『続・鈴との日々』 
  
  
 こんこん。 
  
「僕。理樹。鈴、いる?」 
  
 がちゃ。 
 ノブが回転して扉が開く。 
  
 ふわっと、廊下とは全然違う空気に包まれる。 
 その瞬間、頭がくらくらするような感覚に襲われた。 
  
「入って」 
「うん」 
  
 彼女の招きに応じて、僕は辛うじて部屋の中へ入った。 
  
  
  
「こ、こら、理樹っ」 
  
 後ろ手でドアを閉じると、堪らずに正面から抱きしめていた。 
 だって、仕方が無い。 
 大好きな子の空気に包まれているんだから。 
 我慢が出来るはずが無いんだ。 
  
 ここは鈴の部屋。 
 相変わらずルームメイトはいなくて、1人部屋だ。 
 だからこそ、部屋の空気は…鈴100%なんだ。 
  
 すぅ〜っ。 
  
「?」 
  
 空気の発生源の間近で息をすう。 
 …。 
 さっきドアを開けたときよりも、全然濃い匂いが僕の感覚を麻痺させる。 
 目の前にある頭を見る。 
  
「髪、下ろしてるんだね」 
「もうちょっとで寝るからな」 
  
 いつもは後ろ髪をくくってポニーテールにしてるけれど、 
今はその長い髪を下ろしているだけだ。 
  
「大人っぽく見えるね」 
「そうか? 髪、くくってないだけだぞ?」 
  
 雰囲気からして違うんだ。全然。 
  
 抱きしめながら、その褐色に輝く綺麗な髪を手で梳く。 
 風呂上りなのか、ちょっと湿っていた。 
 そういえば、匂いもシャンプーやらせっけんやらの匂いが強い。 
  
 すぅ〜っ。すぅ〜っ。 
  
「ぅぅ…」 
  
 抱きしめられたままでどうしていいかわからずに、困っている彼女。 
 可愛い。 
 可愛すぎる。 
 ああ…僕ってこんなキャラだったっけ? 
 でも、そんなことはどうでも良くて…。 
  
 すぅ〜っ。すぅ〜っ。 
  
「いいにおいだ…」 
  
 ただその感覚に浸っていた。 
  
  
  
  
「あたしの彼氏はヘンタイだ」 
「どうして?」 
「彼女のにおいをかいでばっかいるからだ」 
「うん」 
「ふしあわせだ」 
「そう?」 
「うん。だって…」 
「その彼女もヘンタイだからだ」 
「うん?」 
「あたしも…その、理樹のにおいをかいでいるからだ」 
「そうなんだ」 
「ああ」 
  
 やっぱり、愛おしかった。 
 そんな思考ですら、可愛いと思えてしまうから。 
  
「やっぱり、僕らは繋がってるんだよ」 
「ああ。ちょっといやなつながり方だけどな」 
  
 そう言うと、彼女はより僕に身体を預けてきた。 
  
「でも理樹。あたしたちはたいせつなことを忘れてないか?」 
「大切なこと?」 
「そうだ。あたしたちふたりにとって、たいせつなことだ」 
「うーん…」 
  
 前にもあったようなやり取り。 
 しかし何だろう? 
 今は鈴が腕の中にいて、空気は鈴のものしか感じられなくて、 
それ以外に大切なことなんて僕には思いつかなかった。 
  
「いま、理樹がこのへやにきた理由だ」 
「理由?」 
「そうだ。…何っ? そんなことも忘れたのかっ?!」 
  
 今度は本当に思いつかない。 
 鈴との大切な約束を忘れるなんて…。 
 今側にある温もりと匂いに溺れて忘れてしまったのか? 
  
 すーっ、と、高揚していた気持ちが下がった。 
  
「…ごめん、鈴。忘れた」 
「しょーがないやつだな」 
  
 そう言った鈴は、ちょっとだけお姉さんっぽく見えた。 
 良かった。全然怒ってなかった。 
  
「宿題、しようっていったのは理樹だろ」 
「あ…」 
  
 そんなことはすっかり忘れてしまっていた。 
 …確かに、ある意味では大切なことだった。 
  
  
  
  
 小さめのテーブルを出してきて、その側に腰掛けた。 
 彼女は…向かい側に座るのかと思いきや…、 
  
「よっ」 
  
 隣だった! 
 しかも寄り添うように密着されてしまっていた! 
  
「そこは…ヤバイって」 
  
 絶対集中なんかできやしない。 
 集中できたとしても、おそらくは宿題にじゃあない。 
  
「ダメか?」 
  
 上目遣いで訊かれた。 
 うああぁ…。 
  
「ダメなわけないよ」 
  
 そう答えるしか選択肢は無かった。 
 反則だよ…。 
  
  
  
「ここはこうやって、こうして…」 
「うん。…わかったようなわからないような」 
「こう考えるとどう?」 
「あ、そうかっ。わかった」 
  
 僕は、必死に理性で抑え込みながら鈴に教えてあげながら宿題を進めた。 
  
「理樹は頭いいな」 
「そうかな? 来ヶ谷さんとか西園さんとか、天才クラスがいるから僕なんか全然じゃない?」 
 何故か周りには天才がずらりと揃っている。 
 恭介は色んな意味で天才だ。謙吾だってなかなか良く出来る。小毬さんも成績は上位らしい。 
 そういえば、クドだって二木さんともの凄く難しい話を平気でしてたりするし、 
来ヶ谷さんや西園さんなんて、もう次元が全然とことん違う…。 
 僕の成績は悪いほうじゃなかったけれど、ちょっとそれを考えるとヘコむ。 
  
「いいや。全然違う。 
 みんなは、理樹みたいにやさしく教えてはくれない」 
「そうかな?」 
  
 今のみんななら、鈴とも仲良くやってくれると確信があるんだけど。 
 …来ヶ谷さんだけはヤバイかもしれないけど。 
  
「…鈍感だな」 
「何が?」 
  
 そういうと、彼女は僕の腕を抱きしめていた。 
 そうすると、胸の柔らかいところとかが伝わるんだけど…。 
 そんな感触をしばらく堪能していた―― 
  
  
  
  
  
「できたっ」 
「ふぅ。ようやく、だね」 
  
 とても困難な宿題が終わった。 
 ある意味、真人の筋肉方面よりも集中力が散ってしまい大変だった。 
  
「ありがと。理樹っ」 
  
 頬にちょん、と柔らかな感触が。 
  
「どうだった?」 
「ん。よくわからなかった…かな?」 
  
 ちょっと意地悪を言ってみる。 
 本当は、くすぐったくて気持ちよくて。 
 『よくわからなかった』わけが無かったんだけど。 
  
「む〜っ。なら本気でしてやるっ」 
  
 ちゅ〜っ。 
  
 吸い付くようにされた。 
  
 ちゅぽん。 
  
 そんな音が聴こえるくらいに。 
  
「どうだっ!」 
「どうだっ…って言われても」 
  
 あんまり色気ってものは感じなかった。 
 けれど、 
  
「あーっ」 
「どうしたの?」 
「理樹のほっぺたにあとがついた」 
「どれ?」 
「これ」 
  
 鈴が、側にあった手鏡をかざして見せてくれた。 
  
 …。 
  
 見事なまでに、鈴の唇の痕がくっきりと浮かび上がっていた。 
  
「鈴の…キスマークってやつじゃないのかな?」 
「きすまーく?」 
「うん」 
「鈴が本気でキスしてくれた証拠ってこと」 
「ああ。そーゆーことかっ」 
  
 何とか理解してくれたようだ。 
  
「…理樹はつけてくれないのか? きすまーくとか」 
「つけて欲しいの? 鈴」 
「あたりまえだ」 
  
 正直、ほっぺにキスマークなんて聞いた事が無かったので、 
定番(?)の首筋につけることにした。 
 髪をかき分けて、白いうなじに口づけた。 
 …結構恥ずかしいし、どきどきしたけど、どこか気持ちよさもあった。 
 好きな子に、自分の痕跡を遺すっていう行為に。 
  
「理樹っ。こそばいっっ」 
  
 彼女は、くすぐったそうにしながらも、嬉しそうにしてた。 
  
  
  
  
「もう、宿題おわったからいいな」 
「うん?」 
  
 そういうと彼女は…、少し移動して、ちょこん、と、僕のひざの上に…。 
 うわぁぁ…。 
  
 程なくして、背中を僕に預けてきた。 
  
「いっかい、こうしてみたかったんだ。 
 理樹のひざのうえ〜っ♪ りっきのひざのうえ〜♪」 
  
 あの時と同じく、変な歌を歌ってて上機嫌だ。 
  
 小さいけど、柔らかいおしりの感触が直に伝わる。 
 腕を抱くようにするから、胸の感触までわかってしまう。 
  
 こうして抱いてみると、彼女の小ささがよくわかる。 
 背はそれほど低いわけじゃなかったけれど、肩とか骨格とかがまるで違ってた。 
  
 僕も負けじと抱く腕の力を強めた。 
  
 守っていきたい。 
 ずっと一緒にいたい。 
 笑い合っていたい。 
  
 色んな感情が入り混じって、でもそれらは同じベクトルを描いていて。 
 彼女も、いつの間にか歌うのをやめて、腕の中で和んでいた。 
  
「…ここ、いいな。うんっ。すごくいい!」 
「そう。気に入ったんなら、またおいでよ」 
「うんっ。そうするなっ」 
  
 そう言い合うと、お互いが抱く力を更に強くした。 
 この温もりを大切にしたい。 
 その思いはたぶん一緒なんだ。 
  
「鈴」 
  
 彼女をこちらに振り向かせ、その唇に自分の唇を重ねた。 
 お互いがお互いの存在を確認する。 
 体勢が体勢だから、もうほとんど全部が一緒になって、どこまでが僕で、 
どこからが彼女なのかもわからなくなってしまったけど。 
  
 とにかく、こんな日常が続いていけば良いな、と思っていた。 
 学校を卒業しても、ずっと。 
  
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「理樹がいない…。どういうことなんだっ、恭介っ!!」 
「恭介よぉ…。これが、お前の望んだ世界ってやつなのか?」 
「う…すまない」 
  
 その頃、僕のいない部屋では、男3人で集まっていたそうだ。 
  
「俺は…ただ、鈴を幸せに出来るのはあいつしかいないって…。 
 そう思ったんだっ」 
「理樹はなあ…。鈴だけじゃなく、俺たちにも必要なんだよっ!!」 
「そうだぞ?! 恭介。お前にもわかってるはずだっ」 
「ああ、わかってるさ! わかってる…。わかってるから…こんなに寂しいんじゃないか!!!」 
「…」 
「…」 
  
「悪かった、恭介」 
「俺からも謝っておく。すまん」 
「やめてくれ…。余計に虚しくなるだけだ…」 
「うう…。カムバーックっっ!! 理樹ーーーっ!!」 
「帰ってこーいっ!!」 
  
  
  
 帰ってから、もみくちゃにされたのは言うまでも無かった――。 
  
  
<終わり> 
  
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 オチが落ちきらなかった…。 
 りきおです。 
  
 内容については、鈴の性格とか言動、行動を壊さずに、どれだけ鈴で萌えられるか?を考えていたんですが、鈴のゲーム本編のCGを見れば、それだけで十分萌えられますからね。普通に動かしただけになりましたw やり過ぎかもしれませんけど、こんな感じなんだろうなあ、とかニヤニヤしながら書いてみました。 
  
 鈴については、他のキャラがメインのSSでも出すつもりですし、ハッピーエンド以外の話も書くつもりですので、鈴ファンの方はお待ちくださいませ。 
  
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