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CLANNAD小説(SS)の部屋
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20    『岡崎家<第12話>』
2007.01.22 Mon. 
『岡崎家<第12話>』
 
 杏は結局、冬休みが終わるまで帰ってこなかった。
 
 それまでずっと同じ部屋で暮らしてきたこともあり、
 杏が出て行ったその日の夜には、俺は藤林家に電話していた。
 
 「もしもし。藤林ですけど…」
 その声は、まさしく杏の声だった。
 俺は、ラッキーと思う心と、安堵の心で、しばらく自分の世界に入っていった。
 「…あの、どちらさまでしょうか?」
 しかし、杏にしては言葉遣いがおかしい。
 「…岡崎ですけど……」
 「…岡崎さん……。岡崎さんですか?」
 杏なら、俺のことを岡崎さんなんて呼ぶはずが無い。
 と言うことは…。
 「委員長かっ?!」
 「…何年前の話ですかっ」
 声の主は、俺が3年の時にクラスメイトだった、杏の双子の妹である椋だった。
 ちなみに、杏も俺が2年の時のクラスの学級委員長だったが、委員長とは呼ばせずに「杏」と呼ばせたため、
 椋のことは「委員長」として記憶したのだ。
 懐かしい…。
 しかし、今はそんな郷愁に浸っている場合では無かったのだった。
 「そっちに、杏は行ってないか?」
 "行ってないか?"という表現はあまりにもおかしいものだ。
 行っているも何も、杏の家はあくまで藤林家なのだったから。
 俺の家は、あくまで擬似家族を演じているに過ぎないのだから…。
 「お姉ちゃん? 帰ってきてますけど」
 「そうか…」
 俺は内心ほっとした。
 春原にキレて出て行って、俺たちが把握できないような場所に行っていたらと思うと、
 嫌な汗を首筋に感じるものだったが、実家に帰っているのなら安心だった。
 「お姉ちゃんと何かあったんですか?」
 俺と杏がここで生活していることは、妹の椋もよく知るところなのだろう。
 そんな杏が、突如家に戻ってきたのだから、疑うのも無理は無かった。
 「ああ…。ちょっと春原がな…」
 「春原さんが、ですか…」
 この会話だけで分かり合えるのだから便利なものだった。
 「お姉ちゃんって、岡崎さんと暮らせるようになってすごく嬉しそうだったんです」
 意外な気もしたが、自分の中で納得する気持ちもあった。
 「ですから、お姉ちゃんをよろしくお願いしますね!」
 「…どういう意味だっ」
 「じゃあ、また!」
 ぷつっ。
 一方的に切られてしまった。
 「お、おいっ、まてっ!!!」
 つー、つー、つー。
 「切られてしまった…」
 誰に言うでもなく、ひとり言として呟いた。
 「まあ、いいか」
 ともあれ、杏の無事は確認できたわけだ。
 春原に何か言われた程度でどうこうなるやつでは無いとは思っていたが、
 無事を確認するなんて、どうやらうろたえていたらしかった。
 全く俺らしくも無かった。
 
 「どうしました、岡崎さん。夫婦ゲンカですか?」
 ぶーっ。
 含んでいたお茶を吹き出してしまった!
 「わっ。汚いですっ。最悪ですっ!!」
 直接掛かったわけでは無かったが、俺が吹きだしたお茶をそそくさと風子が拭き始めた。
 しかし…。
 
 "夫婦ゲンカ"
 
 何でこの一言に俺は動揺したのだろう?
 擬似家族としては、確かに俺と杏は"夫婦"ではあった。
 でもあくまで"ごっこ"なので、友達感覚が抜けることは無かった。
 
 「…しばらく、杏さんは戻って来ないのでしょうか…」
 少し心配そうに風子が言った。
 「せんせい、かえってこない?」
 汐まで心配そうだ。
 そのくらい、杏の存在はこの家で大きかったのだ。
 
 「さぁ、どうだろうな…」
 俺は「あいつ次第だ」と言いかけて言葉を変えた。
 確かに杏次第だろう。
 しかし、俺の考え方次第でもあった。
 杏のことをどう思っているのか?
 杏は俺にとってどんな存在なのか?
 少し頭を冷やして考える時間が必要なのかもしれなかった。
 
 
 杏がいない日常が始まった。
 家事は風子や汐が手伝ってくれたので、俺はごはんの準備だけすれば良かった。
 ただ、杏の作る極上の料理に慣れてしまっていたため、
 自分の作る料理には、不満ばかりが残っていた。
 納得できるのは、わずかにチャーハンくらいだった。
 
 そうしたある日、食事が終わった後、風子が俺に言った。
 「実家に戻ります」
 「待て」
 風子…お前もか、と言いかけたが、風子は俺の言葉を遮って言った。
 「修行してきます」
 まさか、この寒い中、滝行でもしてくるのかと一瞬だけ思ったが、瞬時に頭の中で打ち消した。
 「…気をつけてな」
 実家…つまり、公子さんと芳野さんが暮らす家へ戻るだけのことなのだが、
 俺は大げさに言って送り出した。
 「楽しみにしていてください」
 「ああ」
 修行の成果を楽しみに、と言うことだろうが、修行の内容すらわからない俺には、
 生返事しか返すことはできなかった。
 こうして、この家は再び、俺と汐の2人きりになった。
 
 
 「…また、2人きりになっちまったな」
 「…うん」
 俺たちは、再び2人きりになった家のコタツに入っていた。
 もちろん俺のヒザの上には汐がいて、俺はその身体を抱きしめているのだが。
 2人だけでも十分に暖かだった。
 でも、何か物足りない気がした。
 「なあ、汐」
 「ん?」
 「寂しくないか?」
 それは、娘への質問だったのだろうか?
 ただ、俺自身の心の内が出てしまっただけなのだろうか?
 何故かと言うと、汐はあまり寂しそうな素振りを見せてはいなかった。
 むしろ、俺を独占できていることが嬉しそうでさえあった。
 しばらく間があって、汐が口を開いた。
 「…ううん。でも、パパがすごくさみしそう…」
 わが娘は、見事に父親の本心を見抜いていた!!
 しかし、俺にも意地があった。
 「汐はホントに寂しくないのか?」
 わずか5歳の娘に対して、何ともイジワルな質問ではあったが、なりふり構っていられなかった。
 しかしその娘は…。
 「…ちょっとさみしいけど、パパがいるからさみしくない」
 と、直球で返してきた!
 俺はど真ん中のストレートを見送った打者の心理状態だった。
 あるいは、ノーガードで打ち合おうとしたら、思いっきり顔面にクリーンヒットを受けた感じだろうか。
 父親としたら、これ以上無い言葉を貰って正直嬉しかった。
 「パパも、汐さえいれば寂しくないぞ〜」
 俺のは、本心とは少し違うような気がしないでも無かったが、
 娘がいることの大切さ、ありがたさ、そして娘への愛おしさがトリプルパンチで襲ってきて、
 さらに懐にいる娘を強く抱きしめていた。
 「…パパ、すき」
 「パパも汐のこと大好きだよ」
 「うんっ」
 今この瞬間は、2人きりでいられることに感謝していた。
 2人きりでも、すごく暖かだった。
 
 正月休みも終わり、俺は再び仕事に出るようになった。
 風子や杏がいない日は、仕事前に古河家へ汐を預けて行くことにした。
 預けに行った時、早苗さんや秋生はなぜか嬉しそうだった。
 汐をいられることが嬉しかったのか、俺が頼ったことが嬉しかったのかはわからなかったが。
 
 
 数日が過ぎ、風子が唐突に戻ってきた。
 「ただいまです」
 ぱっと見た目、特に変わった様子も無かった。
 この家を出て行った日に、公子さんや芳野さんに風子の所在を聞いていたので、
 特に心配はしていなかった。
 何を修行しているかについては、風子からのキツい口止めがあるらしく、
 2人とも教えてはくれなかった。
 
 「修行の成果はどうだ?」
 仕方が無いので、俺は直接訊いてみることにした。
 すると風子は胸を張って、
 「まあ見ててくださいっ」
 とやけに不敵な笑みを見せた。
 
 「じゃあ、汐ちゃんも手伝ってください」
 「うんっ」
 風子の手を見ると、大きなスーパーの袋が一つ。
 それを手に、台所へと向かう。
 とことことこ…と、汐がそれに従う。
 どうやら2人で料理を作ろうと言う事らしい。
 
 それにしても、汐は風子によく懐いている。
 初めて2人が出会ったとき、汐の風子評は、
 「おもしろいひと」
 だった。
 それが、今やもう本当の姉妹と言っても差し支えないくらいだ。
 杏も含めて4人でいるときも、汐と風子はよく一緒に行動していた。
 まあ、見た目には姉妹にしか見えないのだが、恐ろしいことにこの2人は、親子でも通る歳の差なのだ。
 仲睦まじい光景を見ながら、事実を思い出して苦笑することがしばしばあった。
 そんな2人が、台所に立って食事の準備をしている…。
 
 「お、風子。何か作ってくれるのか?」
 かなり危ない手つきで、野菜の皮むきをしている風子に、俺は後ろから声をかけた。
 「今一番神経を使わなければならないところです。邪魔しないでください」
 手元を見ると…にんじんがあった。
 その皮を、りんごの皮をむくようにするのではなく、にんじんをまな板に置いて、
 包丁を上から「ズトン、ズトン」という感じで振り下ろしながらむいて?いた。
 明らかに危ないし、無理があるむき方だった。
 「皮むきくらいなら手伝うぞ?」
 そう提案すると、下のほうで俺のズボンの裾を「くい」と掴む感触があった。
 視線を落とすと、その感触の発生源は汐だった。
 「どした? 汐」
 そう訊くと、汐は訴えかけるように言った。
 「うしおと、ふうこおねぇちゃんがやるの」
 言われた瞬間、どうしてそんなことを言われたのかがわからなかった。
 でも、自分の中で考えてみて、ある結論が出た。
 「今回は、俺の手を借りずに、2人でやりたいんだな?」
 「うんっ」
 おそらく、2人だけで1から10までをやるつもりらしかった。
 だが、風子の手つきはあまりにも見ていられないものだったので、
 「野菜の皮むきはコレ使え。手を切ることは無いぞ」
 そう言って、野菜の皮むき器を差し出したが、風子は、
 「いいえ。包丁でむいてこそ一人前ですっ」
 と強情だった!
 しかし、俺はいつか見た、ナイフでざっくり切れた風子の手を思い出していたので、
 「これなら汐を一緒に皮むきができるぞ」
 と提案した。
 「それはグッドアイデアですっ。さぁ、汐ちゃんも一緒にむきましょう」
 「うんっ」
 と、俺の意図どおりに乗ってくれた!
 意外に素直だった。
 
 にんじんに続き、じゃがいも、たまねぎ、牛肉…。
 どうやらカレーを作っているみたいだった。
 スーパーの袋を見ると、カレールウの箱も見えた。
 その箱には、
 「バーモントカレー 甘口」
 と書いてあった。
 カレーの王子さまとかじゃなくて良かった…、
 と、ヘンなところでほっとしていた。
 
 「えいっ!」
 ストン
 「とりゃっ!」
 ストン
 「負けませんよっ!?」
 ストン
 妙な掛け声と共に、包丁が振り下ろされていた。
 最初は、その声にいちいち反応していたが、それがずっと続くので、次第に慣れてきた。
 
 野菜や肉を切った後はスムーズだった。
 肉を炒めて、野菜を煮込んで、ごはんをセットして、最後にカレールウを入れる。
 「できましたっ!」
 不安に思っていたが、俺や杏の助けなくして、風子と汐で作りきったようだ。
 
 「さ、食べてくださいっ」
 「たべて」
 俺は、風子に盛られた皿の上のカレーを眺めていた。
 どう見ても、揃っているものが一つと無い具材。
 大きさも形もバラバラだった。
 ただ、匂いは良いし、ルウの色もヘンなことは無かった。
 俺は、両手を合わせて、
 「いただきます」
 と言った。
 
 2人の食い入るような視線を感じる中、俺はごはんと共にルウをすくった。
 それを口へと運ぶ。
 ぱくっ。
 もぐもぐ…。
 「……」
 「…」
 「…うまい」
 「本当ですか!? やりましたっ、汐ちゃんっ」
 「うんっ! やった!」
 それは、味うんぬんでは無かった。
 もちろん味も確かに美味しかったが、とにかく2人が、ここまでの料理を作って食べさせてくれたと言うことが、
 俺に「うまい」という言葉を出させた。
 それと共に、じわり、と、瞳の奥から溢れ出る感触があった。
 咄嗟に目頭を押さえると、汐が突然、
 「おしっこ」
 と言った。
 それに、
 「ふうこおねぇちゃんもいっしょにきて」
 と言ったのだ。
 それを聞いた風子は、
 「やりましたっ。ついに風子は、汐ちゃんに連れションに誘われましたっ!」
 と、妙な喜び方をしていた。
 
 俺は、娘の偶然の行動によって、溢れ出る涙を拭い、皿に盛られたカレーを食べきった。
 
 「わっ。岡崎さん、食べるの早すぎですっ」
 「俺は、美味しい物を食べるときは、食べるスピードが早くなるんだ」
 それも事実ではあったが、あまり味わいながら食べていると、俺自身が涙を堪える自信が無かったからだ。
 「ありがとな、風子、汐」
 俺は2人を、頭を撫でることでねぎらった。
 2人とも、ちょっと照れの入った笑顔だった。
 「修行の成果はバッチリだったな!」
 「当然ですっ!」
 
 
 杏が戻ってくる様子は無かったが、娘2人は確実に成長しているようだった。
 明日から、再び幼稚園通いが再開される。
 そこで、おそらく杏と逢うことになるだろう。
 しかし、俺はどう言えば良いのだろうか。
 娘2人の温もりを感じながら、俺は眠りに落ちていった。
 
 <第12話・完→第13話に続く>
 
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 いかがでしたか?
 杏スキーな方にはごめんなさいですが、「岡崎家」を語る上では、風子と汐の存在はかなり大きいので、今回は出番がありませんでした。次回以降はあるはずです。
 
 僕は父親ではありませんが、娘に初めて料理を作ってもらったら、泣いて食べるかもしれませんね。ってことで書きましたw
 
 また感想などがあれば、
 
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などでお寄せくださいm(_ _)m
ちゃんと読んでいますのでw

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