『岡崎家After本編〜第5話』 
  
  
  
 4人が家族になって、初めての日常が始まっていた。 
 俺は、汐を迎えに来ていた。 
  
 普段は、杏の仕事終わりに一緒に連れて帰ってもらっていたが、 
俺の仕事が早く終わったこともあって、通常の迎えの時間に来ることが出来た。 
  
「あら? 岡崎さん、珍しいですね」 
「はい。今日は仕事が早く済んだもので」 
  
 顔見知りのお母さんに声を掛けられた。 
 確かに珍しいのかもしれない。いつもは杏に任せきりだったから。 
  
「再婚生活はどうですか?」 
「幸せですよ、凄く」 
「そうですか…。羨ましいですね」 
「はは。ありがとうございます」 
  
 俺たち家族は、どう見られているのかが気になっていた時期があった。 
 けれど、こんな風に映っているのだったら問題無かった。 
  
「藤林先生って、普段はどんな感じなんですか?」 
「え? まああんな感じなんですけど」 
「そうですか…。良い人と再婚できて良かったですね」 
「そう思います。本当に…」 
  
 他の親御さんたちの評判を聞いて、改めて今の境遇に感謝した。 
 杏がパートナーになってくれた。そのこと自体が俺にとっては幸運なことなんだと。 
  
  
  
  
「朋也っ、お先〜っ」 
「パパっ、おさきぃ〜」 
「おう。じゃあ俺も入るかな」 
  
 杏と汐が風呂から出てきたので、俺も入ることにした。 
  
「あのっ、風子も一緒に入って良いでしょうか?」 
「えっ?! あ、ああ」 
「では」 
  
 風子に押し切られる形で、一緒に入ることになった。 
 杏や汐を見ると、特に気にした様子も無い。 
 こういうのが家族なんだろうな、と思い、俺は服を脱ぎ捨てて風呂に入った。 
  
「岡崎さん。背中を流させてください」 
  
 風呂に入るや否や、風子はタオルで前を隠しながらそう言ってきた。 
 …隠されると、逆に少しいやらしい感じもするのだが。 
  
「ああ、頼む」 
  
 俺は湯船から上がると、風子に背中を向けて座った。 
  
 しゅこしゅこ。 
 後ろから、スポンジを泡立てる音が聞こえた。 
  
「では行きます」 
  
 風子は何かを決意したように言うと、俺の背中を擦り始めた。 
  
 とてつもなく優しく擦ってくれたのだが、とても洗っている実感が湧かなかった。 
  
「いや、もっと強く擦ってもらいたいんだけどな」 
「もっとですか? 岡崎さんの肌はウロコで覆われてるんですか?」 
「ウロコは無い…って、見たらわかるだろっ」 
「はい。その…強くして痛くないんですか?」 
「大丈夫だ。お前の肌みたいにデリケートじゃないんでな」 
  
 その言葉自体には嫌味も何も無い。 
 むしろ、こいつのもち肌っぷりには驚かされるくらいだからだ。 
 汐と比べても…負けて無いかもしれないくらいに。 
  
「ではいきます」 
  
 ごし ごし ごし 
 ごし ごし ごし 
  
 …。 
  
「疲れました」 
「早っ!」 
「岡崎さんの背中が…大きすぎるんです」 
  
 後ろを振り返ると、ちょっとくたびれたような表情だったけれど、 
俺の背中を眺めながら、少し微笑んでいた。 
  
「大きいです」 
「そうか?」 
「はい。汐ちゃんが岡崎さんを頼る理由がわかる気がします」 
  
 汐が俺を頼るのは、単に父娘だからだろう…。 
 そう単純に思ったのだが、風子の言葉はもっと深い理由を言っているみたいだった。 
  
「…おんぶ、またしてもらいたいです」 
「そういや、したことがあったっけな?」 
「はい。起きたら、とてもあったかかったのを覚えてます」 
  
 それは、何時のことだっただろう? 
 …思い出すことが出来ない。 
 けれど、俺も憶えている。 
 背中に、ちっこいのを背負った感覚を。 
  
「お安い御用だ。今でもいいぞ?」 
「本当ですか? なら、お願いしますっ」 
  
 そういって、風子の手が俺の首に回される。 
 背中に、風子の素肌を感じた。 
 もち肌で、とても気持ちのいい小ぶりな胸の感触も…。 
  
「あーっ!!」 
  
 いきなり叫ぶと、飛ぶように俺から離れた。 
  
「忘れてました。風子、今すっぽんぽんです」 
「…みたいだな」 
「おんぶしてもらったら、色んなところが岡崎さんと触れ合います」 
「いいんじゃないか?」 
  
 俺としては、もうお風呂まで一緒に入ってるんだから、何も気にすることは無い、 
って思ってる。もう触れ合ったし。 
  
「よくないですっ。知られなくてもいいことまで、岡崎さんに知られてしまいますっ」 
「どんなことなんだ?」 
「はい。風子の胸の大きさとか、身体の形とかです。…って、全部言ってしまいましたっ」 
  
 風子は…可愛いと思う。 
 はっちゃけたところとか、暴走してしまうところとかも含めても。 
 色んなところがちっこいところも、どうしてか可愛らしさにプラスしているようにさえ思う。 
  
「おんぶ…してみたくないのか?」 
「うう…」 
  
 そんな風子と肌のふれあいをしたい、なんて思ってしまう自分がいた。 
 別にやましいことは…無いと、思う。 
  
「わかりました。 
 …おんぶ、してくださいっ」 
  
 風子も風子で、誘惑に負けてしまったようだ。 
 しかし、そんなに魅力的だったのだろうか? 俺の背中が。 
  
 そして俺は、風呂場で素っ裸のまんま、風子をおんぶしてやった。 
 杏に見られたら何で言われるんだろうか…、なんて考えながらも、 
軽くて柔らかい感触を背中一面で感じていた。 
  
「お風呂でおんぶなんてヘンな感じですが、これはこれで悪くありません」 
  
 おんぶしているから、すぐ横に風子の顔がある。 
 しゃべると、吐息が触れてくすぐったい。 
  
「そうか?」 
「はい。こんなことしてもらってるのは、この世で風子くらいしかいません」 
「そう…かもな」 
「こんなことを思いつくのも、おそらく岡崎さんくらいしかいません」 
「まあな」 
  
 そういうと、風子は自分のほっぺを、俺のほっぺにくっつけてきた。 
 あったかくてぷにぷにしていて気持ちよかった。 
  
  
  
 俺たちはおんぶもそこそこに、一緒に湯船に浸かって温もった。 
 風子は終始ごきげんだった。 
 俺もたぶん笑っていた。 
  
 この家に、笑いが絶えなくなったのは、いつからだっただろう? 
 もう、よく思い出せなかった。 
  
  
  
  
 ただ、俺と杏が結婚したと言っても、それほど生活が変わるわけじゃあなかった。 
 それまでもずっと一緒に暮らしてきたわけだし、籍を入れたかどうか、 
くらいの変化でしかなかったからだ。 
  
 俺と杏は仕事に行き、汐も幼稚園へと通う。 
 風子は、俺たちを送り出した後は、家事にいそしんでいるみたいだ。 
 俺や杏の帰りが遅くなるときは、風子が幼稚園へ迎えに来てくれて、 
汐と2人で俺たちの帰りを待つそうだ。 
  
  
  
 こんな日もある。 
  
「では、今晩は古河パンに泊まることにします。ね? 汐ちゃん」 
「うんっ。あっきーとさなえさんとあそぶ」 
「じゃあ…気をつけてな」 
「気をつけてね」 
「誘拐されるなよ」 
「されませんっ。 
 風子はれっきとした大人ですっ。そんな大人が誘拐されるなんてことはまずあり得ませんっ」 
  
 俺たちと同い年なんだから、風子の主張はよくわかる。 
 …が、どうしても心配になってしまう。 
  
「わかるわよ、その気持ち」 
「だよなあ…」 
  
 見た目は少女そのもの。 
 汐とも姉妹にしか見えない。 
 しかも可愛いときている。 
  
「まあ、この町は結構治安がいいから大丈夫なんだけどな」 
  
 これは、俺が毎日仕事で廻っているからわかることだが。 
 こんな町だから、最近は少し好きになってきている。 
  
  
「…で、どうする?」 
「何が」 
「あんたって…どーしてそうなのよ…」 
  
 はぁ、と、大きくため息をつく俺の嫁。 
 何か悪いことでもしたか? 俺。 
  
「せっかく、風子ちゃんが気を遣ってくれたって言うのに…」 
「気を遣った?」 
「…まあ、そんな鈍感なところも含めて好きになったんだからいいんだけど…。 
 要は、家で2人っきりにさせてくれたんじゃない」 
「あ、ああ…そうか」 
  
 俺ってそんなに鈍感か? って聞こうとして、止めた。 
 自覚しよう。鈍感だと。 
  
「…で? どうするぅ?」 
  
 そういうと、杏は後ろから抱き付いてきた。 
 首筋に髪の感触が、背中一面と胸のあたりには身体が触れ合う感触がした。 
 俺は、抱きつかれた状態のままで杏と向き合い、その唇に自分の唇を重ねた。 
  
「んっ…」 
  
 舌の感触も確かめ合うくらいに、深いキスをする。 
 ここまで深いのは、久しぶりに味わった気がした。 
 そういえば、家でなんて初めてかもしれないし。 
  
「布団敷くか」 
「うんっ」 
  
 その日、杏は終始ご機嫌だった。 
  
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 そんなある日の休日。 
  
「実家へ戻ります」 
「おう。何か用か?」 
  
 風子の、一見ドキッとするような言葉だが、 
単に芳野さんと公子さんが暮らす家へ戻るだけのことなので、全く大したことではない。 
  
「いえ。ちょっとおねぇちゃんとユウスケさんの様子を見に行くだけです」 
「そっか。まあ気をつけてな」 
  
 そう言って、風子は実家へと戻った。 
 …もう『自宅』はここなのだろうから、『戻った』という表現もおかしいのかもしれなかったけれど。 
  
  
  
 小一時間が過ぎた。 
  
 ばたんっ。 
  
 突然、ウチの扉が開かれた。 
 外には、息を荒げている風子がいた。 
  
「どうしたんだ? 何かあったのか?」 
  
 何があったと言うんだろう? 
 少し緊張しながら返答を待った。 
  
 すると風子は、顔面蒼白で言った。 
  
「とんでもないことが起きました」 
「とんでも無いこと?」 
「はい。風子の家が…無くなってました」 
  
  
<第5話終わり⇒第6話に続く> 
  
  
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 りきおです。 
 久々の岡崎家After更新です。見たら…11ヶ月ぶりですか。その割には、日常パートで申し訳ない限りですが…。でもこれで、また連載が再開できそうです。 
 特に感想はありません。思い出しながら書きました。まあ、好きな4人で作っている話なので、それほど違和感無く書けたと思いますけどね。汐が少ないのは…致しかたありません。すいませんが、「汐○○生編」をお待ちください。 
  
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