※初めての方は、たぶん内容がわからないと思うので、是非<1>からお読みください。
なおこのSSは、EX佳奈多シナリオで、佳奈多とHしない(「好きだから」という選択肢を選ばない)→最後の佳奈多を連れ出すシーンで、葉留佳とキスする選択肢を選んだルートの後日談です。もしそのルート未経験の方は是非プレイしてから読んでみてください。
『SWEET & BITTER』<2>
「…よう」
…ん。
「…おはよう」
誰かが僕を呼んでいる?
夢?
現実?
僕を呼ぶのは…誰?
「…きくん」
はっきりとは聴こえないけど…。
その呼び方は…はるかさん?
「…は、はる」
「なおえ」
!!!
「ふ、二木さんっ?!」
突然、呼び方…だけじゃない、声のトーンが変わった。
葉留佳さんじゃない。
二木さんだ。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。
それとも…何? 葉留佳じゃなくて…ガッカリした?」
「えっっ?! ううん、違うよっ!! 違うっ」
混乱してて、頭の中が上手く整理できない。
僕は、何に驚いて、何に慌ててるのか。
「図星? 傷つくじゃない」
「だって…呼び方が違ってたから」
呼び方…。
そう、呼び方だ。
葉留佳さんなら…理樹くん。
二木さんなら…直枝。
全然違う。
普段は違うけど、その気になれば似せられる声色だから、呼び方を変えられるとわからなくなってしまう。
「…ならいいわ。葉留佳な感じで起こしたほうがいいかしら?
理樹く〜ん…って」
「紛らわしいよっ。それに、声をわざわざ似せないでよっっ」
ああ…。
僕はどうしたら良いんだろう。
朝イチから頭を抱える事態になってしまうなんて。
あるのは確かな。
確かな…後ろめたさ。
ずるずると続けている葉留佳さんとの関係のことだ。
いけないことはわかってる。
こんな関係が、ずっと続くことなんて無いことも。
だから、二木さんからこんな悪戯をされても、余裕を持って対応することができない。
本当はやめなきゃいけない。
でも、葉留佳さんとの夜の営みを止めてしまったら?
葉留佳さんはどうなるの?
孤立…してしまうんじゃないだろうか。
でも、このままずるずると葉留佳さんとの関係を続けていても、何一つとして進まない。
刹那の快楽と、その日限りの対処療法でしかないから。
そこまで考えて、ふと思った。
僕は、どこで間違えたんだろうか?
いつ、何を間違えたんだろう? って。
だって、おかしいじゃないか。
葉留佳さんが二木さんと仲直りして、二木さんは結婚問題を振り切って、僕と葉留佳さんは二木さんとの三人の生活を望んで、それが始まった。多少(?)やり方は強引だったけれど、二木さんだって納得してくれているし、こんなデタラメな生活を楽しんでくれているようにも思えた。
そんな三人は、誰の不幸せも望んでない。
むしろ、三人が三人のより良い形を実現しただけだ。
でも、現実はどうだろう?
…。
みんな幸せなんだろうか?
それとも、誰かが幸せで、誰かは不幸せなんだろうか?
僕? 僕…は、幸せだと…思う。
少なくとも今は。
じゃあ葉留佳さんは?
じゃあ二木さんは?
…。
僕は、二人から好かれている状況に酔っているだけじゃないのか?
葉留佳さんと肉体関係を持って、それでいて二木さんとは健全な交際をしてることになってる。それってあまりに歪な関係なんじゃないだろうか?
って、僕は何を今さら考えているんだろう…。
これが、僕が出来る最善の方法だと信じてやってきたことだと言うのに。
現状維持なんて叶わないことは知ってるつもりだけど、でもまた繰り返してしまう。
もし、この関係に終わりが来るとしたら、そんな困難に、今の僕はたぶん、抗う方法を知らない。
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悪いとは思いながら、彼を試してしまった。
以前にも同じようなことをした、記憶だったか感覚が残っているけれど、その時と同じくらいの罪悪感が私を包んだ。
自分の中に起こる感情がわからなくなってしまう。
昨夜の二人の行為。
終わった後の、あの子の涙。
全部、そのすべてが意味があった。
だからこそ、真意を探りたかった。
私たちのどちらに、より気持ちがあるのか? とか。
その差がどのくらいあるのか? とか。
でも…すべてわからずじまい。
なら、また始めるしかない。
何時まで続くかわからない日常を。
「冗談よ、冗談。
貴方を試してみただけなんだから」
本音と嘘が入り混じって、最後には、どれが本当でどれが嘘なのかがわからなくなる。
ああ、これって繰り返してるだけ…なのかもしれない。
また繰り返すのだろう。あの、狂った日常のような世界を。
私はまた、あの時と同じように、ただの一登場人物を演じ続けなければならないのだろうか?
今回は、今回こそは当事者でありたいけれど…それが幸せなこととも限らない。
それでも私は、自分の手が世界に介在できることを選ぶだろう。
願うなら、最後まで私が何とかできる世界でありますように。
直枝と葉留佳と、笑っていられる最後を迎えられますように…。
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そして、今日も一日が始まる。
起きて支度をしてると、台所のほうからいいにおいがしてきた。
この香ばしい香りは、みそ汁とか目玉焼きのそれじゃない。
んー…奮発して焼き魚があるのかな?
「んー…いーにおいー……。ごはん〜」
半覚醒くらいの状態の葉留佳さんが起き出してきた。
さっきまで隣で寝てたんだけど…、二木さんは葉留佳さんを起こさなかったのかな?
よくはわからないけど、深くは追求しないようにしよう。
「んー…おねーちゃん、あさごはんなに〜」
「はいはい。その前に着替えて、顔でも洗って目を醒ましなさい」
「ちぇーっ。教えてくれたっていいじゃん。ちぇーちぇー」
もの凄く不機嫌そうに部屋に戻っていった。
どうやら寝起きが悪いタイプみたい。まあ想像してたとおりなんだけど。
「おはよう、二木さん。今日も早いね」
「ああ、直枝。支度…はさすがにしてるわね」
「まあ…うん」
「ほら、早くそこ座ってさっさと済ましたら?」
おお、寮会を一緒にやってたときのようなツンツンな感じだ。
何だか凄く懐かしい反応。
「うん。うわ、美味しそうな塩さばだね」
「たまたま特売で安かったから買って来ただけよ」
「あ…そう」
そう、この誉めてるのに味気の無い反応も。
「何? 急にニヤニヤなんかして。気持ち悪い」
「いやあ、何だかさ」
何だか、日常に戻れた気がして。
優しい二木さんももちろん好きなんだけど、こうやってバッサリ斬ってくれる彼女も何だか魅力的で…。
出会って知り合えた頃を思い出して、顔に出てしまってるんだろう。
「やはやは。おはー、おふたりさんっ」
「おはよう」
「荷物準備できた? ブラちゃんとつけた? 髪の結び目逆じゃない?」
「やーお姉ちゃん、ちゃんとできてるよー」
ブラつけた?って、忘れることがあるのかっ!? というツッコミをしたくなったけどやめておいた。
確実に「何?」って睨まれるから。
それとやっぱり、僕と葉留佳さんに対するこの差。この待遇の差。
むしろ個人的にはありだ。
…何がありなんだろう?
「んで、朝ごはんは何?」
「いつもの…と、塩さばよ。あ、さばの骨は刺さると大変だから、面倒臭がらずにちゃんと取って食べるのよ?」
「んー、めんどくさいなあ…。おねえちゃーん、骨とって〜」
「…しょうがないわねぇ。・・・・・・ほら」
「ありがとーっ」
この二人の、特に二木さんの葉留佳さんへの溺愛っぷりは凄いと思う。
彼女に、僕と葉留佳さんのどちらを取るかを聞くのが怖いくらいに。
でも…昨晩の葉留佳さんと、今朝の二木さんを思い返すと…額面どおりに受け取っていいものかと考えてしまう。
この二人は、今お互いにどう思っているんだろう…って。
もしかしたら、仮面を被っている…とか?
いやいや。二人の姉妹愛はたぶん本物だと思う。
けれど僕がいることで、純粋な姉妹愛だけじゃなくなっているような気がする。
単なる自惚れかもしれないけれど。
「気をつけていってらっしゃい」
「「いってきまーす」」
そして僕と葉留佳さんはバイトへ行き、二木さんは家に残る。
二木さんだけ残るのは、もちろん家事全般をやってもらうのはもちろんだけど、復学へ向けての色々な方面への調査をしてもらってるからだ。
僕らに出来ることなんて本当に少ない。
だって、あの結婚式の場から無理やり二木さんを連れ出したわけだし、立場上一番危ないのは二木さんなわけで。だから自由に動いてもらうしか無い。
僕らは、彼女をあの場から連れ出すことと、そんな彼女を金銭面でサポートするくらいしか協力することが出来ない。もちろん、具体的に動く必要があるときには僕らが動くんだけど、主体性を持っているわけではなくて、あくまで裏方的なものでしか無いわけで。
だからこうやって、外に稼ぎに行くことが、今僕らが出来る最良のことなんだと言い聞かせてる。
実際に働き出すと、今まで予想もしてなかったようなことに出会えた。
こつこつ働くのが得意な僕はともかく、飽きっぽい葉留佳さんが頑張っているのには、失礼だけど驚いた。
帰ったら愚痴を聞かされるんだけど、それでもかれこれ一ヶ月くらいは続いているのだから、立派に勤めを果たしてると言っていいと思う。
そう言えば学校でも、整備委員を根気強くやったりとか、食堂のオーブンを借りるために床掃除をしたりとか、使命感に駆られるとやれるのかもしれない。
こんなことを考えてるなんて彼女が知ったら怒るだろうけど。
汗を流して働いて、帰る頃になって携帯が震えるのに気づく。
発信元は…『二木さん』。
「もしもし」
『あー、直枝。私よ? わかる?』
「あー、うん。で何か用かな?」
名乗らないから何たら詐欺みたくなってるけど。
まああんまり慣れてないのもあるのかもしれないかな?
僕らとこういう生活を始めるまでは、あんまり携帯も使ったことが無かったみたいだし、これから徐々に慣れていけばいいんじゃないかって思ってる。もちろん、何とか詐欺には遭わないようにとだけは口を酸っぱくして言っておいてあるけど。
『ちょっと買い物してくれない?
晩ごはんの材料が足りないんだけど』
「あ、うん。何が足りないの?」
こうやって買い物の依頼をされることも割と恒常的にあるわけで。
彼女がうかつに動けなかったり、暇が無かったりしたりした時には、僕に用事が舞い込んでくる。
ちょっとだけ、頼られてる気がして嬉しかったりするんだけど…単なる自己満足の次元なんだろうな、って思う。
「えーっと…。しょう油が足りないから買ってきて」
「濃口? 薄口?」
「あ、濃口でお願い」
「了解」
「気をつけて帰るのよ」
「…ありがとう。じゃ」
必要最低限の短いやり取り。
一つ屋根の下で暮らしてるんだからこれで十分なんだけど、以前のような事務的に仕事も人付き合いもしてる姿を思い出して懐かしくなる。
でも、今では優しさがにじみ出てる。
『気をつけて帰るのよ』
この一言、ワンフレーズが、深く知るようになるまでとは全然違う、優しさを感じるんだ。
「やっほー、理樹くん。待った?」
「ううん。それよりお疲れ様」
仕事帰りに、同じくバイトが終わった葉留佳さんと合流する。
残業とかが無い場合は、こうやって一緒に帰ったりしてる。
「いやー、今日も例の客が来てねー。また『スマイルください、はぁはぁ…』って言うんですヨ。
だから、お姉ちゃんの真似してみたんだ」
「へぇーっ。で、真似ってどんな?」
「ふんっ、何? …って」
「あ…ああ、あれね…」
あの…鼻で笑うやつか…。
あれをされてる時は、全く相手にされてなかったよな…と、やっぱり懐かしく思ってしまう。
って、今日は懐かしく思ってばっかりだな。
「そしたらますます『はぁはぁ…』が酷くなってサ。ほーんと困っちゃった」
「大変だね…大丈夫なの?」
「あー、うん。指一本触れさせてないし、ストーカーとかにはなってないから」
葉留佳さんの笑顔目当てのお客さんってのは、理解できないわけじゃない。むしろあの笑顔見たさに日参するって気持ちには共感できる。
でも、二木さんの真似をする葉留佳さんにも興奮したりするような、そういう具体的なヤバそうなお客さんの例を見せられると、こっちも平常心ではいられなくなる…ってのは、都合がいいのかな?
「本当にヤバイって思ったらすぐに相談してよ? 心配だしさ」
「うん…ありがと、理樹くん。…やっぱ優しいね。やはは」
弱々しい葉留佳さんをそっと抱きしめた。
こんなことをして、何の根本的な解決にも繋がらないかもしれないけれど。
「…やはは。
たまーにこうやってくれたらいいからサ。
あ、たま〜にでいいからね?」
「わかった…わかってる…」
結局、しっかりしなきゃいけないのは僕なのに、逆に慰められてしまってる気がする。
こうやって一時しのぎみたいに、頼られていることに安心してるなんて。
これじゃあダメなんだ……本当は。
僕も『葉留佳さんに頼られている』ことを拠りどころにしてるようじゃあダメなんだ…。
いつか繰り返した世界みたいに、何も成長していないじゃないか。
「じゃあ…帰ろっか」
「うん…」
葉留佳さんに促されて帰路に就いた。
家に帰ることさえも、自分で決められないままで…。
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こうやって理樹くんと、一緒に歩く帰り道。
別に抱きしめてくれなくってもいいんだ。
手だって繋がなくてもいい。
一緒に帰り道を、肩を並べて、歩を同じにして、それだけで。
それだけで、私にとっては宝物みたいなもの。
この時間がかけがえの無いものなんだって。
でも、お姉ちゃんに誤解されたくないから、これ以上のことはここではしない、って決めてる。
ホントはキスしたいし抱きつきたい。
けどそれじゃあ何にも解決しないし、前に進まない。
だからただ、理樹くんがしてくれるだけ、与えてくれる分だけ、私はもらう。それだけ。
それだけでいい、って言い聞かせてる。
あの時のキスだって、私がねだったんだけど…本当は無理だって思ってた。
だからあれも、理樹くんがくれたもの。あれは特別なことだって思ってる。
だから今、理樹くんと私の二人だけの時間は、帰り道と夜中だけ。
「ねー理樹君。いま幸せ?」
「えっ…」
「私は…幸せだよ?」
涙が出ちゃうくらいにね。
今も、『幸せだよ?』なんて言いながら涙をこらえてた。
「僕もたぶん…幸せだと思う」
「うん…」
異常なのはわかってる。
理樹くんが即答できないわけも、『たぶん』なんて言葉をくっ付ける意味も、私たちの『いま』を示してる。
だけど、少なくともこの世界は、三人で望んだ世界だ。
お姉ちゃんを巻き込むのは、理樹くんと二人で勝手に描いたシナリオなんだけど。
だから悲観なんて絶対しない。
むしろ、ずっと前向きでいたい。
だから…泣かないで、笑っていよう。
「ただいまーっ」
「おかえり。葉留佳、直枝。…って、靴はちゃんと揃えなさいって何度言ったら…」
「やはは、ごめんごめん」
「ただいま、二木さん」
「貴方は…ちゃんと靴揃えるのにね」
「性格的なものじゃないかな…」
「…ふふっ」
「あははっ」
ほらっ、こんなに仲が良いんだし。
私も、私の好きなふたりも笑っていられるんだから。
こんな世界を壊したくは無い。
この世界を失いたくは無い。
また私のわがままで、破滅へと進みたくは無い。
でもね。私、バカなんだ…。
求めちゃうんだ。
現状(いま)以上の幸せを。
私自身の幸せを。
<つづく>
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りきおです。いかがでしたか?
前回の1話を掲載したのが昨年の8月とか…ありえねー、って感じですが(汗。ネタがようやくまとまったので公開できました。
普通に佳奈多シナリオをクリアした状態であれば、理樹はこんなにはるちんに近づかないだろうし、はるちんももっと距離を置くと思うんです。が、あの場面でキスしてしまえば…エピローグの状況は一変すると思います。このSSでは、理樹と葉留佳と佳奈多、それぞれの立場と言うか、現状のもどかしさみたいなものを見てくれれば幸いです。
続きの展開も考えてはいます。はるかなならネタは困らないんですけども…遅いですね。もっとピッチを上げて書きたいと思います。
もし感想や今後の展開へのご意見などありましたら、
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