『初恋はとろけるチョコの味?』
今年も準備万端だ。
レシピを教えてもらって、材料を準備して、あとは作るだけ。
今年は早苗さんに教えてもらった。
早苗さんの料理は最高だ。とにかく「美味しい」としか言えない。
当然、お菓子作りにおいてもその腕は発揮されていて、クッキーの作り方とかを教えてもらったこともあった。
…あれだけ美味しいクッキーが焼ける人が、何でパンを……。
でも、そんな信頼できる人だったから、わたしは今年のレシピを聞きに行ったんだった。
「汐もお年頃ですねっ」
そう言うと、嬉しそうに教えてくれたっけ。
その笑顔を見ていると、この人はわたしのお…ちゃんに当たる人だと言うことが全く信じられなかったけど。
教えてくれたチョコレートは、とても大人っぽそうで、甘いものが苦手なあの人でも美味しく食べてくれそうだった。
道具を取り出した。
小さな星型やハート型の型がいっぱい出てきた。
でも、その中で見覚えのある包装紙を見つけた。
「懐かしいな…」
わたしは、誰に言うでもなく呟いた。
1年前を思い出していた。
あれは…そう、わたしの、自分の気持ちに気付いた時だった。
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「うっしーは誰かいるぅ?」
「え? 何が」
「決まってるじゃない。チョコをあげる人よぉ」
「ああ…」
時は1年前…わたしはまだランドセルを背負っていた頃。
卒業を間近に控えた時期だった。
でも、大半がそのまま同じ中学に進むから、特別な感情は無かった。
野球で言えば、消化試合をしているような感覚かな。
だからわたしは、無防備に友だちの会話に参加していた。
「ふっふ〜ん。うっしーはまだパパかなぁ?」
「うっしー、パパ好きだもんね」
「う、うん」
こうやって言われると少し恥ずかしい。
パパのことはもちろん好きなんだけど…。
「でもさあ。うっしーのパパならぁ、クラスの男子なんか束になっても敵わないもんねぇ」
「うんうん。オトナだしカッコ良いし…。ウチもあんなパパだったらなあ」
パパのことを良く言われると、わたしまで嬉しくなるから不思議だ。
「…でっ、今年はどんなチョコにするのぉ?」
その後は、女の子同士で作戦会議になった。
甘ったるいくらいがちょうど良いとか、生チョコが簡単で無難だとか、
役立ちそうで意味の無さそうな情報交換をした。
わたしは、あまり甘くない板チョコを溶かして型に入れただけ…、
ってのを推奨しておいた。甘いものが苦手な人にはウケるはずだったから。
それは、毎年わたしがパパに作ってたものなんだけど。
「…でねっ。うっしーの初恋っていつぅ?」
「えっ? えーっと…」
いつの間にか話題が変わっていた。
初恋?
今まで何の関心も無かったキーワードだった。
振られても何も答えることが出来ない。
「ああ。うっしーにはパパがいるもんねっ。パパに恋してるって感じぃ?」
「あははっ。パパより凄い人が現れるまではお預けかな?」
「うんっ」
たぶん、まだわたしは恋をしていない…はずだ。
この子たちの言う通りだと思う。
さすがに、いつも顔を合わせてるだけのことはあって、わたしのことを良く見てくれていた。
「…で、ともちゃんはいつ? どんな人だった?」
「えっ? え〜っとぉ…」
…自分から聞いておいて自分は言えないって…。
でも、わたしは考えていた。
パパのことを。
そしてわたしは、ある人に連絡を取った。
とあるお願いをするために。
「杏センセーっ」
「汐ちゃんっ」
大きくなったけれど、10年くらい前と変わらずその胸に飛び込んだ。
大好きなにおいと温もり。じんわりとわたしを包んでくれる。
「えへへ…」
我ながらワンパターンだと思うけど、大好きな人に胸を埋めて、そして抱きしめてもらったら、
誰だってこうなってしまうと思う。
杏先生はわたしの幼稚園の時の先生。そして、パパの古い友達。
幼稚園の時には凄く世話になった。
卒園してからもちょくちょく会いに行っていて、たまに先生の家にも遊びに行く仲だ。
綺麗で格好良くて、優しくて、可愛いところもあって、料理がめちゃくちゃ上手い。
憧れの存在だった。
わたしの料理のレパートリーは随分と増えたけど、その大半は先生に教えてもらったものだった。
「汐ちゃん、可愛くなりすぎて、先生妬いちゃうなあ」
「えーっ? 先生もキレイだし可愛いって」
「あはは、ありがとっ」
そんな先生は、たぶんパパのことが好きだと思う。
パパと話しているときの先生はとても生き生きしていた。
…でも、どちらも全く行動には表していない。
パパは全く気付いていないし、先生も現状維持のまんまだ。
もし、パパが先生と付き合ったり結婚とかするのなら、わたしは受け入れたと思う。
どちらも大好きだったから。
「…でっ、今日はどうしたの?」
「うん。…チョコの作り方を教えてもらおうと思って」
「チョコ?」
「うんっ。バレンタインの」
「あ、ああ。そっか、もうそんな時期なのねえ」
うんうんと頷いている先生。
「…で? 汐ちゃんは誰にあげようと思ってるの?」
「えへへ。ないしょっ」
「どうせ朋也…パパなんでしょ?!」
「あっ、わかるー?」
「わかるわよっ。汐ちゃんのことくらい」
えへへ、あはは、と互いに笑い合う。
先生には丸わかりみたいだった。
先生に頼んだのは、パパのために本気でチョコを作りたかったからだ。
今までは、まるで行事のように作っていただけだったけれど、今年はそれでは許されなかった。
本気で作って、自分自身の気持ちを確かめたかった。
わたしがパパのことをどう思っているのか。
父娘として好きなのか、それとも…。
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ずっと見て来た。
あのふたりを。
最初は幼稚園に通う親子と先生と言う関係だったから容易かったけれど、
卒園してからも連絡を取り合ってたまに会ってる。
もちろん、アイツのことがまだ好きなのかもしれない、と言う気持ちも残っている。
けれど、それ以上に関わっていられることが嬉しかった。
それに、アイツの子どもであるあの子にも、特別な思い入れがあった。
今風の言葉で言えば、ネグレクト(育児放棄)されたわけで…。
その心の傷が残ってやいないか?と思って注意して見ていたわけだけど、
アイツと暮らすようになってからは、時折見せていた寂しげな表情も無くなったので安心はした。
ただし、あまりの豹変ぶりにビックリもしていた。
アイツにベッタリなんだ。
5年間も放置されていて、5年ぶん甘えているのかとも思った。
けれど、それでも説明がつかなかった。
だって、物心ついたときにもパパはいなかったんだから…。
早苗さんたちの教育の賜物である可能性もある。けれど…。
血は繋がっているとは言え、初めて暮らす大人にあそこまで懐くのは不思議に思えた。
…別に嫉妬してるわけじゃあない。…と思う。
卒園してから6年。
汐ちゃんは大きくなった。大きくなったと言っても、同年代の子たちよりは小さかったけれど。
ただ、確実に女の子らしい可愛らしさは身に付いていった。
そして今。
アイツのために、あたしが教えたチョコを一生懸命に作っていた。
一生懸命なんだけど、時々幸せそうに笑ったりして。
その姿は、子どもが親に作ってあげている姿…には到底見えなかった。
それを見て、あたしは何となく気付いた。
アイツが汐ちゃんを見る目は、確実に「親ばか」のそれだった。
けれど、汐ちゃんがアイツを見る目は、「ファザコン」くらいで収まるものじゃあ無い気がした。
本当に好きな人を見るような…。
もしそうだとしたら、あたしは汐ちゃんを応援することはできなかった。
ライバル…ってことは思って無かったけれど、さすがに普通じゃないから。
でも、一緒に暮らしてたら、例え親子でも好きになってしまうかもしれない。
そんな魅力がアイツにはあるのかもしれない。
それに、汐ちゃんの一途で真っ直ぐな気持ちには心を打たれてしまった。
見守ろう。
これからも、ずっと。
そして、ふたりが立ち止まったなら手を差し伸べよう。
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先生に教えてもらったトリュフを一生懸命に作った。
ちょっと甘さを抑えて、洋酒の香り付けをして。
思っていたよりも簡単で、少し拍子抜けしてしまったし、
生チョコに近い作りで、ハート型に作れなかったのは残念だったけれど、味見した感じは完璧だった。
ココアパウダーを振りかけて、見た目もそれらしくなった。
何より、作っている最中に、「美味しい」って言って食べてくれるパパの顔を想像したら、
どうしても顔がにやけてしようが無かったけれど。
「バッチリね、汐ちゃん」
「うんっ。ありがとう先生」
「あははっ。このくらい大したこと無いわよ。…頑張ってね」
「…うん」
わたしは、先生に何度もお礼をして家路へと就いた。
あとは、これをパパに渡すだけだった。
ワクワクしている自分と、ドキドキしている自分がいた。
パパが喜んでくれないわけは無かったけれど、出来ればパパの、予想を越えたって時の顔が見たかった。
「ただいまーっ」
「おかえり、汐」
玄関を開けると、パパがドアの前で待っていてくれた。
先生が電話でもしてくれたのかもしれない。
すぐにパパの胸に収まった。
「えへへっ」
その感触は、いつもどおり心地よいものだったけれど、意識してドキドキもしていた。
ただ、チョコを渡すだけなのにこんな気持ちになるなんて。
やっぱりわたしは…。
「はいっ、パパ。バレンタインのチョコ」
「おっ。ありがとな、汐」
そう言って、チョコを受け取ってわたしの頭を撫でてくれるパパ。
ここまでは去年までと変わらない。
問題はここからだ。
「パパっ。今食べてみてっ」
「今か?」
「うんっ。杏先生に教えてもらったんだ」
「杏にか…」
パパは色々と考えているみたいだったけれど、食べてみてくれるみたいだ。
ぱくっ。もぐもぐ…。
…。
「おおっ。…美味いなっ、コレ」
「ホント? やったーっ」
ちょっと感動だった。
「あんまり甘くないし、香りは良いし…。こんな美味いチョコ、初めてかもなっ。
汐、ありがとな」
そう言うと、パパはそっと抱きしめて頭を撫でてくれた。
「えへへ…」
わたしは…嬉しくて泣きそうになってたから、パパの胸に顔を埋めた。
そして、少しだけ泣いた。
こんなことは初めてだった。
パパにプレゼントして、パパからの言葉に泣いてしまったりしたことが。
…これがそうなのかな?
パパのことを思いながら、悩んだり笑ったり、ドキドキしたり泣いたり…。
たぶん、ただ父親として好きなんだったら、こんな風には思わないんじゃないかな?と思った。
「パパ。ちょっと耳貸して」
「ん? …わかった」
パパがしゃがんで、目線の高さに横顔が来る。
ちゅっ。
わたしはその頬にキスした。
「…あ?! こ、こらっ」
「えへへっ」
パパの頬が赤くなるのがわかって、わたしは凄く満足だった。
そして、わたしの気持ちにも確信が持てた。
…パパのことが好きなんだって。
父親としてじゃなく、1人の男の人として。
その気持ちは、今気付いただけで、今始まったものじゃない。
あの日、パパの胸に抱かれて泣いた日から。
ううん。もしかしたら、それ以前からずっと…。
大好きだよ、パパっ。
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そして今年。
思いっきり大人仕様のチョコの作り方を、早苗さんに訊いて作った。
いつもあっきーに作ってるチョコらしかった。
「はいっ、パパ。バレンタインのチョコ」
「おっ。ありがとな、汐」
昨年と同じようにパパに渡した。
そして、早速包みを開けて食べてくれるパパ。
もぐもぐ。
じーっ。
「…美味いな」
「ホント?」
「ああ。昨年よりももっと大人な感じがするなっ」
パパに気に入ってもらえたみたいだ。
今年のは、ウイスキーボンボンってやつだ。
もの凄く手間は掛かるし、難しかったけれど、何とか形に出来た。
パパはお酒が好きだったし、ちょうど良いんじゃないかって思ったんだ。
「汐も〜っ」
ひょいっ、ぱくっ。
わたしも1つ食べてみた。
チョコの甘味の後に、ウイスキーの濃厚なお酒っぽい味が口の中に広がった。
「お、おいっ、汐。これは…」
「えへ〜っ」
強烈なお酒の味だった。あっきーはいつもこんなの食べてるんだろうか?
ちょっと酔ってしまった。
顔がぽっぽしてくるのがわかる。
でも、わたしはズルい考えがひらめいた。
本当は少し酔っただけだったけど…。
「パパぁ」
ちゅっ。
パパに飛びついてキスした。
「こ、こらっ。汐」
パパは言葉だけは怒っていても、ちょっと屈んでくれてキスしやすくしてくれた。
ちゅっ。ちゅっ。
ほっぺに、首に、おでこにキスしまくる。
パパはくすぐったそうに笑っていた。
最後には、
ちゅぅっ。
「んぅっ」
くちびるにもしてた。
パパの可愛い表情を見てたら、我慢なんて出来なかった。
心もち長く。
「…う、汐?」
戸惑ったようなパパ。
ちょっとやり過ぎたかな? …って思ったけれど、
ちゅっ。
今度はパパからお返しのキス。
しかもくちびるに…。
とろけそうだった。
ううん。
このまま溶けてしまっても良いくらいだった。
チョコとおんなじように…。
「…パパっ」
「ん?」
「だいすきっ」
「ありがとなっ。俺も、汐のこと大好きだ」
「うんっ。えへへ…」
パパの気持ちと、わたしの気持ちは多分違うと思う。
けれど、お互いが「だいすき」って思い合ってることはとても幸せだった。
そうして確信した。
やっぱり、わたしの初恋の人は…パパしかいないってことに。
パパがわたしの気持ちに気付いてくれる日を夢見ながら、今日もパパの温もりの中で眠りに落ちた。
<おわり>
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バレンタインには縁もゆかりも無い管理人です(汗)
いかがでしたか?
バレンタイン記念SSとして書き始めたつもりだったんですが、前回のSS更新からXデーまで10日無い状態だったので、無理せずに仕上げました。おかげで、とりあえずは満足の出来になったかな?と思いますが…。
まあ、こんな風に汐にチョコを貰えたらなあ…と言う感じですね(ぉ
今回もアンケートを設置しました。よろしければお書きください。同人活動についての簡単な項目もあるので、感想以外にも手間でなければお願いします。
『アンケート』
また、いつものが良ければそちらにどうぞ。
「掲示板」
「Web拍手」
「SS投票ページ」
それでは、引き続き「汐中高生編」もしくは「タイムスリップ編」のほうも頑張っていきます。
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