『佐々美様の密やかなる想い』
「ふぅ…」
最近、少女はため息ばかりついていた。
考え事をしなくとも、一人の女の子が、少女の頭の中に浮かんで来てしまう。
それを少女は必死に消そうとする…。
その繰り返し。
「はぁ…」
どうしてだろう?
何で、嫌いでたまらないはずの人が思い浮かぶのか…。
思わず自己嫌悪に陥ってしまう少女。
窓辺から見上げる空はあんなにも澄んでいるのに。
少女の心は曇ったままで。
「…さみさま。佐々美様っ」
呼びかける声に反応して、自分の世界から現実へと引き戻される。
「な、なんですの?」
「なんですの? じゃないですよ、佐々美様。
最近、ずっと何かをお悩みのようですけど…どうされましたか?」
周りには隠しているつもりだったが、既にバレバレだったことに初めて気づく。
「な、何でもありませんわっ。棗鈴のことなどっっっ」
「やはり棗鈴のことでしたか…」
「っっ!!!!」
やはり…とまで言われて、初めて自分からその名前を出していたことに気づく。
もう、ずっと頭の中は、あの女の子のことがぐるぐると渦巻いている。
「許せませんっ、棗鈴! 佐々美様をここまで追い詰めるとはっっ!!」
「ち、違うのっ。違いますわ。わたくしが棗鈴程度のことで、そこまで思い悩むと思って?!」
そう。その「程度」。
少女の中では「その程度」でしかないはずだった。
でも、思考が停滞すると、すぐにあの子のことが浮かんできて。
気づくと、少女の頭の中は、ほとんどがあの女の子のことでいっぱいになっていて。
「佐々美さまっ。そろそろ練習のお時間ですけど…」
「そ、そうねっ。行きますわよっ!!」
少女は気勢をあげたつもりだったけれど、周りの心配する視線を変えることはできなかったようでで、
その後も、ずっと心配されたままだった。
「はぁ…」
その状態は、部屋に戻ってきてからも変わっていなくて。
宿題にも気が入らず、ベッドに転がる。
「どうしたの? さーちゃん」
その声の主は…ルームメイト。
いつもは良い相談相手になってくれる、ありがたい存在なのだが、
今は少しうっとうしいと感じてしまう。
「何でもありませんわっ」
平静を装って、何事も無かったかのように振舞う…が、
そんなものは、もう1年以上ルームメイトしてる間柄に隠せるはずも無くて。
「…? なんで? 何にさーちゃん悩んでるの?」
悩んでるって…そんなにわかるもの?
乙女の第六感とか、そういう当てずっぽうみたいなものだろうか?
いい加減にして欲しい。
「わたくしは…棗鈴なんかのことで悩んでなんかいませんわっ」
「ぅん? りんちゃんのこと? …やっぱり」
「棗鈴のことなどっ!? …って。!!」
図星?
と言うか、自爆?!
そんなこと口に出して言うはずなんて無かったはずなのに。
自分で何を言ってるのか、どういう言葉を発しているのかさえ自信がなくなるような。そんな感覚。
「りんちゃんのこと、気になってるんだよね?」
「え…ええと」
気になっている、なんて改めて言われても、「はいそうです」なんて言えるわけがない。
百歩譲って気になっているのだとしても。
…少女は、自分の顔が上気しているのを感じ始めていた。
「はっは〜ん。さーちゃんって、りんちゃんのこと好きなんだ?!」
「す、すすすす好きなわけ無いですわっっ!!!」
な、何を言い出すのかと思えばっ?!!
思ってもいないと思い込んでいることを言われて、慌てて否定する。
そんなこと、あるわけない、と頭では思っていても、声に顔色に表れてしまっている。
「だって、顔真っ赤だよ〜」
「え? ええええええぇっ?!」
指摘されてさらに狼狽して。
それが、更に相手の興味を惹くことも知らず。
「りんちゃんってかわいいもんねぇ〜」
「ま、まあ百歩…いいえ、千歩譲ってそういうことにしておきますわっ」
認めたくは無いが…同性から見ても、その子は可愛いと少しだけ思っていた。
色々な部分を自分と比較しても、ちょっとずつ劣るだけで方向性は変わらない…
ような気がする。どころか、自分に持っていないものをいくつか持っていて、
それが何時しか妬ましいと言う方向になってしまっているのかもしれなかった。
だが、そんなことを口に出すのは、少女のプライドが許さない。
「う〜ん…。どうして素直になれないかな?
ぎゅ〜っ、って抱きしめてあげたり、一緒にお風呂入ったりもできるんだけどね?」
「ほ…ほうっておいてくださる?!」
少しその想像をして、いいかも、と思ってしまったが、慌てて否定した。
出来るわけが無い、と。
でもその光景を想像して、目尻が下がってしまったのは自覚できたけれど。
「じゃあさ。まずはりんちゃんに話しかけてみたら?」
しばらく思案顔になっていたルームメイトがそう口を開いた。
「…。
話す? わたくしが棗鈴に?! いまさらっ!?」
思ってもみない提案。
少しの間、言葉の意味を理解するのに時間を要するくらいの。
思えば少女は、その女の子とは出会うたびにいがみ合ってきた。
皮肉とか、少しのことでいがみ合ったりしか出来なかった。
それなのに、今さら会話しろだなど。
少女にとっては受け入れがたい提案だった。
「りんちゃんってそんなに話しかけにくいかな?」
「そういう問題じゃありませんわっ」
そういう問題じゃない。
それは少女が一番良くわかっていた。
なら、問題は何だろう?
「でも、さーちゃんはりんちゃんと、本当は仲良くしたいって思ってる。
…違うかな?」
「う…」
本心は…。
少女の本心はそうだ。
「やっぱり、さーちゃんから話しかけてみるのがいいんじゃないかな?
りんちゃんだって、本心からさーちゃんのことを嫌ってるわけじゃないと思うよ」
「そ…そうかしら」
問題は…ここなのかもしれない。
『嫌われているかどうか?』
この一点。
今までの付き合いから考えても、相手が少女のことを好いているとは思えない。
むしろ嫌われていることを考えたほうがいいくらい。
「さーちゃんが心を開けば、りんちゃんも受け入れてくれると思うけど」
「…」
本当にそうだろうか? と言う疑問がまず頭に浮かぶ。
けれど。
「やっちゃいなよ、ゆーっ」
「え、ええ。わかりましたわ」
やってみないことにはわからないのだから。
ルームメイトに背中を押されるように、少女は決断した。
「な、棗鈴。わ、わたくしの話を聞いてくださる?」
「なんだ? あらたまって」
少女は意を決して、問題の女の子と対峙した。
対峙…では戦うみたいだが、気持ちを表すにはピッタリなのかもしれない。
仲良くしようとしているのに、戦うみたいな気持ちというのも何処かおかしいのだが。
ただ、門前払いは避けられたようで、少女は言葉を続けた。
「わ、わたくしと…その…」
「どうしたんだ?」
怪訝な顔をして、でも敵対するのとは違う、そんな反応。
その表情や反応に安心はしたが、ただ「話しかける」ことだけを考えていたせいで、
肝心の伝えたいことを全く考えていなかった。
「えーと…あの…」
「???」
頭が真っ白になってしまった。
でも、何か言わなければならない。
何か…。
「…付き合ってくださらないっ?」
「えっ?」「へっ?」
…。
……。
発した言葉に、自分自身が驚いて声が出てしまった。
「付き合うですって?!」
「おまえが言ったんだろ」
「あ…ああ、そうでしたわね」
自分で何を言ったのかさえわからなくなるくらいに混乱してしまっていた。
それを指摘されて、いつもなら反論の一つでもしようものだが、今は反撃する気力さえ無い。
「…で、どうなんですの?」
もはや開き直るしかなかった。
否定しても格好が悪いし、少女のプライドを傷つけるだけだから。
もう、どうにでもなれ…。
そんな気分で、相手の女の子に委ねた。
「おまえの言いたいことはわかった」
「わかった?」
予想外の返答に、思わず聞き返してしまった。
何がわかったと言うのか?
「あたしが付き合ってやろう」
…。
……。
「えぇーーーっっ?!」
思ってもみない言葉に、思わず大声で驚いた。
「こらうるさいっ。耳きーんだ」
「だって…その、わたくしと…付き合うって…」
「そうだ。問題ないだろう」
「えぇーーっっ!?」
「だからうっさいぞ、おまえ」
あまりの急展開にまたまたついていけなかったが、
「つべこべ言わずにどっか行くぞ」
「え…あっ、待ってくださらないっ?」
強引なリード(?)に慌ててついていってしまった。
「なんてことっっ。佐々美様があの棗鈴と?」
「あぁ…私の佐々美様…」
「きぃぃぃぃっ、悔しいぃっっっ」
いつも少女と共に行動している三人組が陰から、三者三様の反応を見せていた。
「あれれ? うまくいっちゃった…」
さきほどの、ルームメイトの女の子も離れた位置でその様子を見ていた。
「ま、いっか。これでライバルがひとり…もしかしたらふたり減ったかも…。
じゃあ理樹君のところに行こっと」
<おしまい>
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いかがでしたか? これは08年3月に同人誌として出したSS(加筆とかほとんど無し)なんですが、当時けっこうスランプだったらしく、当初のネタからなかなか膨らまずに苦労した記憶しかありません。
書きたかったのは、鈴×佐々美って言うことと、黒小毬w エクスタシー版ではほとんど絡みませんでしたが、本来なら佐々美と鈴ってもっと絡んでも良かったと思うんですよね。それの一端だけでも描いたつもりなんですが、最後が超展開になってしまいました(汗。
ま、最後の鈴の反応は、別にそういう意味での「付き合う」ではないんですけどね(汗。
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