『The First Summer』
「ゆういちぃ、コンビニ行こうよぉ」
「お前の場合、コンビニじゃなくて肉まんだろ？」
「あうぅ。ちがうよっ、マンガとかもあるもんっ」
「はいはい。…準備するから、ちょっと待ってろ」
「あ…うんっ」
そう真琴に頼まれて、俺はいつものように出かける。
それは毎日のように続く習慣で、でも当たり前のように続いているのが夢みたいで…。
不思議な感覚が消えないでいた。
「祐一っ」
そう言って、'あはは'だか何だかわからないが、とにかく笑顔で俺の手を取って歩き始めた。
その手は、驚くほど小さくて、でも柔らかで温かくて、ぎゅっと力をこめられるたびに、
俺を必要としてくれていることが感じられるようだった。
その手を引いてコンビニへと向かうのは、ごく普通の日常のことだった。
「いつもありがとうね」
「真琴、好きだからいつでも買いに来るからっ」
「ありがとう。…でも」
「でも？」
いつものコンビニで、いつも笑顔の店員のおばちゃんの表情が少し曇った。
そして、思いも知らないことを言った。
「この肉まんで最後なのよ」
「えっ？」
思わず聞き返す真琴。
「暑くなってきて、肉まんが売れなくなる季節でしょ？
明日からは、別のものに変わる予定よ」
「うそぉっ？！」
そのおばちゃんの言葉を聞いて、真琴は涙目になっていた。
「ねぇっ、祐一。あったかくなるのって、肉まんも無くなるってことなの？」
側にいた俺に縋る真琴。
「そうだな…。真夏の暑いときに肉まんを食べる酔狂な奴もいないからな」
「うそぉっ？！ こんな美味しいのに？」
そんな俺たちのやり取りを、おばちゃんは申し訳無さそうな顔をし、でも笑いながら見ていた。
真琴だけは知らないのだ。
これから迎える季節を。
「暑くなる」だけなら知っているのかもしれなかった。
でも、それだけじゃない。
肉まんも、たい焼きも売っていない季節が来るってことがわかるのだろうか？
俺は、それが少し心配になった。
「あったかくなるのって、けっこうつまんないんだね」
そう言って拗ねる真琴の肩を、俺はそっと抱いてやった。
「肉まんは無いかもしれないけど、他に楽しいことも一杯あるんだぞ」
「そっかなぁ…」
抱いた俺の手に、自分の手を重ねてぎゅっと握ってきた。
不安なのかもしれない。
でも俺には、初めての夏を一緒に迎えてやることくらいしか出来なかった。
その手をぎゅっと握り返した。
「あはは…。ま、いっか。祐一はいつでもいるんだもんね？」
「渡り鳥じゃあ無いからな」
出来れば、真琴にはこうやって笑っていて欲しかった。
だから、真琴の望むままに抱きしめてやった。
「祐一、寝よっ」
夜。
いつものように寝床に就いた。
「祐一のベッドってイイよね〜」
ごろんごろん。
ひとしきり転がった後、俺の胸元へぴとっと寄り添ってくる。
「あははっ」
間近で見上げてくる真琴の顔を見ると、思わず俺もその身体をぎゅっと抱きしめていた。
「んっ…、あったかいね」
「そうだな」
暖かいと言うよりは、そろそろ暑くなってくる季節だ。
こうやって、くっ付いて寝るのも、いい加減暑苦しくなってくるかもしれなかった。
でも、お互いに温もりを求めていた。
ただ、このままで良いとも思わなかった。
真琴は、俺にあまりにも依存しているからだ。
修学旅行もある。俺が家を離れるときもある。
そんなとき、真琴はどうするんだろう？
俺がいない日に、1人で寝られるんだろうか？
少々自信過剰なのかもしれない。
でも、戻ってきてからはベッタリの真琴を見ていると、そんな言いようも無い不安が湧きあがってきていた。
胸の中があったかい。
真琴がすーすー寝息を立てていた。
俺に頼りきっている気がした。
頭を撫でた。
何度も撫でたその頭。その髪。
俺は、複雑な気持ちを抱きつつ、この温もりからのしばしの決別を決意した。
それは困難を極めた。…今はそれを存分に堪能していたが。
「今日は自分の部屋で寝ろ」
「…え？ な、なんで？」
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本当にさわりだけの紹介ですいません(謝)
5年ぶりのKanonのSSで、正直力を出し切れなかった部分があります。が、上手くまとまってはいると思ってますｗ
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