掛けてくることもあった。
風子は軽く会釈してやり過ごすのだが、
親衛隊の奴らは、そんな風子を見て、嬉々とした表情で帰っていくのだった。
「あの人たちは、どうしてあんなに喜んでいるのでしょうか…」
風子には自覚が無いようだが、こいつの笑顔は、親衛隊の連中にとっては何よりのご褒美になるんだろう。
俺だって、こいつの笑顔を俺に向けて欲しいから、尽力したことだってあったからだ。
「ふぅちゃん凄いですっ。その技、わたしも盗みたいですっ」
「盗まなくていい…」
「? どうしてですか?」
「…いや」
どう言う意図で言ったのかはわからなかったが、その技は盗んで欲しくは無かった。
桜の木々も、葉を色づかせる季節。
もうじき、地面一面が色とりどりの絨毯で敷き詰められるんだろう。
「そろそろ寒くなりますね」
「ん? もう少し先じゃねえ?」
「はい。そうなんですけど、もうすっかり秋ですね、ってことです」
「そうだな…」
俺たちが、出会ってから初めて迎える秋。そして冬。
その頃にはどうなっているんだろうか?
変わらないでいられるんだろうか?
「渚さんは、秋はお嫌いですか?」
「えっ? いいえ。そんなことはないです」
どういう意図で言ったのかはわからなかったが、風子が渚に聞いていた。
「あの…、どうしてそう思ったんですか?」
「はい。少し、寂しそうと言うか、悲しそうな気がしたからです」
「そうなんですか…。ふぅちゃん、なかなか鋭いですっ」
少し困ったような表情を浮かべて、そう渚は答えていた。
「当たりですか?」
「半分当たり、半分は…わかりません」
「どう言うことでしょうか?」
俺にも興味があった。
秋が、いや寒くなることがあまり好きではない、と言うことに。
俺は言葉を待った。
「寒くなると、いつも家の天井ばかり見ていた気がするんです」
「えっ? ちょっと危ない遊びですか、それは」
「違うんです。ずっと、お布団の中で寝ていた思い出しかないからです」
「あっ…すいません。風子が悪かったです…」
それを聞いて、俺は出会った頃を思い出していた。
学校が好きで好きでしようが無いのに、校門へと、教室へと歩き出せない彼女を。
それは、その前の年の後半は出席できなかったことで起こったことでは無かったか、と。
知った人が誰もいなくなった学校を見て言っていたのでは無かったか。
『何もかも、変わらずにはいられないんです』って。
そう思い返した俺と、的外れな質問をした風子は、おそらく同じような表情をしていたと思う。
「あっ。ふぅちゃん、そんな顔しないでくださいっ。
お布団で寝ているときは、お父さんやお母さんがとっても優しくしてくれたんですっ。
だから、悪いことばかりでも無かったですっ」
渚はそう言って取り繕おうとしたが、暗くなってしまった空気を変えることは出来なかった。
でも、
「現にわたし、今はこうやって凄く幸せですっ。
ふぅちゃんが学校に来れるようになる頃になる頃に、わたしも治りましたっ。
こうやって、朋也くんと3人でいられるなんて、凄く幸せなことですっ」
「そう…だよなあ。な、風子」
「…はいっ」
俺たちは、3人で行動することが多かった。
特に休みの日なんかは、渚と2人きりなんてことは殆ど無く、
風子をあわせた3人でいることがほとんどだった。
場所は…風子がお気に入りの古河家が多かった。
あとは、近くの公園とか。
きわめて安上がりだったが、たまには遠出することもあった。
隣町へ服を見に行ったり、動物園に行ったり…。
そんなときに見る2人の後姿は、仲の良い姉妹にしか見えなかった。
俺にとっても、風子の問題も解決して、渚が元気な今はとても幸せだった。
そして、3人が同じ時間を共有できるってことも。
願わくば、こんな時間がずっと続けば良いと思っていた。
ずっと…永遠に……。
「…寒いな」
風が冷たくなってきたある日、通学路で俺は、誰に言うでもなく呟いた。
いつしか、足元には赤や黄色の絨毯が敷かれていて、見上げると、
僅かに残った色づいた葉が、寂しそうに風に揺れていた。
「…遅いな」
帰りは家まで送るのだが、行きは通学路の途中でいつも落ち合うことになっていた。
普段は俺の方が待たせることが圧倒的に多いのだが、今日は俺1人で待っていた。
…少しだけ、嫌な予感がした。
次々と登校して行く生徒たち。
3人でいるときには注目されたものだが、1人でいるとさほど気にとめるヤツはいなかった。
そして、その人波は次第にまばらなものへと変わっていった。
「…はぁはぁ。お待たせしました」
待ちくたびれて、壁に持たれかかって居眠りをし始めていた俺は、聞き覚えのある声で起こされた。
「…風子か。遅かったな。何かあったのか?」
少しだけした、嫌な予感を振り払うようにして訊ねた。
そして、言ってみて気付いた。
「? 渚は?」
「居眠りしてる人になんか答えられませんっ」
まあ、もっともな言い分だった。
でも、俺の疑問は解決するはずも無く、再び、
「ゴメン。で、渚はどうした?」
そう訊いた。
すると風子は、
「熱が出たそうで、来られないです」
聞きたくなかった答えを言われた。
嫌な予感が的中したかのようで。
それを言った風子も、どこか不安げな表情をしていた。
「そっか…。なら、学校が終わった後に見舞いに行くか」
「…はい」
俺は、そんな不安を振り払うかのように、日常を継続することを選んだ。
誰もいなくなった通学路で、俺たちはいつものように、手を繋いで坂の上へと向かった。
授業が終わり、俺たちは真っ直ぐに古河家へと向かった。
「いらっしゃいませ〜」
いつものように、笑顔で迎えてくれる早苗さんがいた。
「ちわ」
「こんにちわです」
俺たちもいつものような挨拶をした。
「あ、おふたりでしたか。
渚なら2階にいますよ」
「わかりました」
早苗さんの様子は、いつもとそれほど変わらないものだった。
それほど、渚の状態は深刻では無さそうだった。
俺は少し安心しつつも、歩き慣れた階段を上がった。
「よぉ」
「渚さん…」
俺たちは、布団に寝ている彼女を見舞った。
若干微熱が出ているようだったが、思っていた以上に元気そうだった。
「岡崎さん、ふぅちゃん。わざわざすみません」
「風子はともかく、俺はお前の彼氏だぞ? 当然だろう」
「岡崎さんはともかく、風子は渚さんとは一心同体みたいなものですっ」
「心配かけてすみません…。でも、来てくれて嬉しかったです」
そういう彼女は、少し弱々しく見えた。
けれど、身体も起こせていたし、口調もしっかりしていたので、逆に少し安心できた。
「あっ」
「どうした? 風子」
「ふぅちゃん、どうかしましたか?」
突然声を挙げた風子に、俺たちは揃って反応していた。
「秋生さんと早苗さんに急用がありました。すみませんが、風子は席を外します」
「えっ?! そうなのか?」
「…気にしないでください」
「わかった。じゃあまた後でな」
「はい。…では」
そう言うと、風子は階下へと姿を消した。
残されたのは、俺と渚。
「…案外、気を利かしてくれたのかもな」
「? どうしてですか?」
疑問形の彼女に苦笑しつつ、俺はその顔をじっと見つめた。
じーっ。
「…わたしの顔に何かついてますか?」
「いや」
少し熱が出ているせいか、顔は赤くてしんどそうだったが、
俺の好きな彼女の顔には違いなかった。
「相変わらず、可愛いなあって思ってな」
俺の言葉を聞いて、更に顔を真っ赤にする渚。
やはり…可愛い。
ちゅっ。
俺は我慢できなくなって、その顔に近づき、キスをしてしまった。
「あっ…。いきなりなんてずるいですっ」
そう彼女は言ったが、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
「なぁ、渚」
「なんですか? 朋也くん」
「また元気になったらさ…、色んなことしような」
「はいっ。また、ふぅちゃんと3人で、色んな事で遊びたいです」
「…だな」
そう言った後、もう一度キスしてやった。
風子も大切な存在だったけれど、お前が今一番大切なんだって。
だから早く良くなれ。
そんな気持ちを込めて。
じーっ。
キスをしている最中に、何処からか視線を感じた。
「ん? 風子、いるのか?」
思い当たる人物は1人しかいなかった。
唇を離して、決め付けて問い掛けると、
「…すみません。入るタイミングがありませんでした…」
と、恥ずかしそうに部屋に入ってきた。
「ゴメンゴメン」
「すみません、ふぅちゃん」
俺たちは離れて、気まずそうにしている風子を迎え入れた。
「…で、用件はお済みでしょうか?」
「まあ、な」
思わず渚の方を見ると、彼女と視線が合ってしまった。
瞬間、視線をそらす俺たち。
「やっぱり、おふたりは息がピッタリですっ」
と、風子にはからかわれてしまった。
「渚が元気になったらさ、またどっか行きたいな」
「はいっ」
「そうですねっ」
「どこかリクエストは無いか?」
いずれ渚は元気になるだろう。
そんな日を思って、俺は要望を聞いてみることにした。
すると早速、風子から意見が出た。
「海ですっ。海に行きたいですっ」
「海ですかっ。それはとっても魅力的なリクエストですっ」
「海…か」
実に風子らしい提案だった。
俺は、今とは逆の季節へ思いを馳せた。
風子も渚もいなかった今年の夏とは違う、楽しいことでいっぱいのはずの夏を。
その後も俺たちは、渚の顔を見るために古河家へ寄っていた。
「あっ。岡崎さん、またババを偽装しましたっ」
「はっはっは。騙されるほうが悪い」
「…朋也くんに釣られて笑ってたら、今度はわたしが騙されてしまいましたっ」
「渚さんは騙されすぎですっ。きっと岡崎さんにも色々と騙されてますっ」
「風子…お前もな」
渚が元気なときには、こうやって3人でトランプなどをして遊んだ。
けれど、熱が高くてしんどそうなときなどは、風子と2人で遊んだ。
でも、2人で遊べるゲームなんて多くなくて、しばらくするとトランプはやらなくなった。
学校での出来事を話すことも多かった。
俺には、風子か春原のしかネタは無かったが、風子は話したいことが一杯あるらしく、
友達やクラスメイト、授業の事なんかを事細かに話していた。
そして、そんな取り留めの無い話を渚は、楽しそうに聞いていた。
けれど、渚の体調は相変わらず良くならなかった。
むしろ、最初の頃は起こしていた身体は、だんだんと寝たままの時が多くなり、
横になったままで、話を聞くだけのことが増えていった。
「毎日寝たまんまだと退屈だろ?」
でも、こんなことを彼女に聞いても、
「いいえ。朋也くんとふぅちゃんがいつも来てくれるおかげで、わたしは全然退屈じゃありません。
むしろ楽しいです」
と言って微笑んだ。
その笑顔に俺は、心がちくり、と痛んだ気がした。
「岡崎さんっ。お待たせしました」
「いや。ちょうど良かったよっ。ほらっ」
「わっ。ありがとうございますっ」
「じゃあ、さっさとどっか行って食べようぜ」
「はいっ」
渚がいなくなった学校で。
昼休みは、風子と2人でいることが多くなっていた。
俺は元よりヒマだったが、風子は友達との付き合いもほどほどに、俺といることが増えた。
そんな風子と俺は、身体を寄せ合って昼食を食べた。
「今日のパンは何ですか?」
「今日はな…。伝説の『竜太サンド』だ!」
「あの伝説の…ですかっ。すごいですっ」
そう言うと風子は、より身体を密着させるようにして頬張った。
空気は冷たかったが、密着してる部分がとても暖かかった。
俺は、片手で風子の肩を抱きしめて、片手でパンを頬張った。
「パンは冷たいのに、とても暖かくて美味しいですっ」
「ホントだなっ」
渚はいないのに、少しだけ幸せな気分だった。
風子も、俺により一層身体を預けてきてくれた。
そんな毎日が続き、いつしか雪でも降り出しそうな季節へと移り変わった。
この町で雪が降ることは滅多に無かったが、それでも、刺すような寒さが堪えた。
それは…渚もそうだったんだろう。
ここ数日は、いつも絶やさない笑顔でさえ、作るのがしんどそうなくらいだった。
それでも俺と風子は、授業が終ると真っ直ぐ古河パンへと向かっていた。
彼女に望まれている以上、続けなければならなかった。
もちろん、俺たちも渚に会いに行きたかったから。
でもそんな日常は、意外な人物からの言葉で終わりを迎えた。
「岡崎さん、ふぅちゃん。もうここには来ないでください」
みぞれ交じりの雨が降る、特に寒い日。
俺たちは、渚に拒絶された。
「どうしてっ、どうしてですかっ?!」
俺も叫びだしたい気分だった。が、声を上げる前に風子が叫んだ。
すると、寝たままの渚は、汗のにじむ顔でも、にっこりと微笑んで言った。
「もうわたしは、歩けそうにもありません」
それは、筋力が落ちて…とか言う話では無かった。
筋力なら、リハビリすれば戻る。それは、風子自身が良く知っているはずだ。
何か言いたそうな風子に構わず、渚は続けた。
「わたしは、同じ場所で止まっていることしか出来ません」
もちろん、この部屋で寝ていることしか出来ない。
そんな意味もあったんだと思う。
でも、真意はもっと深いところにあった。
「でも、おふたりは歩けます。
どんな坂道でも、歩けます。
けれど、わたしのために、おふたりは止まってしまっています。
わたしはそれを思うたびに、申し訳なく思ってしまってます。
ですから、おふたりで先に進んでください。
わたしは、元気になれば、また追いつくように頑張って歩きます。
ですが今は、おふたりで手を繋いで、仲良く歩いていってください」
渚の決意を聞いた。
堅い、堅い決意を。
俺たちは、何も言えなかった。
言う言葉を持ってはいなかった。
風子は、涙を流していた。
俺はそんな風子の目元を拭ってやろうとした。
けれど、俺の視界も滲んでしまって、上手くは行かなかった。
「そんな…泣かないでくださいっ。わたしも…泣きそうになってしまいますっ」
潤む渚。
そんな彼女を見て俺は、
「わかった…。俺は風子と歩いて行く。…いいよな? 風子」
そう言って風子を見た。
風子は、顔をくしゃくしゃにしながらも頷いて、笑った。
俺も、笑った。
渚も…笑った。
3人で泣いて、笑い合って、別れた。
渚はその後、更に体調を悪化させて、隣町の病院に入院することになった。
しかし、見舞いに行こうとして古河家を訪ねると、
「行くな。行く必要は無い」
と、オッサンに拒絶された。
でもそれは、ただ拒絶したわけではなかった。
「アイツのあんな姿、見なくていいんだ。
また元気になって、いつでも笑ってるアイツが戻ってくるまで待ってろ」
「…わかった」
傍らにいた風子にも、視線を送って納得させた。
「スマン」
「いいって。待ってるからな」
「待ってます」
俺たちは、毎日のように通っていた古河家から立ち去った。
慣れとは怖いものだった。
アイツのいない学校生活…。それに慣れてしまった自分がいた。
もちろん、空虚な気持ちはどこかに存在していた。
ただ、そんな日常を受け入れようとしている自分もいた。
少なくとも、アイツは俺がここを離れるまでには帰ってこない。
なら、待つよりもするべきことがあるように思えた。
俺は、就職も決まり、残りの授業もどうでも良くなってからも学校へ通った。
1人残された風子との日常を続けるために。
俺自身が残したい繋がりを保ちたいがために。
それは、アイツとの繋がりを保つためにも必要なことだったから。
俺の卒業式の日。
形式的な式典が終わった後、風子と会う約束をしていた。
それは…俺の卒業後のことを話すためだった。
俺は、学校を離れる。
離れなくてはならない。
でも、渚と風子はここへ残る。
もちろん、それだけで切れてしまうような、浅い関係じゃない。
けれど、共通した世界を…毎日意識しなくても会えるような場所を、俺たちは失ってしまう。
今のままでは。今の、友達と言う関係のままでは。
意識しなくても会える関係にならなければ。
「あの…、よろしければ、風子と付き合ってくださいっ」
開口一番、そう告げられた。
一度は立ち止まった坂道だった。
アイツは許してくれるだろうか?
別の誰かと歩くことを。
「あっ。もちろん、渚さんから岡崎さんを取るわけじゃありません。
渚さんが復活したら、また3人で一緒です」
俺たちの中には、ずっとアイツがいた。
それに、俺も自覚していた。おそらくは風子も。
1人では歩けないことを。
それに、また3人で歩ける日を待つのなら、ふたりは揃っているほうが絶対に良い。
「渚さんが復活したら、風子とふたりを平等に扱ってくださいっ」
難しいかもしれないお願いだった。
けれど、どうしてかスンナリと受け入れられた。
「ああ。よろしくなっ」
ここからまた始まるんだろう。
長い、長い旅が。
なら、共に歩こう。
この小さなパートナーと共に。
眠ったままのアイツに、俺はそう誓った。
俺たちは手を繋いだ。
今までよりもより強く。お互いの存在を確かめるように。
学校と言う場所を離れても、ずっと一緒なんだと確認し合うように。
そしていつか、また3人で歩ける日が来るように、と。
周りには、咲き始めた桜が、新たな季節の到来を感じさせていた。
そんな中、俺たちは新たな一歩を踏み出した。
<終わり>
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〜あとがき〜
りきおです。いかがでしたか?
初めて、SSのメインキャラに渚を登場させましたが、上手く動いているかがちょっと心配です(汗)。
おまけに不幸になっている(?)と言う…。
結局のところ、風子がメインのお話になってしまいましたが、CLANNADを語る上で決して外せないキャラは、この風子だと思うわけです。
風子には、色々なパターンの終わりがあります。
風子シナリオでも、「付き合ってください」エンドと「お友達」エンドの2種類が。幸村エンドでは、風子のことを語る公子さんの話を聞いて、朋也は光の玉を送っているわけですし、After Storyでも、汐編で汐と朋也と出会った風子と、トゥルーエンドで「少女」に出会った風子と…。これだけ多くのストーリーに関わっているキャラはいないので、余計に描きたくなるんですよね…。もちろん、僕が「小さい」「ツンデレ」「健気」などのキーワードに特に弱いこともあるんですけどね。
ちなみに内容ですが、渚と風子がずっと一緒にいれたことは無いんですよね。お互いが友達の状態では。どちらかは立って、どちらかは引かなければならない関係なのでは?と思っています。ので今回は敢えてそういう終り方にしています。渚ファンの方すいません(謝。
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それでは。
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