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CLANNAD小説(SS)の部屋
CLANNADの小説を掲載していきます。

15    『蛍』(CLANNAD 汐・有紀寧SS)
2007.06.09 Sat. 
『蛍』
 
 
 かつては無数に飛び交っていたと言う光。
 そう言えば、おぼろげながら記憶の底の方に、その光景を見つけることが出来た。
 ただその光景は、聞かされたものとは大きく異なっていた。
 
 光は頼りなく、容易に数を数えられるくらいでしか無かったから。
 
 
 
「…パパ。どうしたの?」
「あ、ああ。何でも無いよ」
 
 現在。
 暗くなろうとも、そうした光は1つも見ることが出来なくなっていた。
 昼間に、自分の手のひらに光が降りてきたことはあった。
 けれど、それは何度か数えるほどでしかなかった。
 
 1人考え事をしながら歩いていると、横にいた娘に心配を掛けていたみたいだ。
 
「ゴメンな」
 
 そう言って俺は、再び離れていた手を取って歩き始めた。
 
 空を仰ぎ見た。
 そこは、漆黒の闇に包まれていた。
 その闇の中、弱々しく輝くものが僅かに見えた。
 
 星だ。
 
 視線を自分の周りへと向きなおした。
 そこには、輝く強い光。
 無数の人工的な光。
 その光たちは、俺たちだけじゃなく、空へもその輝きを送っていた。
 
 街灯は、時に心強く、時に鬱陶しいくらいに輝いていた。
 …そして俺は、仕事とは言えそれを設置し増やしているのだ。
 
 その輝きはあまりにも強く、空に輝く星たちの存在を霞めてもいた。
昼も夜も明るく照らしているから、もう何かが光っていても、見つけることは不可能なのかもしれない。
 そう思うと、自分がやってきたことの大きさが、それを何も考えずにやってきたことへの疑問めいたものが俺を襲い始めた。
 
「パパっ。明るいね」
 
 はっ、と傍らにいる娘を見た。
 視線が交錯した。
 娘は、ただ微笑んでいた。
 迷いなんかも、不安なんかも微塵も感じられなかった。
 俺とは裏腹に。
 
「そうだな…。あ。あれはパパが作ったんだぞ」
「そうなんだ。すごいっ、パパ」
 
 そう言うと、キラキラした笑顔を俺に向けてくれた。
 俺は、そんな笑顔を見るたびに、また仕事への自信を取り戻していくのだった。
 …単なる親ばかだが。
 
 いつものように、腕に感じられる柔らかな温もりを感じながら、いつもの家路を辿った。
 
 
 
 俺は、たくさんの犠牲の下に仕事を続けていた。
 学生時代に比べれば、格段に明るくなったこの町。
 暗がりが情緒を生んでいたなんてことは、街灯を立ててからわかったものだ。
 星が見えづらくなったことも、娘から「○○座ってどこ?」とか聞かれてから気付いたくらいだから…。
 
 でも、そんな湧き上がる疑問や不安は、娘の一言で霧散する。
 娘が、明るさに安心している様子を見て、やってきたことが間違っていなかったと思わせてくれるからだ。
 
 そうして俺は、また仕事に没頭でき、家に帰れば父親としてやっていけるのだった。
 
 
 
 ある日。
 
 迎えに行くのには少し早い時間に着き、校門に出ている娘の姿が無かったので、校内へと入ることにした。
 ここは、俺の母校でもある。
 以前は、木登りするのは折れそうだった木が、太く立派に成長していたりして、
時の流れを感じずにはいられなくなるのもしばしばだった。
 
 歩を進めていくと、校庭に池だか川みたいなところがあった。
 そこに、娘がいた。
 
「あ、パパっ」
 
 そう言うや否や、娘はいつものように、俺の胸へと飛び込んできた。
 
「おつかれさまっ」
 
 軽い衝撃の後、腕の中にいる愛しい存在を抱きしめる。
 
「ああ、ただいま」
「おかえりっ」
 
 お互いに温もりを確認し合って、互いの存在を確かめ合う。
 触れ合うことでしかわからないこともある。
 それを、俺たちは毎日、抱き合うことで確認している。
 
 でも、今日に関しては気になることがあった。
 
「どうして汐はここにいるんだ?」
 
 むしろ、校門に出ていないことを問いたいところだったが、
何か事情があるかもしれなかったので、俺はそう聞いていた。
 
「これの世話してるの」
 
 そう娘が指差したのは…池と言うか、水たまりのようなもの。
 
「何か飼ってるのか?」
 
 池だし、カメとか金魚とかを飼っているのかもしれない。
 薄暗くなりかけていたのでそう訊いたが、娘はぶんぶんと首を振って、
 
「ううん。生きものの世話じゃないの」
 
 と言った。
 生き物の世話じゃないとしたら、一体何の世話をしているんだろう?
 娘の言葉の真意を探りかねていると、別の人影が近づいてきた。
 
「あら、汐ちゃん。パパが来てくれたんです?」
「あ…ゆきねぇ先生っ」
 
 娘がその声に反応して向きを変えた。
 その方向には…やや小柄な女性がいた。
 
 表情は穏やかで、一目で悪い人では無いことがわかる。
 
「あの…汐の先生ですか?」
「はいっ。あなたが…汐ちゃんのパパさんですか?」
「あ、はい。そうです」
 
 妙にぎこちない自己紹介?をやってしまっていた。
 最も、ぎこちなかったのは俺だけかもしれなかったのだが。
 
「宮沢…宮沢有紀寧って言います。
 そう言えば、以前にお会いしたことがありましたよね?」
「えっ?!」
 
 俺には、全く見覚えは無かったから驚いた。
 が、もう一度、宮沢先生の容姿をよく見てみた。
 
 身長は明らかに低く、顔は学生のように幼い。
 体形を見ても、目立つようなところは無かった。
 特徴的なのは、頭のてっぺんあたりから"ぴょこん"と出ている、アンテナみたいな髪の毛、
…ぐらいじゃ無いだろうか?
 
 改めてじっと見た。
 すると、顔を見るあたりで、宮沢先生と目が合った。
 その目は、ただニコリ、としていた。
 
「何となく…感覚はあるんだけど、思い出せないな…」
 
 感覚と言うのは、宮沢先生が醸し出している空気から察してるものもある。
 全く知らない人間では無いことはわかるが、それ以上の関係かどうかは俺にはわからなかった。
 
「資料室で…って、覚えていませんよね」
「資料室?」
「はい。わたしはいつもそこにいたんですけど…」
 
 資料室と言えば、人気が無くていつも授業をサボるときに使っていた部屋だ。
 そこにいた人間…。
 …。
 
「あっ。そう言えば…」
「思い出してくれましたか? えっと…通り名『千のかさぶたを持つ男』の朋也さん」
「通り名なんてあるかっ!!」
 
 若干だが、記憶か感覚を思い出していた。こんな女生徒がいたってことを。
 最も、俺の記憶にはそんな通り名で知られた時代は無かったはずだが。
 
 
 
 それから、迎えに行くと汐がそこにいることが多くなった。
 宮沢先生も。
 
 汐はいつも、ガキどもとサッカーやら野球やらに明け暮れた後、
この水たまりみたいなところの世話をしているようだ。
 2人でいる日はむしろ少なく、いつもはガキどもも一緒だった。
 汐はガキどもに人気があるらしかった。
 …当然だが。
 
「うしおちゃ〜ん、ゆきねぇ先生〜。また明日〜」
「うん。また明日」
「気をつけてくださいね」
 
 汐だけでなく、宮沢先生の人気もかなりのものだった。
 初めて先生を見た時には誰もいなかったのだが、それは珍しいことらしかった。
いつもは、ガキどもが先生の近くにもいた。
 
「宿題、ちゃんとやってきてくださいよ」
「わかってるよ、ゆきねぇ先生!」
「ゆきねぇ先生のたのみだもん。ぜったいやってくるよっ」
 
 …こんな具合に。
 教え子たちからの信頼は絶大だった。いつも男のガキどもばかりだったが。
 
 
 
 そんなある日、俺は宮沢先生に重要なことを訊いた。
 これまで、疑問に思っていたことを。
 
「なぁ、先生。この水たまりって…何だ?」
「えっ?!」
 
 俺の質問に、先生は心底驚いた表情をしていた。
 まるで、質問の意味が理解できない…そんな風に。
 
「汐や先生は、何でこの水たまりを世話してるんだ?」
「水たまり?」
「…にしか見えないんだが」
 
 俺がそう言うと、先生は「ああ」と言って、やっと、俺の質問の意図がわかったらしかった。
 
「これは…ビオトープって言うんです」
「ビオトープ?」
「はい。自然の環境を、人工的に作り出すことなんです」
 
 そこまで訊いて、何となくわかってきた。
 
「自然の環境を作って、そこに生き物が生活できるようにすることなんです
 自然の生態系が戻るように、世話しているんですよ」
「…なるほど」
 
 つまりは、特定の生き物を世話しているわけではなく、この場所そのものを世話しているのだと。
俺にはそう理解出来た。
 
「先生っ」
「どうしたんです? 汐ちゃん」
 
 俺と先生が話している最中、娘が突然、先生に話し掛けてきた。
 
「この子、はじめて見たんだけど」
「えっ? どれですか?」
「えっと…これ」
 
 娘の指差す先には…見慣れない昆虫がいた。
 
「これは…ゲンゴロウですね」
「ゲンゴロウ?」
「そう。水がキレイじゃないといけない生き物なんですよ」
「そうなんだ…」
「こんな水たまりに…なあ」
 
 それは、俺も知らないような生き物だった。
しかし、それはこの水たまりのような場所で生きているのだ。
 
「それに、これは水たまりだけじゃないんですよ」
「…だけじゃない?」
「はい。よく見てください」
 
 俺は、先生の指差す方向を見た。
 よく見ると、そこには確かに水たまりとは異なるものがあった。
 
「…川?」
「はい。それに近いものです」
 
 そこは、確かに流れていた。
 川というよりは、せせらぎに近かったが、澄んだ水が流れていた。
それを見て俺は、昔、この町にも同じような光景があったことを思い出していた。
 
「…懐かしいよな」
「…ですよね」
 
 それは、この町にもかつてあった光景だった。
 
「そこでダチと魚獲り大会をしたもんだ」
「わたしはお兄ちゃんとよく、水遊びしてましたよ」
 
「懐かしいな…」
「はい…」
 
 思わず、俺は遠くを見ていた。今は絶対に戻れないような過去を。
 隣を見ると、先生は俺を見ていた。ただその視線は、俺より遠くを見ているようだった。
 
 
 
「あの…。水遊び、してみませんか?」
 
 しばらく無言の間が続いたかと思ったら、先生から唐突なお願い?をされてしまった。
 昔を思い出したからだろうか?
 俺もそんな気分だった。だから、俺も…、
 
「いいな、それ。やろうかっ」
「あ…はいっ」
「うしおも〜っ」
 
 はしゃぐ大人たちに取り残された現役世代の娘が、不満顔で参戦した。
 そこは、もう大人も子どもも関係なかった。
 
 単なる水の掛け合いに始まって、そこに飛び込んでみたり、手での水鉄砲を撃ってみたり、
水面に平べったい石を投げてみたり…と、懐かしい遊びに興じた。
 
 
 
「すっかり遅くなりましたね…」
「ああ。…すまん」
「いいえ。良いんですよ。すごく楽しかったですし」
 
 
 遊びこんでしまい、時間の過ぎるのを忘れていたようだ。
 もう辺りは薄暗くなり始めていた。
 宮沢先生は、大人とはいえ女性だ。
 あまり遅くに1人で帰らせるのはどうかと思った。が、
 
「最近は、夜道も街灯のおかげで明るくて心配は減りましたから」
「そっか…。それは良かった」
「…えっ? 何か言いましたか?」
「あ、いや、何でも無いよ」
 
 先生はにこり、と微笑んで、何気なく言ってくれていたが、
俺にとっては嬉しいことを言ってくれた。
 
 
 
 それから俺は、出来るだけ早めに仕事を切り上げて、
汐と先生がいる場所へと向かうことが多くなっていた。
 
 心無い児童たちが捨てるゴミを拾ったり、
藻や雑草で流れが滞る場所の掃除をしたり…。
 だが俺には、童心に帰れるように思えてならないことばかりだった。
 だから、出来るだけ毎日参加していた。
 
 ある日、ふと気になったことを口に出していた。
 
「ここって…最終的にはどんな場所にしたいんだ?」
 
 あやふやな質問だったのかもしれない。
 でも、
 
「そうですね…。蛍が棲めるような場所にしたいんです」
 
 先生は俺の質問の意図を汲み取ってくれ、答えてくれた。
 とても優しげな表情で。
 
 
 蛍…。
 
 
 長らくお目にかかったことは無かった。
 
 だけど、かつてこの町にもいたことは、かすかに記憶していた。
 
 無数の…と言う光景は、残念ながら俺の記憶には無かった。
 だが、頼りなげな光が、辺りを漂っていたことは覚えていた。
 その頼りない光が、何故か心強く思えたことも。
 昔は、日が暮れれば、外なんて真っ暗になっていたものだから。
 
 俺はその当時の記憶を思い出しながら、
 
「戻ってくると良いなっ」
 
 そう本心から言った。
 
「そうですねっ」
 
 先生も、心から願っている、そんな表情をしていた。
 
 
 
 汐がビオトープの世話係になってしばらくが経った。
 もう、娘や先生がゴミ拾いをしている姿は見なくなっていた。
 むしろ、同級生だけでなく、下級生や上級生も一緒になって世話をしていた。
 
「汐ちゃーん。こっちに珍しい生き物がいるよーっ」
「うん。今いく〜」
「これよこれっ」
「あ…。見たことない」
「そうなんだ。新種発見っ?!」
「…それは……タガメだよな」
「う…。パパさん物知りですねぇ」
 
「ゆきねえ先生っ。面白いもの見つけたぜ!」
「ん? どれですぅ?」
「これこれっ。珍しいっしょ?」
「これ…は、ミズスマシですよね?」
「…すげー。ゆきねえ先生にはマジ敵わん」
 
 
 他の児童たちがたくさんいる時間は、俺たちはみんなの好奇心の趣くままに協力するが、
皆が帰ってしまうと、俺たち3人の時間になった。
 
 汐は、薄暗くなってからも、ビオトープを隈なく観察していた。
 そんな光景を、俺はぼうっと見ていた。
 そんな俺を、先生は何故か見ていた。
 
「ん? 俺の顔に何か付いてるか?」
「あ…いえ。そういう意味ではありませんけど…」
 
 そう俺が言うと、先生は何故か恥ずかしそうな顔をして、俺に向けられた視線を外した。
 そして、遠慮がちにこう言った。
 
「え…っと、ちょっと兄に似ていると思いまして」
「何が?」
「…すみません。ただの独り言です」
 
 兄?
 先生の兄のことだろうが…。
 
 何故先生がそんなことを漏らしたのかはわからなかったが、
俺は先生の兄に似ていることから、先生が親近感を持ってくれているのだと認識した。
 
「…なんか、困ったことがあったら相談してくれよな」
 
 何となく、そんな言葉が口から出ていた。
 先生は少し驚いていたが、しばらくして、
 
「あ、はい。何かあったら相談させていただきます」
 
 そうにこやかに言っていた。
 
 
 カエルの合唱が聴こえるようになり、蛍の季節は徐々に近づいていた。
 
「これが、蛍のえさになるカワニナです」
 
 そう言って先生は、川にある巻貝のようなものを見せた。
 
「うっわーっ、キモー」
「何言ってんのっ。かわいいっ」
 
 キモーと言った男子も男子だったが、かわいいと言った娘もどうかしている、と思った。
 
「これは、ここで蛍が生まれるには凄く重要なことなんですよ」
 
 子どもの頃は意識したことが無かったが、それは蛍が生きていく上で絶対に必要なものだとは、
感じることが出来た。
 
「あと…、もう1つ蛍が生まれるのに必要なものって、何かわかりますか?」
「?」
「えさだけじゃダメなの?」
「もちろんです」
 
 何だろう?
 キレイな水…は当然として、ここは学校の構内だから比較的空気もキレイだ。
 エサはあるから…。
 …。
 
「先生、ギブ」
「おれも〜っ」
「うしおも〜」
「はいはい。ちょっと難しかったですよね」
 
 先生はいたずらっぽい笑みを浮かべ、答えてくれた。
 
「それは…暗闇なんです」
「「「くらやみっ?!」」」
 
 俺含め、いくつかの声がユニゾンした。
 そのくらい、意表を突かれた答えだったからだ。
 
「蛍は、どうやって子孫を増やすかわかりますか?」
「えっと…交尾して、だろ?」
 
 …子ども達の前で露骨過ぎた!
 
「それはそうなんですけど、じゃあどうやって相手を見つけるかわかります?」
「ひかるから? ひかりで?」
「そう。よくわかりましたねー、汐ちゃん」
「…えへへ」
 
 俺のあほな失敗をほぼスルーして、娘が答えていた。
 …光。
 
「…暗闇でないと、自分たちの光で相手が集まらない…ってことか」
「そういうことです」
 
 自分で言って、先生から肯定されたことを、俺は頭の中で反芻した。
 暗闇でなければ生きられない…。
 
 俺がやってきた仕事のことが頭を過ぎった。
 それは…暗闇をこの町から奪っていくことに他ならなかった。
 明かりの届かない場所に街灯を設置するのが、俺たちの仕事だったからだ。
 しかしそれは、同時に蛍たちの棲む場所を奪うことになっていた。
 
「でもここは、学校からの明かりさえ消せば、星からの光以外は届かないんですよ」
 
 学校の中には、まだ街灯は少なかった。
 下駄箱から校門までは設置していたが、校舎と校舎の間にあるここには、
俺たちが設置した街灯の光も届いてはいなかった。
 
「だから、ここで蛍が生まれ育つんです」
 
 ニコニコして答える先生を、俺は少し遠い目で見ていた。
 
 俺のしてきたことと、蛍が生まれることとは大きく矛盾していたこと。
 俺は、自分の仕事に疑問を持った。
 
 
 
「どうした、岡崎?」
 
 翌日。
 気の抜けたような俺を見かねてか、芳野さんが声をかけてきた。
 
「いえ…。何でも無いっすよ」
 
 そう答えたものの、自分でもわかるくらいに気が抜けていた。
 そんなお俺を、長年のパートナーでもあり先輩でもある人が、わからないはずが無かった。
 
「そんな状態じゃあ事故るぞ。理由だけでも教えろ」
「…」
 
 迷った。
 この仕事に対する疑問なんかを話して良いものかどうか。
 でも、長年のパートナーだ。前には、あまりに気の抜けた俺に、
「岡崎。今日はもういい。帰れ」
 とまで言われたこともあった。
 なので、隠すことは無意味だと結論付けた。
 
「この…仕事に迷ってるんすよ」
「仕事にか?」
「はい」
 
 俺は、この仕事に関する迷いを、芳野さんに打ち明けた。
 そして、
 
「…何で、俺はこの仕事をやってるんすかね?」
 
 最後にそう聞いた。
 すると芳野さんは呆れ顔で、
 
「自分が食うためと、家族を養うためにやってるんだろう?
 迷ったってしようが無いんじゃないか?」
 
 と言われてしまった。
 全くの正論だったため、反論することも出来ず、そのまま仕事へと戻った。
 
 
 
 そうしているうちに時は過ぎ、梅雨の足音がすぐ近くに聞こえるようになってきた日。
 俺と汐は、夜に学校へと向かっていた。
 
「パパ、あかるいねっ」
「そうだな」
 
 日暮れ間もない頃に学校へ向かっていたが、その道は昔とは比べ物にならないほど、
光に照らされていた。
 
「あかるいし、ぜんぜんこわくないっ」
 
 そう言うと、娘は俺の腕にしがみついてきた。
 俺はしばし、その温もりを感じながら、通いなれた道を、自らが設置した明かりの下、歩いていった。
 
 
「朋也さん、汐ちゃん。来られましたね」
「うんっ」
「待たせたな」
 
 校門まで来ると、既に先生は子ども達に囲まれていた。
 
「蛍、来ていますよ」
「そっか。楽しみだな」
「はい。さあ行きましょうっ」
 
 心もち張り切っている先生を見て、俺もわくわくしてきた。
 逸る気持ちを抑えつつ、いつもの場所へと向かった。
 
 
 
「うわぁ……」
「すげぇっ、光ってる光ってる!」
「おおっ…」
 
 か細いながらも、確かにそれらは光っていた。
 それは、無数の光があったと言う昔話も信じられるほど、確かな光だった。
 ガキどもはその光の方へ駆け出していた。
 
「この町に昔あった光って、案外こんな光だったんじゃないかなって思ってるんです」
 
 隣にいた先生はそう言うと、光の方へと歩き出した。
 俺もその歩に同調した。
 
「小さい光ですけど、たくさん集まれば大きな光になる…。
 蛍たちの光って、そんな気がしませんか?」
 
「…だな」
 
 かつてこの町に、無数にあったと言う光の球。
 先生によると、それらは物心ついた頃にはほとんど見られなくなっていたそうだ。
 
 同じ頃、たくさんの自然が人間の都合で破壊された。
 俺もその破壊者の1人だ。
 胸が痛んだ。
 健気に光る蛍たちを見て余計に。
 蛍を追いかける娘ら、子ども達の後姿を見て余計に。
 
 
「でも朋也さん。こう思うときもあるんです」
 
 先生が振り返る。
 頭の頂にあるアンテナのような髪が揺れた。
 
「蛍たちは、暗闇で光れるから生きていられるんです。
 でも、人間は光れませんよね?」
 
「ん? ああ、そうだな」
 
 先生が何を言っているのか、俺は咄嗟に理解することが出来なかった。
 人間が光れないのは当たり前の事だ。
 
「人間は光れません。けれど、光なしでは生きていけませんよね?」
「…」
 
 たぶん、そのとおりなんだろうと思う。
 夜じゅう暗いままの生活は耐えられないだろう。
 
「今はこうやって遊んでいる子ども達も、みんな明かりのある家に帰るんです。
 そこには、幸せな家族があるんです」
「そう…だよな」
 
 蛍たちにとっては、暗闇に幸せがあるのだろうと思う。
 でも俺たち人間は、幸せな空間を作り出すために、明かりを作っているんだ。
 俺の立てている街灯は、人間が生み出した光の球の1つなんだ、と。
 
「朋也さんが設置している街灯もですけど、あれが無かったらわたしは怖くて家に帰れません」
 
 先生は、舌をちろっと出してそう付け加えた。
 先生が言ってくれたおかげで、俺は救われた気がした。
 何より、先生が俺のやっていることを知ってくれていたことも嬉しかったのだ。
 
「こうやって、人と蛍が共存できるようになればいいな、って思ったんです。
 だから、朋也さんにもまだまだ街灯を立ててもらいたいんですよっ」
 
 この場所のように、蛍たちが棲む場所には明かりを作らないでおく。
 そして人間の住む場所には、これからも明かりを作りつづけていけばいい。
 先生の言葉からはそう感じ取れた。
 
 
 
「じゃあ、蛍たちの邪魔しない程度に頑張るかなっ」
「はいっ! お願いしますっ」
 
 
 蛍たちの舞う校舎と校舎に挟まれた場所を離れた。
 そこは、俺たちの設置した街灯に照らされていた。
 
 俺は、蛍たちを思いながら、自分の仕事に、やっと自信を持てた。
 
「パパっ」
 
 俺の姿を追ってか、娘が抱きついてきた。
 その後ろからは宮沢先生が、微笑みながら歩いてきていた。
 
「そうだ、宮沢先生。お礼に今度、ウチに来ないか?
 何かご馳走するぜ。なぁ、汐」
「うんっ。先生、来て」
「え? はい。じゃあお願いしますね」
 
 
 俺は、家路を照らす光を見ながら、明日からの仕事を思い、身の引き締まる思いがしていた。
 
<終わり>
 
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 約1年前のイベントに出した本のSSです。そろそろ時効?と言う事で掲載しました。
 
 元々は、SSコンペの「光」というお題を基に書き始めたものだったんですが、予定通りに間に合わず、イベント用に差し替えたものです。思ったよりもボリュームが増えた割には、抑揚の無いお話になってしまったように思ったのですが…どうでしょうか?
 
 しかし、ゆきねぇが初登場ですw こういう形で、After汐編に組み込んだ形で出しても、意外に違和感が無いことは無いですかね? その辺はどうだったかを教えて欲しいですね。
 
 感想や意見、有紀寧のAfterへの出演の是非や続編希望など、もしありましたら、
 
「Web拍手」
「SS投票ページ」
 
などへどうぞ!
 

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